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嘘つきの異世界魔王譚  作者: 紅葉 咲
異世界 1日目
25/33

決意

怪物の叫びが心斗の耳に届かなくなってから数分後


心斗は少女とマウルと共に森の木々に身を隠していた


「…あの怪物、追ってはきていないようですね」


マウルは身を低くし、走ってきた方向を睨みながら言う


「そ…そう…です…ね…」


心斗は息を切らせ、木に背をあずけ座りながらなんとか相槌【あいづち)を打つ


ここまで走ってきたのはマウルで、心斗はその背にただ乗っていただけなのだが、マウルは特に疲れた様子を見せず逆に心斗は立つ事も出来ずにいた


そんな疲労困憊(ひろうこんぱい)といった様子の心斗の横には少女が寝かされていた


少女は胸を上下させしっかりと呼吸をしながら穏やかに眠っているようだった


それを見ながら心斗は身体を休めつつ考える


さっきはこの少女を死んでるもんだと思ったが、どうやらそれは俺の勘違いだったみたいだな…


そして少女の寝顔を確認しながら安堵のため息を漏らす


思えば銀髪イケメンに殺されかけるは死体を間近で見るはよくわかんねぇ化け物はでてくるはで気が動転していたんだろうな


それであの時、少女が呼吸を止めたと思っていたのだが、実際はわずかながらも息はしていたんだろうな


それに腕や足もありえない方向を向いていたように見えたが、改めて見てみるとちゃんと正常な方向を向いている


自分のことながら、よくそんな勘違いや見間違いをしたものだと思う


まぁでも、少女はこうして生きている


ならそれでいいじゃないか


そうして心斗は無理やり自分を納得させる


…ていうか、そうなると俺は生きてる人間に心臓マッサージとか人工呼吸とかしたけどそれはいいのか?


だが新たな疑問に心斗はすぐに頭を悩ませた


「…シント。ずっと気になっていたのですが、その少女はなんですか?」


その疑問もマウルの言葉ですぐに頭から追い出されたのだが


マウルは少女と心斗を交互に見ながら何とも言えないような顔をしていた


心斗が自分から落ちそうになりながらも決して離すことはなかった敵である人間の少女


何故心斗はそこまで離そうとしないのかとマウルは2人を背に乗せ走りながらもずっと疑問に思っていたのだ


「この少女は…」


心斗は喋りながら脳を回転させる


まさか正直に『死にそうだったからそのまま連れて来た』といってもこの上半身人間下半身馬の魔物は納得してくんないだろう


最悪この少女を殺すかもしれない


そして俺も裏切り者だとか言われ粛清(しゅくせい)されるかもしれない


そもそも裏切りも何も仲間になった覚えがないのだが、マウルから見たら俺は共に人間達と戦う魔物の一人なのだ


だがそれで殺されてはかなわない


「【この少女は私の決死の成果です】」


こうしてまた、心斗の【嘘】が始まる


「【成果、と言っても正確に言うならばはあの恐ろしい精鋭たちからなんとか捕らえてきた人間。いわば捕虜ですね。実は私は人間が奇襲をしかける為こちらに姿を露わした時、すぐに大反響笛を吹くようサチュに指示を出しました】」


「ンダミスとサチュに聞きました。シントはたった1人で人間達に挑んだのですね。サチュ様に確実に笛を鳴らさせるための護衛としてンダミスをつけ、共に人間達の目の届かないところまでは逃がすために。随分と無茶をしましたね」


「【あの時はそれが最善の策でしたから。それに私の力なら奴らを倒すわけでなく時間稼ぎくらいならそこまで無茶ではありませんよ】」


「時間稼ぎ?」


「【はい。サチュの笛に気づいたマウル様達が私達に合流するまでの時間稼ぎです。マウル様達が来れば奴らを迎撃するのはたやすかったはずですからね】」


「そうだったのですか…。シントはそこまで考えていたのですね…」


マウルはその【嘘】を聞きあの時何故自分は心斗の言うことをもっとしっかり検討しなかったのかと自己嫌悪する


マウルは北に向かう途中に響いた後ろからの笛の音を聞いた時から、自分の采配に後悔をしていた


何故自分はシントの言葉を無視したのか?


何故自分はシントを信じず北に向かったのか?


もっと良い考えがあったのではないか?


そんなマウルの自己嫌悪を見抜きながら心斗は【嘘】を続ける


出来るだけその自己嫌悪を利用できるように


「マウル様に最初に進言したよう、奇襲の事は予測していましたからね。【その後の行動を考えておくのは当たり前のことです。ですが、あの化け物が突如として現れ状況が変わったのです。人間達は私との激戦をやめ本拠地に退避をしだしました】」


実際は激戦ではまったくなかったのだが心斗の男のプライド(笑)が許さなかった


「【あのまま人間達をただ逃がしてしまえばまたいつ奇襲をされるか分かりません。それに奴らにはまだ何か隠してる奥の手のようなものがあるようでした。ですのでこのまま逃がすのは惜しいと考えたのです。せめて奴らに何かしらの打撃を与えるか、情報を得る必要がありました】」


