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淋しさ鬼  作者: 天宮秀俊
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ある夜そいつはやって来た

ある夜、そいつはやって来た。

今まで味わったことのない、奇妙な感覚が僕を捉えて離さない。天井からもう一人の僕が、布団の中にいる僕を見つめているような感覚。それはとても切なくて、とても淋しい。


僕は、恐る恐る、布団の中から、首だけ起こして辺りをゆっくりと見回した。

「あっ!」驚いたことに布団の周りにあるはずの畳がない! その代わりにあったものはゆらゆらと灰白色の湯気が立ち昇る暗い水面(みなも)だった。なんと布団は暗い水の上に静かに浮いていた。そしてすぐ目の前に見えるはずの部屋の壁がない! 壁があるはずの部屋の隅々に白い煙のような、(もや)が立ち込めていてよく見えなかった。湖か、池か、もしくは大きな淀んだ河か、僕を乗せた布団は向こう岸も見えない水面に浮かんでいたのだ。

僕は暫くの間その光景を呆けたように眺めながら、〝なぜ布団は沈まずに水の上に浮いているのか〟それだけを考えていた。なぜ? の疑問は本来ならもっと違うところに向けるべきなのに、僕は沈まない布団に固執していた。それは例えるなら、クリスマスに子供たちにプレゼントを届けるためにやって来るサンタクロースのソリは、なぜ空を飛べるのか? と言う思考にも似ている。人間が空を飛ぶなんてことは現実にはありえないことだと疑問を持ちつつ、サンタクロースがやって来ることは否定しないのだ。


水が動き出した。それまで静まり返っていた水面にさざなみが立ち始めた。そしてさらさらと水の流れる音が聞こえ出した。僕とコロちゃんを乗せた布団はどこかへ流されて行ってしまうような気がして急に怖くなった。そのときだった。遥か向こうの方から何か大きな物体がこちらに向かってゆっくりと近付いているのがわかった。

「桃や!」

思わず僕は声を出してしまった。その白く巨大な桃は、部屋の中央を横切り、対角線上に反対側に向かってゆっくりすぅーっと音もなく移動しているではないか!

呆気に取られて、僕はそのゆっくり移動している巨大な桃から目が離せないでいた。その桃は手を伸ばせば触れるぐらい近くをゆっくりと通り過ぎ、やがて白いもやの中に消えてしまった。桃が見えなくなって水面はなくなり、いつもの畳が姿を現した。

僕は、小さな子供ながら、その光景を、「ウソや! 夢を見てるんや!」と信じることができなかった。

それから、数日たって、ある夜、眠ろうとしていると、またあの時と同じような、どこか薄ら寒い妙な気分に包まれて、今回は、白いもやもやした空気が、天井の方からゆっくりと畳に向かって降りて来た。そしてやがて、さらさらと水の流れる音が、どこからともなく聞こえて来たかと思うと、前回と同じように、薄暗い向こうから、あの例の大きな桃が、ゆっくりと流れて来た。今度ははっきり見える。間違いない。やっぱり桃が流れている。夢なんかじゃない!

しかも、今回は桃の通る所だけ水があって、ちゃぷちゃぷとその水の流れに乗りながら、僕の寝ている布団を横切って反対側に向かってゆっくり移動している。やがてまたすーっともやの中に消えて行った。あまりに驚いて、階下にいる母にそのことを報告に行った。

「お母ちゃん、あのな、あのな、桃がな、大きな桃がな、流れて来てん!」

それを聞いた母は、笑いながら、「あんた夢見てるんや。アホなこと言うてんと、早よ寝ぇ」とまったく取り合ってもらえなかった。

「うそちゃうよ、夢ちゃうよ」

僕は悲しくなって、また二階の部屋にすごすごと戻って行った。横になっていつもの橙色のナツメ球を眺めながら、僕はいつしか眠りに落ちた。でも絶対に次は証拠を掴んでやると子供ながらに硬く心に誓った。


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