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竜守りの妻  作者: momo
番外・後日談
36/50

後日談 その2 気弱な彼1

双子が出会った気弱なお友達との話です。3回に分かれています。



 双子が都にある寄宿学校で生活を始めて三年、まめなファルスは十日に一度の手紙をかかさず森へ送ったが、無精者の姉リオは時がたつにつれ筆を怠るようになっていた。特に報告するようなことはないし、寝泊まりする寮は違っても、同じ学び舎で毎日生活を共にしている弟ファルスがリオの様子を事細かに手紙に書いているのは知れているのだ。同じ内容の手紙をもらってどうするんだと、早い段階から両親に連絡を怠るようになったリオは、あまり深く考えない父親にそっくりな性格をしている。それでも破壊的なまでに部屋を散らかさないでいられるのは母親であるファミアが躾けたお蔭だ。だがそれも綺麗に整理整頓されたファルスの部屋と比べると片付き具合には雲泥の差があるのだが、女子寮と男子寮は行き来が禁じられているのでばれる心配は無い。


 互いに十三歳になった春、リオには大きな悩みがあった。それは自分と弟であるファルスとの成長の違いについてだ。見た目の違いは姉弟と言っても信じてくれる人は稀だが、ずっとこんな形をしているので特に問題に感じたことはなかった。だが少し前までは大して変わらなかった身長がこの一年で圧倒的なまでに差が開いてしまったのだ。竜騎士となるべくあの父親の血を引いているのでなんとなく予想はしていたのだが、日々目線が上がり、ついには見上げるにまでなってしまった弟にリオは劣等感を抱くようになっていた。劣等感というよりも正直羨ましい。同じく竜の声を聴き、女で初めてといわれる奇跡を持っているにも関わらず、母親似のリオでは恐らくこれ以上の成長は望めまい。女性初の竜騎士になりたいリオとしては、生まれた時より有利な肉体を約束されていた弟が羨ましくてならなかった。このままでは竜騎士どころか騎士にすらなれないだろうと、少しも太くならない腕を見て溜息を落とす。


 「ちょっと、女のくせにやめなよ。」 

 

 公衆の面前で腕をまくり白い腕を曝すリオに、はしたないと高い位置からファルスが注意を促す。生徒らの、特に男子生徒の視線がリオの細い腕に集中しており、女生徒からは「何あれ?」といった嫉妬の目線が飛ばされている。

 

 「腕くらいで何よ、別にいいじゃない。なんかさぁ、猫被るのも疲れちゃって。お婆さまのいう淑女なんてのもどうでもいいし。そのせいで筋肉が付かないんじゃないかって思う訳よ。」

 「リオが父さんみたいになるのは無理だよ、母さん似だもん。そろそろ受け入れるべきじゃないかな?」

 「一応女だからお父さんみたいにならなくてもいいけど、竜騎士になるにはお母さんぽっちじゃ駄目なのよ。」

 「まだ言ってる。竜騎士の修業は本当にきついよ。俺はまだ手を抜かれているけど、ケネスは昨日も血を吐いてたよ。」


 ケネスというのはナウザーの親友であるソウドの息子だ。双子よりも二つ年上で、今年になって本格的な竜騎士の訓練に入っている。竜騎士の訓練はあまりの辛さに急性胃潰瘍になって血を吐くのが普通なのらしいが、竜の血を引く特性で翌日には元気になるのだ。良いのか悪いのか分からないが、それだけ特殊で厳しい訓練だとファルスはリオに説明する。


 「血を吐いて竜騎士になれるならいくらでも吐いてやるわよ。」

 「リオ……」


 本気で落ち込んでいるリオと呆れるファルスの前に集団が躍り出た。七人ほどの少年らは皆ファルスと同じ組の生徒たちだ。見覚えのある彼らにリオは自然と表情を繕い背筋を伸ばした。 


