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竜守りの妻  作者: momo
おまけ
42/50

小さな恋

ファミアの姪ライズの恋のお話しです。




 竜に乗った大きな黒い人。その人がわたしの初恋だった。



 わたしが生まれたのは国境沿いの山間にある閉鎖的なパシェド村。とても小さな村で、わたしが物心つくころまではとても貧しく、その日を生きるのにもやっとの村だったという。それが好転したのはわたしの叔母が竜守りの妻になってから。叔母の旦那さんが村にあるパルの実からとても貴重で高価なお酒が造れると気付いてくれたおかげで、国が実を買い取ってくれることになり村は飢えない程度に潤った。


 パルの実だけど、それを乾燥させたものがわたしの好物だ。とても甘くておいしいおやつ。小さな頃はほんの少しだけしか食べさせてもらえず、今も収穫した実のほとんどを国に持って行かれてしまうのであまり口にできない貴重なもの。うんと小さなときに母親がそのパルの実を大きな黒い人にあげて、とても悔しく悲しい気分になったのを今でも覚えている。そしてその人がわたしの恋の相手だった。


 初めて見た時は怖いという印象しかなかった。特に彼と一緒にやって来た叔母の旦那さんは左の腕がなくて顔が黒い髭で覆われていた。あの人は会うたびに髭が伸びて本物の熊のようになっていくので恐ろしい。だからなのか、彼は……ソウドさんはナウザーさんに比べるととても善良な人にみえた。初めて会った時は怖いと感じたけど、雪の中で一緒に転げまわって遊んでくれて、兄のサイラスとわたしを同時に軽々と抱え上げたり雪の中に投げ飛ばしたり、わたしたちはすぐに仲良しになった。


 そんなソウドさんに恋をしていると気付いたのは十歳になる頃。同じ年頃の女の子たちが村長の家に集められ、奥さんに大人になるに向けての話を聞かせれた時だ。

 わたし達パシェド村はとても閉鎖的でよそ者を迎え入れない。叔母が竜守りであるナウザーさんに嫁いで村を出たのもとても珍しいことだった。村が貧しい時は売られる子供も多かったが、嫁ぐとなると村の中でというのが決まりらしい。だからわたし達は注意を受けた。年に一度パルの実の収穫にやって来る竜騎士たちの前に出てはいけないと。これから成長して初潮を迎え、村のだれかに嫁ぐまでは竜騎士たちの世話をしなくていいからと言われたのだ。


 村の娘たちの大半は竜騎士という存在を恐れている。村で一番大きな男の人よりもさらに大きくて、太くて恐ろしい腕をしている。真っ黒い髪と目をして力が強くて声も大きく、まるで物語に出てくる悪役みたいだ。でも国にとっての守り神のような人たち。そしてわたしにとっては大好きな人でもある彼の職業。わたしよりも三十も年上で、わたしよりも一つ年下の息子さんまでいる男性だけど、パルの実を奪われたあの日からずっとわたしはソウドさんが好きだったのだと気付いた。


 「どうしたライズ、腹でも痛ぇのかよ?」


 年に一度パルの実の収穫に訪れる竜騎士と違って、ソウドさんは時々ふらっと村にやって来る。竜に乗って空から飛び降りてくる彼を迎えるのが日課だったわたしは、この日初めて彼に向かって元気に飛びつかなかった。


 叔母からの手紙やナウザーさんからの差し入れを持ってきてくれたソウドさんは、何時もと様子の違う私に声をかけてくれた。


 「わたし、この村を出て外を知ってみたい。」


 会えなくなる悲しさで大きな彼を見上げたら、ソウドさんにしては珍しく目を真ん丸にして息を止め、ふるふると頭を振りながら硬い黒髪を掻き毟った。


 「やべぇやべぇ、俺まで若い奴らみたいになるとこだった……」

 「ソウドさん?」

 「いや、何でもねぇ。それでライズ、お前は外に出て何がやりてぇんだ?」

 「外に出て……わかんない。」

 

 本当はソウドさんのお嫁さんになりたかったけど口にはできなくて下を向く。だって知っていたから。ソウドさんは鬼嫁っていうけど、お嫁さんの事がとっても大好きだって。全部で五人の子供がいて、子供たちの事もとても愛しているって知っているから。


