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竜守りの妻  作者: momo
書籍化お礼番外編・他
49/50

竜騎士の後輩・その1



 リトは竜騎士である父の背中を追い続けていた。

 父親同様に竜の声を聞くことができるリトの世界は、幼いころから竜一色で、将来は父親のように立派な竜騎士になるのだと決めていた。

 その日も父の竜を見に基地を訪れていたリトは、左袖をはためかせる男を見つけた。

 腕を失うと同時に竜騎士の資格をなくした男の話は有名で、目にした男がその資格を失った元竜騎士であると気付いたリトは興味本位で男の後を追った。

 追いかけた先には全身傷だらけの竜がいた。

 傷は塞がっているが、あまりの痛ましさにリトは声を失い、見ていられなくてその場から逃げるように走り去った。


 それから一月ほど後、男が竜守りとしての任に付くため飛び立つと聞いて、リトも父親の影に隠れて旅立ちを見送った。

 男の愛しい竜は一線を退き、片腕を失った竜騎士も同じく戦いの場から身を引くことになる。世間は自らの腕を竜に捧げた男の話でもちきりで、誰もが誉を失う男を憐れんだ。

 国のために戦い負傷したせいで竜騎士を退く。竜と自由に空を駆けることができなくなるのはどれほどの苦しみであろうか。

 リトはとても恐ろしかった。

 不安で苦しく、幼いながらも悲嘆にくれた。

 すっかり感情移入してしまい、今にも零れそうになる涙を必死でこらえていたその時、傷ついた竜の背に華麗に飛び乗った男が振り返る。

 リトが仰ぎ見た男は、傷だらけの竜の背に堂々と立っていた。

 高い位置から仲間を見下ろし、「じゃあな」と一言だけ告げると己の竜を撫でた。その黒い瞳は竜への慈愛に満ちていた。

 生気に満ちた視線は鋭利であるが優しく、そしてほんの僅かにも光を失っていなかった。

 竜に向ける眼差しは慈しみに溢れ、気高く、どの竜騎士よりも逞しくて。そして男は堂々と竜の背に立っていた。

 リトは思わず男を追いたくなるが、男は背を向け、鞍もないまま片腕で竜を自在に操り、一度も振り返ることなく空の彼方に消えた。


 この日からだ。リトが元竜騎士ナウザーに心酔するようになったのは。

 リトが竜騎士となるため訓練に参加するようになると、時たまであるが男を見かける機会もあった。

 誰も経験したことのない傷を負った男は堕落せず竜騎士の風格を損なっていなかった。自由に空を舞い、竜を慈しみ続け、若いリトにも声をかけ、時には助言をして助けてくれた。

 時が来て竜騎士の資格を得たリトは、男の導いた竜に認められ、相棒として空を舞うことができている。



 ***


「どうかお願いしますっ!!」


 床に額を擦りつけて懇願する若い竜騎士の土下座をファミアは慌てて止めた。


「リトさんやめてください。お願いだから顔を上げて!」


 何とか起こそうと肩をゆするが、熟練の竜騎士と異なり体のつくりはまだまだだとしても、ファミアとは圧倒的な体格差があってびくともせず、リトは土下座したまま一気にまくしたてる。


「お願いですファミアさん。こんなこと頼める立場じゃないのは分かっています。でも俺っ、どうしても今夜の夜会に出席しないと親父にどやされるんです。竜にかまけて夜会をすっぽかしまくった俺の自業自得だってのは分かっていますし、エスコートするはずだった姉が慣れない貴族生活に嫌気がさして家出したのもあなたに何の関係もない。俺だってナウザーさんの奥さんであるファミアさんを巻き込むのも筋違いだってのは分かっています。でも俺、竜にかまけて恋人もいないし、未婚のお嬢さんを誘って勘違いさせるわけにもいかないし。途方に暮れていたらファミアさん、あなたが俺の前に現れて。ファミアさんは既婚者だから、エスコートしても俺と艶めいた噂なんか流れないって思うんです。どうかお願いします。今夜の夜会に出なかったら俺、次の夜会に出るまで竜に乗ることを禁止されてしまうんです。俺には理解できないけど、貴族社会って面倒なことが多すぎるんですよ。本当になんでか分からないけど竜騎士なのに竜に乗ることを禁止されてしまうんです。俺死にます。竜に乗れなかったら死んじゃいます。どうか助けると思ってお願いします!」


 子供たちを義理の両親に預けたファミアは、アーリアに誘われて買い物を楽しんだ後、食事処のテラス席で午後のお茶を注文し終えたところだ。

 そこに猪のような勢いで若い男が突っ込んできたかと思うと瞬く間もなく土下座して、「どうか俺と夜会に出席してくれませんか!」と声を上げた。

 

 彼はナウザーが森から送り出した竜に乗る竜騎士だ。

 十代後半とまだ若いながら、実力の先が見えない竜騎士だとナウザーが誉めていた。

 最初に彼と知り合ったのは、ファミアが竜守りの妻となってしばらくしてだった。

 食料配達に来た当時十代半ばであったリトが、竜騎士にしては線も細かったことや、態度が十代半ばの年相応であったのも手伝ってファミアは警戒を解き、食事を御馳走したりしてごくたまに交流を持った。そして今はソウドの次に仲良くできる竜騎士になっていた。


 そんな彼はもともと貴族の夜会に出るような身分ではない。竜騎士なので彼個人としては出席対象ではあるが、身分としては平民に位置づけられていた。

 しかし聞くところによると昨年貴族位にあった伯父が亡くなり、リトの父親が貴族位を継承してしまったそうだ。そうなると必然的にリトは貴族のご子息となり、長男である彼が位を引き継いでいくことになる。

