『奴隷』と『魔物』の出会い 3
「GIAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
『水獣』の大人すら丸のみにできるような大きな口から、耳をふさいでも鼓膜が破れてしまうのではないかと思われる程大きな咆哮が発せられます
私はその咆哮だけで足から力が抜け、背中に背負った荷物を大きく鳴らしながら膝から地面に崩れてしまいました
「スーザ! 本当にこんな化け物が第6級程度の野生生物なのか!?」
隊長は水獣に向け剣を構え叫びます
ですがスーザさんはおろか、隊の皆様は誰も隊長の叫びに答えませんでした
隊長の声は聞こえているはずです。だって私が聞こえているのです。私の横にいるスーザさんが聞こえないはずがありません
もしかしたら水獣を目の前にした恐怖で誰も喋れないのかもしれません…
「クソッ!! なんて魔力の量だ…。魔力を見る事が出来ない私でも魔力がうっすら見える程の量…。第4、いや下手したら第3級にもとどくほどの…!!」
「ふぁぁぁぁあああ!? 思ってたんと違う! 思ってたんと違う!! もすこし穏やかで魚っぽいのが来ると思ってた! なんなの!? なに食ったらあんな大きく何の!?」
先ほどまで湖の中で戦っていたため湖の中から現れた水獣に私たちよりもずっと近くにいる隊長と『魔物』はそれぞれ叫びます
隊長は凛々しく叫び
魔物は情けなく叫びました
水獣はその同じ叫びでも質が全く違う叫び声に気づいたのか、おぞましい顔をすぐ近くの2人に向けました
そして少し間をおいて、口を開けました
先ほど水獣が咆哮を上げた時にみえた大きな2本の牙とその牙の後ろに続く無数の小さく尖った歯が今ははっきりと見えました
「ハイネ! 急いでこっちに来い!!」
突然、スーザさんが我に帰り誰かの名前を叫びました
「ッ!? 分かった!!」
その声に隊長は答え私達がいる森へと急いで走ってきます
隊長って『ハイネ』って言葉だったのですか…
ここに来るまで皆様は隊長を『隊長』としか呼んでいなかったので知りませんでした
…私はこんな時に何を考えているんでしょう。これが現実逃避と言うものなんでしょうか?
「あ、待って俺も俺も!! 俺も行く!」
こちらに走り出した隊長を見て『魔物』も転びそうになりながらも何故か隊長に並ぶように一緒にこちらへ走りよってきます
「リー! ハイネがここに来たら急いで《風》属性の魔法を組んで私たちの目の前に簡単なものでもいいから壁を作れ!! クアラとゼルもこちらに来い!!」
スーザさんは隊長が走り出すや否やすぐにリーさんに指示を飛ばし、少し離れた位置で弓を静かに水獣に向けて構えていた2人の女性を呼びよせます
「どうしたんだスーザ? お前が隊長を名前で呼ぶなんて」
「いいから皆もあの水獣から目を離すな! どうやらもう準備が出来たらしい…! いったいどういうことだ、何が起きているんだ!?」
後ろで大剣を握るガライさんの言葉をさえぎりスーザさんは怒鳴りました
見ると額には汗がにじみ、端正な顔に苦々(にがにが)しい表情を露わにし水獣を見ていました
私はそのスーザさんの視線を追うようにスーザさんからまた水獣に視線を戻しました
水獣は私たちを口を大きく広げた状態でもしっかりと見据えていました
「え?」
そこで私はある事に気づき、間抜けな声を上げてしまいました
水獣の長い2つの牙が消えていたのです
代わりに、奥にあった無数の小さく尖った歯が奥から盛り上がるように露出していました
「リー!! 魔法は発動できそうか!?」
スーザさんは一番後ろにいるリーさんに魔法が発動できるかを聞きます
「もう組んだ、発動もできる。でも隊長がまだ来ない」
リーさんは最初にあのよくわからない『魔物』に攻撃をした時と同じように杖を前に出す構えをとりながら言いました
隊長は足が遅い訳ではありません。むしろ速いです、ですが私たちのいる森からはある程度の距離があったためまだこちらにはこれません
「GULAAAAAAAAAAAA!!!」
ですが、隊長が私たちと合流するのを水獣が待つことはありませんでした
水獣は咆哮を上げると同時に何かをこちらに飛ばしてきました
良く見えませんが、何か、液体のような…
なんにせよ、私たちにとって良いものである可能性は限りなく少ないでしょう
「リー! 魔法を発動させるんだ!!」
スーザさんが本日何度目かになる叫び声を上げます
「でも…!」
リーさんはまだ隊長が来ていないのを気にして魔法を使いません
「迷うな! やるんだ!! 皆を殺す気か!?」
スーザさんは前にいる隊長から目線を外し、身体ごと振り向きリーさんを真正面から見て怒鳴りつけました
「…ごめん!!」
リーさんは最後にそう叫び魔法を発動させました
