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竜守りの妻  作者: momo
本編
20/50

心配事と義弟



 ナウザーとファミアの披露宴の席。日中は広い庭での宴となり、多くの来客をランサムとテレジアが迎えている。招待客が集まったところで主役の登場だ。拍手とともに大きなナウザーの右側で腕を絡めて登場したファミアの姿に、周囲が一瞬静まり返ったかと思うと、一拍後にはどよめきと共に拍手が再開された。ようやく訪れた幸せに心からの喝采を送る者、竜守りの妻になる覚悟もないのにいざ持って行かれたとなると嫉妬し、それを隠して微笑むもの様々な視線を受け、ファミアは頬を引き攣らせながら必死で小さな微笑みを湛える。若く美しい妻を得たナウザーを囃す声はかつての同僚たちから上がっており、その中にはソウドの姿もあった。


 祝いを述べる招待客にはナウザーが対応し、ファミアは「ごきげんよう」と「ありがとう」を義母の教え通りに繰り返す。いったい何人と挨拶を交わしたか分からなくなったところで、少年と少女が二人の前に立った。ナウザーの兄リュートの子供たちで、十四歳だという男の子はファミアよりも少しだけ背が高く、十二歳の女の子は少しだけ小さい。二人の後ろに立つリュートはナウザーとほとんど同じ背の高さだが、官僚として働いているらしく線は細かった。その隣に立つ兄の妻もファミアよりもずっと背が高い。ここでようやくファミアは村の人たちと比べ、山を下りると大きな人ばかりなのだと気付かされる。血筋のせいかと思ったが誰も彼もが背が高く、大人の女性に至っては胸が大きい。食べ物のせいだろうかと、まだまだ伸びるであろう少年に自分が十四歳の頃を重ねた。


 ファミアは十年ぶりの再会に言葉を交わし語り合う義兄とナウザーから、兄一家よりわずかに距離を置いて立つ青年に視線を移す。大きなナウザーよりも少しばかり背が高く、けれど線が細いのでとてつもなく縦長に見えるその人は義弟シアルだ。義父も義兄も黒髪で義母は茶色だが、彼だけが際立つ薄い茶色の髪をしていた。遠慮がちに立つ彼はファミアと目が合った途端にすっと視線を外してしまう。よく思われていないのだろうかと、年上の義弟になるシアルには興味を持っていただけに残念な気持ちになってしまった。


 「まぁシアル、義姉に向かってその態度はなくてよ?」

 

 笑顔で末の息子を諭すテレジアの目が怖い。ナウザー同様に彼も母親には逆らえないのか、シアルは一度ファミアに視線を戻したものの、やはりさっと反らして溜息を落とす。ああやっぱり嫌われているとショックを受けていると頭上でナウザーが失笑した。


 「勘違いするなよ、この態度は照れてる証拠だ。」

 「兄上!」


 非難の声をあげたシアルを見上げると挙動不審に漆黒の瞳を左右に揺らしている。ナウザーの言葉通りで動揺しているのだろうかと、ファミアは一度テレジアの様子を窺ってから話しかけた。


 「ごきげんようシアル様。」


 年上だが弟になる人だ、呼び捨てでもいいと義母に言われているが、不快に思われてはと敬称を付けた。するとシアルは返事をしようと口を開くが、言葉を発することなくそっぽを向いてしまう。


 「ファミア殿、どうか気分を害されぬように。弟は女性に奥手で、貴方の美しさに見惚れ言葉を失っているだけなのです。」

 「あっ、兄上っ!」

 「その通りだ。こんなにも美しい義姉ができて動揺しているだけだから勘違いしないでやってもらいたい。」

 「父上までっ!」

 

 リュートに続きランサムもシアルを擁護し、擁護されたシアルは相手に非難の声を上げる。


 「せめて私の半分でも女性に正直な心を持ってくれたなら、今頃はシアルも良き妻に恵まれていたに違いないのだがね。」

 「あなたのはやり過ぎですわよ。でもそうね、半分といわずほんの少しでも女性に積極的になってくれたらと思わずにはいられませんのよ。ああ、そうだわ!」


 妙案を思い付いたと言わんばかりにテレジアは両手をぽんと弾いた。


 「シアルさん、あなたファミアさんで訓練なさいな。」

 「は?」

 「え?」

 「ええっ……?!」


 ナウザーにファミア、そしてシアルと驚きの声をあげるが、テレジアはころころと声を転がし楽しそうに笑っている。


 「大丈夫よファミアさん。この子、本当に奥手すぎて妙な気を起こしたりしませんもの。礼儀に反して二人きりで鍵をかけた部屋に籠っても大丈夫。母親であるわたくしが保証いたしますわ。」

 

 テレジアはファミアとナウザーの間に体を滑り込ませると難無く二人を引き離してしまう。その際意味ありげに送られた視線に、ファミアは義母に心を読まれているのだと悟った。


