後日談 その3 王様と娘
王様になったエヴァルフィとリオの話しです。
竜騎士になりたい―――リオは竜の血を引く初の女性として生まれはしたが、家族四人で竜の森に引き籠る生活において、周囲から初の女性竜騎士にと望まれるような声を聞いた覚えはない。だがその様に思いながら成長したのは、最も近くに竜騎士としての経験を積んだ父と、竜騎士となる定めにある弟ファルスの存在がとても大きかった。両親は二人を同じように扱い、特に父親は女だからとか竜騎士になる定めだからとかで二人の扱いに違いを持たせたことはただの一度もなかった。しかし母親は弟よりも乱暴で適当、細かいことは気にしないリオを女の子だからと心配し、弟よりもしつこくかまって躾けてくれたが、それはお転婆過ぎたリオのせいだ。だから特別なにかで差を感じたことはなかったのだが、同じ親から生まれたというのにファルスはどんどん大きくなり、一方リオの方はまるで成長が止まってしまったようで、最近になってから母親譲りの体格は少しも変化してくれない。竜たちにも子供の頃からリオは母親と同じになると言われていたので分かってはいた。それを嫌だと感じたこともないし、時折やってくる父の友人らは母の容姿を誉めるので、美人だと言われる母の様になるのは悪い気はしなかった。けれど、最も側にいる弟とこれほどまでに差が出るとはまるで予想していなかっただけに、リオは深く落ち込んでいたのだ。
森を離れ都の学校に通うようになって三年。ファルスは竜騎士としての修業に出るようになり、その修業先である竜騎士団の基地にリオも顔を出すようになった。初めの内は相手をしてくれる竜騎士も沢山いて楽しい時間を過ごし、自分も一歩竜騎士に近づけたような気持になっていたのだが、竜騎士らの鍛錬やファルスとの扱いの差に気付き、己の細い体を見下ろして落ち込むことが増え、今日もこうしてファルスを残し先に宿舎へと戻っている途中である。
「なんだかわたしだけ貰われっ子みたい。」
竜騎士の血を引いているのにまるで似ていない。母親にはそっくりだが、広い世界に出てみると母親と、そして自分の体つきや容姿が周囲とまるで違うのだという事実に気付かされた。大人の女たちと母親を比べると特にそう感じる。活動範囲に黒い髪と目が多いのはもちろんだが、リオや母親のように薄い金色の髪や碧い目をした人間は何処にもいない。肌の色もリオは真っ白だが、日焼けを気にする女性たちですらもう少し色味を帯びているのだ。そして如実に表れたのが体形で、竜騎士を含め一般人にも父親の様に大きな男はちらほら存在するが、母親の様な形の女性は誰一人として見かけない。女性たちは誰もが母親よりも背が高く、欲情的と表現される肉体をしていて驚くほど胸が大きかった。リオの同級生も胸が大きく育っているのに、リオ自身は未だに発展途上で、これから大きくなる期待はしても限度がある。恐らく人種が違うのだろうが、父の血を引いているのだから祖母の様な体つきくらいは期待していたのに。
拗ねた状態で基地から戻ったリオは、途中通りかかった荷馬車に乗せてもらったりしたもののほとんど徒歩で戻った状態であったので、すっかりお腹が空いて更に不機嫌になる。昼はとっくに過ぎたので宿舎に戻ってもお昼は残っていないだろう。食堂に寄るか買い食いしたいところだが、運の悪いことに財布を忘れてきてしまっていてはそれも無理だ。お蔭で歩く羽目になったのである。こんな事なら気付いた時点で基地に戻っておけばよかったと後悔していた。歩いている途中で声をかけてくる男らに奢られるような馬鹿はしないが、父親譲りの護身術もあるのでちょっとくらいなら許されるのではないかと、たった今、声をかけて来た男に断りを入れるのを迷っていたちょうどその時だ。遠くからじっとこちらの様子を窺っている視線に気づき、それが誰だか解ると、リオは薄い空色の瞳を大きく見開いて満面の笑顔をみせた。
「エヴァルフィおじさまっ!」
この国では珍しい、薄い茶色の髪と灰色の目。リオと比べると雲泥の差だが、この国の人々に紛れると明らかに色素の薄いそれにリオは喜びを感じる。声をかけてきた見知らぬ男にさっさと別れを告げると、リオは一目散にエヴァルフィに向かって走り寄った。
「久しぶりだなリオ。其方こんな所で何をしているのだ?」
「ファルスについて基地に行っていたのよ。おじさまこそ何してるの。前にもこうして偶然お会いして以来だから半年振りかしら?」
「私はいつも通り社会見学だ。其方は男に絡まれていたようだが?」
「絡まれていたんじゃなくてお茶でもどうかって誘われて。ついて行ったりしないから大丈夫よ。」
本当は空腹のあまりついて行こうかと考えたが、そんな事は口にしない。どこでどう両親に知られるか分からないのだ。危険だからと森へ連れ戻されてはかなわない。
「また今日もお忍びで? 服装を変えてもおじさまは平民に見えないわ。ねぇそれよりもおじさま。わたしとってもお腹が空いているのにお金を忘れてしまったの。手持ちがあるなら用立ててくれない?」
「其方、私に食事を奢れと申しておるのだな。」
「ちがうわよ。おじさまに集ったなんて知れたらお母さんに怒られちゃうもん。」
そんな怖いことしないとわざとらしく震えると、エヴァルフィが腕を曲げて差し出し、リオは笑いながら自然に腕を絡めた。