因みに、他の2人の奴隷もほうほうのていでリーさんの後ろに隠れるのをみました
突如大きな風が何処からともなく吹き荒れ、私たちの目の前に大きなつむじ風が発生しました
そのリーさんが巻き起こしたであろう風は、水獣が飛ばした『何か』が私たちに降り注ぐ前に周囲に飛び散らせました
私は視界の端で『何か』が触れた木々が嫌なにおいを発しながら溶るのをみました
中には大きな音を立てながら倒れる大木もあります
「これはまた、想像以上に恐ろしい攻撃みたいですね」
ダメルさんが小さな声で呟きました
「やはり報告にあった『酸攻撃』か…! だが報告では『酸』を飛ばすには時間がかかるはず…しかも僅かですが魔力が含まれているみたいですね…。 これにあたったらいくら魔力で身体を強化している私たちでもひとたまりもない…! 隊長! 無事ですか!?」
スーザさんは前方にいた隊長に声をかけます
が、返事は帰ってきませんでした
リーさんが巻き起こした風はそれほど時間をかけずすぐに収まり、それに伴い目の前をさえぎっていた土埃もなくなりました
「嘘だろ…?」
そこには、隊長はおろか先ほどまで平坦だった地面のいたるところが穴だらけになってしまった光景が広がっていました
「…おい隊長! 悪ふざけにしてはタチが悪すぎるぜ!? 早く姿を見せてくれよ!!」
「そうよ! 今はそんな冗談やってる場合じゃないのよ!?」
ガライさんとクアラさんは前に一歩二歩進み叫びました
その声に続くように後ろでガランッと大きな音が鳴りました
振り返れば、リーさんが杖を落とし顔をてで覆っていました
「や、やっぱり…。わ、私が隊長が来るまで魔法を使わなければ」
「使わなければ、なんだ? 私たちも消えていたんだ。お前の使った魔法は少なくとも私たちの命を救ったんだ。気に病む必要はない」
スーザさんは静かな声でリーさんの言葉をさえぎりました
「だ、だけど…!!」
それでも、リーさんは食い下がります
「それに隊長が来る前に魔法を使えと指示をしたのは、命令をしたのは私だ。ならば責められるのはお前ではなく私だ。だがな、」
スーザさんは前に視線を戻し、湖の上からこちらをジッと見ていた水獣を見据えてまた静かに言いました
「責めるのは、水獣をどうにかした後でにしてはくれないか?」
「GAAAAAAAAAAAA!!!!!」
そのスーザさんの言葉を合図にしたかのように水獣はこちらへと長く大きいからだを動かします
「来たぞ!! クアラとゼル、リーは杖を拾いとにかく距離を取れ! ガライとオイは足止めに命をかけろ!! ケイとダメルは私から離れるなよ!!」
いままで指示を飛ばしていたのは隊長でしたが、隊長がいない今この隊を統率するのは副隊長であるスーザさんの役目です
スーザさんはものすごい速さでこちらにむかってくる水獣を見て仲間に指示を飛ばします
「なんて早さだ!? こいつは『水』専門じゃぁなかったのかよ!!」
ガライさんはオイさんと共に前に出て水獣の移動する速さに舌うち交じりに叫びます
「報告書を見ていないのかガライ!! こいつは陸でも『多少は』動けると書いてあっただろう!!」
「これが『多少』って言うなら、俺の脚は大分遅いって事になるなぁ!!」
大剣を頭上に掲げ、水獣と向かい合います
「いけるのか?」
スーザさんはそのガライさんの独特な構え方でガライさんが何をしようとしているのかが分かったらしく不安げな声を上げます
「俺らを率いる奴がそんな不安げな声を出すなよ。俺を誰だと思ってんだ? どんな化け物でもブッ潰してきた『噴火のガライ』だぜ?」
ガライさんが誇らしげにそう言った瞬間、頭上に掲げていた大剣から炎が上がりました
あたりはその剣から湧き出た炎の光りで一気に明るくなりました
水獣はその突如現れた光りにも動じず速度を落とすことなくこちらに向かってきます
どうやらそのまま私たちに突進をしてくるようです
私は静かにスーザさんに近寄りました
別に近寄ったのはスーザさんが綺麗な金髪の端正な顔をした男だからという理由ではありませんは『解析』という才能がある代わりに戦闘が出来ないと言うのをここに来る前の隊の皆様の会話で知っていました
私はその戦闘力がなく、なおかつ副隊長という高い身分のスーザさんの近くにいればスーザさんを守ろうとする他の隊の皆様にスーザさんのついでに守ってもらえると考えたからです
そして、水獣の血走った眼までもが視認出来るほど近付いた時にあたりを照らしていた光がより一層強く輝くのと、水獣が大口を開けるのは同時でした
あたりに金属と金属が強くぶつかった音が鳴り響きます
その音は周りの木々に反響し、まるで森が叫びをあげているような錯覚に陥ります
「かってぇなぁこの化け物がぁ!!」
