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竜守りの妻  作者: momo
本編
9/50

客人




 ナウザーを送り出したファミアは食事の片付けと洗濯を終えると、食料庫の整理に追われた。ここに来た当初は散らかり放題の小屋だったが腐った食料など一つもなかったのだ。という事は、余った分は配達に来た竜騎士が引き取って帰るのだろう。どうりで調味料なども使える状態で一式揃っているわけだ。妻を得たと知れば持って帰られることもないだろうが、一応念のため、使う予定の食材や調味料を台所に移しておくことにした。余らせたり破棄したりするのは、貧しい生活をしていたファミアからすると勿体ない以外の何物でもないし、なぜか風呂場で見つけた料理本の中で作ってみたいと思う料理があったのだ。それで使う予定の食材を持って行かれてはたまらない。


 調味料の袋を握り食料庫を出た所で突風が吹き窓が揺れた。急に風が強くなったのか。干した洗濯物は大丈夫かとそのまま外に出ると、黒い影が光を閉ざしファミアは影につられる様にして空を見上げた。


 すぐ側で視界を覆う大きな翼が空を旋回する。漆黒の竜だと気付いたときその背に乗る人間と目が合い、ファミアは大慌てで踵を返すと小屋に逃げ込んだ。視界の端には目のあった男が竜から飛び降りる様がうつるが振り向く余裕はない。寝室の前で調味料の入った袋を放り出し、扉に手をかけた所で追ってきた男に捕まってしまう。ぐいっと肩を掴まれると同時に床に引き倒された。


 「物盗りか!」

 「違っ!」


 違うといいかけるが、首元を押され声が出せなくなった。実際に強く力を込められたわけではないが、仰向けになったファミアの上に大きな男が乗り上げ体の自由を完全に奪っていたのだ。さすがに相手がナウザーの知り合いで竜騎士と分かっていても恐怖で声が出なくなる。手にしていた袋にお金が入っていると勘違いして捕まえられたのだろうと、ファミアは恐怖で声を失いながらも、相手が冷静な判断を下すのをじっと待った。竜に乗る騎士、かつてはナウザーもそうだった。きっと悪い人ではないと己に言い聞かせ震えていると、上に乗る男の鋭い目がわずかに緩む。


 「この森に賊が入り込めたっけかな?」


 首を捻る男はナウザーと同じ黒髪黒目で、けれど髭は生えていない。年齢も三十代に入るか入らないかといった所でナウザーよりもずいぶん若く見えたが、体つきはナウザーと同じでとても大きくて逞しい。竜騎士というものは皆がこうなのだろうかと、相手が力を緩めたことで震えをおさめたファミアは、自分が竜守りの妻なのだと告白しようとしたのだが。自分を組み伏す男がさっと上から消えたかと思うとすぐ側の壁に穴が開き大きな足が埋まった。


 「俺のもんに手を出すとはいい度胸じゃねぇか!」

 「てめぇっ、竜守りを何処へやりやがった?!」


 ナウザーが怒号をあげれば竜騎士が拳を繰り出しナウザーに飛びかかる。それをさらりとかわしたナウザーは相手の胸ぐらを掴むと目を吊り上げ、唾がかかるほど顔を寄せて相手を怒鳴りつけた。


 「頭沸いてんのかソウド、竜守りならてめぇの目の前にいんぞ!」

 「あぁあ?!」


 両者が両者の胸ぐらを掴み、額をぶつけて唾を飛ばし合う。鋭い目で睨み合う二人だったが、やがてナウザーにソウドと呼ばれた竜騎士が、射殺さんばかりに睨みつけていた目を普通に戻したかと思うと、その目をみるみる丸くして更に顔を近づけた。


 「はぁっ、てめぇナウザーか?!」

 「何処の誰に見えるってんだ!」

 「なんだその面は。まるで熊じゃねぇか。熊だぞ、絶対ぇ熊。いや、賊だと思われねぇって思ってるてめぇの頭の方が沸いてんじゃねぇかよ!」

 「んだとっ!」

 「あのっ!」


 やはり二人は知り合いのようだと、立ち直ったファミアが声を上げる。すると二人同時に「なんだ!」と怒声を上げ、ほとんど同じ高さから背の低いファミアを見下ろした漆黒の瞳が、見る見るうちにしまったという色に染まり和らいだ。


