『奴隷』と『魔物』の出会い 2
『奴隷』視点
「お前ら…、よくこんな無抵抗な奴を12人でよってたかって攻撃出来るよな。弱い者いじめって言葉知らないのか? 俺そうゆうのを見てると本当に腹が立つんだよなぁ
まぁ嘘だけど」
湖から立ち上がった『魔物』は、ヘラヘラとした笑顔を私たちに見せながら話し始めました
私はもう一度驚きました
『魔物』の声と喋り方、雰囲気ががらりと変わったのです
先ほどまではとにかく弱弱しく、まるで誰かに保護してもらいたいと心の底から願って震えている臆病な声と雰囲気でした
ですが今は全く違いました
今は何故か見ているだけで人を不安にさせる雰囲気があり、言葉からはさっきまでの必死さが消え、出る言葉は全てが白々(しらじら)しく聞こえます
「『魔物』と相対する時は例え1体だけであっても油断なく全力で挑むべきだと私たちは訓練されているからな。1体だけでも魔物は何をするかわからん。それが《固定特長》が何か分からない新種なら尚更だ」
隊長は『魔物』の様子の変わりようを怪しんだのか、すぐに接近はせずに『魔物』の話しに答えました
「何をするかわからない、かぁ。…例えば、俺のようにお前らの立ってる地面に爆発物を仕掛けたりとかか?」
「なっ」
魔物の言葉に私たちの誰かが小さく驚きの声をだしました
「なーんちゃって。ただの嘘だよ嘘。俺は1度もお前らの立ってる地面に触れるどころか近付いてすらいねぇじゃんか。クハハッ。ところで、今の見え透いた嘘でビビッて声出した臆病者のバカはいったい誰だ?」
『魔物』は短く笑いながら先ほどの嘘で声を出した人は誰かと聞いてきます
「ふん。そんなくだらない嘘で心を乱す奴は私の隊にはいない。貴様の聞き間違いだろう」
「おいおい酷い奴だなぁお前は。 それだと俺のさっきの嘘で少しでも『まさか…』って思った奴は自分の仲間じゃないって言ってるように聞こえるぜ?」
「そんなこと、私は言っていないし思ってもいない」
「お前が思おうが思わないが関係ねぇよ。お前以外がどう思うのかが重要なんだよ。そんな事もわかんねぇのか隊長さんよぉ?」
「貴様に何が」
「隊長あいつと話しをするのは時間の無駄です。それに、相手は《精神》属性の魔力を持つ者です。もしかしたらこうしているあいだにも私たちに何かしらの事を仕掛けているのかもしれません」
スーザさんは言い返そうとした隊長を止めました
「…そうだな。スーザの言う通りだ。とにかくあの不愉快な『魔物』を殺さねばならんしな」
「殺すとか穏やかじゃないねぇ。もっと穏便に平和的に解決しようって気持ちは無いのか? ま、人間にそんな高度な事考えられる訳ないかー残念だなー」
「…挑発のつもりならやめておけ。お前自身楽に死にたいのならな」
「あーあ。どうやらもう俺が魔物だってのはバレてるみたいだから言うけどさ。まさか俺がたった一人でここでお前らを待ち伏せしていたと思っていたのか?」
「待ち伏せだと?」
「そうそれ。待ち伏せ。 え、何お前ら? まさか俺が囮だとか考えなかったわけ? 嘘だろ? …ク、クハハハハッハハハハハ!!」
隊長の言葉に『魔物』は耐え切れなくなったかのように笑い声をあげました
…あぁ
私はこの笑いを知っている。知っているどころか、これしか聞いたことがない
嘲笑
この自分より下の者をはるか高みから見下すような、嘲笑
いつも私たちの奴隷小屋を遠巻きに見る人達が使う笑い方
私を見て全ての人が、奴隷仲間までもが私を見て使う笑い方
身体が弱く、頭も悪く、魔力もない
なにもない、ゴミのような私を見た全てが使う笑い方
それを、そのおぞましい笑いをあの『紅い星の魔物』はまるで目の前にいる私たちだけではなく全てに向けているかのように使っていました