眩しさに眼を閉じていると、ガライさんの怒声がすぐ目の前で聞こえてきました
眼を開けると、ガライさんのもつ燃える大剣が今にも噛みついてこようとする2つの大きな水獣の牙を受けとめていました
「ただかっこつけて振り下ろすだけでは通る攻撃も通りませんよガライ!!」
そこへどこからか現れたオイさんが針のような刀身の剣を水獣の大きな胴体に突き刺します
「YAAAAAAAAA!!」
水獣は攻撃された痛みでかは分かりませんが、また咆哮をあげました
「ああぁんっ!?」
「なっ!?」
ですが何故かその咆哮だけで、水獣と対峙していたガライさんとオイさんは吹き飛ばされ私とスーザさんの近くにあった木に身体を打ちつけます
私とスーザさんも割と近くにいたせいなのか、風に飛ばされるような感覚を覚えました
「…オイ。無事か?」
「無事です。…と言いたいところですが左腕をやられましたね」
2人は背中を強く打ちつけたかのように見えましたが、それでもすぐに立ち上がりお互いのダメージを確かめます
「ハッ。じゃぁもう下がってろよ」
「ガライは大丈夫なんですか?」
「俺をなめんな。食らう瞬間こいつで防御した。まぁそんなの関係なく吹っ飛ばされたんだがな。だが、お前よりかはダメージをくらってねぇよ」
「まぁたそんな強がりを言って…。今どんな攻撃を受けたのかさえ分からないのですよ? そんな状態であなたを一人で戦わせる訳にはいきませんね。 それに私は右利きです。私の剣は軽いので片手で十分です」
「じゃぁ普段は二刀流でいいじゃねぇか…。おいスーザ、いや副隊長さんよぉ! 今の攻撃なんだかわかるか!?」
ガライさんはあの攻撃を受けてもなお笑みを浮かべたままスーザさんに先ほどの咆哮は何なのかを聞きます
「…おそらくだが、水獣はいまの咆哮に合わせて魔力を放出したんじゃないかと思う」
「は? じゃぁ俺とオイは水獣に魔法攻撃を食らわされたってことか!?」
「違う。 野生動物は例え1級でも魔法を使うことは無い。あれはただ体内魔力を外に放出しただけだ」
「ってことはなにか? あいつは魔法を組まないで、純粋な魔力のみで俺達を吹っ飛ばしたのか!?」
「あぁそうだ。だがその魔力の放出は水獣にもダメージがあるみたいだな」
水獣は明らかにこちらに突進を仕掛けて来た時よりも弱っていました
口からはよだれをたらし、首が左右に揺れています
そんな水獣に一本の矢が突き刺さりました
「GULAAAAAAAAAAAAA!!?」
私はすぐに矢が飛んできた方向を確認しました、ですがそこにあるの大きな木によって紅い星の光がさえぎられた暗い森が広がっているだけでした
「お、もっと遠くいかなくていいのですかねぇあの3人は」
「だが、良いタイミングですね。今打ったのはゼルとクアラのどっちだ?」
「ケイとリーが見当たらねぇがどうしたんだ?」
3人が私と同じ方向を見て言います
どうやら私に見えないだけで暗い森の中には弓使いのゼルさんとクアラさん、そしておそらくダメルさんがいるのでしょう…
同じ方向を見ているのに、私だけ何も見えないと言うのは恐ろしかったです
そして、悔しかったです
「いまリーが魔力練ってるからせめてそれまで死なないでおいてよ!!」
そんなことを考えていると、声が聞こえました
それと同時に沢山の矢がその暗闇の森の中から放たれます
「そりゃ、保証できませんね」
「ですね」
「そんなことよりスーザ。 解析はすんだのか?」
「まだだ。 もう少し待て」
「簡単に言ってくれるなぁ。もうあいつ、やる気だぜ?」
水獣は矢を何本か首や胴体に刺したまま身体を起こします
「ったく…。 こちとら魔力全開で戦ってんのになぁ…」
そう言ってガライさんの握る黒ずんだ大剣はまた炎に包まれます
「さっきした攻撃で一応麻痺毒を流したのですが、あまり効いてないみたいですね」
それにならい、オイさんも右手で針のような剣をふるいます
「あぁもう!! さっきの魔物といい、なんで魔力を纏った矢が全然刺さんないのよ!! ほんっとふざけてる!! これじゃ隊長が浮かばれないじゃない!!」
「落ち着いて。何本か刺さってる。鱗の隙間を狙って」
「風も吹いてない状況、2人ならできます」
「~ッ!! ダメルがそういうならやってやるわよ!!」
森の中からも3人の声が聞こえます
ですが、水獣もただ黙ってそれを見ているだけではありません
また上から私たちを見降ろすように顔を高く上げ、口を大きく開きました
「!? スーザァ!! あの行動ってもしかして!!」
「あぁ。ガライ、お前が思ってる通りだよ。あの『酸』の攻撃がくる」
「そんな…。そんな必殺技みたいなのが何回も撃てるとはいよいよ化け物ですね」
「今リーは魔力を練っている。風で守ってもらえない今度は自力で全てかわすぞ」