 「ちょっ、ちょっと母上何をなさるのですか?!」

 「いいからほら、ちゃんとエスコートするのですよ。」


 されるがままのファミアに対し慌てたのはナウザーとシアルだ。母親によってファミアの手を無理やり絡められたシアルは、声をあげて驚き慌てながらも無理に振り解くことができない。自らファミアに触れるのを恐れたのだ。


 「母上、私は彼女を離す気はありません。」

 「お黙りなさい。」


 周囲を警戒するナウザーにテレジアはぴしゃりと言い放つ。


 「ランサムの部下がこれだけ集まっているのですよ。不届き者が忍び込む隙はありませんわよね、あなた?」

 「ああ、そうだねテレジア。」

 「それだけではなく彼女は―――」

 「ナウザーさん、余裕のない男は嫌われますわよ。シアルに何ができるというのです。気弱な弟の為にも気概をみせて見送りなさいな。さぁシアルさん。あなたの義姉を湖畔まで案内して戻っておいでなさい。勿論ただ行って戻って来るのではなく、女性の気を引く話題を提供して会話を盛り上げる努力をするのですよ。あなたもランサムの息子です。出来ない筈がありません。」

 「そういう訳だからナウザー、彼女は暫く弟に預けなさい。湖畔に映る夕日はとても美しいよファミア、楽しんでおいで。」


 言い出したら聞かないテレジアを後押しするランサムによってナウザーの口が封じられる。ナウザーとてシアルがファミアに不届きをしでかすとは思ってもいないが、相手はファミアだ。シアルも男なので美しいファミアについ……という事もあり得る。恐らくないと思われるが、あるかもしれないと、細い腕がシアルの腕に絡められているのを目の当たりにし、嫉妬と弟への心配が入り乱れ訳が分からなくなってしまっていた。


 「これから冷え込む、風邪でも引いたら―――」

 「イーゼ。」

 「はい奥様。」


 テレジアの呼びかけに優秀な使用人は毛皮のポンチョをファミアに着せ掛ける。外ゆえに剥き出しの肩を隠してストールはしていたが、寒さに強いファミアでも陽が陰り始めると寒いと感じるので助かった。が、ナウザーの方は忌々しそうにイーゼを睨みつける。本当によくできた忠実な使用人だ。


 「さあ行ってらっしゃいな。わたくし達は室内の宴に切り替えましょう。ナウザーさん、貴方は主役として皆を楽しませなさい。ランサム、後はお願いいたしますわね。あらシアルさん、何をぼうっとしているの。女性を待たせるものではありません。さっさと行ってらっしゃい。」

 

 邪魔になるであろうナウザーを引き離し、念を入れランサムに警備の不備がないか確認をする。そうしてシアルを急き立てるとファミアに目配せし、奥手すぎるシアルを促すよう指示した。ファミアも嫌われていないならと勇気を振り絞り、絡めた腕を押すようにして促してみる。するとシアルの足が一歩だけだが前に出た。


 「行ってまいります。」


 様子を窺うように一度ナウザーを振り返れば眉を寄せてファミアを見ていた。ああ、これはきっと心配させてしまっていると胸が痛むが、シアルにはどうしても聞きたいことがあるのだ。こんな機会がまわって来るとは思っていなかっただけにナウザーに相談はしていない。戻ってきてから謝るしかないと、申し訳なく微笑めば笑い返してくれた。一方シアルはひとつ溜息を落とすと眉を寄せ、無理やり作った自信なさ気で引き攣った笑顔をファミアに向ける。かなりの無理をしてテレジアの言葉に従おうという態度がみえて、ファミアは大変申し訳ない気分に陥った。


 「……参りましょうか。」


 はぁ……と、シアルからまたもや隠しきれない溜息が漏れる。鍛え上げたナウザーよりも細いがそれよりもさらに高い位置から落とされた溜息に、さすがのファミアも義母の気遣いを不意にしてしまおうかと考え直す。


 「あの、気分が優れないのなら戻りますか?」

 「いえっ、いいえそんなっ。ぼっ、私は何時もこうなのでお気になさらずっ!」


 気遣ったつもりだがぎょっとして驚かれ、ファミアも思わず手を引きそうになった。エスコートの相手がいるのに腕を絡めないのも失礼にあたる。なんとか持ちこたえ、ぎこちない歩みを進めるシアルに従った。足の長いシアルの歩調に合わせ急ぎ足でしばらく歩くと本当に湖がある。ファミアにはそこが庭の一部なのか外なのか分からなかったが、実際に湖もその周囲に広がる林もファルムント家の敷地内だ。狩も出来る。そういう事を美辞麗句でよいので交えながら話題として提供しろとテレジアは言っていたのに、湖畔までの割と長い距離をシアルはただ一点を見据え、無言でひたすら進んだ。貴族女性なら確実に文句が出る行動だが、山間の村で培った脚力を持つファミアにはどうということなく、それがシアルを突っ走らせた原因でもある。湖に辿り着くなりシアルは大きく息を吐き出し背を正した。


