竜の呟き
書籍化お礼の番外編その2です。
竜たちの井戸端会議です。
登場する竜…
ドゥル・年長
ハバド・二番目
セシル・三番目
モート・四番目
ニファ・五番目
ルル・年少・手先器用
ドニ・人をのせる訓練中
ムハルド・ファミアに求婚した竜。森で一番強い雄
何時の頃か分からない、遥か古より竜が住まう広大な森。
森の奥深くには、冬になると竜が集まる場所があり、そこには渋柿の木が群生していた。
甘い果実を好む竜だが、冬なると食料が不足して渋柿にも手を出すようになる。
硬く大きな体に牙や鈎爪、巨体に似合わない俊敏な動きに空を飛ぶ竜は恐れられるが、基本的に大型動物を捕食することはなく、木に実る果実や穀物、地下の根を掘りあさったり、たまに小動物や魚を狩る程度である。食べる量は見た目の大きさからすると極めて少食だ。
この渋柿の群生する場所に、六頭の若い雄の竜が集まっていた。
六頭の中でもドゥルと呼ばれる年長の竜が、渋柿のヘタを鋭い鈎爪でほじりながら呟くように漏らす。
『渋じゃなくって、甘い熟した無花果が食いてぇなぁ……』
すると、ドゥルの呟きを拾った五頭が年齢順に返事をしていく。
『俺も食いたい』
と、渋柿をもぎながら同意したのは、成竜ながらも最年少のルル。
『俺も』
とは、下から二番目のニファ。
『来年まで待てないよなぁ。腹いっぱい食べたいなぁ。今年も不作だったし』
下から三番目のモートはそう答えながら、ヘタ付きの渋柿を口に放り込んだ。
次いで下から四番目のセシルは森の変化を口にする。
『無花果の木が年々少なくなってる気がする』
『誰か食いすぎてんじゃねぇの?』
上から二番目のハバドは、セシルが食べる時には他の竜が食べた後だから、木が少なくなっている気がするのではとの意味で返事をした。
『そうじゃなくて、どっかの竜が葉つきの枝ごとむしって食べているのかもしれないなって気がするんだよ』
『葉は食べても美味しくないので違うんじゃねぇ?』
ハバドが返すと、セシルは『そうだよね、葉は不味いね』と納得して会話が途切れる。
渋柿を咀嚼する音が響く中で、しばらくすると年長のドゥルが、今度は下の五頭に問うように呟いた。
『なぁ、お前ら聞いたか』
『何を?』
渋柿の皮を爪で器用に剥きながら返事をしたのはルルだ。ルルは爪先が器用で、栗の皮も器用に剥いて食べることが出来る。
『人間ゴマすり派のドニが言ってたんだけどよ』
年長のドゥルの言う”人間ゴマすり派”とは、人と仲良くしても良いとの考えを持つ雄の竜を指していた。
人に手を貸すのは絆されやすい雌の竜がほとんどなのだが、たまに変わった雄もいる。そんな雄の竜を蔑む言葉として六頭が作り出したのが、人間ゴマすり派と言う言葉だ。
『ああ、こないだ竜守りと空飛んだ竜な。そのドニが何て言ってたんだ?』
『あいつ、基地ってところで特大の無花果食ったって自慢してやがった』
ドゥルがヘタをほじった渋柿を口に放り込みながら忌々し気に言うと、五頭の竜の目がドゥルに注がれているのに気付く。
『ん、どうしたんだお前ら?』
ドゥルが渋柿を奥歯で擦り潰しながら首を傾げると、五頭は何でもないと一斉に首をふった。
『お前ら、何でもないって顔してないぞ』
『い、いや。基地ってところには特大の無花果があるんだなって』
『羨ましいとか思ってないぞ』
『うん、基地ってところに行ってこっそり食おうなんて思ってない』
無花果は竜の大好物だ。夏から秋にかけて実る無花果を森の竜たちは心待ちにしている。
一斉に手にした渋柿を口に頬張る五頭の竜に、ドゥルは首を傾げながら『そうか?』と返事をして新たな渋柿を枝からもぎ取った。