スーザさんは眼を険しくさせていいます
それは私には不可能だと思えました
「面白い事言いうな副隊長。あれ、雨のように降ってきてたんだぜ?まさか見てないとかいわねぇよなぁ?」
「雨をかわすと思えばいいだろ?」
「それだったら私はもう濡れて家に帰ることは無くなるのでしょうねぇ」
そんな軽口を吐きあいながらも3人の表情は硬くなる一方でした
私はなにをできると言うわけではないので、ただただ皆さまが頑張ってくれることを願うのみでした
そんなとき、一本の矢が水獣の大きく開いた口に入りました
「GAA!?」
水獣は短く吠え、態勢を崩しました
「よし…。命中」
どうやらゼルさんが放った矢が水獣の大きく開いた口の中に入ったようです
「よくやったゼル! 帰ったら酒でもおごってやるよ!!」
「肉もおごって」
「ではそれは私が奢りましょう」
酸攻撃を防いだゼルさんはご飯の約束を取り付けました
ゼルさんは私と同じくらい小さいのに私の6倍ご飯を食べると奴隷仲間の話しできいたことあるので、ガライさんとオイさんがした約束は少々軽率なのではないのかとも思いましたが、考えてみればこの方々は私たちと違いお金を出せば好きな時に好きなだけご飯が食べれる身分だと言うのを忘れていました
私たち奴隷はお金を出しても足元を見られお金にあった量の食べ物を手に入れる事は出来ません
「よっしゃ!! さすがゼルね! これであの厄介な酸は防げたわ!! …あれ撃ってきたわよ!?」
隊の皆様が酸攻撃は来ないと思った矢先に水獣はその考えを否定するように口から酸を吐き出して来ました
「おいおい口ん中に矢が刺さっても攻撃出来るとかあいつどんだけタフなんだよ!?」
「言ってる場合ですか!? どうするんですか!!」
「いや、落ち着け2人とも。どうやらゼルの矢は無駄だった訳じゃないみたいだ。明らかに最初の酸よりも量が少ない」
言われてみると、最初の攻撃は空を埋め尽くすかのような量の酸が飛ばされてきていました
ですが今私たちに襲いかかってくる酸は幾分か量が少なくなっていました
「…確かにそうだな。これくらいならよけれなくはない!!」
「所でガライ。お願いがあるんだが?」
「なんだよ? もう降ってくるぞ?」
「私を守ってくれ」
「あぁん!?」
そして酸の雨は私たち4人に降り注ぎました
オイさんは華麗な身のこなしで酸の間をくぐり抜けます
そしてガライさんはスーザさんとそれの後ろに隠れる私の前に立ち、逃げずに炎を纏う大剣を大きく振るいました
するとスーザさんと私に襲いかかってきていた酸はガライさんの一撃で見事に飛び散りました
「さすがだな。最初からそれをやればよかったんじゃないのか?」
「最初の量じゃいくらなんでも払いきれねぇよ。今のでも払い切れてねぇんだからな…」
そういってガライさんは横腹を抑えました
「奴隷が一人まともに酸を被りました!! って、ガライ大丈夫ですか?」
オイさんがこちらに走り寄りながら報告します
どうやら先ほどから見当たらない2人の奴隷仲間の内1人が運悪く攻撃に巻き込まれたようです
「クソッ。 その奴隷の持ち物は大丈夫か?」
スーザさんはすぐに荷物は無事か聞きます
「確認してる暇はありませんでした」
「なら今すぐ確認して来い」
「人使いが荒いですねぇ…」
オイさんがそう答えた時、地鳴りが聞こえてきました
この音は水獣が鳴らしていました
水獣は、湖から完全に出てその巨体で地面をのたうちまわっていました
「!? 水獣が何かやってんぞ!?」
ガライさんは痛みで額に汗をにじませ叫びます
「まさか、酸を出した直後でも動けるのか?」
スーザさんは信じられないと言うように呟きました
「AGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「このやろう…! めちゃくちゃに動きだしやがって!」
水獣の周りに生えていた木々は折れ、水獣の身体に押しつぶされるかどこかに飛ばされていきます
「言われた通り、先ほど酸にやられた奴隷が持ってた荷物を確認してきましたよ」
オイさんはそんな状況でも一人冷静に先ほど酸を被った奴隷の様子を確認してきたようです
「どうだった?」
「ほとんど溶かされてしまい、使い物になるのは矢が数本と気付け薬が4個です。どうやら奴隷は酸を食らう直前に荷物を盾にしたようです」
オイさんは奴隷への怒りを隠そうともせずに言いました
「やってくれたな。その奴隷はどうしている」
「もう息はしていませんでした」
「そうですか。どうせ死ぬのならせめて荷物は守ってほしかったんだがな…」
スーザは小さく舌打ちをしながらオイさんの報告を聞きました
「ケイ。クアラとゼルに矢を持つ奴隷がヘマをしたせいで矢がなくなったことを今すぐ伝えてきてくれないか? あと解析がもうそろそろ終わるから伝言ついでにここまで連れて来てくれ」