 「やあリオ、今日も可愛いね。」

 「可愛いじゃなくて綺麗だろ。本当に君はいつみても綺麗で女神のようだよ。」

 「ごきげんよう皆様方。」


 歯の浮くような台詞も言われ慣れているので恥じらいなく受け取れる。最初に耳にしたときには同じ歳の少年らをマセガキだと思ったが、これがこの世界の挨拶だと知ってからは何も感じなくなっていた。


 「何だよお前ら、リオに何か用があるならまずは俺に言えよな。」

 「あら、そんなことないわ。皆様方、何時でも声をかけて下さってかまわないのよ。」


 むすっと表情を崩したファルスを少年らはまぁまぁと宥める。背が伸びたファルスは何かとリオを守ろうとしてくれるのだが、リオにとってはそれがまた気に食わない。そのうえ今回は彼らの視線がいつもと違って人を見くびっているように感じられ、リオは更に機嫌を悪くしていた。


 「そう構えるなよファルス。実はさ、こいつが言いたいことがあるらしくって。」

 「ちょっ、やめてよっ。」


 あざ笑われる様にして少年の中の一人が前に押し出される。誰かとリオは一瞬眉をしかめたが、全体的に地味な雰囲気で目立たない彼はファルスと同じ組の生徒だった。リオは誰だったかなぁと、話した記憶のない少年に視線を向けるが、少年の方は怯えて小さくなり下を向いていた。


 「イサークがさ、リオに頼みがあるんだって。」

 「僕は別にっ!」

 「何が別にだよ、ほらっ、さっさと言えって!」


 イサークと呼ばれた少年が逃げようとすれば、周りを取り囲む少年らが逃がさないように拘束する。無理矢理リオの前に立たされた少年は青くなった顔で、今にも泣き出しそうに顔を歪めていた。


 ああなんだ、弱い者虐めかと、リオの目がすっと細められた。リオは見た目のせいで男子生徒らから頻繁に告白されるが、告白してくる生徒は誰もが自分の意思で想いを伝えてくれる。だからどんなに面倒でも毎回きちんと丁寧に受け答えさせてもらっていたが、こんなやり方は好きではない。何処からどう見ても気の弱そうな彼は、自分からリオに告白をしようなんて決断するようには見えなかった。いつもは穏やかなファルスも隣で怒っているのが分かる。


 「こいつさ、ずっと前からリオが好きで遠くからこっそり見ているばかりだったんだ。そんなの気持ち悪いだろう? だから今日は俺たちが手伝って告白させてやろうと思って。今度の歓迎会にリオを誘おうってなったんだよ。」


 春の新入生歓迎会はこの学院最大の社交場ともなる。男子は女子を伴い出席するのが常で、リオは毎年ファルスと組んで出席していたし、今年もそのつもりだ。多くの男子から誘いを受けるが、勘違いさせない為にも一度も受けた例はない。彼らはそれを分かっていてイサークに無理矢理告白させ、恥をかかせて笑い者にしようという魂胆なのだ。


 「悪いけどリオは俺と組むって決まってるんだ。はっきり言えないイサークも悪いけど、無理矢理告白させようとするお前たちもずいぶんと質が悪いぞ。」

 「何だよファルス、俺たちはイサークの為に一肌脱いでやってるんだよ。報われない恋は早々にあきらめた方がイサークの為だろう?」


 にやにやと笑う少年らはとても楽しそうだ。イサークは背中を小突かれている。逃げ出したくても拘束するように肩を組まれて動けないらしい。ファルスはイサークからの言葉を待っているようだが、大人数で一人を虐めるようなやり方が気に食わないリオは待つのも面倒だった。それに虐めっ子の鼻を明かしてやりたい気分にも陥る。


 「あなた、わたしが好きなの?」


 俯いたイサークに真正面から問えば、イサークは驚いたように顔を上げて耳まで真っ赤になると「あ、うぅ」と言葉にならない声を漏らした。


 「好きなの、嫌いなの、どっち?」

 「ぼっ、ぼぼぼ僕はそのっ……僕みたいなのが君なんかを見てごごご御免っ!」


 勢いよく頭を下げて謝る様子からしてリオを好きなのは本当のようだ。周囲からはくすくすと笑い声が上がる。笑われていると気付いたイサークはさらに背を丸め、リオからもつむじしか見えないほど俯いてしまった。