『それでさ。どうやら人間に手を貸すと、秋には腹いっぱいの無花果が食えるらしいんだ』
『手を貸すと!?』
『人間に!?』
『腹いっぱい!?』
『なんだそれ!?』
『本当なのかよ!?』
ドゥルの言葉に五頭が一斉に騒ぎ出した。ドゥルは二つ目のヘタもほじくり終えると、渋柿を鈎爪に刺し、五頭を観察しながら言葉を続ける。
『ドニが言うにはな。いや、俺は人間に尻尾を振って無花果にありつこうなんてこれっぽっちも思ってないけどよ。ドニの奴が自慢するから腹立つなぁって。お前らも突然聞かされたら腹立つだろうから、その前に情報を共有しておくべきだと思ってさ』
別に自分は少しも羨ましくなんかないと言い張る年長者ドゥルの虚勢は、素直な竜には言葉通りにしか伝わらないので漏れることはない。
『そ……そうだな』
『別に羨ましいなんて思ってないよな』
同時に五頭の虚勢もドゥルに伝わることはない。
巨大な無花果よりも、竜としての誇りを優先できるドゥルは流石だなと、五頭は年長者であるドゥルの心の強さに感服するが、当然五頭は巨大な無花果が欲しい。しかし五頭のどの竜もそんなことを口にする勇気はなかった。それでも想像しただけで涎が出るのは止められない。
『それよりドゥル、パウズの奴がまた石食ってたぞ』
涎が垂れるのをとめるため、ドゥルの次に年長のハバドが話題を変えると、上から三番目のセシルが零れた涎を長い舌で舐めとり『俺も見た』と声を上げる。
『食えなくて吐き出してたけどな』
『馬鹿だよなぁ、パウズの奴。』
『餓鬼だからしょうがないよな』
竜に石を食べる習性はない。
成人した若い雄竜たちは幼いパウズを馬鹿にしたが、年長のドゥルは他の竜が何もわかっていないと知り、笑って兄貴風を吹かせた。
『ははは、お前ら馬鹿か。あれは石食ってんじゃなくて、竜守りの雌に貢いでるんだよ』
『貢ぐ?』
『竜守りの雌に?』
『なんで?』
どうしてそんなことをするのかと、五頭の竜が一斉に首を傾げ、年長者であるドゥルに縦長の瞳孔を向けた。
ドゥルは得意になる。他の竜が知らないことを知っているのはとても嬉しい。
『そりゃあ人間の雌は光る石が好きだからに決まってるだろ』
『それ、俺知ってる。竜騎士の竜をしていた竜が言ってるのを聞いた。すっげえちっこい豆粒みたいな石で大喜びするのが不思議だって』
最年少のルルが自慢げに声を上げる。しかしすぐに首を傾げてドゥルを見た。
『でも、なんで石が好きなんだ?』
年少のルルに続いて、ドゥル以外の四頭も首を傾げた。
『食えないしな』
『なぁ、ドゥルなんでだ?』
『それは、ええっとだな。うん、そう。人間の雌は変なのが多いからな。俺たちと違って』
偉大な竜と異なり、人間は馬鹿なのだと吹聴するドゥルに、年下の五頭も同調して『人間は変なのが多いよなぁ』と、人とろくに接触したこともない竜たちが馬鹿にして笑う。
『あ、でもさ』
と、またも声を上げたのは上から二番目のハバドだ。
『俺、見たんだよな』
『見たって何を?』
『なにを?』
首を傾げたドゥルに続いて年下の四頭も同じように首を傾げた。
『ムハルドが食って吐き出した石を、竜守りの雌に押し付けるところ』
ムハルドとは竜の森で、最も強く優美で偉大な雄の竜だ。集う六頭が束になって襲いかかっても敵わない、恐ろしく強い竜である。
ハバドは他の竜に聞かれていないかと辺りを窺って声を潜めた。
