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竜守りの妻  作者: momo
おまけ
43/50

小さな恋 2

大人になったライズとケネスのお話です。

調子に乗って書いてしまいました。



 いつもお前を想っている―――恥ずかしそうに囁いてくれたあなた。そのあなたは今日も沢山の女の子に囲まれて、それはもう嬉しそうに鼻の下を伸ばしている。





 こんなだらしないケネスなんか見たくなかったと踵を返せば逞しい胸板に鼻をぶつけた。いつの間にか後ろに立っていたその人を見上げると、彼は遠くに向けていた漆黒の瞳をわたしへと落とす。


 「この程度でやきもち焼いてたら竜騎士の奥さんになんてなれないよ?」

 「焼いてないもの。」


 竜騎士がもてるというのはわかってる。望むにしても望まないにしても沢山の女の子が寄って来るのだ。でも今のケネスからは困ったような感じはまるで受けない。わたしと一緒にいる時は常に周りを警戒して人を寄せ付けない雰囲気丸出しのくせに、女の子に囲まれた今のケネスはまるで別人だ。あんな大きくて野蛮なケネスの何処がいいのよ。

 わたしは悟ったような従弟ファルスの物言いにむっとしたが悟られないように答え、風呂敷に包んだ差し入れを半ば無理矢理押し付けた。


 「訓練頑張ってね。」

 「ちょっと待って。」


 可愛い女の子に囲まれてデレデレのケネスなんて見たくない。だからさっさと帰ろうとするとファルスがわたしの腕を掴んだ。


 「一人じゃ危ないから送るよ。」

 「平気よ、ここまで一人で来たもの。」

 「でもライズはリオと違って護身術使えないじゃないか。君らの容姿はとっても珍しいから、変な男に引っかかるならまだましも誘拐されたら大変だよ。」

 「その時はっ―――ソウドさんが助けてくれるもん。」

 「そりゃ絶対に助けてくれるだろうけど隊長は任務で不在だろ。ケネスも心配する。ほら見ろよ、不安そうにこっち見てるから。」


 でれでれの間違いでしょ。


 「見ない。」

 「ライズ……」


 女の子に囲まれてデレデレでくねくねのケネスなんかに用事はない。気合入れて作って来たお菓子の差し入れも本当はファルスに渡すために作ったんだから。わたしが自分にそう言い聞かせながらファルスの腕を引くと、ファルスは仕方なさそうに溜息を落としながらも足を進めた。

 

 「訓練が終わったならシアルさんの所まで送ってくれる?」

 「勿論だよ、今から送ってあげる。ライズがくれたこれ置いて来るからついて来て。」  

 

 三歳も年下のファルスがわたしを守るように腰に手を回す。村を出て六年、パシェド村で親の庇護下に置かれていた時には気付かなかったけれど、わたしたち村の人間はとてもひ弱だ。村一番の美人と噂された叔母の息子なのに、ファルスはどんどん大きくなってわたしと同じ血が流れる従弟とはとても思えない。見上げるほど大きくなって体中に筋肉がいっぱいついている。それは当然ケネスにも。そしてそれほどではないにしても、都で見かける大人たちは誰も彼もが大きくて筋肉質だ。わたしと同じ一目でパシェド村出身と解る従妹リオのように護身術を身につけていないわたしは、悪意ある人に目を付けられたら片手で息の根を止められてしまうだろうし、簡単に攫われてしまうだろう。だからわたしを預かってくれているソウドさんからもきつく言われている。一人で知らない場所や危険な場所に行かないようにと。自由に行き来していいのは医学を学ぶために通っているシアルさんの所やご近所くらい。この竜騎士団の基地にはクレアさんの許しを貰って定期的に荷物を運ぶ商人の荷馬車に同乗させてもらってきた。だから一人で帰ってもし万一でもあれば、ここに来るのを許してくれたクレアさんにも申し訳ないことになってしまう。俯いて背を押されながら歩くわたしに「もしかしてさぁ」とファルスが話しかけてきた。


 「ケネスと結婚に踏み切れないのって、あのせい?」

 