「だからあの時人間達を追いかけたのですね。いきなり走り出すので何事かと思いましたよ」


「【あの時は申し訳御座いませんでした。どうしても説明している時間がなく…。ですが、何とか人間達の戦力に打撃を与え、情報を手にする事が出来ました】」


「え、あの短い間にですか!?」


マウルはその言葉に素直に驚く


心斗はその反応に満足したようにうなづく


「【はい。それがこの少女です】」


「? この少女が奴らに打撃を与え、なおかつ奴らの情報に繋がる?」


「【私はあの人間達と戦ってる時に何度かこの少女に攻撃を受けたのです。どうやらこの少女はあの人間達の中でも魔力がずば抜けているらしく、後方から魔力による攻撃、まるで風を凝縮したようなものをぶつけて来たのです】」


この少女は特に何もしてないが、とりあえず事実を少し含みながらこいつは凄い奴だということをすりこませよう


そうしないと戦力に打撃を与えたって嘘がなくなるし、次の嘘の伏線を張らなければならないしな


「風のようなものを? まさか、『台風女』!?」


「台風女?」


聞き慣れないださい単語だなと心斗は思った


「魔力使い達の中で特に危険だと言われている女の異名です。聞くところによると短い間で戦場の風を操り、遠くから見えない風の塊を放ち攻撃し、切りつけるため近付いたらその瞬間吹き飛ばされたりするそうです」


「…それは強いのですか?」


聞いてる限りでは、特にダメージは受けないような気がするんだが


「強いと言うよりうざいらしいです。風が読めなくなるのでこちらの矢がうまく当たらなくなったり、風の塊に当たってよろけているうちに他の人間にやられたり、近付いたら吹き飛ばされすぐにまた近付いたら吹き飛ばされを永遠に繰り返していたら援軍に囲まれたりするそうです」


「そ、そうなんですか…」


確かに考えてみたらうざいが、最後の援軍に囲まれるのはただただバカだろ


そんな変な女がいるのか。一度見てみたいな


「でも聞いた話では青い長髪で大きな杖を持った背の高い巨乳と聞いていたのですが…」


いたわ。『台風女』いたわ。まさにそいつにやられてたわ


「…ですが実際マウル様が見たわけでもないのですよね?」


「まぁそうですが…。私は噂、と言うかこんな奴がいるから気をつけろと少し話された程度ですね」


「【ふむ。まぁ所詮(しょせん)噂は噂。実際はこのような少女でしたしね】」


やばいな…


もしその台風女を直接見たって奴が出て来た時色々面倒なことになりそうだ


でも言葉は吐いたら戻らないし、これは早めに対策を練っておかねぇと…


心斗はマウルに気づかれないよう小さなため息をつき、嘘を再開させる


「【とにかく、この少女を早く拠点に連れて帰りましょう】」


「なぜこの人間を拠点に連れて行くのですか? 危ないですからここで殺しましょうよ」


そのマウルの言葉にマジかこいつと心斗は頭を抱えたくなったがそれを表面に出さず説明する


「マウル様。【この人間は精鋭の人間であり『台風女』です。つまりそこらの一般の人間兵よりも多くの情報を持っている可能性があるのです。次の人間達の作戦、指揮官の居場所、他の精鋭たちの素性。どれも垂涎ものの情報をこの人間の頭に入っている可能性があるのですよ。それを殺してしまったら逆にこちらに打撃が入るようなものです】」


「な、なるほど…! シントはそのような重要な人間をあの化け物が暴れる戦場からとらえて来たのですか…!!」


「はい。ただ、この人間は瀕死で喋る事はおろか目を覚ますことも今は出来ないのです。なので一度私はこの人間を拠点に持ち帰り治療がしたいのです」


「そういうことだったのですか。分かりました。なら早くサチュ様達と合流して拠点に戻りましょう!!」


「あぁそうだマウル様、もしかしたら事情を知らない他の仲間たちがこの人間を殺しにかかるかもしれませんから、その時はマウル様が説明をお願い致します」


「? えぇ、わかりました」


マウルの反応に心斗は悪い笑みを顔に浮かべる


隊長であるマウルを上手く丸めこめた…!!


俺がこの少女を殺さないでくれと頼んだところで他の魔物が納得してくれるとは思えない


だが、名の知れている戦士であるマウルが少女を殺すなと言えばどうだ?


勿論、マウルより格がしたの魔物や部下である魔物は少女には手を出せないだろう


上の奴も、一考くらいはしてくれるだろう


なんせ1小隊の隊長を務めるマウルが殺すなと言うのだからな。多少不信感があろうがわざわざ殺そうとはしないはずだ


治療もこの流れなら少なからずしてくれると思う


さっきは血まで吐いていたんだ。見てみる限りは穏やかに眠ってはいても実際は死にかけかもしれないんだ。


絶対に治療してもらわなければ…


それに、マウルの俺に対しての株も少しはあがっただろう。自分の采配が間違っていて、俺が正しかったという意識もあるはずだから、俺のこの意見も、これからの意見も無下にはしないはずだ


うまく事が運んでいる


そう、ここまではうまくいっているのだ


だがまだまだ問題は山積みだ


心斗は顔から笑みを消し、少女を見やる


それでも俺はこの少女を守る


俺が自分の血で呼んだ水獣でこいつの仲間を殺してしまったんだ




あの水獣の吐きだす酸で焼かれ死んだ子供


空から落ちて来た大木に潰され死んだ子共




あの二人は、助けられなかった


だから、俺は絶対にこの少女を守る


命をかけて守るんだ…!!


「ではマウル様、拠点に向かいましょう」


「休憩はもういいのですか?」


「はい。捕虜が死体になる前に早くむかわねばならないので」


「わかりました」


こうして心斗は立ち上がり、寝ている少女を持ち上げ、抱きながら拠点へとマウルと共に歩き出した








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