『ムハルドが、人間の竜になった雄の縄張りを荒らして石食っててさ。よほど不味かったのか吐き出したんだけど。しばらく眺めると上機嫌になって駆けだしたから、何事かと思って後を追ったら、竜守りの巣に突っ込んで行ってさ。石を竜守りの雌に押し付けてた。嫌がらせかと思ったけど、人間の雌は光る石が好きなんだろ。あれって、パウズと同じで人間の雌に貢いでるってことかな?』
縄張り意識の強い竜でも、雄は雌に比べて更に強い。雄同士、たとえ森を出た竜の縄張りであっても滅多なことがなければ荒らすようなことはしない。
しかしハバドはムハルドが他竜の縄張りで石を食い、吐き出して竜守りの雌に押し付けているのを目撃したのだ。
ただの嫌がらせと思っていたが、ドゥルが言うには雌に貢ぐ行為らしい。
『あのムハルドが人間ゴマすり派になったってのか!?』
下から三番目のモートが声を張り上げ、隣にいた上から三番目のセシルが尻尾でモートをバシバシと叩く。
『黙れ、ムハルドに聞こえたら殺されるだろ!』
『でも人間ゴマすり派だぞ、あのムハルドが人間に貢ぐなんて!』
信じられないと慌てふためくモートを黙らせようと、セシルに加え、下から二番目のニファも尻尾でモートを叩いた。
『モート、しーっ、静かにしてよ。ムハルドに聞かれたら絶対に殺されるから!』
モートを囲んでセシルとニファが尻尾で叩き、上から二番目のハバドは年長者のドゥルに答えを求めた。最年少のルルは渋柿のヘタを取り、皮をむいて口に放り込んで咀嚼している。
『なぁドゥル、いったいどういうことだろう?』
『ああ、そうだな……』
あのムハルドが人間の雌に貢物をするなんて……ドゥルは有り得ない出来事に驚いて、渋柿を突き刺した鈎爪を意味もなくうねらせながら考え込んだ。
『ルル、お前はどう思う?』
『ドゥルに分からないことが俺に分かるわけないよ。な、ハバド』
『そうだな。俺たちドゥルより長く生きてないし』
『う……そうだな。お前らより俺の方が頭いいしな』
う~ん、と。
年長者であるドゥルは鈎爪に渋柿を指したまま考え込む。
あのムハルドが人間に貢物をしているのは何かしらの理由があるのだろう。あの、ムハルドが、だ。人間の雌に貢物をしているのだから、若い竜には想像もつかない、何かしらの偉大な理由があるに違いない。
その何かしらの理由は分からないが、分からないと答えるのは年長者としてあってはならないことだ。ドゥルは考え、考え抜いて答えを出す。
『そ、そうだな。まぁ……人間だけど雌だし? 竜守りの雌に尻尾振っても罰は当たらねぇかもな』
もしここでムハルドを否定したり馬鹿にしたりしたら。どこからか話が漏れてムハルドの耳に入りでもしたら、ドゥルが制裁を受けるのは確実だ。だからドゥルは、取りあえずムハルドがすることを否定するのだけは避けることにした。
別に理由が分からないからではない。あのムハルドが貢いでいるのだから、崇高な何かがあるのは確実なのだ。
ドゥルは悟った風を装い、”竜守りの雌”と”竜守りの雄”を別のものとして考えることにした。
竜の森で、人間に手を貸して欲しいと動き回っているのは竜守りの雄だけだ。雌はただそこにいるだけ。
『雌は弱いからな。強い竜の雄として、優しくしても罰は当たらない。ムハルドも人間の雌を憐れに思って、森の支配者としての役目を果たしているんだろう』
『なるほど!』
『竜守りの雌は弱っちいからな。ムハルドは偉大だから!』
『そうなのか。森の支配者としての役目。かっこいいな。俺達じゃ考え付かない答えだ。流石ドゥルだね!』
『いやぁ、それほどでも』
ドゥルは渋柿を口に放り込む。長く太い尻尾は地面をたたきつけ、超ご機嫌であった。