「荷物確認の次は伝言ですか?」
「お前が一番適役なんだから仕方ないだろう? お前の足は隊の中で一番なんだから」
「ええ。そうですよ」
オイさんは臆面もなく言うと、3人がいると思われる暗い森へと走り出しました
「さて…」
スーザさんは金髪をかきあげ、めちゃくちゃに暴れまわる水獣を見据えました
「スーザ。一応聞くがちゃんと俺たちに指示を出しながらも解析は続けていてくれたのか? もしかして指示を出すのに忙しく解析してないなんてこたぁ…」
ガライさんは片手で横腹をおさえつつももう一方の手ではしっかりと大剣を握っていました
「あたりまえです。というかもう解析は終わっています」
「なんだよ。じゃぁ早くその解析結果を教えてくれよ」
ガライさんの言葉にスーザさんはゆっくりと口を開きます
「…どうやら、私たちが今相対しているものは規格外の生物らしいですね」
「そんなのは分かり切ってるだろ…? あっ。…チッ。まぁた奴隷が一人逝きやがったな。のこりは副隊長にひっついてるそれだけかよ」
ガライさんはそう言って私たちからそれほど遠くない箇所を指さします
私はあまりの光景に短い悲鳴を上げてしまいました
「ヒッ…!!」
指の差された場所を見ると、倒れた大木の下から伸びる手が見えました
人間として確認できる部位はそこだけでした
後はそれを彩るかのように周りに飛び散った紅い液体と、ところどころにある人間の部位に見えなくもない肉が散乱しているだけでした
吐き気がこみ上げてきました
「どうやらあの奴隷は木の陰に隠れて酸の攻撃を乗り切ったみたいだが、さすがに飛んできた大木には対応できなかったみたいだな。隠れてた木ごと押しつぶれたようだ」
スーザさんはそのような悲惨な光景を興味なさげに解析しました
「まぁ今度は荷物は無事みたいですからいいでしょう。ただ、私たちもあの水獣がめちゃくちゃに暴れて飛ばしてくる木には気をつけた方がいいみたいですね」
「森に逃げても生えてる木のせいで上から降ってくる木には気づけないしで押しつぶされ、森から出ると酸の雨にやられんのか。全く水獣のくせに空からの攻撃が多すぎるぜ。こりゃ本格的に死ぬんじゃねぇのか?」
「リーが魔力を練り終わるまでの辛抱だ。それまでは生き残ってくれよ?」
「本当。ガライに死なれたら困る」
スーザさんの言葉にガライさんが答える前に別の、ガライさんのだみ声とは似ても似つかない幼い女の子の声が答えました
声のした方、すぐ後ろを見るとそこには3人の女性が立っていました
幼い女の子、私と同じくらいの背丈をしその背丈に合わない大きな弓を持った女性であるゼルさん
ゼルさんと同じ弓を右手に持ち、女性にしては高い身長の茶髪のクアラさん
猫背で目には深いクマを浮かばせ、ぼさぼさの黒髪を肩まで伸ばしたダメルさん
その3人がすぐ後ろに気配を消して立っていました
「…仲間に近付く時くらいは気配を消す隠蔽魔法は解いて欲しいものなんだが?」
スーザさんは眼を細めてダメルさんを見ながら言います
「戦いの最中、又は終わってすぐには魔法はを解いてはいけないってスーザさんこの前宴会の時に言ってたじゃないですかぁ…」
「…覚えていないな」
「あ、酷いです」
ダメルさんは隠蔽等の魔法を得意にし、弓使いで有る二人の援護としてこの隊に配属されています
「おぅ。3人とも無事だったか。にしてもゼルが俺の心配してくれるとはなぁ。勇敢に1人で水獣と戦う俺の姿に惚れたか?」
「私も戦いましたが?」
「オイはなんか違うじゃんか」
「私はガライに惚れてない。酒をおごってもらわなきゃいけないから」
「…そういえばそんな事も言ったなぁ」
ガライさんは大げさに肩を落とします
「で? 解析が終わったって聞いたから死ぬ気で倒れる木の間を走ってきたんだけど?」
クアラさんは少しいらだち気味にスーザさんを見ます
「あぁ御苦労様。解析は無事終わった。端的に言うとあの水獣は第3級相当の化け物だ」
「第3級!? 第6級から大分出世してるじゃねぇか!!」
野生動物にはその危険性の度合いから1~12の階級に区分されています。その中でも第三級は上位に位置するものです
どれくらい危険なのかは、私には分かり兼ねますが…
「それだけじゃない。…あいつは何故か2種類の魔力を持っている」
スーザさんはあの水獣が第3級であると言った時よりも重くその言葉を私たちに伝えます
「? 魔力を2種類?」
「あぁ。片方の魔力はそこまで多くは無い。だがもう片方の魔力は異常だ。それも、その異常な魔力の種類は先ほど俺達と戦ってたあの不気味な『魔物』と同じ魔力だ」
あの『魔物』…
そういえばあの美しい『紅い魔物』はどこに行ったのでしょうか…?
