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第百十八話「哀れな末路」


「だ、誰かあっ!! 誰かおらぬかっ!!」


 文明派エルフの国王であるグリニオン一世は、興奮気味にそう呼びかけた。

 彼の周囲には幾人かの従者が居たが、将兵の姿はなかった。

 それが彼を不安に駆り立てたが、周囲には将兵の姿はない。

 

「こ、国王陛下。 既にこのエルドリア城は陥落しました。 敵がここに来るのも時間の問題です。 ここは隠し通路から脱出しましょう」


 と、高齢の執事がそう忠告する。


「な、何っ!? この余に逃げろというのかっ! 余は国王であるぞ!」


「ですがこのままでは敵――魔族の手に落ちるのも時間の問題です。 他の三種族ならまだしも、奴等――魔族は陛下に慈悲をかける事はないでしょう」


「余はエルドリア王国の国王グリニオン一世であるぞ! 全エルフの頂点に立つ存在である余が何故このような目に合わなくてはならんのだ! 大体何故急に魔族が本城に侵攻してきたのだ!?」


 ヒステリックにそう叫ぶグリニオン一世。

 これには従者も苦笑いするしかない。 このような状況になっても、国王という地位を振りかざす辺りは、彼は生粋の王族である証であった。 最早そんな状況ではない。

 国王以外の全ての者はそれを理解していたが、彼だけは別だった。


「……国王陛下、お困りのようですね」


「おおっ……誰じゃ? 余はここに居るぞ……き、貴様はっ!?」


 声のする方向に視線を向けると、そこには知った顔があった。

 身長一メーレル(約一メートル)に満たない漆黒のフーデッドローブを着た小男。

 そして漆黒のフーデッドローブから覗かれた犬の顔。

 コボルドの類ではない。 彼こそは犬族ワンマンのバルデロンだ。

 

「き、貴様っ! 生きておったのかっ!?」


「ええ、御陰様でね。 貴方達エルフに見捨てられた後に運よく魔族に拾われました。 だからこうして再び陛下とお会いする事が出来ました」


 この言葉には国王だけでなく、周囲の従者達も驚愕した。

 だがバルデロンは低い声で淡々と喋り続けた。


「貴方達には大変世話になりました。 それはもうとても恩では返せないくらいです。 なので恩ではなく、あだで返させて頂きます」


「き、貴様っ!? よりにもよって魔族の手先になるとは恥知らずめっ!!」


 顔を紅潮させてそう怒鳴るエルフの国王。

 見当違いな批難の言葉だがバルデロンは何処までも冷静だった。


「捨てる神あれば、拾う神あり。 というわけですよ。 だが私も鬼ではない。 これから言う私の言葉に正直に答えて頂けるなら、私も貴方達に対して多少の手心は加えるつもりです」


「こ、この犬風情がっ!! 付け上がるなっ!?」


「お、およしなさい、陛下。 

 ……バルデロン殿。 卿の要求を述べてみたまえ!」


 興奮する国王の前に立ち、そう告げる高齢の執事。

 するとバルデロンはこう問うた。


「私の妻と子供は何処に居ますか?」


「……」


 バルデロンの問いに押し黙る高齢の執事。

 ある程度は予想していた言葉だが、彼には返す言葉がなかった。

 何故ならそれを答えた時点で彼等の安全は失われるからだ。


「……もう一度言います。 私の妻と子供は何処に居ますか?」


 バルデロンの声に冷気が帯びる。

 身の危険を感じる従者達。 だがその静寂を国王が破った。


「ああっ……五月蝿い! 貴様のつがいも子供ももうおらんわ! 貴様が戦死したと思ったから、代わりに貴様の子供を戦闘犬にしたてようとしたら、あの雌犬が騒いだから、その場で打ち首にしてやったわ!」


