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竜守りの妻  作者: momo
おまけ
46/50

過去の女性

時系列としてはファミアの妊娠が発覚する前です。

 



 ファミアは一定の期間を開けつつシアルの診察を受けているが、大抵はナウザーの操る竜に乗せてもらい早朝に森を出立し基地に向かう。そこから馬車でシアルを訪ね同日中に竜の住まう森へと帰るのが常なのだが、今日は都で大きな市が開かれお祭り状態になるというので急遽見学していく運びになった。ナウザーがファミアを案内したいと言い出したからだ。一泊して翌日森へ帰る事にファミアも了承した。パウズの事が心配ではあったが、明日朝に発てば問題ないだろうとナウザーが言うので素直に従ったのだ。

 国中から品物が集まり、旅の吟遊詩人や大道芸人も集まると聞いて、閉鎖的な村で育ったファミアの心は童心に返ったかに浮足立つ。大道芸など話に聞いてはいたが見たことなど一度もない。市の事など頭の片隅にもなかったナウザーだったが、今日開かれると耳にしてファミアを喜ばせようと誘ったのだ。ファミアは国中から珍しい品物が集まると説明しても大して興味がなさそうだったが、大道芸の話しには薄い青の瞳を輝かせてくれたのでナウザーの心も踊った。そんな訳で期待を胸に、心配だからと無理矢理同行すると言い出したシアルを伴い市に向かったのだが―――


 「大丈夫か?」

 「少し休めば大丈夫です。本当にごめんなさい、せっかく連れてきていただいたのに……」

  

 小さな体ながらも体力に自信のあるファミアだったが、踏み込んだ市で慣れない人混みに酔ってしまい大道芸を鑑賞する所ではなくなってしまったのだ。人混みを避けベンチに腰を下ろしているが顔は蒼白で今にも倒れてしまいそうになっていた。体を冷やすといけないとナウザーの分厚い外套を纏わされているが唇まで白くなってしまっている。


 「温かい飲み物を買って来るよ。」

 

 ファミアの隣に座っていたシアルが席を立とうとするが「俺が行く」とナウザーが制止をかけた。


 「何かあった時に俺よりお前の方が対処できる。」

 「確かにそうだね。兄さんならファミアさんが倒れた途端に抱き上げて何処かに突っ走って行ってしまいそうだ。」


 冗談とも本気ともつかないシアルの言葉にナウザーは喉を詰まらせながらも、愛しい妻の状態に不安を覚え温かい飲み物を求めてその場を離れる。巨体にもかかわらず俊敏な動きで人込みに紛れたナウザーはさほど時を置かずして舞い戻った。


 「迷ったんだが白湯にした。」

 「いい判断だよ、ありがとう兄さん。ファミアさん、ゆっくり飲んでみて。」

 「ありがとうございます……」


 本来なら自らの手で与えたかったがここは医者であるシアルに託す。楽しんでもらおうと提案したのだがまさか人混みに酔うとは想像もしていなかっただけに迂闊だった。次は二人きりでゆっくり楽しめる場所にしようと辛そうな妻を前に考えていると、何かがぶつかり、不意を突かれたナウザーは思い切り弾き飛ばされるものの、持ち前の俊敏さで倒れるのだけは免れた。


 「なっ、なんだっ?!」

 「やだぁ、ナウザーったら。いつの間に戻ってきてたの?!」


 急な出来事にナウザーだけでなくファミアとシアルも目を見開く。長い黒髪の女性がナウザーの腰に抱き付いて嬉しそうに声を上げていた。顔中髭だらけで親友であるソウドですら再会時に熊と間違えたというのにどうしてナウザーだと判別できたのだろう。ファミアは驚きながらも夫に抱き付く女性をつぶさに観察する。

 ゆるく波打った黒髪は束ねておらず艶やかで瞳は薄い茶色。女性にしては少し高めの身長に、外套に包まれていてもすらりと手足が長いのがみてとれる。この国特有なのかどうかはファミアには解らないが、大きな胸が容赦なく夫であるナウザーに押し付けられていた。


 「あなたがいなくなって寂しくて。わたしも長く街を離れてたんだけど最近戻って来たのよ!」


 竜守りはやめたの? と、赤い口紅が塗られた唇が弧を描き薄茶の瞳が爛々と輝く。ああ、この女性はナウザーを好きなんだ、だから髭だらけの顔でもすぐに見分けがついてしまったんだと、ファミアは心の内にひんやりとしたものを感じて息を潜めた。


 「アーリア、お前アーリアじゃないか。やっぱ十年経つと老けんだな。」

 「老けたじゃねぇよ!」

 「ぐっ……」


 懐かしげに漆黒の目を瞬かせ禁句を並べたナウザーの腹に、アーリアと呼ばれた女性の膝がのめり込む。虚を突かれたナウザーはまともに食らって体をくの字に折り曲げた。


 「あなたったら本当に何才になってもデリカシーがないままよね。自分の顔ちゃんと鏡で見てる? 髭だらけでまるで熊だわ。老けたなんて人の事いう前に鏡の中の自分がいったい幾つに見えるかよく観察してごらんなさいよ。」