 「でも、外の世界を知ってファミア叔母さんみたいに幸せになりたいな。」

 「んなのはこの村でもできんだろ?」


 しゃがみ込んだソウドさんが大きな手をわたしの頭に置いてくれる。ソウドさんだけではなく、村のみんなは大きな竜騎士を怖がるけど、わたしはこの大きな手が大好きだった。


 「カリとナナシーは十四で、フリルなんて十二でお嫁に行ったの。フリルと同じならあと二年しかないのよ。きっとわたしの相手はプルグがロドリスになると思うの。二人とも悪い人じゃないけど、恋する相手じゃないわ。」

 「あ~、うん。そうかぁ。お前ももうすぐそんな年になるんだよなぁ……」


 少し悲しそうに笑ってくれたソウドさんを前に心が浮上する。


 「お前はどんな男が好きなんだ?」

 「ソウドさんみたいな人!」


 思わず正直な答えが出てびっくりしてしまったが、目の前のソウドさんも驚いていた。


 「あぁ、俺みてぇなのか?」


 ちょっと恥ずかしかったけど、正直にうんと頷いてみる。どうせ子供としか見られてないんだ。


 「村の女らは竜騎士みて怯えてるだろ。平気なふりしてもでかい俺らをどっかで怖がってる。お前は変わってんな。」

 「だって、ソウドさんだもん。いつも一緒に遊んでくれる人を怖いなんて思わないよ。」

 「そうかそうか、ライズはほんと可愛いよなぁ。」


 よしよしと頭を撫でてくれて、子ども扱いされても嬉しくて受け入れてしまう。そのあとソウドさんはわたしの手を引いて家まで連れて帰ってくれた。あとでそれを見た友達からは『攫われるのかと思った』と心配された。



 それから五年が過ぎてもわたしは誰のお嫁さんにもなっていなかった。どうしてかっていうとその資格が来なかったから。生まれつき体が弱かったせいもあるのかもしれないというけど、来なくていいとほっとしている。同時にいつ初潮を迎えるかとびくびくもしていた。成長して物事が分かるようになると、結婚した男女がどうなるのかというのを知り、ソウドさん以外の人に嫁ぐのが余計に怖くなったのだ。


 いつまでも初潮を迎えないわたしを心配した父が叔母に手紙を出した。すると叔母の夫であるナウザーさんの弟が医者だから診てもらうかとの誘いがソウドさん経由でやって来る。了承するならこのままソウドさんと一緒に都へ行くことになると言われ、医者に診てもらって初潮を迎えるのは怖かったけど、村から逃げ出せるかもしれないと思って話を受けた。初めて竜に乗せてもらって空を飛ぶ。とても怖くてソウドさんにしがみ付いていたらいつの間にか慣れたけど、離れたくなかったのでずっと怖いふりをしていた。


 都ではソウドさんの家で世話になる。つれて行かれたのは普通だとソウドさんは言ったけど、村のどの家よりも立派で大きな建物だった。胸とお尻がとても大きな奥さんと、同じように胸とお尻が大きな四人のお姉さんたちが迎えてくれけど、五人ともがわたしを見た途端に目を大きく見開いて驚いた。その後に奥さん……クレアさんが大きなフライパンを片手にわめきながらソウドさんを追い回し出したのでとてもびっくりした。


 「いつかやらかすって思ってたのよっ、このロリコンっ!」

 「いやっ、だから違うって!!」


 話を聞けと怒号で返すソウドさんにクレアさんのフライパンが振り下ろされる。恐怖で硬く目を瞑った後に静かになったのでそっと瞼を持ち上げると、にこやかで優しい笑みを浮かべたクレアさんが家の中へと誘ってくれた。


 「ごめんね、すっかり勘違いしちゃって。うちでちゃんと面倒見てあげるから安心して治療するといいわ。」


 出してくれたお茶をすすりながら横目でソウドさんを見ると、額に大きなこぶを作っていたけどなんだか嬉しそうだった。叔母さんとナウザーさんを見ていても思うけど、夫婦ってよくわからない。



 ナウザーさんの弟のシアルさんは、首が痛くなるくらいに見上げるほどひょろりと背の高い人だった。でも真黒ではなくて髪は淡い茶色。それでも瞳の色は黒くて、都の人たちは女の人も男の人もみんな色が濃くて大きいのだとわかった。

 

 シアルさんはとても丁寧に診察をしてくれた。パシェド村以外の男の人といえば竜騎士の人たちしか知らなかったのだけど、シアルさんは竜騎士みたいに大声で話をしないし、背が高くてもひょろっとして細いので怖くない。医者でもあるし、きっと相手がシアルさんなら村の女性たちも怖がらないだろう。シアルさんは父が書いた手紙を読んだ後で安心させるように微笑んでくれた。ナウザーさんはいつも髭だらけなのでわからないけど、もしかしたら髭を剃ればこんな風に穏やかな印象を与える人なのかもしれない。だって叔母を幸せにしてくれた人だから。