「へ、陛下! お、お止めください!!」


 慌てて止める高齢の執事。

 だが国王は喚き散らすように二の句を継いだ。


「ちなみに貴様の子供も余に反抗したので、全員処刑してやったわ! 犬の分際でこの余に立てつくとは、父親に似て大馬鹿者よの!」


 国王の口から語られる真実。

 周囲の従者はあまりの出来事に言葉を失った。

 この状況下でこの不遜な態度。 ある意味彼は国王に相応しい。

 だが状況をまるで理解していない。

 彼は自らの手で死刑執行書にサインしたのである。


「……まあある程度は予測しておりましたよ。 貴方達ならそういう事も平気で出来るでしょう。 これで何の心残りもない。 だから私は――容赦なく貴様らを処刑できる!」


 そう言って全身に闘気オーラを纏うバルデロン。

 その双眸は怒りに満ちていた。 国王の従者達が顔面蒼白になる。

 だがそこで「パチ、パチ、パチ」という小さな拍手が周囲から聞こえてきた。


「いやあ~、酷いわ。 マジ酷いわ。 魔族の俺でも引くくらい酷い話だ。 お前等、エルフは魔族以上に傲慢かつ外道だな。 ある意味尊敬するぜ?」


 ヒューマン言語でそう言って、拍手をしながら現れた巨体の男。

 肌は褐色。 ざんばらの銀髪。

 身長は二メーレル(約二メートル)を越えており、冥界の宝石のような、妖しく輝いた漆黒の鎧を着ており、その右手には、エルフの血で塗装された漆黒の大鎌が握られていた。


 国王の従者達はごくりと喉を鳴らした。

 こうして自分の眼で魔族を見るのは初めてだったが、この眼前の魔族の男が全身から放つ空気で只者でないと瞬時に悟った。


「……ザンバルド将軍」と、バルデロン。


「おう、バルデロン。 いやあ~、こいつ等マジ酷いな。 こいつはマジ許せねえレベルだわ~。 だからお前の好きにしていいよ。 こういう連中は他人の痛みには鈍感だが、自分の痛みには敏感だからな」


「……そうですな、それが良いでしょう」


 そう言って双眸を細めるバルデロン。

 脅える国王の従者達。 だが肝心の国王は怯むどころか――


「貴様、魔族の親玉か?」


「あん? 別に親玉じゃねえよ。 しがない雇われ将軍にすぎねえよ」


「ならば今すぐ矛を収めよ? さすれば許してやらなくもない」


「あのさ、爺さんよ~。 自分の置かれている状況を分かっている?」


 呆れ気味にそう問うザンバルド。


「ふん、貴様ら魔族に屈するつもりはない。 余はエルフ族の王であるぞ?」


「……コイツ、真性の馬鹿だな。 ある意味感心するよ。 んじゃその国王様に対する部下達の忠誠心ってものを試してみるか。 おい、お前等。 この国王をお前等がったら、お前等は見逃してやってもいいぞ。 ほれ、この短剣を使うといいさ」


 そう言ってザンバルドは国王の従者達の前に白刃の短剣を投げ棄てた。

 国王の従者達が互いに顔を見合わせる。


「……ふん、馬鹿者がっ! 我はエルフの王。 我に逆らう者などっ……ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎゃあああ……あああっ……あああぁぁぁっ!!」


 狂ったように絶叫するエルフの国王。

 よく見ると彼の背中に短剣が刺さっていた。

 刺したのは高齢の執事。 国王は両眼を見開きながら、驚愕する。


「ローレンッ! き、き、き、貴様ぁっ……自分が何しているのか分かっているのか?」


「勿論ですよ。 国王陛下、もう全てが終わりなんですよ? それを理解していないのは、貴方だけです。 さあ、お前等も助かりたいのならば、この短剣をもっと深く差し込め!」