 父親である竜騎士は貴族社会で育ったが、リトは平民として育った。そんなリトが慣れない貴族社会で苦しんでいるのは、貧しい寒村で生まれ育ったファミアにはとてもよく理解できるのだが……


「でもわたし、夜会なんて――」


 幾度か参加しているのでまるきり知らないわけではないが、何しろ既婚者である。リトが夫を慕っているのも知っているし、夫もリトを認めている。そしてファミアも竜守りの妻として、竜騎士であるリトの力になりたい気持ちはあるのだが、所用で遠い基地まで出ているナウザーは夜にならないと帰ってこない。夫の許可なくリトの求めに応じることには迷いしかなかった。


「俺と手をつないで一曲踊ってくれたら終わります。絶対に迷惑かけません。ナウザーさんにも俺から説明して許可をもらいます。だからどうかお願いします!」

「でも夫は別の基地に行っていて不在ですよ」

「誰かに頼んで竜を飛ばしてもらいます。連絡します。絶対に許可をもらいます。もし勝手をしたと許されなくても殴られるのは俺だけだから!」

「リトさんが殴られるのは嫌だわ」

「え、いえっ。ナウザーさんの逆鱗に触れたらって意味で、ナウザーさんが普段から手を上げるような人だとかって意味じゃなくて!」


 ナウザーは素晴らしい人だし、手を上げるようなことをされた過去は一度もないからとリトは弁解を始める。


「俺、本当に困っているんです。竜に乗るのを禁止されたら死んでしまう!」


 土下座したまま泣き始めたリトにファミアは困惑してしまった。

 そこに楽しそうな低めの声が降り注ぐ。


「やだぁ、面白そうね。ナウザーには私が話を通してあげるわ。ファミア、リトはナウザーの竜に乗っている竜騎士よ。大切な後輩。先輩の妻としてリトのお願い聞いてあげなさいよ。大丈夫、嫉妬深くて面倒なナウザーだって貴族なんだし、伯父の不幸で急に貴族になっちゃった後輩の事情は理解してくれるわ。ナウザーを崇拝するリトがファミアに横恋慕するなんて心配もないし。二人とも、準備はぜ~んぶ、わたしにお・ま・か・せ!」


 腕がなるわとにこやかなアーリアを、顔を上げたリトが不思議そうに見上げる。


「あなたとは初対面ですけど、どうして俺のことを。あなたは?」

「わたしは何でも知ってるのよ。だってナウザーの元恋人なんですもの」


 うふっと笑ったアーリアに、リトは「えっ!?」と驚いて妙な顔をする。そしてを恐る恐るといった様子でファミアを見上げたので、ファミアは曖昧に微笑んで口をつぐんだ。



***



 今回参加する夜会は伯爵家主催の中規模な夜会だった。

 リト乱入のテラス席から一転、アーリアはリトに使いを頼むと、ファミアを彼女(?)御用達の服飾店につれて行き、戸惑うファミアに「大丈夫よ、わたしの腕を信じて」と言って、特別室で頭の先から爪の先まですべての準備を整えた。

 全身を映す鏡の前に立たされたファミアは、まるで別人となった自分の姿に驚いた。

 時間になって夜会服に着替えたリトが迎えに来たとき、「あれ、ファミアさんは?」とのたまうほどに別人に整えられたのだ。


「なるべくならファミアだと分からないほうがいいでしょう? 気づく人間がいても、最後の最後には後輩のために出席したってことが分かるようにしてあるから」


 最後の最後とは何だろう? 

 問い返すが時間がないからと返事は得られず、ファミアはリトとアーリアに伴われ夜会に出席する。


 黒髪の竜騎士にエスコートされるファミアの髪は、彼と同じ黒に染められていた。

 髪はすべて結い上げられて赤い生花が飾られている。化粧はファミアがこれまでされたことのない類の厚化粧だが、厚化粧とは分からない技術……もとい芸術が施されていた。

 瞳は空色のまま、目の周囲は影がつくように縁どられ、黒く羽ばたくほどのつけまつげも一本一本が丁寧に移植されいる。

 目の大きさはいつもの倍にまでなっており、陰影がつけられた顔には深い彫りができて目鼻立ちがはっきりした、異国風で自己主張の強い強烈な、しかしながら下品ではない美女が誕生していた。

 体の線も別人だ。

 詰め物で極限まで寄せて上げられた胸には深い谷間。見下ろすと巨大な二つの丸が出来上がっている。くびれた腰はそのままに臀部にも詰め物がされて、ファミアが嫉妬してきたこの国の女性特有の肉体美が出来上がっていた。

 ドレスもファミアが絶対に袖を通すことがないであろう、白地に深紅の花模様が刺繍された、派手ではあるが洗練されたもの。裾は二重なって、足元の前面に真紅の重ねがのぞく。癖の強いドレスだが、めりはりのついた体で十分に着こなせていた。高さのある靴を履いて視界も広い。

 今の姿を見て一目でファミアだと気付くものはいないだろう。ファミア自身、鏡の前に立つ自分の姿に「誰?」と驚き声を失ったのだから気づかれない自信がある。

 さすがはアーリア。女性になる技術は天下一品だ。


 ファミアは自分が美人だと言われても、劣等感のせいで素直に受け入れることができなかったが、今夜はアーリアのおかげで別人となり、見かけだけとはいえ憧れの体を手に入れてしまった。

 ナウザーの後輩のためとはいえ苦手な夜会に出席することに乗り気ではなかったが、見た目のおかげでわくわくした気持になる。


「さあ、行くわよぉ~っ!」


 自らを男装の麗人風に仕上げたアーリアが楽しそうに声を上げた。




 

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