 アーリアは腕を組むと冷え切った視線と笑顔で腹を押さえ蹲るナウザーを見下ろす。そんな二人をシアルとファミアは言葉を失い交互に見やった。するとアーリアはくるりと体を二人に向け、満面の笑顔で挨拶を始める。


 「初めまして美しい方。シアルもお久しぶりね。なぁに、彼女あなたの良い人なの? 紹介してよ。女嫌いはやめたのね、喜ばしい事だわ。」

 「えっと……」


 言葉を詰まらせたシアルだが気を持ち直すように息を吐き出すと僅かにファミアへと体を向けた。


 「久し振りだねアーリア。それから彼女はファミアさん、僕の恋人ではな―――!」


 恋人じゃないと言いかけたシアルだったが言い終わる前に押しのけられたかと思うと、あっという間にシアルが座っていた位置にアーリアが腰を下ろしてファミアに身を摺り寄せた。


 「まぁまぁ、人形みたいで本当に綺麗な方。初めまして、わたしはアーリア。ナウザーとは昔付き合っていて色んな意味で初めての相手よ。」

 「てめっ、勝手にっ!」

 「なに過去の話に照れてるの。まぁわたしとしては愛を復活させたい所なんで照れてもらってもいいんだけど。」

 「あのっ、わたしはナウザーの妻です。」

 「まぁそうなの。って……ええぇぇぇええぇぇえ?!」


 まさかここで夫の過去の女性と遭遇しようとは。ファミアが唇を噛み締め己を主張すると笑顔だったアーリアが驚愕の声を上げた。そして直ぐさま立ち上がりナウザーの胸ぐらを掴んで引き寄せ鼻を突き合わせる。


 「吹けば飛びそうな美女を無理矢理手籠めにしやがってっ。元竜騎士が堕ちてんじゃねぇよ、このロリコンっ!」

 「誰がロリコンだこの糞野郎っ!」

 「やめてナウザー、女性に手を上げるなんてっ!」


 胸ぐらを掴まれ拳を振り上げた夫にファミアは手にした白湯を放り出して縋り付いたのだが。


 「そうなのそうなの、か弱い女になんて野蛮な男なのかしらっ!」


 ナウザーから手を離したアーリアは素早くファミアの後ろに回り込み、小さなファミアの背の後ろから『野蛮人』とナウザーを罵りまくる。


 「お前なぁ……」

 

 呆れるナウザーを前に、ファミアは突拍子のない行動をとるアーリアを振り返った。


 「あの……わたし。無理矢理手籠めになんてされていません。本当に彼の、竜守りの妻なんです。」

 「あはっ、だよねぇ。こんな奴だけど人の嫌がる事だけはしない優しい奴だから。だからわたしも好きになったのよ!」


 照れたのか両手で頬を覆って恥ずかしそうに体をくねらせるアーリアに、ファミアはますます訳が分からなくなって戸惑い眉を寄せた。


 「優しいのはわたしだって知っています。それに他にも沢山。」

 「もしかしてファミアの方がナウザーにべた惚れ? 解るわぁ。髭剃ればいいのに。本当ナウザーっていい男よね。恋人に戻れないなら愛人に立候補したいくらいよ。」

 「いらねぇよ。ってかお前男だろうが。何が愛人だ馬鹿野郎。」

 「それは言わない約束でしょ。それに体は男でも心は本物の乙女なの。だからわたしと付き合ってたんじゃないの?」

 「その見てくれに騙されたに決まってんだろうが!」

 「いやね、照れなくてもいいのに。ね?」

 

 可愛らしく首を傾けられ、ファミアは疑問符を浮かべたままつられて同じように首を傾ける。


 「男の方?」

 「心は女なのよ。初恋も初恋人もナウザー。勿論キスだって―――」

 「だからやめろっつってんだろうがっ!」


 ナウザーは片腕だけで器用にアーリアを羽交い絞めにすると、これ以上なにも言わさないように大きな掌で口を覆ってしまう。戸惑うファミアは助けを求めるようにシアルへと視線を向けた。


 「えっと……恋人は本当。ただアーリアを女性と思い込んで付き合っていたから、兄さんが男色だとかの趣味がないのだけは僕が保証するよ。」


 困ったように苦笑いを浮かべるシアルに挙動不審な様子はない。女性を前にすると途端に言葉も発せなくなる彼なのでアーリアが男性だというのは本当らしいが―――元恋人も間違いないのだとかで複雑な気持ちになった。


 夫と羽交い絞めにされたままのアーリアに視線を向けると、どう見ても熊男が綺麗な女性を襲っている風にしか見えない。そこへ人混みから溢れるように帯剣し同じ制服を来た警備の男たちがこちらに向かってやってきているのだ。女性が襲われていると誰かが通報したのだろう。これから起きるであろうひと悶着を前に溜息しか漏れない。見ようによっては楽しそうに戯れる二人を前に複雑な心境だ。いつの間にか気分の悪さは消えてなくなっていたが、今のファミアにはそれ所ではなかった。







 

今朝気付きましたらお気に入り登録が9千件をこえていてびっくりしました。

あまりに嬉しくて、何かお礼をと思い投稿しました。

楽しんでいただければ幸いです。

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