「それならば私に付き合ってくれぬか。何でも好きなものを馳走いたそう。私もちょうど喉が渇いた所だったのだ。」
「本当に?! おじさま大好きよ!」
「其方の父親からも聞きたい言葉だな。」
「お父さんもおじさまのことが好きに決まってるじゃない。」
「そうであれば良いのだが。」
歩き出した二人を離れて護衛をしている近衛らが追う。森に居た当時、リオやファルスはエヴァルフィを国王だとは露知らず、今も父親の古い友人と信じて疑わない。ファルスは竜騎士団に出入りするようになり、祖父の後を引き継いで竜騎士団長となった王太子と面識を持ったお蔭で、エヴァルフィが国王だと気付いたが、王や王太子の意向でリオには秘密にされたままだった。
「所で基地に行っていたというが、竜騎士団長には会ったか?」
「ああ、あの人ね。」
ご機嫌だったリオの表情が苦いものへと変わり、エヴァルフィは「おや?」と微笑んだまま首を傾げる。
「彼が何か粗相でも?」
「そうじゃないけど、あのひと嫌い。」
何かされたのかと笑顔を消したエヴァルフィに気付き、リオは慌てて取り繕った。エヴァルフィが森へ遊びに行った時に頓珍漢な告げ口をされてはかなわない。
「あの人の目、嫌いよ。竜の声が聴こえるだけで竜騎士になれるわけがないだろうって感じの目でわたしを見るの。自分が聴こえないからってやきもち焼いてるんだわ。王太子様のくせに小っちゃい男よね。」
「うむ。彼がそんな失礼を其方にしたのか。」
「相手は王太子様よ、話したことなんてないわ。でも解るの。あの冷たい意地悪そうな灰色の目……おじさまと同じ色ね。でもおじさまの目は温かくて愛して下さってるって解るんだけど、あの人はわたしをとても嫌そうに見るのよ。居づらいったらないわ。」
王太子が竜騎士団長の地位に就くのは我が国の伝統だ。そうでないときもあるが、大抵は竜の声が聴こえる訳でもないのにその地位に就く。王太子が望んでいようがいまいが、王家の力で竜騎士たちを束ねている事実が欲しいらしい。馬鹿な独占欲だとリオは感じていた。特にあのクロードとかいう王太子はまだ十七だ。この青二才がと、四つも年下のリオは人前では口にしないが本気で心の中では罵り続けている。竜の声が聴けるリオよりも恵まれた体格をしている王太子への嫉妬心もあった。特に何もしていないのに女というだけで嫌そうに見られている気がしてならないのだ。お蔭で基地に行くと居心地が悪くなって退散してしまう。
「そうか。所で其方、私の息子に会ってみる気はないか?」
急な話の転換にリオは薄い空色の瞳をぱちくりと瞬かせた。
「別にいいけど、嫁に来いなんて言われても困るわよ。もう子供じゃないんだから。今回は冗談では済まなくなりそうなんで、嫁入りはしないって最初に言わせてもらうわね。」
エヴァルフィはリオが生まれた時から息子の嫁にと、事あるごとにナウザーとファミア、そしてリオ本人に申し込みをしているのだ。エヴァルフィの心理としては、リオを嫁に貰う事でナウザーと縁続きになるという下心がある。ちなみにファルスには娘を贈るつもりでいるが、勘が働くのか本人からは全力で拒否られていた。
「それは切ない。我が息子ながらなかなかの男だぞ?」
「おじさまも本当に親馬鹿ねぇ。」
エヴァルフィの血を引いているならブ男ではないだろうし、彼が手をかけて育てた息子なら性格も悪くはないだろう。だがナウザーの前では我が身を卑下するエヴァルフィが、我が子の事になると異様に褒めるのがおかしくてならない。
「そうか。私は世間一般の父親よりもあれに厳しいと思うが?」
「おじさまに似ているなら素敵な人だろうけど、嫁は無理ね。」
「気になる男がおるか?」
「色んな意味で気になる男の子はいるけど、彼ともないわね。お父さんとはまるで正反対だもの。」
リオは引込み思案で自分に自信のなさすぎる大人しい少年を思い浮かべる。心配で放っておけなくて近頃は常に一緒にいるようになっていた。お蔭で周囲からは付き合っていると勘違いされ、リオ達もそれを否定してはいないが本当の所は違う。リオが将来を望む理想は間違いなく父親であるナウザーだ。父の様な人に母の様に愛されたいと常に思い続けていた。
「我が息子もナウザーには負けるな。」
「おじさまの息子じゃお父さんみたいな貫禄は到底無理でしょ。」
大きな図体だけではなく、顔中が髭だらけで熊の様な父親だ。エヴァルフィの様な普通の感じではないし、エヴァルフィの息子は確かまだ十七の筈。恐らく体もしっかりと出来上がってはいないだろう。
「あれ……そういえばエヴァルフィおじさまの子供って何て名前だっけ?」
息子の嫁にと望まれても過去に一度もその息子の名を聞いた覚えがないなと思考を巡らす。
「名前は会った時に。秘密にされると会いたくなったのではないか?」
「だからぁ、会うのはいいけど嫁は無しね?」
笑い合いながらリオとエヴァルフィは通りの食堂に足を向けた。
*****
≪竜騎士団団長・王太子クロード君十七歳、ある日の心の声≫
「何だあの野蛮な娘は。確かに見てくれは素晴らしいが……あっ、屋根から落ちたぞ、大丈夫なのか?!……どうやら大丈夫らしいが……あっ、ほらっ、前を向いて歩かないから木にぶつかるのだ。全く父上はあのような娘を本気で私の妃に推薦するおつもりなのか? 冗談じゃないぞっ!」
番外編・後日談共にこれにて終了です。
読んでいただきありがとうございました。