 「ねぇイサーク。あなたは新入生歓迎会にわたしを誘ってくれるの?」

 「誘ってんだよなぁ、イサーク。」

 「ほらイサーク。陰からこっそり見るしかできなかった憧れのリオが聞いてんだぞ、ちゃんと答えろよ。」

 「お前らいい加減にしろ、イサークは誘ってないよ。リオ、もう行こう。」

 

 ファルスは面白そうにはやし立てる少年らとイサークの間に、体をねじ込んで引き離してからリオの腕を取る。


 「あ~残念。落ち込むなよイサーク。リオの理想は竜騎士ちちおやだからな。」


 ざまぁみろとでも言うかに少年らの視線がイサークに突き刺さる。羞恥で震えが沸いたのか、イサークは小刻みに体を震わせていたが、勢いよく顔を上げて涙に濡れた真っ赤な顔をリオに向けた。


 「知ってるよ、だから付き合いたいとか歓迎会に一緒に行きたいとか僕は思っていない。けど好きなんだからしょうがないじゃないか!」


 自棄糞やけくその告白にリオの口角がにっと上がった。それに気付いたファルスがさっさと手を引いて逃げようとしたが、リオはファルスの力に捕われる前にさっと腕を振り解くとその手をイサークに持って行って両手を掴んだ。


 「まぁ、わたしをそこまで想って下さるならお受けするしかないわね。理想は父だけど、あなたの様な人ともお知り合いになりたいと思っていたの。今年はあなたの為に着飾るからイサーク、歓迎会には是非ともわたしと出席して下さい。」

 「ええっ?!」

 「えええええっ?!」


 イサークだけでなく、一拍遅れて周囲からもどよめきが上がる。すっかり断られると思っていた少年らは悔しさを感じるよりも目と口をめいっぱい開けて唖然としていた。


 「う……う、嘘だろうリオ? こいつみたいな父無し子の何処がいいんだよ!」

 「俺たちに虐められていっつもうじうじしてるんだぞ?」

 「まぁ、皆様方。いつも彼を虐めているの?」

 「あ、いや……そのっ……」

 「そんな事は―――」


 軽蔑するわという眼差しに少年らは口籠る。僅か十三歳の少女だが、母親譲りの美貌を備えた眼差しが意味を持って細められると、見た目以上の大人っぽさを感じさせられた少年らは一斉に口を噤んだ。


 「皆様方、ご協力感謝いたしますわ。」

 

 細めていた目に弧を描き、リオは鏡を見ながら特訓した祖母直伝『気品ある魅了の微笑み』をうかべ腰を下げて礼を取る。


 「これほど大勢の方々に推薦されるんですもの、きっと彼はわたしにお似合いなのでしょう。素敵な方をご紹介いただいて感謝するわ。それでは皆さま、ごきげんよう。」


 リオは何が起こったのかと呆然と立ち尽くすイサークと、厄介事の臭いに顔を顰めるファルスの腕を取って歩き出す。リオとしては腹の立つ虐めっ子たちから一刻も早く離れたかったのだ。そうして人気のない場所に二人を引っ張っていくと、イサークの腕をぐいっと引っ張って壁に押し付けた。少年とはいえ自分よりも明らかに小さいリオにイサークはされるがままだ。


 「初めにきっちり解らせておくけど!」

 「うわぁっ?!」


 胸ぐらを掴まれたイサークはぐいっと引っぱられ慌てて顔を背けようとするが、離れた分だけリオは背伸びして遠慮なしに顔を寄せる。


 「わたしの理想は父なの。大きくて強くて堂々とした竜騎士だった父が大好きなの。だからあなたみたいに自分の言いたいこともはっきり言えないような弱々しい男って大っ嫌い。」