「!? いったいどういうことですか?」
「俺にもよくわからなかったが、あいつはこの水獣が出てくる瞬間『水獣を洗脳した!!』と叫んでいた。もしかしたらあの『魔物』は何らかの方法で水獣に自分の魔力をとりこませどこか安全な所で操っているのかもしれない」
「じゃぁこの状況は全部あの『魔物』のせいだっていうのか!?」
隊の皆様に動揺が走ります
今迄全力で戦ってきた相手が実はただの操り人形である可能性が出て来たのです。そうなるのも無理はないのかもしれません
そんななか、ケイさんが「でも…」と声を上げました
「でもそれだと少し変じゃぁないですかぁ? 確かあの魔物も水獣に襲われていませんでしたかぁ?」
「…ケイの言う通り、そこは私も引っかかっていました。なぜ魔物は自分が洗脳した水獣に酸の攻撃を受けていたのか。もっと言えば水獣が出て来た時の演技とは思えないあの驚きよう。あの『魔物』には新種であることに加えて不可思議な点が沢山あります。ですが、不可思議な点が多すぎて逆に何が一番不可思議なのかが分かりづらくなっているような感じです…」
スーザさんは顎に手を当てて自分の考えを呟きます
「私が不思議だと思っているのは一番最初に大声で私たちの目の前に出てくる行動ですかね。騙し打ちならその行動をするのは致命的なはずです」
「俺はその洗脳ってのが引っかかる。何であいつはそんな芸当が出来るのに最初からそうやって仕掛けて来なかったんだ?」
「あいつ最初あんなに弱弱しかったくせに湖に入った途端雰囲気がかわったわよね?」
…隊の皆様はあの『魔物』について話しあいだしました
「GULAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
ですがその話はすぐに水獣の咆哮と近くに落下してきた大木により強制的に中断させられました
「…どうやらお話しは終わりにした方がよさそうだな」
「もう少しで何かが分かりそうだったんですがねぇ…」
「続きは無事生きてからですね」
私たちの周りに先ほどまではそんなに飛んでこなかった大木が、今では沢山飛ばされてきていました
「もしかしてあの化け物、大木をでたらめにではなくちゃんと俺達を狙ってこっちに飛ばしてきてやがるのか!?」
みると水獣は、私たちをしっかりと見据え大木を飛ばして来ていました
「そんな知恵もあるのか…? やはりでたらめすぎる。 はやく射程から離れた方が得策だな。皆、走るからおいてかれるなよ!」
そう言ってスーザさんは走り出します
隊の皆様もそれにならいスーザさんを追うように走り出します
私も置いてかれないよう走りますが、背中にしょった皆様の荷物が重いのと身体を強化する魔力がないのとで皆様にすぐにおいて行かれそうになります
「…そういえばリーとケイはどこだ!? 見当たらんぞ!!」
スーザさんはあぁそうだ思い出したと言うように叫びます
「私が隠蔽魔法かけたからね!」
その叫びにダメルさんは笑顔で答えました
「誇らしく言うな!! リーは無事なのか!? どこにいる!?」
「あそこにいる」
ゼルさんが走りながら指をさします
そこはやはり暗い森の中、私には全くリーさんとケイさん2人の姿は見えませんでした
「あそこだな!」
ですがスーザさんは私と違いすぐに2人を見つけたのかその後すぐに水獣が私たちのいる方向に飛ばしてくる大木の軌道を確認します
「…あぁ駄目だ! 2人がいる所にも大木が飛んできている!! オイ! いけるか!?」
「オイならもう走ってったよ!! だが木がリーとケイに当たる前に追いつくかはわからねぇ!!」
「2人共聞こえるかぁ!! 魔力を練るのはやめて早くそこから移動しろぉ!!」
スーザさんは悲痛な叫びをあげました
「やめなくていい。私がお前達を守る」
瞬間、空から降る1本の大木が真っ二つになります
その大木はそのまま森に落下し、木々をなぎ倒し砂埃を巻き上げます
そして光を遮っていた木が消えたことによりそこには紅い星の光が降り注ぎました
そして、その紅い光に照らされるのは
異常なほど長い剣を持つ銀髪の男性でした
