第百四話「惨劇の本番」
俺はあまりの出来事に言葉を失った。
仲間を見捨てて、自分達だけ転移石で逃げる。
それで終わりではない。
最後に置き土産として、『制限解除』していきやがった。
そうまだこれで終わりじゃない。 むしろこれからが惨劇の本番だ。
四方八方に散っていた大熊達は、双眸を吊り上げ、唸り声を上げた。
詳しい原理は分からないが、奴等は調教したレイジング・ベアを魔力暴走状態にして、更に凶暴化させたのだろう。
「グガアアアァッ!!」
乱暴に両手の爪で近くの猫騎士を払う大熊。
その衝撃で真横に吹っ飛ぶ猫騎士。
地面に二、三度叩きつけられて、ピクピクと痙攣する猫騎士。
やはり狂暴化してやがるっ!?
それに破壊力も増した気がする。 これはヤバいぞっ!?
「ラサミス、今はレイジング・ベアを倒す事に集中するんだ!」
「団長! わ、わかったぜ!」
ドラガンの言うとおりだ。
色々アクシデントが起きて、一瞬呆けていたが、今がヤバい状況である事には変わりない。
「グガアアアオオオンッ!!」
猛り狂ったレイジング・ベアがこちらに目掛けて突貫して来た。
俺は条件反射的に頭上にジャンプして、回避する。
羽根付きの靴の効果もあって地上から十メーレル(約十メートル)以上の上空から、この川沿い付近の光景が一望できた。
やはり皆、苦戦しているようだ。
レイジング・ベアの残数は全部で五体。
エリスやメイリンは、アイラとドラガンが身体を張って護っている。
マリベーレもケビン副団長に肩で担がれおり、とりあえず大丈夫そうだ。
ならばとりあえずここは先程、突撃してきた大熊に狙いを絞るか。
俺は再び右手に聖木のブーメランを手に取り、地上の大熊目掛けて投擲した。
弧を描きながら、標的に迫る聖木のブーメラン。
「行けえっ!! ――軌道変化っ!!」
俺はいつものようにブーメランの軌道を変えた。
ブーメランは突如直角に曲がり、レイジング・ベアの右眼に突き刺さった。
「グガアアアッァァァッ!!」
悲鳴を上げるレイジング・ベア。
その間に俺は余裕を持って、地面に着地。
そして先程のように右手に持った戦斧に――
「止めだ! ――ハイパー・トマホークッ!!」
炎の闘気を宿らせて、全力で投擲。
空を裂きながら、投擲された戦斧が大熊の右眼に命中。
突き刺さっていたブーメランが更に深く突き刺さった。
再度吼えるレイジング・ベア。
そして俺は止めを刺すべく、全力で地を掛けた。
間合いが詰まり、レイジング・ベアを射程圏内に捉えた。
そこで俺は風の闘気を右足全体に纏い、強烈なトゥーキックで突き刺さったブーメランと戦斧を更に奥に押し込んだ。 鈍い感触と共に大熊の頭部に炎と風の闘気が混じり、魔力反応『熱風』が発生。
頭部を乱暴にシェイクされた大熊は、とうとう息絶えた。
そして死に身体になった大熊は、背中からもんどりうって、地面に倒れ込んだ。
これで残り四体。 よし、なんとかなりそうだ。
俺は右手に水の闘気を宿らせて、大熊に突き刺さった戦斧を引き抜いた。 一瞬右手に熱が伝わったが、次の瞬間にはレジストが発生して、痛みは綺麗に消え去った。 残念ながらブーメランはもう使えそうにないな。 まあいい。 また買えばいいだけの事。
俺は後ろに振り返り、周囲の戦況を見据えた。
猫騎士達はレイジング・ベアにかなり苦戦しているな。
数匹掛かりで何とか一匹を食い止めている。
アイラはドラガンと一緒にエリス達を護っている。
そして兄貴は一方的に一匹のレイジング・ベアを追い詰めていた。
「ふん。 所詮は熊に過ぎん。 俺の相手ではない」
「グガアアアオオオンッ!!」
「――遅いっ!!」
右手を振るう大熊の一撃を華麗に躱す兄貴。
そして後方にバックステップして、間合いを取った。
兄貴は長剣を握る右手に炎の闘気を集中させながら、
「――終わりだぁっ!! 『ジャイロ・スティンガー』!」
兄貴が右腕を錐揉みさせると、長剣の切っ先から、うねりを生じた薄黒い衝撃波が、矢のような形状になり放たれた。 薄黒い衝撃波は暴力的に渦巻きながら、レイジング・ベアの腹部を貫いた。
大熊の腹部に大きな空洞が生まれ、貫通した薄黒い衝撃波は、その背後にあった木の幹も貫き、その進行方向を阻む物を容赦なく次々と打ち砕いていった。
流石は兄貴の英雄級の剣術スキルだ。 とんでもない威力だ。
これで残り三体。 ここまで来れば、なんとかなりそうだ。
さて残り三匹。 何処から手をつけるか。
猫騎士に加勢するか? あるいはアイラ達に加勢するのも有りだ。
そう思いながら、残り一匹に視線を向けると――
「バロンワイズ殿! ここは私にお任せください」
「……ハアハァ。 バルデロン。 も、もういいわよ。 わ、私達は上層部に見捨てられたのよ。 だ、だからもう無理して私に尽くす必要はないわ」
バロンワイズと呼ばれたあの女精霊使いが両膝を地につけて、肩で呼吸しながら投げやりにそう言った。
よくわからんが、向こうは向こうで事情があるらしいな。
しかし例の犬族は、首を左右に振って――
「諦めるのは早いですぞ?
とりあえずこの場を切り抜けて、生き延びましょう」
「……も、もういいのよ。 私は色々と疲れたわ」
「し、しかしっ!?」
「ガオオオンッ!」
二人の会話を無視するが如く、レイジング・ベアは猛然と地を蹴った。
そして体重をたっぷり乗せて、女精霊使いに体当たりを食らわせた。
「ぐ、ぐほおっ!?」
モロに体当たりを食らった女精霊使いは、後方に吹っ飛ばされて、川の中へ背中から飛び込む形で落下。
「ば、バロンワイズ殿っ!?」
犬族の叫びも空しく、女精霊使いはそのまま川に流された。 それと同時にあの女が召喚した蜥蜴の精霊も消滅した。
なんだろう。
あの女とは色々あったが、こういう終わりを目の当たりにすると少々複雑な思いがするな。 だがまだ戦いは終わってない。
次回の更新は2019年8月24日(土)の予定です。




