慎重
「皆様。どうか無事に帰ってきてください」
俺はこれから戦場に行く5人に小さな声援を送る
「約束はできませんが、全力は尽くします。そちらも気をつけて下さいね」
南の見張り番リーダーであるマウルは俺の言葉に律儀に答え、北へ勢いよく走り出した
さすが人馬一体の種族≪ケンタウロス≫。速いな
「んじゃ、またあとでな」
そして≪人狼≫のフルウも俺に一言かけ、持っていた松明の火を掲げすぐにマウルに続く
「お互い無事で入れるといいわね」
「・・・・・・・・・気を・・・つけ・・・・・て」
アミュルとスズネも遅れながら走り出した
スズネが若干空中に浮いていたような気がするがたぶん気のせいだ
気のせいだと思う
気のせいだったらいいな
気のせいじゃなかったわぁ
なんであいつ空飛んでんの? どうやって空飛べてんの?
…とりあえずこの件は置いておこう
んで最後にカナだが、こいつだけはなんちゅうこったってくらい俺を睨んでいる
もうほんとアホみたいに睨んでいる
動物園にいるゴリラの方がまだ愛嬌あるんじゃないのかと思うほど人相が悪い
ゆらゆらと揺れる松明の火に照らされているせいで怖さが倍増しているのもあるのだろう
あまりにカナの顔が怖くて震えそうな身体を必死に抑えていると、カナは俺からンダミスの方に視線をずらし
「ンダミス、こっちに来い」
と有無を言わさぬ口調でンダミスを呼ぶ
「え゛? おで?」
「そうだ。早く来い」
ンダミスはしぶしぶ松明をあたりにかざしながら進む
ていうか、この明るさで松明いるか? なんだ? 宗教上の関係で夜は必ず松明を持たなきゃいけないのか?
…まぁいい。とりあえず、今現在俺の近くにいるのはサチュだけになった
・・・・もういいかな?
・・・・・・・・・・もういいよね?
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ああぁっぁぁあああ怖かったぁぁぁああああ!!
すっごい怖かったぁぁぁああああ!!
途中吐きそうになったぁぁあああああ!!」
俺は遠くにいるカナとンダミスの二人には聞こえないように小さく、だが力強く叫ぶ
いやもうね、ホント殺されるんじゃないかなって思ったよぉ!
「きゅ、急にどうしたんですか?」
サチュが叫んだ俺に驚き若干ひきながら喋りかけてくる
「バカお前バカほんとお前バカ」
「なんで私はいきなりバカ呼ばわりされてるんです?」
「お前さぁ、よく考えてみろよ? 俺今何をしたよ?」
「何をって、マウルさんと話してたくらいですよね?」
「くらい? はぁ~? お前それがどんだけ勇気いる事か分かってんのか?」
「勇気、ですか?」
「いいか? マウルは南見張り番リーダーで、カナによれば『最前線で人間達と戦って何度も生きて拠点に戻ってきている』実力者だぞ? それに比べて俺はなんだ?」
「薄気味悪い笑顔を常に浮かべて人によって態度を変える虚言癖持ちの人格破綻者」
「ちょっとまってそれもっと良い言い方ないかな?」
「ないですね」
サチュが真顔で即答する
なんで俺は会って1日もたってない女にここまで言われてるんだろうね。不思議
「ま、まぁいい。よくは無いけど今は置いといてだ。そんな奴が見張り番リーダー、いわゆる上司に自分の意見を提案するんだぞ? 怖くないわけないだろ? 『お前何言ってんだ?』とか『そんなのはもうとっくの昔に考えられて対策されてますが?』とか『生意気だ。死ね』とか言われたらって思うだけで意見をだすなんてできないんだぞ?」
「まるで昔言われたみたいな言いようですね」
「うるさい泣くぞ。あのな? 上司に自分の意見を話すのは慎重な俺にとってはとっても怖いことなんだからな? そりゃ急に叫びたくもなるわ」
「それは慎重ではなく臆病なのではないですか? そんなことより、シントさんってあの『大反響笛』の意味を知っていたんですか?」
「あのでかい音のことか? あれの意味なんて全くしらねぇよ。まずその『大反響笛』ってのの存在すら知らなかったしな」
「ですよね? ではなぜあの音が敵が攻めて来た時にならす笛だと分かったんですか?」
「そりゃ、あの音がした瞬間ガチムチ(ンダミス)以外の奴らが武器を強く握りしめて緊張しだしたら大体予想できるだろ」
「予想って、まさかそんなあやふやな考えでマウルさんにまるで北に人間が攻めてきていると知っているように話しかけたんですか!?」
サチュがありえないと言うような感じで大声を上げる
やめろよあっちにいる二人に聞こえたらどうすんだよこれ以上の面倒は嫌だぞ俺は
