竜騎士と村娘
リクエストがありましたので、ちょっとおまけな感じのお話です。
楽しんでいただけるとよいのですが。
パシェド村周辺で群生するパルと呼ばれる実が、最高級品として高値で取引されるシュルシュ酒の原料と判明したのは春の終わりだ。しかも群生する場所が湿地であるため、村人が入り込めない場所を含めるとこれまで原料となっていた実の三倍も収穫できる計算となった。勿論翌年以降の収穫と保護を見越し残す実を含めてだ。パルの実の品質がよければシュルシュ酒の値段は下がり、より多くの人間がシュルシュ酒を楽しめることとなる。実は国が買い取ることになっているので村にも多くの収入が見込まれ、不作が続いても冬を越せる希望を見出したパシェド村の人々は喜びと共に深く安堵した。
村にシュルシュ酒を作る施設を新設するのは、村の今後を考え避けられる事になっている。道は舗装されておらず山深いために通行の便も悪く、実を運んで生産した方が効率的だとも判断された。そしてその実を運ぶ役目を担うのが竜騎士団に集う騎士たちだ。空を飛ぶ竜なら鮮度が命の実を運ぶのにもうってつけだし、竜は人を乗せたまま重い荷物も運べる。『誇り高い竜騎士が荷運びだと?!』と憤慨した騎士も幾人かいたが、その騎士らはファルムントの屋敷で開かれたナウザーの結婚披露宴を欠席した者たちばかりだった。ナウザーの披露宴でその隣に立つ妻の姿を見てしまった者たち……特に独身者は、ナウザーの妻の影を追ってパシェド村行きを真っ先に志願したのである。志願した竜騎士らは村の秘密を知らないが、パルの実回収の責任者でもあるソウドはその秘密を知る竜騎士団唯一の人間。ほくそ笑みながら若い独身志願者を率先的に指名し人数を整えるとパシェド村へと飛び立った。
村に到着し実の収穫を手伝う若い竜騎士らは心ここにあらずといった風で、慣れぬ実の収穫に明け暮れる。湿地に入り体を濡らしても気になるのは周囲で同じく働く村の男衆だ。誰も彼もが薄い金色の髪に青い瞳を持っていて、粗末な衣服を纏ってはいるが、老若問わずに繊細な顔つきはまるで女神のようだ。相手が男とはいえこんな綺麗な男たちに囲まれては心がざわついて仕方がない。しかも身の丈は彼らの周りにいる女性らとほとんど変わらず、同じ国であるのに全く違う世界に引き込まれてしまったように感じた。ただの村の青年なのに汗をぬぐう姿にすら見惚れてしまう。男相手に何を考えているんだとざわつく心を収めるのに必死で、村の女性らの事などすっかり吹き飛んでしまっていた。
「なんかやばい世界に引き込まれそうになったよ。」
「俺もだよ。男のくせして細っせーの。ドレス着てたら女に見えないか?」
「見える見える。想像したらもろ好みに出来上がって怖ぇ。」
「鬘かぶせたらナウザーさんの奥さんに見えないかな?」
「うわっ、俺押し倒しそう!」
最後の言葉に集まった全員が同意する。その背後からはにやついていたソウドが若い彼らに声をかけた。
「村の女たちが飯作って待ってるぞ。男の給仕がよけりゃ呼んでやろうか?」
とんでもないと竜騎士らは首を振ってソウドが指さす方へと視線をやると、外にテーブルと椅子が出されささやかながらも食事の席が準備されていた。室内でないのは大きすぎる竜騎士たち全員が入れる家屋がないからだが、天気も良く穏やかな気候で、しかも美女らの給仕付きとなれば文句の一つもない。竜騎士たちが足を向けた先では文句のつけようがない、期待以上に繊細で儚げかつ女神の様に美し過ぎる容姿を携えた娘らが、大きな竜騎士らを前に緊張しながらも小さく微笑んで迎えてくれ、彼らの気分は一気に最高潮へと達する。