「…狂ったか?」
隊長はその笑いを正面から受け止め静かに呟きました
「俺が狂っただぁ?」
魔物は隊長の呟きを聞き、笑いを止めました
「おいおい。滑稽な奴をみて笑わないのは失礼だろ? お前はサーカスでおどける道化師に冷めた目を向けるのか? 違うだろ? そこはつまらなくても今の俺みたいに大声で笑ってやるべきだ」
「…何が言いたい?」
「全く、会話を繋げよう広げようとは思わないのか? まぁ俺もそんな気はサラサラねぇし別にいいか」
そう言った後、『魔物』は元のヘラヘラとした表情に戻り何でもないように言いました
「お前ら、どうせ奇襲作戦とかを遂行するためにここに来たんだろ?」
…その言葉に、時が止まったかのような錯覚に陥りました
誰も何も言いませんし言えません。息すら皆するのを忘れてしまったかのようです
「その沈黙は肯定ととるぜ。あぁ全くそれにしても単純でつまらない作戦をそんなガチガチに本気で遂行するんだから人間ってのはバカの集まりだとしか思えねぇなぁ」
「…侮辱するのか?」
隊長は魔物の言葉に誰よりも早く反応しました
「侮辱だなんてとんでもない。笑ってやってんだろ? 滑稽だから。道化師だから。お前らは仲間に捨てられたんだから」
『魔物』歌うように言います
「…仲間に捨てられた? どういう意味だ?」
「言葉そのままの意味さ。難しく考える必要はないぜ」
「…教える気はないんだな。ならばそれもいいだろう。私たちはお前を殺すだけだからな」
隊長は殺気を隠そうともせずに言いますが、『魔物』はそれをそよ風だと言うように言葉をつづけます
「やめといた方がいい。もう俺の仲間たちが応援でここに駆けつける」
「はったりですね。最初から魔物の魔力は奴のしか感じませんでした」
その言葉にすぐにスーザさんが切り返しました
「…あぁ。その報告は聞いているから大丈夫だ」
隊長もその言葉に遅れて答えます
そこで私は気づきました
今この場所で喋っているのは『隊長』と『スーザ』さん。そして『魔物』の3人だけだと
『魔物』の雰囲気が変わってから隊長とスーザさんの2人以外は皆一様に無口でした
それはこの2人以外は私も含めもう『魔物』のペースに飲まれてしまっているからなのかもしれません
「もし魔力を持たない奴がいたら?」
そして、場の空気そのものが魔物のペースに飲まれたのまま話しは続きます
「魔力を持たないものだと?」
「お前達が魔力を見ることぐらい俺らはもうとっくの昔に知っているんだ。それで対応策をとらない方がおかしいだろ」
『魔物』は教えてやるよと得意げに語りだしました
「まず奇襲作戦を人間達が企んでいる事を俺らは事前に知っていたから、『東西南北』それぞれに俺みたいな1人で時間稼ぎが出来る強力な魔物を一人置き、何人か魔力を持たないものを一緒に配置する。 すると奇襲作戦でのこのこやってくる人間が『東西南北』のどこかから攻めてくる。 まぁお前らのことだな。 お前らはもちろん周囲を警戒しながら拠点に近付いて来る。 つまり魔物の魔力を見る事が出来るものを連れて周囲に魔物がいないか確認しながら拠点にできるだけ近付いて来る。 そこに俺、魔力をもつ魔物が現れる。 お前らは必ず他に仲間がいないか魔力を探るだろう。 実際そうしただろ? だが俺の仲間は魔力がないから見付からない。 そこでお前らは安心して『敵は今1人しかいない』と錯覚するだろうなぁ。 そして俺が1人でお前ら相手に時間を稼いでいるうちに」
『ボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!』
魔物が喋っている途中、『笛の音』があたりに響きました