 「子供を産む機能は備わっているし、解る範囲で肉体的には大丈夫かな。十五にしては発達が遅いようだけど子供の頃の病気が原因って訳ではないと思う。心因的……心の問題もあるかもしれないね。環境を変える意味でも暫くはウレツク殿の世話になるといいよ。」


 体の診察は女性の医師が代わってくれた。女の人でも医者になれるんだと知って驚く。村では嫁に行って子供を産むのがわたし達の大事な仕事だけど、ここではそうではないらしくて本当に驚いた。

 初潮を迎えるのが嫌だというのを正直に話すと、村の環境を知っていたのかシアルさんはソウドさんの家で世話になるのを勧めてくれる。本当なら親戚になるナウザーさんの実家にお世話になる方がいいのだろうけど、生活基盤が違い過ぎてわたしが大変になるからとソウドさんを勧めてくれた。


 「それじゃぁソウドさんにもご家族にも迷惑になりますし、やっぱり……」


 体に悪い所がないなら村に帰るべきだ。だけど気持ちが沈んで声がすぼむ。


 「ウレツク殿はとても面倒見がいい方だから心配ないよ。勿論奥方もね。村のご両親には僕から手紙で説明するから安心して。」

 「それじゃぁ……お二人に相談してみますね。」


 診察にはソウドさんだけではなくクレアさんもついて来てくれていた。シアルさんが二人を診察室に呼んで状況を説明してくれると、クレアさんが「わたしに任せなさい!」と大きな胸に抱きしめてくれる。物凄く恥ずかしかったけどとても温かな人だなと感じて涙が滲んでしまった。ソウドさんも迷惑じゃないからいつまでもいていいと言ってくれて、春の種付けが始まり忙しくなるまではこちらでお世話になる事になった。両親や兄のサイラスと別れて暮らす寂しさよりも、ソウドさんの側で生活する楽しみの方が勝った。 



 こちらでお世話になる間、わたしは学校に通わせてもらえるようになった。街の子供たちが通う学校は十歳位から五年間学ぶ子供たちの集まりだ。村の娘達なら大抵がお嫁に行って子供を産む時期だけど、こちらではまだまだ親の保護下にあって大人になる準備をしている。わたしは最年長の年齢だけど、一番下のクラスから始めさせてもらった。春までの数か月間しか通わないし、勉強というものが何なのかもわかっていなかったから。でもやり始めるととても楽しくて面白くて。お姉さんたちがおさがりの教科書や役立つ本を沢山くれるからどんどん学んだ。そのお蔭なのか、最初の一月で最長学年に進級することができたのだ。これにはウレツク家のみんなが喜んでくれて照れ臭かったけど本当に嬉しかった。


 そんなある日の午後。学校が休みでクレアさんはご近所のお付き合い、嫁がずに残っているお姉さんも仕事に出てしまっていたので、一人居間で勉強しながらお留守番をしていた時。玄関の扉が開く音がしたので手を止めて立ち上がった。予定よりずっと早いがクレアさんが帰って来たと思ったのだ。


 「お帰りなさい。」

 「ただい―――ま?」


 入ってきたのはクレアさんじゃなく、黒くて大きな男の人だった。大きいと言ってもソウドさんに比べると小さい、でも村の男の人たちと比べると誰よりも大きかった。黒い短めの髪に、漆黒の瞳が驚きで真ん丸に開かれている。きっとわたしの水色の目も真ん丸だろう。


 見知らぬ人間の登場に驚いたけど、ゆっくりと頭が働き出す。男の人だけど、ソウドさんよりもずっとずっと若い。わたしよりもいくつか上に見えるけど、学校に通い出してこちらの人たちの特徴を知った今は目の前の人物が誰だか想像がついた。


 「ケネス、さん?」

 「リオ……じゃねぇよな。お前誰だ?」

 「ライズです。えっと、リオとファルスの従姉。」

 「ああ……何か親父が言ってたな。」


 黒い目を泳がせながらがしがしと頭をかくところはソウドさんにそっくりだ。彼はケネス。ソウドさんの息子さんで今は竜騎士になる訓練をしていて家を出ているから、わたし達はこの日初めて顔を合わせた。 