美女に囲まれた竜騎士らは、誉ある竜騎士になる試験を迎えた時以上の緊張に襲われていた。実を運ぶという竜騎士からぬ業務に志願した当初は、あの女神の様な繊細で美しい女性の様な人がいればいいなぁ……程度の期待しか抱いていなかったのだが、期待以上の存在が触れるほど近くに寄り、料理や飲み物の世話をしてくれているのだ。ちらりと責任者であるソウドを見やれば、彼もにこやかに給仕を受けている。これは手を出しても文句は言われないんじゃないかと若い彼らが考えてもおかしくはない。
「君、名前は?」
若い竜騎士が声をかけると、娘は驚いたのか空色の瞳を丸くして固まってしまった。竜騎士という職業についているだけで女たちが寄って来る彼らとしては新鮮な反応に気分をよくし、竜騎士が自らの名を名乗れば娘も名を教えてくれる。
実を運ぶ仕事は年に一度、これを逃しては知り合う機会はない。綺麗な彼女を口説き落としナウザーに並ぼうと好青年を装い会話を続けようとした矢先に、五歳くらいの小さな男の子がやってきて娘のスカートの裾を引っ張った。
「お母さん、タニヤがおっぱいで泣いてるよ。」
「まぁ本当? ごめんなさい、娘の授乳の時間なので失礼します。どうぞごゆっくりなさってくださいね。」
竜騎士が口説こうとした娘は赤子に乳を与えるために、呼びに来た五歳くらいの子供の手を引いて早足で去ってしまう。彼女の代わりに給仕に入った娘も負けず劣らず美しかったが、竜騎士は唖然としたまま呟いた。
「あれは彼女の息子、だよね?」
問われた娘は小さくなった二人の姿を目に捉え微笑む。
「グルスならそうです、カレリーナの息子です。」
「ずいぶんと若いお母さんだ。」
どう見ても自分より三か四は若い娘だった。もしかしたらナウザーの妻より若いかもしれないと驚く竜騎士に娘が笑顔で答える。
「カレリーナは十四でグルスを産んでいますけど、普通ですよ?」
「ええっ?!」
娘の言葉に側で聞き耳を立てていた竜騎士らも声を上げる。その中でソウドだけが黙々と食事を続けていた。
「じゅ……十四で、産んだの?」
「ってことは十三で結婚?」
「何か理由があったの?」
可哀想に。貧しい村で育ったせいで金持ちのロリコン爺に手籠めにでもされたかと、竜騎士たちが一斉に同情する。
「君は、大丈夫?」
助けが必要なら今すぐにでも攫って帰るよと竜騎士の一人が熱い視線を送れば、送られた娘は笑顔で大きく頷いた。
「おかげさまで、わたしも十四で嫁いで四歳と三歳の息子がいます。」
幸せですと言わんばかりの美しい娘を前に、驚き見開かれた竜騎士らの視線が説明を求めソウドに向かった。
「この村の娘は十代前半で嫁に行って子供を産むんだ。お前ら本気でこの村の娘を嫁に欲しいなら、あの辺の子供に唾でもつけとけよ。」
あの辺と言われて竜騎士らが顔を向けた先には、十歳前後と思われる美少女らが遠くからこちらの様子を窺っていた。
「そんな……」
「マジで?」
二十代前半の彼らにとって、村の娘の適齢期はあまりにも早すぎる。二十の嫁を三十で迎えるのと、二十四で十四の妻を迎えるのは訳が違う。場合によっては十二や十三か? 美しい妻を得たとしてもロリコンで世間的に抹殺されかねないし、そもそも相手が幼過ぎてたとえ天使の如き美少女でも抱けない。それこそ天使だから抱けない。想像したのか、一人が悲鳴を上げ頭を左右に振りながら神に許しを請うていた。
この後も毎年入れかわりで年若い未婚の竜騎士らが村を訪れることになるのだが、村の娘を妻に迎え入れることができた者は一人もいなかった……らしい。