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竜守りの妻  作者: momo
本編
31/50

始まる



 目を開けると光が眩しくてすぐに瞼を閉ざした。眼球に傷みを感じるのはずっと光を見ていなかった証明だろう。いったいどれ程眠っていたのか、ファミアは注意深く再び瞼を持ち上げた。


 白い柔らかなカーテン越しに光が部屋の奥まで届いている。朝方だろうか、ふと顔を横に向けるとふんわりとした黒髪に頭皮を包んだ赤子が目に入った。最初に生まれた子が金色の髪をしていたのは覚えている。この子はその次に産まれた弟の方だ。生まれたばかりの姿を見せられた時は黒髪がぴったりと頭に張り付いていたが、今では黒い産毛が己を主張するかに逆立っていた。肌の色も健康的な肌色に染まっており、閉じられた瞼は黒く短い睫に縁取られている。


 「可愛い―――」


 そっと手を添えて微笑みを浮かべる。反対を向けば次に目に入ったのは金色の髪の女の子だ。この子は形のよい目を開いて薄い空色の瞳をファミアに向けている。ぐずりも泣きもせず、ただじっとファミアを見た後でゆっくりと瞼を落とし寝息を立て始めた。横たわるファミアを取り囲むようにして赤子が並べられている。寝返りをうって潰したらどうするんだと案じた後に胸が締め付けられ、どっと涙が溢れ出した。


 そっと触れると生まれたての肉付きの悪さを感じて、無事に生まれた、生きていると安堵の涙が流れる。よかったと子供たちを交互に確認して涙を拭えないでいると、大きな黒い塊が開いた場所に片腕をついてファミアを覗き込んだ。


 「俺もいるんだがな。」

 「ナウザー、なんて可愛いの……」


 勿論髭だらけの大きな夫ではなく、生まれたばかりの子供たちが。甥や姪も可愛かったが我が子となるとその比ではない。この子たちの為なら死ねると感じ、同時に今ある生に深い感謝を感じる。


 「わたし、シアル様に―――」

 「ああ、解ってるよ。大丈夫だ。それより言わせてくれ。こんなに愛らしい宝をありがとうな。」


 髭だらけの顔がファミアの額に唇を落とすと、赤ん坊が二人同時に泣き出した。慌てたナウザーが一人を抱き上げ、起き上がろうとしたファミアに制止をかける。


 「大出血したあと五日も意識がなかったんだ、起き上がれねぇよ。」


 大きな一つだけの腕で器用に子供をあやすナウザーにファミアは驚いた。五日も寝ていたのか。その間ナウザーにおきたであろう苦労は、大雑把で無骨な男をこれ程に変えてくれたのだろうかと。ファミアは起き上がるのをあきらめ横向きになり、声を張り上げる金色の髪の赤子に前をくつろげ乳房を含ませる。ぐっと痛いほど吸われたが、出ない乳に今度は怒りの声が上がった。


 「ごめんね。沢山吸ってもらっていないから出ないのね。」


 寂しそうに眉を寄せるファミアを前に、母乳を出すためには赤子に吸われるのも必要だが血も必要なのだと、シアルから仕入れた情報をナウザーは口にできずに飲み込んだ。


 「おっぱいはどうしたんですか?」

 「ああ、その……乳母を雇った。けどお前の乳が出るまでだからな。」


 産んだら自分たちで育てると決めていたが、呑気な男連中と違って万一に備えテレジアは乳母を見つけていた。そして呑気ではあるが父親としての先輩であるランサムは、竜守りとしての役目を担うナウザーの為に、先代の竜守りと連絡を取り、前もって一時的な代役を頼んでおいたのだ。竜騎士であるランサムにも竜守りになる資格はあるのだが、突然現れた人間に竜の森をうろつかれるのはたとえ声が聴こえても竜たちは嫌がるものだ。しかも一時的にというなら、十年前までその役目についていた人間が適任と頭を下げていた。けしてファミアの状態がこのようになるとは思っておらず、ほんの出産祝いのつもりで周りと結託し秘密裏に準備を進めていたのだが。結局ナウザーは感謝してくれているので良かったといえよう。特に結託者の一人である王太子はナウザーの役に立てたと悦に入っていた。


 生まれた双子はリオとファルスと名付けられた。黒髪に黒い目という、竜騎士になる資格を有した赤子に、薄い金の髪と空色の瞳、白い肌を持ったファミアにそっくりな女の子。女の子がリオで男の子がファルスだ。生死の境を彷徨ったファミアも意識を回復してからは体も順調な回復を見せ、一月後には二人分の母乳を出せるまでに回復する。そうして皆に惜しまれながら家族四人は竜の待つ森へと帰って行った。


 ファミアが小屋の扉をそっと開いて中を窺うと、予想に反して綺麗に片付いた室内に驚き夫を振り返った。


 「いやぁ、実は前任者が綺麗好きでな。ははは……」


 ファミアが不在時に散らかり放題だった小屋を、ナウザーの代理で竜守りとしてやって来た前任者が文句を垂れながら綺麗に清掃片付けをしてくれていたらしい。ちゃんと自分でやるつもりでいたナウザーとしては腰を折られた気分だったが、正直助かったのも事実だ。散らかすのは得意なのにどうしてだろうと誤魔化すように笑う夫は、籠に寝かされた双子をそそくさと小屋へ案内した。


 

 それからしばらくして、小屋の周りで戯れる幼竜と双子の声が森に響くようになる。小さすぎて人の言葉を発せない子供たちであったが、幼竜とは会話が成立しているようで、幼竜がかつて宣言したとおり子供たちの父親以上に母親の役に立ってくれるようになった。


 『これが始祖の姿か』


 羽をもがれた竜が小さな子供を連れて来た竜守りに呟く。金色の髪と青い瞳は母親そのもので、竜騎士らが受け継ぐ色に新たな色が加わることになったのだなと、己と人の絆に係わる歴史の大元を垣間見て縦長の瞳孔をさらに細めていた。大きな巨体の竜に恐れを抱かずじっと見つめる双子の姉弟に母親が寄り添う。


 「ハウル、こいつらの声が聴こえるか?」

 『ああ、聞こえるぞ。とてもよくな。残念なことに雌はおぬしに似ておるが、幸運なことに雄はそれにそっくりだ』



 




沢山の方々に読んでいただき感謝しております。ありがとうございました。

『竜守りの妻』はこれにて終了です。番外編の予定はあるのですが、すぐに発表できないので完結表示を入れさせていただきました。

お気に入り登録、評価、感想、メッセージ。沢山の応援を本当にありがとうございました!

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