「隊長!!」
スーザさん達は何かにはじかれたかのように隊長に向かって走り出します
私も遅れながら隊長に走り寄ります
「すまん。遅れたな」
「今までどこにいたんですか!? いや、それよりも身体は無事ですか!?」
クアラさんが抱きつく勢いで隊長に詰め寄ります
「あ、あぁ。間一髪あの『魔物』に助けられた」
「あの魔物にですか!?」
ケイさんが驚きの声を上げます
他の皆様も同様に信じられないといった表情をしていました
「詳しいことはあとだ。とにかくあの暴れまわる水獣を早く何とかしなければ」
隊長は水獣を睨みながら言います
…今気づきましたが、隊長の後ろには杖を高く掲げるリーさんと、隊長を熱っぽく見つめるケイさんがいました
「いえ、あいつは第3級ほどの力を持っています。私たち9人ではとても太刀打ちが出来ません。隙を見て逃げるしか命が助かる見込みはありませんよ」
スーザさんは先ほど自分で解析した内容を隊長に報告しました
「…それは本当か?」
「こんな状況で冗談を言えるほど私は面白い人間ではないことは、よく知っているでしょう?」
「ははは。確かにそうだったな」
隊長はこの状況に似つかわしくない、明るい声で笑いました
「なに笑ってるんですか? こっちは隊長が死んじゃったのかと思って泣くのを、我慢して居たのに…」
ゼルさんが隊長の近くに歩み寄ります
「それは、悪かった。だが泣くのはあとでにしてくれ。さすがにお前でも涙に滲んだ眼ではあの水獣の攻撃全てかわせないだろう」
隊長はゼルさんの小さな頭をなでながら言いました
「おいこら色男! 女手篭めにしてるとこ悪いんだがあの蛇野郎また酸を撃ってこようとしてやがるぜ!!」
ガライさんが怒鳴ります
その声は怒っていながらも、先ほどの声とは違いいくらか余裕そうな声でした
隊の皆様は、隊長が生きていたことにより何かが変わりました
「クアラ、ゼル。 矢を放てるか?」
隊長は2人を見ながら言います」
「あんた話し聞いてなかったの!? あのクソ奴隷がヘマしてくれたせいでもう矢が無いのよ!!」
「そんな話し、されていないのだが…」
「はぁ!?」
「す、すまん」
隊長はクアラさんの謎の迫力に押されてしまいます
「私も、もう撃ち切った」
ゼルさんは弓を入れる筒を見せながら言います
「奴隷が持っていたじゃないか。ほら、あの…なんだ? 顔にあざがある奴隷だ」
隊長は周りを見回しながら奴隷の特徴を述べます
顔にあざの有る奴隷、ドネクミの事でしょう
彼女は確か、酸を被って死んでしまったんでしたか…
「あぁそれならさっき死んだよ。俺達の武器も巻き添えにしてな」
「…そうか。もっと足の速いやつを連れてきておけばよかったな。すまなかった」
隊長は弓を持つ2人に頭を下げ謝りました
「いいですよ。隊長のせいじゃないです」
「そうよ。奴隷がちゃんと避けなかったのが悪かったんだし」
2人はそう言って頭を下げる隊長を励まします
「だから奴隷を選ぶ時は私も連れて行けと言ったでしょう? だから奴隷が今はこれしかいないんです」
スーザさんは隊長を戒めながらちらりと私を見ます
その眼はやはり、とても冷たかったのでした
「だが、そうなると本格的にどうする? 何かしら水獣の隙を作らねばならんだろう。いつまでも飛んでくる大木をかわしていけると言う保証もないし、いつあの『魔物』の応援がかけつけるかわからん」
「応援はまだじゃないですかね? まだ笛が鳴ってから10分たったかたってないかですから」
隊長の不安をぬぐうようにオイさんが言いました
「…まだそれくらいしかたっていないのか」
「時間は嫌な時ほど長く流れるもの」
「確かに。ゼルの言う通りだ!!」
「だな!!」
隊長とガライさんは降り注ぐ大木を斬り、砕きながら同意を示しました
「だが、本格的のどうする? 一か八か、全力でこの森を走るか?木々のせいで空を飛ぶ隊僕が見えずらいが感でよけられるだろう」
隊長がとうとうむちゃくちゃなことをいいだしました
隊の皆様なら可能でしょうが、それを実行されると確実に私は死ぬのでやめてほしいです
「矢は必要ない」
