表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜守りの妻  作者: momo
番外・後日談
32/50

番外編 その1 貧血のお薬

『竜守りに必要なひと』から省いたお話です。

貧血で入院することになったファミアの治療についての、ちょっとしたエピソード。



 目が覚めると竹でできた小さな鳥籠に茶色の鳥が入っていた。鳥自体は鶏とうずらの中間あたりだが、籠が小さいために窮屈そうだ。その籠に顔を突き合わせる髭面の男に怯える鳥は、狭い籠の中でもめいっぱい後退している。睨む男が怖いだけなのか食われると思って怯えているのかどっちつかずだ。妻の視線に気づいた男は、今まで鳥に向けていた鋭い眼差しから柔らかな漆黒の瞳へと表情を変化させた。


 「気分はどうだ?」


 重度の貧血の為にシアルを頼り入院する羽目になったものの、病室に案内された早々に眠ってしまったようだ。ファミアは規則正しい呼吸を自分自身で確認してから、夫を安心させるように小さく微笑んだ。


 「悪くはないみたい、大丈夫です。シアル様のお蔭で良くなったんでしょうか?」

 「問診だけで薬も飲んでないのにそんな訳あるか。いや、あればいいんだけどなぁ。」


 妊娠による貧血は竜の血をもってしてもどうにもならないものなのか、それとも竜の血のお蔭でこれで済んでいるのか分からない。どちらにしても入院が長引いて寂しいのはナウザーだ。ファミアの為にも早く良くなってほしいと願うが、我が子を宿してくれた小さな体と心に負担をかけるものではないことくらいはナウザーにも解っていた。それでもできるなら一緒に森へ帰りたいと、シアルが持ち込んだ鳥とにらめっこしていたのだが。


 「その鳥は?」


 可愛いですねと頬を緩ませるファミアにナウザーは口籠った。


 「籠が鳥の大きさに合っていないみたいですけど。」

 「ああ、その。これはな……」


 口ごもりながらも鳥について説明しよとした時、扉が叩かれ道具一式を抱えたシアルが入室してきた。


 「ああファミアさん、目が覚めたんだね。ちょうどよかったよ。」


 シアルは大きな桶を床に置いてからファミアの手首に指を添えて脈をとる。落ち着いているねと納得してから少し心配そうに目を細めた。


 「鳥や動物を捌いた経験はある?」

 「はい、勿論ありますけど―――」


 まさかと、視線が床に置かれた桶へと向かう。中にはたたまれた布と袋らしきもの、それから刃物類が入れられていた。ファミアの視線が桶から明らかに狭い籠に入れられた茶色の鳥へと移る。


 「察しの通り、この鳥から生肝をとるんだ。野生のじゃなくて研究所うちで管理された病気を持たない鳥だから感染症の心配もないし、万一の感染を考慮して予防薬も準備しているから。」

 「ここで、捌くんですか?」

 「新鮮なものじゃないと危険だからね。」

 「肝を取り出すのはここでいいとしても、絞める位は外でやった方がよくないか。なんなら俺が絞めてやるぞ。」


 驚くファミアにそうするべきだとナウザーは訴える。生まれや育ちがそこいらのお嬢様とは違っていても、愛らしい鳥の姿を目の当たりにした直後に絞めるのは良くない。あまり物事を深く考えないナウザーもその程度の配慮はできるのだ。


 「兄さん、僕は完璧を目指したいんだ。不安を残すより可能ならここでやりたいんだけど……やっぱり駄目かな?」


 若くて綺麗な娘には刺激が強すぎるかと、シアルは目を丸くするファミアを前に苦笑いを浮かべる。室内で鳥を捌くなんて少し、否、かなり驚いたものの、医者であるシアルの選択なら拒絶はできない。ファミアは大丈夫だと頷いた。狭すぎる籠を見て、最初はファミアを楽しませるためにナウザーが鳥を持ち込んだのだとばかり思っていたが、まさか自分の治療用だったとは。けれどシアルが必要というのなら全てそれに従おうとファミアは決めた。鳥を絞める現場を見たくないからと人の手を煩わせ、自分だけいいとこ取りなんて狡すぎる。ファミアの様子を心配しながらも、ナウザーはシアルに命じられるまま鳥籠に手を突っ込むと羽毛に覆われた首をひっ掴んだ。


 「本当に大丈夫か。血が怖くて倒れたりするなよ?」

 「生きるための糧なのに、こんなことで倒れる人がいるんですか?」


 無暗矢鱈に殺すのではない。生きるために鳥や動物を捌いた経験はそれなりにあると答えると、意味が違うんだがとしっくりしない様子のナウザーにファミアはきょとんとして首を傾げた。ファミアはナウザーの場を和ませる冗談だと受け取っていたのだ。ナウザーは良家のお嬢様方が『野蛮』と口にし、目にしたなら倒れるであろう行為ゆえに心配しただけなのだが、ファミアの育ちはお上品なものではないのでいらぬ心配だったようだ。


 それでもナウザーは大きな体でファミアの視界から鳥を遮断する。鳥に一鳴きもさせずナウザーが素早く絞めると、羽を毟るより先にシアルが肝を取り出したが、鳥の大きさからそれはとても小さくて、けれどシアルはその小さな肝のほんの少しを匙ですくって早速ファミアの口元に運んだ。


 「変な菌がつく前に早く食べて!」


 鳥を捌いたその手でかとナウザーが突っ込みを入れる前に、急かされたファミアは口を開ける。生暖かい肝は何の味もなく、つるんと喉を通って行った。


 「それっぽっちかよ?!」

 

 貧血を早く治療するためにもっと食わせた方がいいと主張するナウザーに、シアルはファミアに感染予防の薬を渡しながらとんでもないと首を振る。


 「一日の摂取量ってものがあるんだ。妊婦が肝を多量に摂取すると胎児に影響が出る。ほんのちょっとだけど、これが極限なんだよ。取り過ぎると毒だって言っただろう?」

 「言われたがよ、指示してくれれば俺にだってできるぞ?」

 「だから兄さん、竜たちのこと忘れてるよね。それに妊婦に生肝は本来御法度なんだ。それをあえて食べさせるってのはそれだけファミアさんの状態が酷いという事だよ。改善が見られたら他のやり方にすぐに変える。その判断や摂取量の微調整は兄さんには絶対に無理だ。」


 大雑把だからという理由だけではない。治癒を急くあまり絶対に摂取量を多くしてしまうに決まっているのだ。たとえ僅かでも胎児を危険に曝してしまう。だからこそ医者であるシアル自身が管理すると言い出したのだ。

 その時、シアルに渡された薬を飲んだファミアが唸り声と共に吐き気をもよおしナウザーは慌てた。


 「おお、これが悪阻というやつか?!」

 「いま摂食障害になられると治療が困難になるんだけど?!」


 涙目になって嘔吐くファミアに、シアルが嘔吐物を吐き出すための器を口元にもってきてくれるが、ファミアは違うと首を振ってそれを押し戻した。一時悶絶して吐き戻すのを何とか耐える。


 「シアル様、このお薬―――」

 「ああ、これか。恐ろしく不味いから。あ、そのせい?」


 恐ろしく不味い……そんな言葉で片付けられない苦みとえぐみに、鼻を通って目に来る刺激までもがもれなくやってくる。飲む寸前までは無臭であったためにすっかり油断していたが、これは毒を通り越して拷問だ。


 「これって、肝を食べるたびに?」

 「ごめんねファミアさん、生肝を食べたせいで病気に感染すると本末転倒なんだよ。」


 笑顔のシアルに対して、これにはさすがのファミアも他の治療法を探してほしいと懇願したくなった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