 「初めまして、竜守りの妻のファミアです。」


 ファミアはソウドに向かって丁寧に頭を下げてからナウザーに向き直った。


 「予定の方ではないのですか?」


 二人は知り合いらしいが、やり取りからするに十日に一度やってくる竜騎士ではないらしい。少なくともナウザーと最後に会ったのは彼が髭を伸ばす前だというのはファミアにも分かった。


 「いつもの奴はどうした?」

 「こんな美人が熊の嫁だと?!」


 ソウドは問いに答えず驚き後ずさると、両手を頭にやってガシガシと掻き毟った。


 「なんでこんな美人がナウザーなんかに……」

 「お前……五年振りに会ってそれかよ。」


 変わらないなと苦笑いを浮かべたナウザーに、ソウドは心底悔しそうに「なんで熊なんかにこんな美人が」と呟いてがっくりと項垂れた。



 竜守りの小屋に食料を運ぶのは若い騎士というのが慣例だったのだが、配属先を変えていたソウドが五年振りに本拠地へ戻り、親友であるナウザーの元への配達人へと自ら立候補したのだ。自分の竜を久し振りに里帰りさせてやりたいという思いもあった。そうしてやってきたソウドだが、小さな袋を手に小屋から出てきたファミアを物盗りと勘違いしたのだ。そのせいで予定時刻をはるか前にして外からやってきた竜の気配を察知し、急ぎ戻ったナウザーに危うく蹴り殺されるところだった。ナウザーはすぐに相手がソウドだと気付いたが、ファミアの上に乗っている男が例え久し振りに再会した親友だろうと遠慮はいらないと、即座に怒りで体が動いた。おかげで壁には穴が開いたが、ファミアがお茶を入れている間に二人仲良く板に釘を打って修理を済ませていた。

 

 やってきた竜騎士に関わるつもりはなかったが、こうなってしまっては予定変更だ。ソウドの乗ってきた竜も荷物を下ろすと早々に森へと入ってしまったし、ナウザーも悟られる心配はないと判断した。ソウドは五年振りに再会した親友よりファミアに興味津々だ。


 「へえ、パシェド村とはずいぶん遠くからやって来たな。里が恋しいなら帰るついでに送ってってやるぞ?」

 「来たばかりだ、里帰りの予定はない。」

 「けどシグ婆に連れて来られたっきりなんだろ。ここはひとつ親友としてファミアの両親……は、いねぇか。兄貴にご挨拶をな?」

 「挨拶なら俺が行く。なんで関係ないお前が出しゃばるんだ!」

 「んなの若くて綺麗な嫁さんが羨ましいからに決まってんだろ。なんでこんな熊……無精もいいかげんにして髭くらい剃れよ。」

 「―――手入れが面倒だろうが。」


 一瞬同調しようと考えたが、ソウドに言われたから髭を剃るというのも何だかなと否定してしまう。ソウドのせいにして剃ってしまえばよかったのだが、何故か言いなりになるのが嫌だった。


 「無精もそこまで来ると犯罪だぞ。お前とファミアが公道を歩けばどう思われるか解ってるのか。好色爺ならまだいいが最悪人攫いだ。」


 最後に会った五年前も無精髭はあったが、顔全体を覆うようなものではなかった。しかし久し振りに再会してみれば何処の誰だか、まして賊以外のまっとうな人間になど皆目見えない。もともと面倒くさがりで無精者だったが、人の目がないとここまで落ちるのかと、嫁も迎えたことだし無頓着も大概にしろとソウドはファミアを気遣う。


 「俺がそうならお前もそうだろが?」

 「笑わせんな。とてもじゃないが俺と同じ歳には見えんぞ。」

 

 腕を組んで呆れた様に首を振るソウドに一歩遅れ、ファミアは「え?」と声をあげた。四つの瞳が同時にファミアに向けられる。

 

 「二人とも、同じ歳なんですか?」


 ファミアの言葉にソウドはにぃと口角を上げて意地悪そうな笑みを作り、苦く顔を歪めたナウザーを肘でつついた。


 「どうやら嫁さん中じゃ、お前は好色爺になってたらしいぞ?」

 「いいえお爺さんだなんて!」


 ファミアは大きく首を左右に振る。ナウザーをお爺さんのような年齢だと思ってはいないが、同じ歳だというソウドは三十前に見えるのだ。どうか彼が特別若く見える外見であればよいと、ファミアはこれまでナウザーの年齢を見た目のまま受け入れていた状態であったのを後悔した。


