『奴隷』と『魔物』の出会い 1
『奴隷』視点です
何故ここにいるんだろう
私は目の前で仲間に指示を出す銀髪の男性を見ながら朦朧とした頭で考える
「クアラ、ゼルはそのまま弓であいつを狙え。ガライとオイは私と頃合いを見計らって『魔物』に接近戦を仕掛けるから準備をしておいてくれ。リーはそのまま魔力を溜めていろ。スーザはあいつがどんな『魔物』なのか出来るだけ早く解析してくれ。ケイ、ダメルは他に魔物がいないか周囲の警戒を頼む」
あぁそうだ
思い出した。私は家畜が入れられるような、いやもしかしたら家畜の方がまだ上等な扱いをされていると思ってしまうほどに汚いはきだめのような奴隷小屋に押し込められて、今日の朝沢山の私と似た子供たちの中からこの人達に選ばれ荷物持ちとしてここに連れて来られたんでした
「クソッ! なんで当たらないんだ!?」
クアラと呼ばれたは女性は標的に矢が当たらないいらだちを声に出します
「落ち着け、今は奴がどんな『魔物』なのかはわからんが即座に襲ってこないで騙し打ちという姑息な手段を選んできたということは力や魔力はそんなに高くないはずだ。すぐに体力がつきる」
銀髪の男性は静かに諭すように声をかけます
「ったく、男なら真正面から大剣振り回して突っ込んでこいってんだよな!!」
「ガライ。あんな細身じゃぁ逆に大剣に振り回されるだろ」
「そりゃ違いねぇな!!」
銀髪の男性の後ろにいる男性2人は先ほど私に投げるように渡した弓の代わりに腰にさしていた武器を構えました
声の大きい男性はその巨体に見合った大剣を、そしてもう片方は針のように細い刀身をした不思議な剣を
「それにしても隊長。見た所隙だらけですが、何故接近して攻撃をしないのですか?」
そして不思議な剣を持つ男性は銀髪の男性を隊長と呼び、なぜすぐに攻めないのかと問います
「隙だらけ…か。確かに奴は喚きながら構えずに無様に転げ逃げまわってしかいないが、それでも優秀な腕を持つ2人の弓から放たれる矢を全てかわし俺たちから一切目線を外していない。実力がよくわからない奴だ。そういう奴は焦って近付いたらだめだ。わざと自分を弱く見せているタイプの可能性がある」
銀髪の男性、もとい隊長は目の前にいるであろう『魔物』から目を離さず問いに答えます
私は前を見ます
ですが皆様が見えている『魔物』の姿は私にはぼんやりとしか見えませんでした
私には魔力がありません
隊の皆様は眼を魔力で強化しているからこの夜の暗闇でも『魔物』の姿が見えているのでしょうが、奴隷である私には魔力で眼を強化する事はできませんので暗闇にたつ影しか認識が出来ませんでした
いえ、奴隷であるとは言っても同じくここに荷物持ちとして連れて来られた奴隷仲間は私と違い多少は魔力がありますから、私が特別劣っているのだろうと思います
「リーダーは相変わらず慎重なのですね」
私が生まれてから今迄ずっと感じている劣等感を再確認していると、ずっと黙っていたローブを身にまとった金髪の男性が口を開きました
「スーザか。解析は終わったのか?」
「大方は。この暗闇で飛んでくる矢をかわし、魔法で姿を隠していたクアラとゼルを簡単に見付けた事から見る事にたけた《固定特長》を持つ【アイズ族】だと思います」
《固定特長》
私はその単語を意味する事を思い出します
魔物には沢山の種族がいて、それぞれ《固定特長》という能力が生まれた瞬間から備わっていると言われています
《固定特長》とはその名の通り『魔物』の種族ごとに『固定』された『特長』的な能力、魔力の使い方の事だったはずです
私は生きるために学んだ事を頭痛がする頭で必死に思いだしていました
「思います? お前にしては珍しい言葉だな」
「はい…。【アイズ族】と断定するには妙な点がいくつかありまして」
「言ってみろ」
「まず特長が見られません。【アイズ族】なら額にもうひとつ目があったり、腕に目があったりと『眼』の特長があるのですがそういうものが私には一切確認できませんでした」
