第百十五話「破壊に次ぐ破壊」
破壊に次ぐ破壊。
殺戮に次ぐ殺戮。
魔将軍ザンバルドに率いられた魔王軍は、視界に入る物を全て破壊していった。まずはダストア平原の東にある港町アバラスを襲撃。
港町の住人は、突然の来訪者に慌てふためいた。
逃げまとう人々を容赦なく襲撃する魔王軍の侵攻部隊。
しばらくすると港町の警備隊や冒険者の集団が現れたが、エンドラ率いるサキュバス部隊が彼等を魅了した。
魅了された警備隊や冒険者は、恍惚の表情を浮かべながら、同士討ちを始めた。 残された女性の警備隊や冒険者は、グリファム率いる獣魔団が確実に止めを刺した。
「弱い、弱い、弱過ぎるっ!! エルフ族はこの程度なのかよ! 散々粋っていてコレかよっ! この俺様を失望させるんじゃねえよ!」
ザンバルドは理不尽な物言いをしながら、手にした漆黒の大鎌で視界に入るもの全て切り捨てた。
三時間後。
僅か三時間足らずで港町アバラスは魔王軍に占拠された。
主だった兵士や冒険者は殆ど殺害され、残された住人も街の中央部に集められた。
男の大半はサキュバス部隊の奴隷となり、女の大半は男がする予定だった厳しい労働や雑用を押し付けられ、そして子供達は人質となった。
「一思いに殺すのはいつでも出来る。 だがそれじゃ面白くねえ! この自尊心の高いエルフ共をとことん虐めて抜いて、自ら泣きを入れさせるんだ。 その為に女と子供は生かす」
「まあ理に適った戦術だけど、アンタらしいエグい真似ね」
と、やや呆れ気味のエンドラ。
「ザンバルド、この港町の占拠に人員を割くわけにはいかんぞ!」
相変わらず正論を云うグリファム。
するとザンバルドは面倒くさそうに、左手の人差し指で頬を掻きながら――
「わかってらあ。 だからここに置くのは基本的サキュバス部隊だ。 それも三十人くらいだ。 仮にエルフ共の増援が来たとしても、サキュバスに魅了されたエルフの男共が代わりに戦ってくれるさ」
「まあそれが無難よね。 ならこの後も同じ戦法で行く?」
と、ザンバルドに視線を向けるエンドラ。
「おうよ! あくまで目標はエルドリア王国のエルドリア城。 そこの玉座に踏ん反りかえったアホな王を生け捕りにするのがとりあえず第一目標だ。 それまでは全て余興よ! さあ手前等、まだまだこんなもんじゃ終わらねえぞ! 殺戮、略奪、やりたい放題だ。 お楽しみはまだまだ続くぜ!」
「おおおっ! 奴等に魔王軍の恐ろしさを見せてやるぜ!」
ザンバルドの言葉に呼応するよう、大声を上げる魔族の兵士達。
彼等も六百年も待たされた鬱憤を晴らそうと躍起になっていた。
そしてそのドス黒い欲望に文明派のエルフ領の街や村が呑み込まれた。
一部の部隊だけをアラバスに残して、魔王軍は更に南下する。
次に犠牲になったのは、中堅都市ギルレイク。
こちらの制圧時間は僅か二時間余り。
手順はほぼ同じだ。
サキュバス部隊に男を魅了させて、同士討ちさせる。
これならば自軍は一切疲弊せず、敵の勢力を削ぐ事が可能だ。
更に南下。
今度は古都エルバイン。
古都というだけもあって、敵の兵力は今までより多かった。
流石に今までのように無傷というわけにはいかず、魔王軍にも多少の被害が生じた。
エルフ軍は前衛を戦士や聖騎士などの防御役で固めて、中衛から弓兵、後衛から魔法部隊による魔法攻撃で魔王軍に反撃。
だがこの程度の反撃は想定内。
ザンバルドはエンドラにサキュバス部隊を突撃するように命じた。
エンドラはそれに「あいあい」と応じて、部下達に突撃を命じる。