「お、おいっ!? き、貴様らっ……ローレンを止め……ぎゃあああぁっ!!」


 国王が喋り終える前に二十代半ばのメイドが短剣を更に差し込んだ。

 するとそれが引き金となり、周囲の従者達も次々と後に続いた。


「ぐ、ぐはあぁっ……や、や、止めろぉっ……止めてくれっ……」


 力なくそう懇願する国王。 だが誰もその言葉に耳を貸さなかった。


「ふんっ。 哀れですな。 だが同情する気は起きませんな」


 バルデロンがそう吐き捨てた。

 すると国王は身体を震わせながら、こう懇願した。


「わ、悪かった。 余が、ワシが悪かった。 だ、だから今すぐ回復魔法を かけてくれ。 お願いじゃ。 こ、このままでは死んでしまう……」


「私の妻も貴方に懇願したでしょう? でも貴方は聞き入れるどころか、妻を打ち首にして、更に子供を皆殺しにした。 そんな貴様がっ……私は許せないっ! 地獄に落ちろ、この下衆がっ!! 我は汝、汝は我。 我が名はバルデロン。 母なる大地ウェルガリアよ。 我に力を与えたまえっ! 『フレミング・ブラスター』ッ!」 


「ま、待てえええっ……うわあああ……あああっ!!」


 そう言いながら零距離から強烈な魔法を放つバルデロン。

 国王は絶叫しながら、衣服を炎で焦がされて、後方に吹っ飛んだ。

 そして背中から壁にぶつかり、しばらく身体を痙攣させてから、前のめりに倒れた。

 全身に火傷を負い、口から泡を吐いて、白目を剥く国王。

 これが文明派のエルフ族の頂点に立つ国王の最後の姿であった。


「ハア、ハア、ハア。 終わった、これで私の復讐は終わった」


 やや呼吸を乱しながら、床下の国王の亡骸を見下ろすバルデロン。

 するとザンバルドが彼の左肩にポンと右手を置いた。


「これで気は済んだか?」


「……はい」


「そうか、それは良かった。 ならば今後は俺達魔族の命令に従え! お前の願いを叶えてやったんだ。 今度はお前がそれに応える番だ」


「……分かってます。 ザンバルド将軍、この身を魔族に捧げます」


「良い返事だ。 んじゃまずはこの城を完全制圧するか。 男は奴隷、女は性奴隷。 歯向かう者は容赦なく殺せっ!」


「はっ!!」と、敬礼するバルデロン。


 生殺与奪の権利を躊躇なく行使するザンバルド。

 そしてザンバルドは、玉座に深々と座り込んだ。


「ふむ、なかなか悪くない座り心地だぜ。 ん?」


「あ、あのう~。 我々の命は助けて頂けるのでしょうか?」


 と、高齢の執事ローレンがそう言った。

 ザンバルドは玉座の肘掛に右肘を乗せ、頬杖をつきながら、ローレン達を凝視する。


「お前等、国王の従者だったのか?」


「は、はい」と、ローレン。


「よしならば今日から貴様らは俺の従者だ。 

 それに従えないなら、この場で自害せよ!」


 ラビンを初めとした従者達が互いに顔を見合わせた。

 すると彼等、彼女等は跪いて――


「ははっ! 何なりとお申し付けください!」


 と、恭しく頭を下げた。

 するとザンバルドは満足そうにニヤニヤと笑った。


「これだよ、これ! これこそが戦勝者の特権よ。 勝てば官軍、負ければ負け犬。 これこそが俺の求めている世界だ! なあに、貴様らは殺さんよ。 その代わり俺に尽くせよ? それとこの城と周辺の地理に詳しい者も呼んで来い」


「は、はいっ!」と、恭しく頭を垂れるローレンと従者達。


 こうしてエルドリア城は魔族の手によって陥落した。

 長い間、文明派と穏健派が争ってきたエルフ族。

 だがその争いは意外な形で終止符が打たれた。

 いにしえに忘れられた種族――魔族の手によって。


 そしてこのエルドリア城陥落は始まりの序曲に過ぎない。

 今この世界――ウェルガリア全土が黒い闇に包まれようとしていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] わー!エルフの王様、恐ろしく惨めな最後でしたねΣ(・□・;) でもワンマン作っておいて殺すとか、本当に許せないのでこれは仕方ないですね。 でも復讐を果たしたバルデロンはすっかり魔族に。 …
[良い点] エルフの王は相応の結末でしたね。 ある意味、読者が一番納得する終わり方でした。 [気になる点] やっぱバルデロンだよね。 この先にどういう扱いをされるのか・・・。
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