「そうか…。私は数えるほどしか【アイズ族】と戦った事がないから分からないが、ガライ。お前は100の戦場を生き残ってきたんだろう? あいつが【アイズ族】かどうかわかるか?」
「おいおい隊長。俺は100も戦場に出てねぇよ。たった94回だ」
「自慢はいい。お前はあいつを【アイズ族】だと思うか聞いているんだ」
「いやぁ実は俺もあんまし戦った事ねぇんですわ。【アイズ族】ってのは大半が後援だから前線に出てこないってのもあるんだろうが…」
「確かに【アイズ族】は相手をその眼で解析する≪固定特長≫以外は特に脅威ではありませんしね」
ガライと言われた大剣を持つ男性に同調するように針のような剣を持つ男性がうなづきながらいいます
「それを考えるとここに本来は後援の【アイズ族】が仲間もつれずに一人でいて、しかも私たちの前に自分から踊り出てくると言うのは不自然だな」
「はい。それに、魔力の使い方がおかしいのです。あの魔物は最初から継続して第3水準の魔法に匹敵するほどの魔力を使っているのです」
「最初からだと?」
スーザと呼ばれるローブ姿の男性の言葉を聞き、隊長の声が険しくなります
「はい。属性は《精神》で、予想ですが『無条件で対象を信用させる』効果をもつ魔力です」
「つまり、最初から俺たちはあの『魔物』の術中にいたのか…」
「私以外はまんまとはまっていましたよ?」
スーザさんはクスリと笑いました
「政治の場以外で、それも戦場で《精神》属性の魔法が出てくるとは思わないだろう」
隊長は『魔物』を見ながらいい訳を口にします
「なんだよ。じゃぁ俺らはあった瞬間にはもう攻撃されてたってのかよ」
ガライさんは大剣を持つ腕に力を入れながらうなります
「いやいや、それが攻撃されたと言うよりも勝手に攻撃に当たったという状況なんですよね」
ガライさんのいらだった声にスーザさんは冷静に言い放ちます
「…使っていると言ったな。と言うことは、今も奴は継続して使用しているのか?」
「さすが隊長。その通りです」
「何故そんな魔力を無駄に使うような事をしてるんだ奴は? 《精神》系は他の属性と違って相手に見破られたりしたら効果が一気に薄まる。もう私たちに『魔物』だとバレているのだからその《精神》魔法に使っている魔力を身体能力などの別の方面に流さないんだ?」
隊長は理解出来ないと言うように首をかしげます
「解析したところ、どうやら奴の魔力はただ身体のうちから漏れ出ているだけのようなのです。その魔力を『何か』が第3水準の《精神》魔法に匹敵するものに変えているようです。いわば、常に《精神》属性の魔法を纏っているようなものなんですよ」
「おいおい。そりゃまた飛んでもねぇ奴が現れたもんだな」
「なるほど。そうなると確かに妙だな。【アイズ族】にそんな≪固定特長≫があるなんて報告は聞いたことがないな。スーザ、心当たりはあるのか?」
「申し訳ありませんが、私にもそのような≪固定特長≫をもつ魔物は知りません」
「となると、やはり新種か」
隊長の言葉に、皆の眼が隊長同様に険しくなりました
「…おいおい。さすがは魔物の拠点近くだな。まさか新種を一人でこんなとこに放っておくなんてな」
「とりあえず、近付かずに弓で体力を消耗させた所を一気に叩いた方がいいですね」
「オイの言う通りだが、残念ながら私たちにはもうこれ以上は時間がない。あいつが応援を呼ぶ前に何とかしなくては奇襲が失敗してしまう。ケイ、ダメル。周りには本当に魔物はいないのか?」
今迄黙って周りを警戒していた二人に隊長が声をかける
「全く見当たりません」
「魔力もあいつの魔力と、湖の底にいる第6級危険生物である『水獣』から以外は感じられません」
「そうか。クアル、ゼル。そろそろ矢はあたりそうか?」
隊長はその言葉を聞くと一度だけうなづき、次に弓を撃ち続ける二人の女性に矢が魔物にあたりそうか聞きます
「それが、あの魔物はまるで矢の軌道が見えているようにかわしていて全く当たる気配がありません」
「ですが、かわして喚くだけで一切こちらに攻撃を仕掛けようとはして来ません」