この音は先ほども聞きました。ですが先ほどよりもずっと近く、ずっと恐ろしいものに聞こえました
「…こうして俺の仲間が応援を呼ぶために笛を鳴らすって作戦なんだぜ?」
魔物は笑顔で言いました
ですが、私以外は誰も魔物の言葉を聞いている者はいませんでした
笛が鳴った時、隊の皆の顔が絶望に染まったのです
それも当然だろうと思いました。だってこの笛の音は、奇襲作戦失敗を報せる音なのですから
「さぁさぁ逃げろ! 犬のように、負け犬のように犬小屋に逃げ帰れ!! そうしなければもうじき俺の仲間達がお前らの命を奪いに来るぞ? だから早く逃げろ!!」
魔物は大声で私たちに逃げろと言います
ヘラヘラした笑顔で、やはり私たちをバカにしたように叫びます
ですが私には、まるで私たちを殺したくないからわざとそう言っているように聞こえました
「…なぜ、お前が私たちに逃げろと叫ぶ?」
スーザさんもそう感じたらしく、高らかに叫ぶ魔物へ言いました
「あん?」
「お前が私たちの命を心配する理由は無いだろう!」
スーザさんは『魔物』を睨みつけながら怒鳴ります
そこには先ほどまでの余裕な態度はかけらも見られませんでした
「あ、それは、 …あぁ、確かに今の俺の言葉はお前達を心配しているように聞こえるなぁ」
ですが『魔物』はそのスーザさんの怒気すら受け流しまた嘲笑いました
ですがその前に一度、『魔物』の表情が一瞬だけ苦々(にがにが)しいものに変わったのを私は確かに見ました
「何がそんなにおかしい!?」
ですがスーザさんはその一瞬の表情に気づかなかったのか、拳を握りながら問います
「お前たちはなぁ。 逃げ帰ろうがここにいようが、結局は地獄に落ちるからさ」
そして魔物は『絶望』を紡ぎだしました
「ここにいれば必ずお前らは死ぬ。 これは絶対だ。 なぜならもうすぐここにお前らの倍以上の数の魔物が応援としてここへかけつけお前らを誰一人逃がさぬよう取り囲むからだ。 逆に今人間達の拠点に逃げ帰れば命は助かるだろうが、お前らは任務を遂行できなかった上に魔物相手に尻尾巻いて逃げ帰ってきた使えない弱虫、吠えることしかできない負け犬という烙印を押される。そんな奴らをお前らの上司・部下はどう思うんだろうなぁ? クハハハ。 俺みたいなバカには全く見当がつかないぜ、どうか教えてくれないか?」
『魔物』はまるで無邪気な子供が虫をどう殺したかを親に説明するように楽しそうに笑いながら言いきりました
そして、とうとうスーザさんですら声を発することが出来なくなってしまう
私たちは逃げるか残るか、どちらを選んでも絶望しかない事を『魔物』に告げられてしまったのです
「ん? どうしたんだそんな顔して? 何か嫌なことでもあったか?」
そして魔物は駄目押しとばかりにヘラヘラした笑顔を顔に張り付け言います
「…あぁ。今まで生きて来た中でもっとも嫌な奴に会ってしまってね」
隊のみんなが絶望に沈んでいると、隊長が声をあげました
「…へぇ。それはご愁傷様だな。はやく家に帰って寝て忘れると良いんじゃねぇか?」
「いや、手ぶらで帰ると土産は無いのかって皆に怒られてしまうからね。 ちょうど目の前にこれからの私たちの障害になりえるほどの化け物がいるから、その首を土産にしようと思うんだ」
隊長は湖に歩み寄ります
「残念だがこの首は世界でたった1つだけの品物でな。非売品なんだ」
「なぁにタダでとは言わないさ。最悪私の首と交換でもいいとさえ思うよ」
隊長は剣を構え、湖の中に入りました
「そりゃまた、下手な交渉だな」
「今思えば今迄私はこの交渉しかしたことなかったからね。次があったら違う交渉でも考えとくよ」
「嘘だったら承知しねぇぞ?」
「嘘じゃないさ。まぁ、次があったらだけどね!!」
