第百五話「後味の悪さ」
「おい、犬族! 聞こえているか?」
「……何だ?」
「もうこれでお前さんが尽くす相手はもう居ない。 ここは大人しく投降しろ! そうすれば命は助けてやる!」
「ふん、投降するくらいなら、名誉ある戦死を選ぶ!」
「はあ? そんな事して何の意味があるんだよ? お前は仲間に見捨てられたんだぞ? 仮に無事本国へ帰れたとしても、文明派のエルフはお前を歓迎などしないぞ?」
俺は思ったままの感想を述べた。
どのみち文明派の連中は、今回の大聖林侵攻作戦の生け贄を探すだろう。
この犬族は真っ先にその対象になるだろう。
口封じも兼ねて処分されるだろう。 文明派のエルフなら必ずそうする。
だが眼前の犬族は、俺の顔を見ながらこう返した。
「そんな事は分かっている。 だが私は犬族である前に、誇り高き兵士だ。 不名誉な投降をするくらいなら、名誉ある戦死を選ぶ。 それが兵士としての私の矜持だ」
こいつ、いちいち言う事がカッコいいね。
ある意味さっき逃げたエルフ共より漢気がある。
だが悲しいかな。 お前は人ではない、犬なんだよ。
「犬の分際で矜持とはな。 笑わせるぜ」
「犬ではない、犬族だ。
それに私にはバルデロンという名前がある!!」
「そうかい、ならば俺としてもせめてもの情けだ。
貴様をこの手で葬ってやるよ。 覚悟しな!」
「ガオオオオオオンッ!!」
俺達に無視されていたレイジング・ベアが吼えた。
まったく空気読まないな、この熊公っ!!
「ラサミス! 敵とお喋りしている場合じゃないぞ! その犬は捕獲するか、あるいは殺害しろ!」
「あいよ、わかってるよ。 兄貴」
猛り狂った大熊が両手を激しく振るった。
俺はそれをプラチナ製の戦斧で防御する。
一撃、一撃ズシリと重いが、受け止められないレベルではない。
レイジング・ベアが再び両手を振り上げる。
――今だ。 この間隙を逃す手はない。
「――プル・ストライクッ!!」
俺は身体を内側に捻りながら、手にした戦斧を豪快に振り回した。
次の瞬間、戦斧がレイジング・ベアの腹部に命中して、大熊の巨体が後方に四メーレル(約四メートル)程、吹っ飛んだ。
だが吹っ飛んだ先には、犬族が立っていた。
両足で地を踏ん張り、何とか転倒せず地面に立つ大熊。
そして右手を振り上げて、近くに居た犬族を殴打。
「ぎゃ、ギャインッ!!」
大熊の爪で胸部を裂かれた犬族は、後方に激しく吹っ飛ばされて、川の中に落下した。 何とか泳ごうとするが、激しい川の流れに耐えられず、そのまま川に流されて行き、そのうち視界から消えた。
あれじゃもう助からないだろうな。
だがある意味これで良かったのかもしれん。
どのみち奴は生きてても、他者に利用される運命。
ならばここで朽ち果てた方が幸せかもしれん。
「ラサミス、余所見をするな!」
「ガオオオンッ!!」
「あいよ! 兜割りっ!!」
俺は大熊の攻撃を回避して、振り上げた戦斧を大熊の脳天に振り下ろした。
グシャッ、という鈍い音と共に大熊の頭部が損傷する。
だが止めを刺すには至らず、大熊は呻き声を上げて、こちらに目掛けて突貫して来た。 ――だが遅い!
体当たりを左側にサイドステップして回避。
そして俺は大熊の背後を取って――
「――止めだ! レイジング・スパイクッ!!」
俺が使える最高の斧技で、両手で握った戦斧を力強く一直線に振り下ろす。
手元に再度伝わる鈍い感触。
それと同時に大熊は「ギャオオオン」という断末魔を上げて、前のめりに地面に倒れ込んだ。 これで残り二体。
「ラサミス、見事な攻撃だったぞ。
残すは二体のみ。 力を合わせて確実に倒すぞ!」
「了解だぜ、兄貴っ!」
「――ダンシング・ドライバーッ!」
ドラガンが踊り子のように舞って、眼に止まらぬ速さで鋭い突きを繰り出した。
一撃、二撃、三撃と大熊の腹部、胸部、眉間に命中する。
「グ、グガアアアッ!!」
上級の刺突剣スキルで急所を狙い撃ちされて、
レイジングベアは呻き声を上げながら、背中から地面に転倒。
「ファルコン・スラッシュ!」
「グ、グガアオオオンッ!!」
続いて兄貴が最後の一体を切り捨てた。
ハアハアハァ……。 これで六体全部倒したな。
「よし、回復役は怪我人を治療するんだ」
「了解」「了解ですわ」
ケビン副団長に命じられて、猫騎士の僧侶とエリスが怪我人を治療する。 俺達は全員無事だったが、猫騎士は七名中二名が戦死。 負傷者は三名という状況だった。 これ以上の追撃はもう無理だ。
「全員治療を終えたな? ならば我々はこれより後方の救援部隊に合流するぞ。 もうこれ以上戦う意味も意義もないからな」
ケビン副団長の言葉に全員が無言で頷いた。
まさに骨折り損のくたびれ儲け。
このまま無事にナース隊長率いる本隊と合流できたら、嫌味の一つや二つは言ってやりたいところだ。
仲間を見捨てて逃げたあの二人。
あの女精霊使いと犬族バルデロン。
色々と後味の悪い戦いだった。
まあ後味の良い戦いがあるか、どうかは知らないがな。
いずれにせよ、今は後衛の部隊に合流すべきだ。
ドラガンや兄貴、アイラは平静を保っているが、ミネルバはやや疲れた様子。
エリス、メイリン、マリベーレは露骨に疲れた表情をしている。
俺達はとりあえず全員無事だった事に安心しながらも、
胸の内をモヤモヤとさせながら、来た道を引き返した。
次回の更新は2019年8月31日(土)の予定です。