 「じゃぁいくつに見える?」


 面白そうに問うソウドにファミアは小さな体を更に小さくしながら答える。


 「ちゃんと、年相応に。」  

 「四十くらい?」

 「はいっ!」


 なんだ、やはりソウドが若く見えるのかとほっとして元気に返事をすれば、ソウドは大笑いし、ナウザーは渋い顔で肩を落とす。


 「お前……これまで親子ほど年の離れた男に嫁いだ気でいたのか?」

 「え、それは―――」


 ナウザーの落ち込んだ瞳の色でファミアは自分が失敗したのだと悟った。思ってなどいなかったが、親子だと言えば確かにそうだ。ファミアの年齢なら子供の二人三人いて当たり前なのだから。


 「俺たちは三十二だ。だよなぁ、このなりじゃ勘違いして当然だ。」


 がさつに笑うソウドを前に、ナウザーは頬杖をついて不貞腐れていた。十四で最初の結婚をしたファミアがそのまま村で過ごしていれば、十五で出産し、それが娘でまた十五で出産したならナウザーの年には孫がいるという計算になる。田舎と都会、そして男女では結婚年齢に差があるが、それでも離れた年齢とファミアがここに来た経緯を察すると、やはり不憫に感じずにはいられない。だがファミアを見れば、夫となった男が意外に若かった事実の方にばかり気が行っているようで、ナウザーはわずかにほっとした。


 

 五年振りに再会した友人は祝杯だと、持参した酒瓶の栓を日が暮れる前に開ける。腕を失い竜騎士として働けなくなったナウザーに妻ができたことをことのほか喜んでいるようで、夫の友人に受け入れられた気持ちになったファミアも嬉しく感じ、精一杯の手料理でソウドをもてなした。


 「よくこんな酒が手に入ったな。」


 栓を抜いたのは世界的にも希少で高価なシュルシュと呼ばれる赤黒い色の酒だった。生産される数も少なく、高給取りの竜騎士でも手に入れるのは困難な品だ。


 「配置替えと同時に昇進してな。団長が祝いにくれるってんで遠慮なくもらってきた。」

 「また無理を言ってぶん取ったんじゃないだろうな?」

 「かなり渋られたがな。お前と飲むってったら、ぶつくさ言いながらも出してくれたんで俺も驚いたぞ。結婚祝い代わりにもなったって報告しとくさ。」


 まぁ一杯と、赤黒い液体を注がれたファミアも恐る恐る初めての飲酒を経験する。口に含んだ途端にむっとするアルコールは苦手だが、香りは村の近くで採れる果物に似た感じだった。だからといって飲酒経験のないファミアでは果実の様に口にはできず申し訳なく思ったが、残した分はナウザーが喜んで引き受けてくれたし、ソウドも不快に感じていないようだったのでほっと胸を撫で下ろした。


 大きな男二人がまるで喧嘩をしているかに声を張り上げ、再会を喜び楽しそうに話をしている。久しぶりの再会を邪魔しないよう、ファミアは敢えて台所に立つ時間を多くした。ふと声が小さくなり、聞かれたくない話しをしているのだと感じて耳を閉ざそうとしたが、『マデリーン』という美しい響きの女性の名が耳に届いて料理する手が一瞬止まる。そんな自分自身にファミアは、こんな風に思うようになったのかと、夫婦という関係を改めて実感した瞬間でもあった。


 結局男二人はソウドの持参した酒をすべて空にしてしまう。夜も更けるとテーブルの上には食べ尽くした空の皿と空き瓶が山のようになっていた。その傍らでソウドは椅子を並べて仰向けになると大鼾おおいびきをかき、ナウザーも床に転がって鼾をかいている。酒を飲み始めた時点で泊って行くのだろうと予想し寝室の隣部屋を整えたのだが、ファミアではソウドを寝台に運ぶのなんて絶対に無理だ。竜の声を聴く男たちはこういうものなのだろうかと、ファミアは二人の体に毛布を掛けてやってから散らかった部屋を片付け始めた。


 



 


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