番外編 その2 隠匿
リオが竜と話せる事実を隠匿するすべきなのではという疑問をいただき、その件を説明するために番外編として投稿することになりました。本来なら近日投稿予定の後日談に僅か四行で説明させていた文章を、作品として仕上げました。
双子の誕生はファルムント家だけではなく多くの人々が喜んでくれた。竜騎士の家系に子供が増えるのは喜ばしいことだったし、多胎児が無事に誕生するのが難しい時代において、小さな体で出産に耐えたファミアを称賛する声も上がった。実際に立ち会った産婆は奇跡と称したが、シアルは早くも次の出産には難色を示す。勿論ファミアが次の子供を妊娠すれば主治医となる覚悟はあるが、多胎児を産んだ母親は同じような妊娠出産を繰り返す例が多い。ファミアが次の出産に耐えられるかどうかといえば、竜の血の奇跡があったとしても難しいと考えていた。だがシアルの心配など周囲は知らない。祝いに訪れた者たちは次は双子の男子かもと、初産を終えたばかりのファミアへの気遣いも忘れ勝手な希望を巡らす。テレジアが出産で危険な目にあっていたのだと説明しても周囲は騒ぐ一方で、確認もとれていない状態であるにもかかわらず双子の男の子の方は竜の声を聴けると勝手に決めつけていた。竜の声を聴ける存在が減る一方の中、大きな軍を持たず竜騎士という存在に国防を頼る国としては仕方のないことなのかもしれない。
周囲の喧騒を他所に、ファミアはファルムントの屋敷で穏やかな時間を過ごせた。死と隣り合わせの出産に耐えた体はすぐに元には戻らず、しばらくは寝台から起き上がるのも難儀であった。双子の乳も乳母に頼る始末で、森で出産していたならきっと大変な事になっていたに違いないと想像すると、ファルムントの屋敷で至れり尽くせりの状態は正直とてもありがたく感謝していた。それでも乳が出て双子の腹を満たせるようになると、一日でも早く森に帰りたいと思い始める。柔らかな寝台よりも慣れ親しんだ硬い寝台の方が寝心地がいいと感じるのが不思議だ。
久し振りに森へ帰るとなると、子供二人に荷物も増える。必要な分だけを先にあとは後日と考えていたが、ランサムが同行してくれることになったのでナウザーは躊躇しながらも了承の意を表した。ファミアの事も双子の事もランサムには知られているような気がしてならなかったのだが、今まで何も言ってこなかったのを良いことに知らぬふりを通していた。だが双子が生まれ、特に金色の髪を持った女の子に関しては思う所がある。何時までも隠し通しておけない現実は、出産の喜びが穏やかになるにつれ増していくのだ。そして森に着き荷を下ろしたランサムが早々に帰宅するとなり、二人で見送りをしていた時だ。竜を背にして振り返ったランサムが真面目な顔つきでナウザーを射止めた。
「それで、リオはどう対処するつもりだ。まさか一生森に閉じ込めておくつもりじゃないだろうね?」
突然の言葉に小屋で眠る双子に意識が向く。ファミアは自分が犯した失態を探し出そうとしていたが、ナウザーはそうではないと首を振った。
「すまないねファミアさん。ずっと黙っているつもりだったのだけど、可愛い孫の将来は私も心配なのだよ。君も、リオも竜の声が聴けるね。側にいると解るよ。思慮ある君はともかく、リオに関しては他の竜騎士たちもそう遠くない未来に気付くはずだ。」
大人であるファミアには誤魔化せても子供には無理だ。当たり前の事実をランサムは忠告する。こうなるとナウザーもこの事実を隠すことはあきらめなければならなかった。相手は竜騎士の団長で、父親で子供たちの祖父にもなる。悪いようにはしないと解っているからこそのあきらめだ。
「彼女の他にもいるのか?」
「いいや、ファミアだけが持ってる力だ。ハウルから与えられたらしいが詳しい事は解っちゃいない。村を探っても無駄だぞ。竜の声が聴ける人間なんざ俺たちの他はいないんだ。」
「調べたにしてはお粗末な報告だな。」
「しょうがねぇだろ、それが事実だ。」
血を飲んだ事実を伝える必要はないと判断したが、何かを隠しているのは知られているだろう。だが竜の安全にもかかわることをやすやすと口にはできない。
「それでリオはどうするつもりだ?」
「ばれたらばれたでしょうがない。それまでは黙っているさ。」
「その楽観的な物の考えは相変わらずだな。皆がそうであれば簡単なのだが、今回ばかりはそうはいかんぞ。」
双子は外界から隔離され森で育つ。だが子供の好奇心は大人が押さえつけようとしてもどうにもならないのだ。意思をもっている一人の人間として成長を阻害するようなことがあってはならない。それでは知られた時にどうなるか。どうするかをきちんと考えておかねばならないのに、行き当たりばったりでどうにかしてきた人間はこれだからと、ランサムは我が息子の軽さにあきれ溜息を落とした。