何体かは弓矢や魔法の餌食になったが、先行部隊のサキュバス達が前衛の防御役部隊の魅了に成功。 そこから一気に流れが変わった。
仲間を護るべき防御役部隊が、両眼を充血させながら、狂ったように同士討ちを始めた。 更に中衛の弓兵部隊、後衛の魔法部隊も魅了する。
そこから先は悲惨の一言に尽きた。
我を失ったエルフ軍は視界に入るものを全て攻撃した。
戦士や聖騎士が手にした武器で仲間を切り捨て、弓兵は弓で、魔法部隊は魔法で周囲の者を狙い撃った。
二時間後。
古都エルバインにエルフ軍の死体の山が積み上げられた。
そこから先は今までと同じ要領で、古都を占拠する魔王軍。
今まで通りサキュバスを三十人だけ待機させて、残る兵力で王都エルドリアを目指した。
「さあ、いよいよ本番だぜ! テメエらっ! 今まで以上に大暴れしろ! 後、エルフの王を捕まえた奴は一兵卒でも報酬を弾むぜ!」
「流石、魔将軍! 話が分かってらっしゃる!」
「エルドリアを陥落させたら、次はあの化け猫共を虐めるぞ! その次は竜人、あるいはヒューマンか。 とにかく全員平等に俺達魔王軍の恐ろしさを教えてやるぜ!」
「ウオオオオオオォッ!!」
僅か半日足らずで、文明派のエルフ領が次々と魔王軍に占領された。
しかしこれは悲劇の序章に過ぎない。
そして更なる悲劇を生むべく魔王軍は王都エルドリアへと旅立った。
「こ、これは悪夢かっ!?」
王国騎士団の騎士団長ジョー・ヴェルゴットは顔面を蒼白にして、そう呻いた。
このエルドリアは歴史あるエルフ族の王都だ。
穏健派は所詮少数派。 我等、文明派こそ真のエルフ族。
そう信じていた。 実際この王都の都市設計は優れたものだった。
ヒューマンの王都ハイネダルクにも負けてない、と自負している。
実際このエルドリアの建物の建築技術は一級品であった。
そして王城となるエルドリア城は最高級の技術と魔法で数百年前に建てられた難攻不落の巨城。
そう信じていた。
そう、この今日という日までは。
城門前に陣取ったエルドリア王国騎士団。
最前線を護るのは、耐魔力の強い白銀の甲冑を着た騎士達。
中衛に弓兵、銃士、魔法戦士。
後衛に火力となる魔法部隊、回復役という陣形。
城に設置された大砲の前で砲手達は、緊張した表情で待機している。
正直このエルドリア城が敵勢力に攻め込まれる日が来るとは予想外だ。
しかし何事においても恒久的なものなど存在しない。
そして今、彼等の前に忘れ去られた魔族が立ちはだかった。
王都の上空には、無数の魔族が我が物顔で飛翔している。
基本はグリフォンやコカトリス、ワイバーンなどの飛行型のモンスターに騎乗しているが、自らの翼で飛翔している個体も珍しくなかった。
あの女のような魔族は悪名高いサキュバスでは?
その他にもガーゴイルや半人半鳥の姿も見える。
「いいか、この神聖なるエルドリア城を魔族に蹂躙されるわけにはいかん! これは我々エルフ族の命運をかけた聖戦だ! 必ず勝たねばならない! 私も死に物狂いで戦う!だから卿らも国と民を護る為に戦ってくれ!」
自らを鼓舞する様にそう叫び騎士団長ヴェルゴット。
兵士達も一応「おお!」と返事するが、その顔色は優れない。
それは無理からぬ話であった。 本城決戦だけでも異常事態なのに、相手はあの魔族なのだ。 これで緊張しない方がどうかしている。
そんな彼等を嘲笑うように、ザンバルドは空を飛翔する黒いワイバーンの背中の上で、地上を見下ろしながら、口角を吊り上げた。
「んじゃ行くぜっ! 魔王軍、全軍突撃開始ッ!!」
その言葉と共に戦端が開かれるのであった。
次回の更新は2019年11月9日(土)の予定です。