 「ここが両親の言っていた湖です。」


 かなり速足で進んだせいなのか、夕日が映り込むにはまだ時間があるようだ。湖を紹介して任務を遂行した気になったのか、その後はまたもや無言。リュートが取り繕ってくれたのは事実のようで、シアルは本当に女性が苦手なようだ。もしかしたら社交性に欠けるのかもしれないと、ファミアは絡めた腕を解いて一歩離れる。距離を取った方がシアルにとって良い様な気がしたし、ナウザーよりも背の高い彼を近くで見上げるのは流石に辛い。


 「お義母様はわたしに気を使ってこんなことに。ごめんなさい。」


 頭を下げたファミアにシアルは慌てふためいて、とんでもないと体を曲げた。


 「それはぼっ、私のせいです。母は異性に対してうだつの上がらない私を心配して貴方にこんな役目を。結婚披露の席だというのに主役に面倒な役目をさせてしまって……本当に申し訳ない。」


 額に汗しながら必死で謝るシアルの様子に、ファミアは何故だか分からないが可愛らしさを感じてしまった。九つも上の義弟だが、異性に対する接し方は少年のような心根のままなのではないだろうかと感じてしまう。


 「お義母様の考えにはそれもあるかもしれませんけど、お医者様だと聞いてからシアル様とお話しできたらと思っていたのはわたしの方なんです。」

 「え、僕と?」


 身を屈めたまま、顔だけをあげたシアルの瞳がきょとんと丸くなる。どうやら彼にとってファミアの言葉は意外なものだったようだ。


 「はい。相談というか、医師としての意見を聞かせてもらえないかと。」

 「医師として。ああ、そうなんだ。それは一向にかまわないよ。」


 医師として話したい、その一言でシアルの態度が急変する。曲げていた背はぴんと伸び、口調は硬さが抜けて軽くなり一人称も変わった。シアル個人を気にされるのは苦手なようだが、医師としての誇りか、それで頼りにされる場合は少しも緊張しないらしい。この変化にファミアの方が一瞬ついて行けずに言葉を失う。


 「兄さんなしで相談なんて、何か隠しておきたい持病でもあるの?」

 「あ、えっと―――」

 「大丈夫、医者として患者の秘密はちゃんと守るから。」


 安心させるように穏やかに微笑んだシアルにファミアはどきりとした。兄弟の中で一人だけ髪の色が異なり細身で似ていないようでいて、笑う表情はナウザーにそっくりだ。ただ相手が患者となると異性への緊張が一気に解けるような変貌は、大雑把なナウザーにはない類の代物だ。


 「じつはあの……子供ができるかどうか不安になって。」


 義理とはいえ弟で、相手は異性で恥ずかしかったが、やはり医師というのは特別な職業だ。望んでも村ではけしてお目にかかれない人種。勇気を出して告白すれば「ああ成程」と、納得したような口調で返された。


 「ちょっとあの辺に座って話そうか?」


 促されるまま湖に向かって腰を下ろす。ファミアが座る場所にはシアルがハンカチを広げてくれた。


 「そうだねぇ。気にすると出来にくくなるとも言うけど、竜騎士の妻となるとそうはいかないよね。」


 どうやら竜騎士の妻に二年たっても子供ができなければという話は、割と誰もが知っている話のようだ。ファミアに寄り添ったシアルの答え方に少しだけ心を開く。


 「でもまだ夫婦となって間もないでしょ、焦るのは良くないよ。」

 「それが、その……」


 言い淀むファミアにシアルが首をかしげる。


 「もしかして、兄さんに問題が?」

 「いいえ、そうではなくて。あの……妊娠しているとかではなく、月の物がないんです。」


 医者とはいえ男の人にこんな話をするのはやはり恥ずかしい。俯いたファミアに反し、シアルは動揺を見せるどころか冷静な声で質問してきた。


 「初潮はいつ?」

 「十四で迎えました。」

 「それからちょくちょくないの?」


 そうだと下を向いたまま頷けば、大丈夫だよと声をかけられた。


 「君の生まれ育った環境は聞いているよ。失礼だけど食事環境なんかを予想すると、それなら仕方がないと思うな。」

 「でも同じように食べていた兄嫁には子供が二人できているし、他の人たちだってそうなのにわたしには―――」


 義姉がファミアと同じ量を食べていたかといえばそうではなく、甥と姪に食事を分け与えていたファミアの方が摂取量は少ない。村の女たちも毎月来ていたかといえばそうではないが、ファミア程酷く不規則ではなかった。ただ詳しく話をした記憶がないので比べようがないのだが、子供を産むことが絶対条件なだけに不安が押し寄せる。告白していると自分で自分を追い込みそうになった。そんなファミアにシアルは「うん、そうか」と深く頷いた。


 


 



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