 「お世話になっています。」

 「おう。」


 わたしより一つ年下のはずなのに年上に見える。背も高くてソウドさんのようになるんだろうなぁと見とれていると、彼は顔を真っ赤にしてしまった。


 「えっと……ケネスさんのお家なのだから遠慮せずに入って下さい。」

 「俺の事はケネスでいい、それから敬語もいらない。母さんは?」

 「ご近所のお手伝いで出てるの。でも夕方には戻ってくるって。」

 「ふーん、そう。」


 答えながら台所へと足を向けたケネスの後を追うと、鍋の蓋や戸棚を開けたりして物色していた。


 「何か作ろうか?」

 「え、作れんの?」

 「この年になればできて当たり前よ。」

 

 いくつなのか聞かれて十五だと答えると、自分より年上かと驚かれた。背が低くて細いから子供と勘違いされたのだろう。けして子供っぽい顔の作りではないから絶対にそうだ。ケネスは竜騎士団での訓練がお休みで街に買い物に出たついでに実家に寄ったそうだ。クレアさんの料理でなくて申し訳ないと思いながら、サンドイッチとスープを手早くこしらえる。


 「姉ちゃんたちよりずっと手早くて器用だな。これなら直ぐに嫁に行けんじゃね―――ああ、パシェド村は嫁入り早いんだっけ?」


 大きなサンドイッチを大きく開いた口でどんどん食べて行く。スープなんて匙を使わず椀を抱えて直飲みだ。すごい食欲に驚きながら追加で準備する。


 「わたしはまだなの。同じ歳で残ってるのはわたしだけで、仲良しの子はみんなお母さんになってるわ。」

 「なんで? まさか嫁の貰い手がないとか?」

 「そうよ。まだ大人になってないから。」


 遠慮なくずばずば聞いてくるケネスに驚くが、聞かれて嫌なことでもないので素直に答えた。


 「俺らからすると十五は大人じゃないからいいんじゃねぇの?」

 「この辺りはそうね、大人の準備期間。でも村ではそうじゃないもの。」

 

 お嫁には行きたくないけど、いずれは行かなければならない。その相手がソウドさんだったらいいなと思いながらも、けしてそうなれない現実に肩を落とす。だからといって村に帰っても嫁き遅れに近い年齢だ。嫁ぎ先を探すのにも苦労するかもしれないが、家を出ない訳にはいかないので選り好みはできない立場だった。このままここで勉強して、シアルさんの所にいた女のお医者さんになれたらいいのにと、サンドイッチを作りながら叶いもしない夢に心を馳せる。


 「それならここの人間になればいい。」

 「え?」


 思わぬ言葉に顔を上げると、食べ終えたケネスがすぐ側に立って作りかけのサンドイッチをわたしの手の中から抜き取り口に運んだ。


 「どうせ俺は宿舎で部屋も余ってるから、春が来てもここに住めばいい。」

 「そういう訳には―――」

 「じゃぁ俺の嫁になる?」

 「えっ?!」


 思わず大きな声が出た。とんでもないことをさらっと言ってのけたケネスを見上げると、言った本人も言った事の意味に気付いたのか、そっぽを向いて耳を赤くしていた。 


 「変な冗談言わないで。」

 

 パンに肉を挟んでソースをかけると、野菜を挟む前にケネスの手が伸びて作りかけのサンドイッチがまたもや奪われる。もしかして野菜が嫌いなのかもしれない。


 「すぐには無理だけど。ここで言う嫁き遅れになる前には、貰ってやってもいいぞ?」


 初対面の彼はそういいながらサンドイッチにかぶりついた。わたしはというと、どう答えたらいいのか迷っていているうちに何だかおかしくなって吹き出してしまう。パシェド村の事情を知っているらしいケネスはわたしをどう感じたのだろう。それに村の事は知っていてもわたしの事情を知らない筈だ。竜騎士になる彼には子供が産める女性を娶らなければならない義務がある。そういう事なんて何にも考えていないんだろうなぁと思いながら、わたしはケネスの冗談に付き合った。


 「それじゃぁその時はお願いしようかな?」


 言いながら野菜だけをたっぷり挟んだパンを渡せば、物凄く嫌そうな顔をしたので声を出して笑ってしまった。




 その後、ケネスの冗談は現実となってわたし達の未来に押し寄せる事になるのだけど、その時になっても彼の野菜嫌いは変わらないままだった。







ライズに一目惚れしたケネスはものすごく頑張って(他の男にライズを取られないようにと自分磨き)彼女を嫁にしました。ライズも村には戻らずにソウドの家から学校に通って医者になります。


楽しんでいただけたらと思って投稿しましたが、いかがでしたでしょうか?

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