「静かにしてくれよ。それに俺はそこまで恐ろしい博打はしねぇから大丈夫だ。ちゃんと話しかける前にマウルの『北に人間達が現れました! 全員装備を再確認しすぐさま北に向かいます!!』って言葉を聞いて俺の予想に確証を得たし、『今から人間達の現れた北に向かうのですよね?』って確認もとったわ。ちゃんと俺の話し聞いていたのかお前は?」
「そりゃ聞いてはいましたけど、まさかあの言葉がそんな意味を持ってるなんて思いませんでしたよ」
サチュは感心するようにうなづく
「どうだ? これでも一応無い知恵絞って生きてるんだぜ?」
「えぇそうですね。見直しましたよ」
サチュは案外素直に俺を褒める。因みに、『見直した』というのは『案外やるじゃん』とか『意外とできるな』って意味で使われるので俺はサチュに無意識のうちに下に見られているか、単純にサチュの俺に対する評価が低い可能性がある
いや、あくまで可能性だから大丈夫だ。うん。そうさ
「そういえば、無い知恵絞ってで思ったんですけどよく北に現れたのが囮だと考え付きましたね。確かに北に現れたのが囮ならその真反対に位置するこの南に敵本隊が現れる可能性が高いですからね。とりあえず本当に現れた時の為に私たちも『大反響笛』を持っていた方がいいですね」
「え?サチュ、お前もしかして本当に北が囮で他の方角から人間が攻めてくるとか思ってんの?」
「え?」
「来る訳ねぇだろ?」
「いや・・・え? シントさんさっき自分であんなにも真剣にマウルさんに進言していたじゃないですか?」
「おう。なけなしの勇気振り絞って進言したぜ」
「そうですよね? じゃぁさっきの北は囮だからここでこのまま見張りをするべきだって話しは…」
「勇気を振り絞って言った【嘘】だ」
「【嘘】…? さっきの、皆の前で高らかに話していたこと全部!?」
サチュは持っていた松明を地面に刺しが俺に詰め寄る
いきなり近付かれたことにより俺は驚き2、3歩下がってしまう
「お、おう。北が囮とか、人間が奇襲を狙ってるとか、強い奴らは体力を温存してるとか、人間が現れた場所に中心から最短距離で向かわせるとか、示し合わされたようなタイミングとか、
全部俺の【嘘】だぜ?」
「な、なんでそんな【嘘】を付いたんですか!?」
下がった俺の分だけサチュは近付いて来る
「そりゃ、戦場に行きたくなかったからに決まってんじゃんかよ!」
「はぁ!?」
また俺は数歩後ろに下がるが、背中に固い感触がぶつかった
どうやら木にぶつかってしまったらしい
「い、いいか? 俺は絶対に、絶っ対に戦場になんか行きたくないんだ!」
「そ、そんな情けない理由であの見事敵の戦略を見抜いたような事を言ったんですか!?」
そしてとうとうサチュが俺の目の前に立つ
やっべーすげぇ怒ってる! なんで!? なんでなん!? 情緒不安定なの!?
三つ目が俺を何処にも逃がさないぞと言うように睨んでくる
目は口ほどに物を言うって本当なんだなー
って現実逃避してる場合じゃねぇ!!
「うるせぇ情けないとか言うな! お前らはどうか知らんが俺は平和な時代に生まれた日本男児だぞ!? 痛いのや苦しいのなんてまっぴらごめんだぜ!!」
「あなたって人はもう! だいたいいつあんな【大嘘】を思いついたんですか!?」
「あんなのが【大嘘】な訳あるかよ! あんな簡単な【嘘】、喋りながら考えたぜ」
「喋りながらですか!?」
「おう。 あの時はできるだけ早くそれっぽい【嘘】をつく必要があったからな」
「どうせ【嘘】は【嘘】なんですから別にいつ言おうが変わらないんじゃないですか!」
後ろに下がれなくなったからどこか別の逃げ道がないか探していたら、サチュに壁ドン(木ドン?)された
スゴイな。壁ドンでドキドキするって話し本当だったんだな。確かに俺は今逃げ場を潰されたことの恐怖によりドキドキしてるぜ
「いやいや変わる変わるめっちゃくちゃ変わるんですよこれが! 【嘘】をつく時はタイミングも重要なのでございます!」
「タイミングですかぁ?」
「はい。あの時、皆様は笛の音により緊張していましたでしょ? 緊張する人はこれから物事が起きることに対して少なからず不安を持ちます。そんな体や心が張り詰めた状態だと普段のように行動や思考が出来にくくなるんです。だから普段以上に騙せやすくなるのですよ。まぁたまに緊張で思考スピードが上がる奴らもいるのですが…。まっ、とりあえず皆が緊張してる間に嘘をつき通しておきたかったのです。マウルさんは時間を気にしていましたし!!」
「そ、そんなことまで考えてたんですね…」
「そりゃそうですよ? だってこの【嘘】が成功しなかったら強制的に戦場に連れてかれてしまいますからね。 もう必死ですよ。たとえマウル様などの上の方達に目をつけられようが、私は絶対に、絶対に戦場になんか行きたくないのです!!」
あれ? 俺いつのまに敬語モード発動してんだ?
