第九話「俺も一応アンタ等の息子なんですけど?」
ハイネガルでは六時間おきに教会の鐘を鳴らして時間を報せる。
午前六時の鐘は一回、正午は二回、午後六時は三回という具合だ。
今朝は既に鐘が一回鳴っている。
そろそろ正午だから二回目の鐘が鳴りそうだ、
と思いながら俺は早い昼食を摂る。
酒場『龍之亭』の営業時間は夜の六時から深夜一時まで。
だが料理の仕込みがあるので親父やお袋は朝七時には起きている。
一日の睡眠時間は六時間程度という働き者だ。
我が家の朝食や昼食は基本的に昨夜の店の残り物がメインだ。
だが今朝は珍しくお袋が腕を振るって、やや豪勢な朝食と昼食を作ってくれた。
勿論、俺の為ではない。
客人――それも消息の知れなかった兄貴の仲間の為だ。
「お口に合うかしら?」
「ええ、とても美味しいです」
「あらあら、お上手ね。 やはりリアーナみたいな都会暮らしだと色々社交術も見につくみたいね。 私も若い頃は冒険者でリアーナにもちょくちょく行ってたわ」
「ライルからお話は聞いてますよ。
現役時代は拳士だったんですよね?
ハイネガルの拳姫と呼ばれてとか……」
「そう、そう。 あの頃は結構モテはやされたわ。 パーティや連合の勧誘も引く手数多。 懐かしいわねえ、もう今じゃただのオバさんだわ……」
「いえ今でも充分お綺麗ですよ。 やはり顔立ちがライルに似てますよ」
「あら、いやだぁ。 アイラさん、本当に口が上手ね。でも悪い気はしないわ」
そう言って、科理を作るお袋。
いやただの社交辞令だろ? 本気にすんなよ。
というかもう二人とも完全に馴染んでるじゃねえか。
女のコミュ力スゲえ!
俺はデザートリザードのステーキを頬張りながら、ムシャムシャと口を動かす。
「……であの子――ライルは元気にしてたかい?」
そう口にしたお袋は少し複雑そうな表情だ。
無理もない。 三年も会ってないんだ。 親としては複雑だろうな。
「はい、彼には色々助けられました。 だから……」
「わかってるわよ。 あの子が今ピンチなのね? だからわざわざ実家まで来たんでしょ? ……私はあの子の無事が分かっただけで、充分だわ。 だから貴方があの子を助けてあげて。 ……それが仲間というものよ」
「……はい」
と、アイラが伏し目がちに答える。
するとお袋はニッコリと笑い、懐から茶色の皮袋を取り出した。
「ここに十万グランあるわ。 少ないけど、旅の費用の足しになさい」
「し、しかし……そこまで甘えさせていただくわけには!」
「いいのよ。息子の友人だのも。それに私らにはこれくらいしか出来ないもの」
そう言ってお袋はカウンターを布巾で拭く親父を一瞥する。
「……アイラさん、息子を頼む!」
と、低くて威厳のある声で親父が小さく頭を下げた。
「……はい、ラサミス君もライルもきっと無事に里帰りさせますよ」
「でもアイラさん、ライルはともかくラサミスなんか役に立つの? この子、正直冒険者の才能ないわよ。 何しても中途半端。 おまけに根気も根性もない穀潰しよ?」
……聴こえてるんですけど?
俺も一応アンタ等の息子なんですけど?
と言いたいが、ここはあえて大人になろう。
けっして事実だからじゃないぞ?
「いえそれは多分彼が自分の能力を生かしきれなかったからでしょう。 それに多様な職業をこなせるのは、間違いなく才能です。 きっかけさえあれば、必ず彼も才能が開花するでしょう」
お、アイラさんの素敵なフォロー入りました。
俺の好感度が五ポイントアップ。
「……そうかしら? とにかく迷惑かけると思うから、何でもこき使ってあげてね。 あ、それとラサミス。 この十万はアンタのバイト料から天引きね? わかったぁ?」
「お、おい! なら俺に渡すべきだろ!」
流石の俺も抗議せずにはいられなかった。
だがお袋は涼しい顔で――
「細かい事は言わない。 さっ、行った、行った! 正午に冒険者ギルドでエリスちゃん達と待ち合わせでしょう? 女の子、待たすんじゃないよ!」
と、俺の言葉を華麗に封じた。 流石年の功と褒めておこう。
「あい、あい、んじゃ行って来るぜ? じゃあな、お袋、親父!」
俺は食べ終えた皿をお袋に渡して、不貞腐れながら、玄関の扉を開けた。
ちょうどいい具合に教会の鐘が二回鳴る。
正午か、んじゃエリス達と合流するか。