「それなら何か考えがあるのかよ。」
「ファルムント家の当主として、公表するつもりでいる。」
「お義父さまっ?!」
黙って聞いていたファミアが声を上げ、ランサムに縋りつこうとした所を寸ででナウザーが引き止める。
「絶対に許さんぞ―――」
ファミアの村も、竜も傷つけられる危険がある。そんな危険は犯せないとナウザーは強い目で父親を睨みつけた。敵意剥き出しの息子をランサムは余裕綽々に鼻で笑う。
「お前、何の為にエヴァルフィ殿下を教育した?」
「はぁ、何言ってんだ糞親父?!」
「俺は何の為に竜騎士の長で、何の為にお前は竜守りという職に就き引き籠っているのだ。」
意味が分からずナウザーは盛大に眉を寄せ、ファミアはナウザーの腕を握りしめ夫と義父を交互に視線を巡らす。
「何も難しい問題じゃない。都合の悪いことは口にする必要はないし、彼女の事も公にする必要などないのだ。リオに自由を与えるために、全て奇跡で済ませてしまえばいいだけの話だ。」
「奇跡―――だと?」
「黒い髪と目の男しか竜の声が聴けないのに、全く毛色の違った女が聴けるのだ。奇跡以外の何物でもないだろう?」
他にどんな理由があると意地の悪い笑みを浮かべたランサムに、ようやく意味を理解したナウザーが髭だらけの顔を情けなくゆるめた。
「そっ、そんなんで納得すんのかよ?!」
そんな話に乗って本当にいいのかと葛藤が生まれる。上手い話だが、本当にそうなのかといらぬ仮説を立て知りたがる輩は必ず出てくるはずだ。それが竜騎士関係なら大きな心配にはならないが、国の中枢にいる貴族らが出てきたらどう対処すればよいのか。リオを取り上げられるなんて事態になっては冷静でなどいられない。
「納得はしないだろうな。だが俺はしらばっくれるぞ。それにエヴァルフィ殿下なら見え透いた嘘であってもお前の言葉なら信用する。口添えしていただけるなら煩い輩は手を出せないだろうし、実際にこの森に入れはしないのだ。それにファミアさん、君には何の力もない。竜の声も聴こえないし、たまたま奇跡が起きて竜の声を聴ける娘を産んだだけだ。そうだよね?」
何も知らずに王太子が協力してくれるのだろうか。不安を抱きながらも子供の将来を案じて提案をくれる義父に、ファミアは不安を抱きながら大きく頷いた。
ファミアは今まで通り、竜守りの妻であり続ける。シアルには話してしまったが、今後も竜の声が聴こえる事実は誰にも公表しない。けれどファミアの背負う秘密を子供たちにまで背負わせるのは酷だ。自由に羽ばたく未来を持つリオにもファルス同様に世界を知る権利がある。けれど二人が森を巣立つのは物の判別がつくようになってからだ。パシェド村と竜の問題が絡むゆえに、子供たちにもファミアの秘密は守ってもらわなければならない。
リオの奇跡が何処から来たのか、その真実は竜の森が守ってくれる。人を寄せ付けない竜の聖地はそれだけで神秘性に溢れていた。双子という竜の声を聴く片割れと母親の胎内で育ったせいかと憶測する輩は大事にしなければならないが、ファミアに行きつく輩は排除するに越したことはない。軍事力拡大の為に一人でも多くの竜騎士を求める輩の口はエヴァルフィの協力を得て封じてもらい、双子に近い位置にいる竜騎士団団長たるランサムには『突然変異による奇跡』で押し通してもらうのだ。
「そんなんで本当に納得するのかよ。」
「してもらうのだよ。公表は頃合いを見ながらにするが、エヴァルフィ殿下にはお前から話しておきなさい。あの方なら奇跡の一つで納得してくれるはずだ。」
「でもなぁ……」
本当に大丈夫かと、謀に向かない性格のナウザーはランサムを疑う。
「お前、例えばソウドの娘が竜と話をしていたら驚くだろう?」
そりゃ驚くなと、ナウザーは考える間もなく父の問いに頷いた。
「娘に竜と話せる理由を聞いて、奇跡が起きたからと答えられたらお前なら信じるのではないか。」
「まぁ、信じるな。実際話しているのを見たらの話しだが―――俺は単純だから母親を疑いはしないかもな。」
「お前なら理由を知りたくとも母親を疑わんだろう。大抵はそんなものだ。難しく考えるな。そういう訳でファミアさん、少しは安心してくれるだろうか?」
不安はあったが義父の提案にファミアがこくりと頷くと、ランサムは満足そうに微笑んでおもむろに腕を組む。
「ではナウザー。秘密を共有し合った所で、彼女がどうして竜の声を聴けるのか。本当の所を詳しく正直に話してもらうとするかな?」
ランサムはナウザーの様に楽観的でも無頓着でも無精者でもない。欲求を満たす為ならじっと息を潜めていられる男はこの日、真実を知っておおいに満足したのであった。
……という話を、四行で済ませていたのですが。
読んでいただいて有難うございます。
掲載予定の番外編と後日談はもうしばらくお待ちください。