そんな私の願いが通じたのか、ずっと沈黙を保っていたリーさんが数分ぶりに声をあげました
「リー? 魔力を練り終わったのか!?」
隊長はすぐにリーさんを見ます
「うん。…さっきはありがとう隊長。守ってくれて」
「隊の皆を守るのはあたりまえだろ?」
隊長はそう言って笑いました
その笑顔にリーさんのあまり変化しない表情が少し赤くなったのを私はぼんやりと見ていました
「…全開でぶつける」
リーさんは深呼吸を一度すると杖を前に構えます
それは、魔力を開放し魔法を放つ合図です
水獣はそのリーさん異様な雰囲気を遠くから察したのか、すぐに酸を吐きだして来ました
「あぁヤバい早く早く! もうきてるぞ!!」
ダメルさんがとりみだしながら叫びます
多分ですが、あの『魔物』の嘘で声をあげたのはダメルさんだと私は思います
「その酸ごと、吹っ飛べ…!!」
リーさんは力強く言うとその後すぐに大きな風が吹きました
そして、酸が私たちに襲いかかろうとした瞬間『ボンッ!!』と何かが破裂するような音と共に凄まじい衝撃がこの場に存在するすべてに襲いかかってきました
木々は大きく煽られ、空中にあった酸は消し飛び、水獣は陸からまた湖の中に吹き飛ばされていきました
湖に大きな水柱がたち、大きな波紋が湖に広がります
因みに私は嫌な予感がして地面に倒れこんだことと、大きな荷物を背負っていたことによりその衝撃に吹き飛ばされると言うことはありませんでしたが、他の皆様はそうじゃなかったらしくどこかに消えていました
「クッ…。皆ぁ!! 無事かぁ!?」
近くで隊長の皆様を心配する叫び声が聞こえました
「無事な訳あるかよぉ!! こちとら満身創痍だっての!!」
「そんだけ叫べるなら上等でしょ」
「酒、おごられるまで死ねない」
その声にこたえる声はすぐにあちらこちらから聞こえてきました
どうやら皆様は無事のようです
「おいスーザ! 水獣はどうだ!?」
隊長は遠くにいるスーザさんに聞こえるよう大きな声で喋りかけます
「…残念だがまだ生きてるようだな。魔力が湖の中でうごめいている」
スーザさんはすぐに隊長と私の近くに歩み寄りながらいいます
「リーの全力の魔法を直撃しても生きてるのか…。しぶといな」
「だが一応弱ってはいるみたいだな。逃げるなら今のうちだ」
今がもしかしたら最後のチャンスだ…
そうスーザさんは小さく付け加えて言いました
「…そうだな」
ですが隊長の答える声は沈んでいました
「…ハイネ。もし俺らが戻ってきて何か言ってくる奴らがいたらそんなのは無視しろ」
スーザさんは隊長さんの方に手を優しく置き優しげな笑みを浮かべます
「そうだよ隊長! なんか言ってきた奴らがいたら私が殴ってやるから安心しなって!! ね?」
「…大丈夫」
「一度の失敗で負け犬なんて言われたら私なんかもう負け犬の王ですよぉ?」
「私たちは全力を尽くしました。それだけで十分でしょう?」
「隊長はかっこよかったって、ちゃんと言いますから!」
「落ち込むとか、不安になるとか隊長らしくないですよ」
「私は、隊長を負け犬なんて絶対呼ばせないから」
いつの間にか、リーさんが起こした魔法で飛び散った隊の皆様が集まってきていました
「…ありがとう。皆。そうだな。負け犬だなんだって言われようが、9人全員無事生きて帰るなら汚名なんてすぐに返上できる!!」
『隊長』は爽やかに笑いました
その笑顔に
『スーザ』さんは安心したかのように笑い
『ガライ』さんは豪快に笑い
『オイ』さんは口もとだけで笑い
『ダメル』さんはニヘヘヘと笑い
『ケイ』さんは顔を赤くしながら照れたように笑い
『クアラ』さんはあははははと声をあげて笑い
『ゼル』さんは持っていた弓で顔を隠しつつ笑い
『リー』さんは、女神のように笑いました
そして『私』は、無事に帰ると宣言された『数に入れられなかった人間』はきっと、どこまでも冷たい無表情だったのでしょう
「おい。お前ら。何でお前らはそんな幸せそうな笑顔で笑ってるんだ?」
そこに、酸を被り死んだ奴隷の死体を抱きながら、涙を流す魔物が立ちふさがりました