隊長は、一気に踏み込み、魔物に斬りかかりました
魔物は隊長の一撃をかわしますが、隊長は即座に魔物が逃げた方向へ刀線を変え魔物をとらえました
ですが、魔物は身体をひねり直撃を受ける事は避けました
隊長はその身体をひねり態勢を崩した魔物の顔面を思いっきり蹴りつけます
魔物は空中に飛ばされ、3秒ほど浮遊してからまた湖の中に水しぶきを上げながら沈みました
「やはり動きが素人だ。避ける事は一人前だが、場馴れしてないように見える」
私の隣でスーザさんが呟きました
隊長は銀髪を湖の水で濡らしながら剣を魔物の沈んだ方向へ油断なく構えます
魔物は少し時間を開けてから湖の中から出てきました
魔物は頭と口から血を流していました
「さすが隊長! 蹴る瞬間魔力を足に集めて威力を増やしたんだな!!」
ずっと黙っていたガライさんが声をあげました
どうやら隊長が戦いだして自分もずっと黙ってるわけにはいかないと思ったのでしょう
他の隊の皆様もそれぞれの武器を構えだしました
そして今、ガライさんをはじめとした隊の皆全員が『魔物』に攻撃を仕掛けようと湖に近付いたした時
「皆、湖から離れるんだっ!!」
「クッハハハッハハァァァァアアアア!!!」
スーザさんの叫びと、魔物の笑い声があたりに響きました
「どうしたスーザ!!」
隊長はいきなり叫んだスーザさんの方へ意識を向けます
魔物はその隙に湖から地面に飛び出てきました
「な、なんだこいついきなり!!」
ガライさんはいきなり無防備にこちらへ転がり出て来た魔物に驚きます
「魔力を見る事が出来る奴がいるって事は俺の魔力は《精神》だってことはもうバレテいるんだろうなぁ」
残念そうに言いながら魔物はゆらゆらと立ち上がります
「…ふん。とっくに気づいていたぞ。だから私たちにはその魔力は通じないぞ?」
「あ、そうなの? …まぁいい。お前たちには使わ」
「そいつには構わずはやく湖から離れろ! 隊長も早くそこから出るんだ!!」
スーザさんは魔物の言葉をさえぎり森側に走りながら叫びます
隊長もスーザさんの様子に何かを感じたのかすぐに湖から飛び出ます
「え? うそ、もうこんな近くに!?」
「これが、第6級程度の魔力な訳がない…!」
同時にリーさんとケイさんが声をあげました
「どうした2人とも?」
ゼルさんが弓で魔物を狙いながら様子の変わった2人に聞きます
ですがその問いに答えたのは2人ではなく魔物の方でした
「俺は『水獣』を洗脳した!! 今からお前らを襲いに来るぞ!!」
魔物がそう叫んだ瞬間、湖が大きく盛り上がりました
「GIAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
そして、湖から大きな声をあげながら『水獣』が顔をだしました
てっきり私は噂に聞く『水獣』を魚のようなものだと勝手に想像していましたが、それは間違いでした
『水獣』は、巨大な蛇のような姿をしていました
『水獣』はとても大きく、身体がまだ湖の中にあると言うのに私の近くにある木よりも長く
顔の両頬にはヒレがあり、その凶悪な顔をさらに大きく見せていました
口には大きな牙が2本、その奥には無数の小さな葉が並んでいるのを私は空に浮かぶ星が放つ紅い光の中みました
隊の皆様はスーザさんのいち早い叫びで隊長と私以外はもう森の中にまで避難していましたが、『水獣』の恐ろしい咆哮に誰もが身動きが取れなくなってしまっていました
「う、うぉぉぉぉおおおおおおおお!!」
すぐに『水獣』へ剣を構えた隊長と
「ふぁ、ふぁぁぁぁっぁぁああああああああ!!?」
何故か自分で呼んだ『水獣』に驚く『魔物』以外は
思ったよりも主人公が悪役やってて困惑