 見上げると茶化すでもなく見下ろしているファルスに、わたしは正直に違うと首を振る。今年で二十一歳になるわたしはお嫁に行くべき年齢だ。パシェド村ではこの年になっても嫁に行っていない娘なんて一人もいない。子供も二人か三人いてもいい年だし、わたしだってケネスの事は大好きだし、ケネスも十六で竜騎士になってからは度々プロポーズしてくれていた。だからケネスの周りに沢山女の子がいてもそのせいで結婚しないという訳じゃない。それにいくら女の子に囲まれたからって、ケネスがその子たちと浮気をしているなんてのも疑っていなかった。


 「ケネスにもちゃんと話したんだけどね。もしも子供が出来なかったらと思うと……踏み切れないんだ。」


 初めての告白に上で息を呑むのが分かった。ファルスにも他人事じゃない、妻にした女性に子供が出来なかった時のこと。竜騎士は必ずその血を残さなくてはならないという役目がある。妻にした女性に子供が出来なかった時、子供を産める他の女性に自分の子を産ませなければならない約束事があるのだ。わたしがケネスと出会えたのは十五になっても初潮を迎えなかったから。あれから無事に初潮は迎えたけれど、こちらの女性たちのように順調ではなく、医者のシアルさんがいくら励ましてくれても子供を産めないかも知れないという不安はなくならない。それに医者を目指して勉強していると余計な知識が付く。こればっかりは試してみないと解らない事だけど、出来ない可能性があるのをわたしは知ってしまった。


 「俺はそういうの解らないけど、もう少し軽く考えてもいいんじゃない?」

 「そうなんだろうけど……」

 「もし駄目でもケネスはライズを悲しませたりしないと思うけどなぁ。」

 「だから余計に踏み切れないのよ。」


 ケネスからプロポーズされて赤ちゃんができないかもと不安だった時、わたしは子供が出来たら結婚しようかと提案した。そうしたらケネスは婚前交渉なんてライズらしくないって請け合わなかった。正直、あの年頃の男性がやりたい盛りだっていうのは承知している。それなのにケネスはわたしに子供が出来なかった時の事を考えてそれを拒否してくれたのだ。出来たらじゃなく、出来なくても結婚するなら直ぐに抱きたいと言ってくれた。わたしはその申し出に頷けなくて―――でもケネスと別れられなくて今日もここにいる。沢山の女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしているケネスを見て焼きもち焼いて嫉妬しているくせに、結婚した後にやってくるかもしれない悲しい未来に怯えているのだ。ケネスの子なら他人が産んだ子でも愛せるのに、きっとわたしが悲しむからとケネスは掟を破ってしまう。もしもの時はわたしを連れて逃げると言ってくれた。役目を放棄した竜騎士はどうなるのだろう。彼の未来を壊しそうで、だから余計に踏み出せない。


 「あれさ、あの女の子たち。ライズが嫉妬されないようにってケネスが引き受けてるんだ。先輩たちも面白がって女の子をケネスに押し付けて。だから喜んでいるように見えるのも演技だから……多分。」


 後ろを振り返ったファルスが『多分』と付け加えたのがおかしくて、わたしは小さく吹き出した。わたしの為……ケネスがやりそうな事だ。

 わたしの色や容姿はここではとても珍しい。それだけならいいけど、男性の目を強く惹きつけるのだそう。だから特に注意するようにとソウドさんだけじゃなくクレアさんやお姉さん達からも言い聞かされていた。それに竜騎士は女性たちからとても人気があって、彼らに恋をする女性はとても多い。その女性たちからするとわたしは邪魔な存在なのだろう。だからケネスが彼女たちに愛想を振りまいてわたしを守ってくれているというファルスの言葉はきっと嘘じゃない。わたしだってそうかもしれないと女の子に囲まれているケネスを見る度に思っていた。なのに嫉妬する。心からのプロポーズにも頷けないのに別れるでもなく、離れられなくて何時までも繋ぎ止めている。