2人は悔しそうな顔で矢を放ちながらいいます
「…あいつは一体何故こんな所にいたんだ?」
「…魔物のやることなど分かりかねませんね」
隊長とスーザさんは端正な顔を歪ませ頭をひねります
「隊長」
後ろから珠を転がすような綺麗な声がしました
振り返ると青い髪の女性が杖を前に突き出した構えしていました
「リーか。準備は出来たのか?」
「うん。デカイの、ぶちかます」
その女性の言葉に分かったと応じた隊長は右手を上げます
先ほどのように小指だけを上げるのではなく、今度は手のひらを見せるように手を上げます
すると魔物に攻撃をしていた弓使いの女性二人が弓を下げました
そして隊の人全員が青い髪のリーと呼ばれる女性の前からどきます
もちろん私もスーザさんにめんどくさそうに手をひっぱられ湖側の方に連れていかれました
…強く引っ張られたせいなのか右肩が少し痛みます
「リー。あまりに派手すぎると他の魔物に気づかれるかもしれないから抑えろよ。魔物が弱ったらオイとガライと私の3人でとどめをさす」
「わかってる」
そう言いリーさんが息を大きく吸い、ガライさんと、針の剣をもった男性であるオイさん、そして隊長が剣を構え直しいつでも走れるように腰を落としました
「おぉ。やっと矢の雨がやんだのか? まったく。やっぱり天気予報は見とくべきだったな」
弓の攻撃が収まり、魔物は声をあげました
姿はよく見えませんが声で性別が男性だと分かります
「まぁ、傘で防げるとは思えないから別にいいんだが…? え? なに? 一番後ろの青髪の女の人なんか頭上に溜めてない? 皆から元気でも分けて貰ってんの? おいおい元気を集めていいのはドラゴンボ」
魔物が何かを言いきる前にリーさんの声が響きました
「食らえ」
瞬間、『何か』が私のすぐ近くを通り抜け魔物のいる方向に飛んで行きました
それは多分、私が持たない魔力と言う奇跡の力なんだと思います
「ちょ、それは多分痛い! それは多分痛いぞぉぉぉおおおおおお!!!」
そして『魔物』が叫んだ瞬間、風が起こりました
なにかが起きたのだとは分かりますが、奴隷で、その奴隷の中でも特に落ちぶれている私には何が起きたのか想像ができませんでした
ですが、すぐ近くで何かが勢いよく水の中に飛び込むような音を聞きました
「どうだ?」
隊長は腰を落としたままスーザさんに『魔物』がどうなったかを聞きます
「直撃は残念ながら避けられましたね」
スーザさんは特に残念ではないように軽く言いました
「そうか」
その言葉を隊長は予想していたのか、あまり動揺していませんでした
「ですがダメージは入ったようです。吹っ飛んで行きましたよ」
「どこに吹っ飛んだ」
「湖の中です」
湖と聞き、私は反射的に湖を見ました
そこで初めて魔物の姿をはっきりと見ました
私が湖の側に移動したのと、魔物が暗い森側から大きな赤い星の光が木にさえぎられる事のない湖の中に吹っ飛んだのが原因でしょう。私の魔力で強化されていない眼でもその『魔物』の姿がはっきりと見えたのです
「お前ら…」
魔物はそう呟きながら赤い光の中、びしょぬれでうつむきながら立ち上がりました
そこで私は思わず息を止めてしまいました
美しかったのです
いつも、空には夜は我が物だと言うように君臨する赤い紅い星があります
そしてその『魔物』が立つ『湖の中』にもその星がありました
湖の反射で赤い星が鏡のように湖に映っているのです
そしてその湖の中から立ち上がった『魔物』は、まるでその夜に君臨する赤い星から生み出されたような神秘性を身にまとっていました
私以外の人もそう感じたのか、息をのむ音が聞こえました
「ほう。直撃を食らう前に湖の中に逃げたのか」
「気をつけて下さい。様子がおかしいです」
唯2人だけ、隊長とスーザさんだけが前に出て魔物を油断なく見据えていました
その隊長の声を聞き『魔物』はうつむいていた顔をこちらに向けました
その『魔物』の顔は、まるで世界をバカにしたようなヘラヘラとした笑顔でした