 内気ではっきりと言えない性格なのだとしても、それを自覚して克服しようとする根性があってもいいではないか。あのままめそめそと腐ったままだったならリオはイサークをこうして人気のない場所へ引っ張り込んだりはしなかっただろう。


 「でも大勢で弱い者いじめする奴らはもっと嫌いだわ。だから協力してあげる。あいつらをぎゃふんと言わせてやりましょう!」


 どさくさ紛れの自棄とはいえ、イサークは自分の言葉でちゃんとリオに告白したのだ。その気持ちに免じ、リオはイサークの更生に協力することにしたのである。イサークにとってはいい迷惑だと、リオの思考を先読みしたファルスは心の中でイサークに謝っていた。こうなったリオを止められるのは母親しかいないし、その母親は遠く竜の住まう森にいて無理だ。ファルスも間違いなく協力させられる。それに生まれのせいもあってイサークは常に同級生たちから揶揄われているのだ。何とかしてやりたいとは思っていたが、竜騎士となる定めにあるファルスが手を貸すのは周囲への影響も大きく憚られていた。けれど今回は同じ組の少年らが始めた事で、リオがそれに乗っかった。双子であるファルスが手を貸しても特に問題はないだろう。見た目は美しく儚げな姉を気遣うのは弟として当然である。が、嫌な予感しかしない。


 「いやっ、ぼ……僕は別に、いいよ。」

 「何がいいのよっ!」


 しかしやはり当人にしてはとんでもない話なのだろう。これ以上の危害を加えられない為にも大人しくしていたい心境なのだ。それに怒ったのはリオである。親切の押し付け……というより、あの寄ってたかって人を虐める団体少年らが許せず、鼻を明かす理由が欲しいのだ。しかもリオは決行を決めている。気弱なイサークではリオから逃げられはしない。


 「男として腹立たしくないの。それにあなた、わたしを陰でこっそり見てたんでしょ?」

 「陰でなんてっ、そんなっ。遠くからちらっと、ちらっとだよ!」

 「だったらあいつらをやっつけるの手伝いなさいよ。その代わり陰からこっそり見るのも許すから!」

 「リオ……何かずれてるよ。」


 これではリオがあの少年らを気に入らないだけになってしまう。だがリオはファルスの言葉など聞いてはいなかった。リオの中では既に決定事項なのである。


 「ファルス、あなたも手伝うのよ。今度の歓迎会、イサークにもエスコートして貰うからいいわね?」

 「今から相手見つけるのも面倒だし、俺はいいけどさ。イサークはいいの、リオに付き合って?」

 「えっ、僕はそのっ……彼女とつきつきつきっ……付き合えるなんてっ!」

 「フリよ、ふり。本気で付き合う訳ないでしょ、理想が父なのにあなたとなんか。」


 馬鹿言わないでと蕩けるような笑顔で否定されたイサークは、もう何が何だか分からなくなってこくこくと何度も頷いた。


 「うん、解ってる。僕なんかが君に口をきいてもらえるのさえ奇跡だってことも。」


 現実を知って項垂れる。見た目は普通の何処にでもいるそこいらの少年と変わらないのに、消極的な姿勢が本来あるであろう彼の良さを完全に隠してしまっていた。別にリオはイサークと話をしたくないとは思ってはいないし、腕を組んで歩いても平気だ。ただ理想とはかけ離れているので付き合うつもりはないが、イサークが自分に相応しくないなんて微塵も思ってはいない。


 「奇跡は言い過ぎ。恋人は無理でも友達にはなれるもの。あくまでも理想が父だってことで、あなたは恋愛対象外って意味よ。わかった?」

 「リオは何気に酷いよね。」


 慰めているつもりでも、ひそかに想う相手に恋愛対象外とはっきり宣言され落ち込まない人間なんていない。けれど項垂れながらもリオをこっそりと見やる視線に恋情を乗せるイサークと、いつもなら自分に恋愛感情を抱く相手に首を突っ込んだりはしないリオの変化に、ファルスは何故だか分からないが嫌な予感がしてならなかった。







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