 差し入れはみんなで食べるからと、食堂へ向かったファルスを宿舎の玄関先で待つ。するとファルスの姿が見えなくなった途端に大きな影がわたしを覆った。


 「これから一緒に街を歩いて、その後に夕食でもどう?」

 「ありがとうございますリードさん。でも用事があって出かけなくてはならないの。ごめんなさい。」

 「じゃあ送っていくよ。どこに行くの?」

 

 竜騎士のリードさんが気さくに話しかけてくれたけど、距離が近いので一歩引く。すると一歩寄られさらに引きを繰り返すとすぐに壁際に追い込まれた。彼の片腕が壁に添えられ鼓動が打つ。竜騎士たちは誰も彼も女性に優しいけど、黒くて大きな彼らから受ける威圧感にはいつまでたっても慣れることがない。


 「医学院です。でもファルスが送ってくれますから。」

 「たまには俺にも君を守らせてくれない?」

 「それは……わたしにはケネスがいますので。」


 口説かれているのだと気付いて身構えた。竜騎士が見た目と違ってとても親切なのは知っているし、絶対に女性の嫌がることはしないと解っているけど、こうやって壁に追い詰められ腕に捕われると、相手が大きな男の人なだけに怖いと感じる。


 「ああ、ケネス。ケネスは最近女の子に言い寄られてばかりだよね。不安になるでしょ? 俺ならライズをそんな気持ちにさせないよ?」

 「あのっ……!」


 遅い、ファルスは何をやっているんだと距離を縮めてくるリードさんを避けようとしたら、リードさんとわたしの間に黒い影が飛び込んできた。


 「リードさんっ。俺の彼女に手を出さないで下さいってあれほど言ったじゃないですかっ!」


 さっきまで女の子たちに囲まれていたケネスだった。先輩騎士に声を荒げて抗議してくれている背中にほっとする。


 「え~っ、でもお前、彼女たちとのおしゃべりで忙しそうだったじゃないか。だから俺はお前の代わりに彼女の護衛をしてやろうって使命感に駆られただけだぞ?」

 「有難う御座います、でも結構です。」


 行こうと振り返りざまに腕を掴んできたケネスを止め、わたしはポケットからハンカチを出した。それで彼の口元を拭ってやると怪訝に眉を寄せられ、リードさんがぷっと吹き出す。どうやら気付いていないらしい。


 「口紅の跡ついてたぞ~」

 「えええっ?!」


 ケネスを囲い込んでいたうちのだれかだろう。ケネスはわたしが拭った場所を驚きながら更に手で拭う。わたしが慌てるケネスを見ながらポケットにハンカチをしまった所でファルスが戻って来た。


 「ファルスに送ってもらうから、またねケネス。リードさんも、失礼します。」

 「ライズっ?!」

 「またおいで。」


 掌を向けてひらひらと振るリードさんが後を追って来ようとしたケネスの肩を掴んで阻む。わたしは振り返ることなくファルスと肩を並べて竜騎士団の基地を出た。わたしの為でもキスされて気付かないってどうなのかしら。しかもあとちょっとで唇だ。わたしだけが知ってる場所なのにと、ずるいけど悲しい気持ちになった。


このあとシアルさんの患者さんに付き添って実習を受けてからウレツク家に戻ると、クレアさんがわたしの帰りを待っていた。近所に嫁いだ一番下のお姉さんが熱を出したので子供の面倒を見るために泊まりに行くという。四人のお姉さんはみんな嫁いでしまったし、ケネスは騎士団の宿舎。時々帰って来るソウドさんもしばらくは基地を離れた任務に付いているので今夜はわたし一人だ。


 戸締りをしっかりするよう何度も注意を受けたので二度確認する。玄関扉の閂は二本かけたし、窓の柵も鍵も大丈夫。クレアさんが作ってくれていた夕食を温めなおして食べて、簡単に湯あみを済ませてから小さな灯りを手に二階にあがった。借りている部屋の扉を開いて踏み込んだ途端に大きくてごつごつした手が口を塞ぎ、体には太い腕が回され扉を閉められた。悲鳴を上げる間もなく引きずられ、手にした灯りが床に落ちて消える。闇に染まった世界で拘束する男の息が首筋にかかった。






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