「シントさんどんだけ戦場行きたくないんですか?」
サチュは俺より身長が低いから壁ドン(木ドン)すると必然的に俺を見上げる形になる
ほほう。これが女の子の上目づかいってやつか
普通だったらものすごい可愛いんだろうが、何分目が完全に怒ってるから可愛さ半減だよなぁ・・・
・・・・・・・なんだと!!?
この位置からだと服の隙間からサチュの胸元ががっちり見れるじゃないか!
こ、これは役得ってやつか!?
谷間は無いが、それが逆に俺の琴線に触れる!!
「今くだらないこと考えましたね?」
「【そんなことねぇよ】」
「…はぁ。もういいです」
サチュは壁ドンを解いて俺から離れる
あぁ、俺の役得がぁ…
「…俺が戦場に行きたくない理由はな、単純な話しで戦場行くと死ぬからだ」
俺は不可抗力から少し胸元を見てしまった罪悪感を感じ、木に背中を預けたままいい訳を言ってドカッと座りこむ
なんかドッと疲れた
「また、自信満々に言うんですね」
サチュも俺にならい座りこむ
「あぁ。絶対に死ぬね。自信あるもん」
「死ぬことに自信を持たないで下さいよ」
サチュは肩まで伸びている綺麗な金髪をいじりながらため息交じりに言う
赤い月のような星の光の中で見たサチュのしぐさは、背景に湖がある事も手伝い1つの絵画のような美しさがあった
「で、なんでお前は残ったんだ?」
このままじゃ駄目だなと思い俺はすぐに話し始める
このままじゃ、バカ面下げてその絵画に見とれそうだったからだ
「私ですか? そんなの、前に言ったようにシントさんを一人にするとロクなことにならないからですよ」
「なんだ心配してくれてんのか?」
「心配というか、あなたの正体が人間だとバレたら私も困りますからね」
「あぁそうだそれだ。なんで魔物のお前が人間である俺を匿うようなことしてんのか疑問に思ってたんだよ」
「あ…。べ、別に良いじゃないですかそんなの!」
「いやいやこのさいはっきりさせとこうぜ。隠し事されるのってなんか気持ち悪いし」
「あなたがその言葉を使っていいと思ってるんですか?」
「お、辛辣だなぁ」
「あたりまえじゃないですか」
そう言い笑うサチュは、俺の魔物のイメージからかけ離れていた
「お゛お゛ぃ」
そこにカナから解放されたンダミスが走って戻ってきた
さっきまでカナがいた所には誰もいない
どうやら俺たちに何も言わずマウル達を追いかけていったみたいだ
「ようンダミス。遅かったな。 何の話してたんだ?」
「いんや。どうもシントに話しだらだめな話しでな゛ぁ」
ンダミスが頭をぼりぼりと掻きながら言う
「あのな? そういうのは本人にはあまり言わない方がいいぞ?」
「んぁ? ぞうなのが?」
「そうなんだよ」
「それで、カナさんはもう行ったのですか?」
「お゛ぉ。急いで走って行ったど」
「そうですか。…マウルさん達は大丈夫ですかね? 戦場に行くのはもちろんですが、こんな暗闇の中を走るなんて」
サチュが変なことを言う
「はぁ? 超明るいじゃねぇか。まるで昼間みたいだぞ?」
「いやそんなに明るくないですよ?」
「そうか?」
「おでは松明の光が届く範囲でしがみえねぇんだけんども?」
「私もです」
二人は持っている松明をかざす
そう言えば俺以外全員松明持ってたな
もしかしてあれは宗教上の関係で持ってたのではなく、本当に暗くて周りが見えないから持ってたのか?
でもなぁ…
「いや冗談だろ? だって俺なんて遠くのあの木…」
俺は遠くの木を指さして固まる
俺は、指をさした木のさらに向こうからこちらに向かってくる何人かの人影を見た




