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竜守りの妻  作者: momo
本編
19/50

妻の心得と覚悟



 夜になりようやくゆっくりと顔を合わせることができたファミアとナウザーは、互いの顔を見てほっと息を吐く。あれからファミアは義母の指導のもと、上流階級の立ち居振る舞いや作法を学びそれなりに飲み込めたのだが、言葉使いは誤魔化しきれないのであまり口をきく必要はないと許しを頂いた。若く誰よりも美しいのは間違いないのだから、多少無口でも相殺されるとテレジア自身が納得したのだ。お喋り過ぎて失敗されるよりよほどましだという妥協でもある。


 食事の席では直接食べながら作法を習った。義父と義母、そしてナウザーとファミアの四人で食事をしたのだが、いつもはやりたい放題のナウザーも大人しく腕一つで綺麗に食事を進める様に、ファミアは負けていられないと、夫に恥をかかせない為にも必死で頑張ったのだが。やはり出された食事量が多くほとんどの物に手を付けられなくて叱られると思い項垂れてしまった。だが義母は優しく、食べられる量が予め分かっていれば今後そのようにするので問題ないと許してくれる。片付けを手伝おうと席を立とうとしたが、義母の目が鋭くなんとなく躊躇われ、世話を焼かれてようやく部屋へと案内されたのだ。


 「何もかもが急で本当に色々すまんな。」

 「いいえ。でも、あなたがいなくて不安でした。」


 衣装合わせ中の襲撃から、顔を合わせながらもまともに会話をすることが許されなかった二人は、互いに顔をつき合わせようやく安堵する。母や父や家の事など、ちゃんと話していなかった負い目も重なり、ナウザーは心から申し訳なさそうに背を丸めていた。ファミアが生まれ育った環境を考えると、ナウザーは自分の生まれた環境を説明するのに気が引けたのだ。それに竜守りを一生の仕事と決め、ハウルとも離れられないナウザーは、子供が生まれてからも森で一緒に生活して欲しいと思っている。子供が生まれたらこちらの屋敷で生活させた方が視野が広がり子供らの為にもいいと分かっているが、ファミアのいない生活はナウザーには考えられなくなっていたのだ。だから自ずと障害になるであろう実家のことをきちんと説明できずにいた。ファミアが富に揺らぐ女だとは思っていないが、もしかしたらという恐れもあったのは確かだ。それなのに不安だったと潤んだ瞳で見つめてくるファミアに、たとえファミアの望みが自分ではなく後ろ盾や財産であっても構わないという気持ちになってしまう。ナウザーは自分がこんなにどうしようもない駄目男だったのかと情けなくなった。


 「今朝は本当にごめんなさい。なんだか不安になってしまってあんな事を。」


 ファミアはようやく謝罪を口にし頭を下げる。言葉で言わなければわからないと欲したが、そんな物がなくてもナウザーは嘘をつかない。彼の行動は全てファミアを思ってのものだ。披露宴という名の行事に出されるのをナウザーは、予想しながらも欠席するつもりでいたのだろう。だからこんな事があるかもしれないと前もって説明すらしてくれなかった。彼の生まれなら抗えない事なのだろうに、竜守りの仕事を理由に実家に戻るつもりもなかったに違いない。十年もの期間近寄らなかったこの家に、簡単に連れ去られてしまったファミアを追ってまさに飛んできてくれたのだ。義父も義母もナウザーをよく理解している。ファミアを攫えばナウザーも自ずからやって来ると解っているのだ。だから引き返せないほど押し迫った状態であんな強引な行動に出たのだろう。夫の両親はファミアよりもナウザーを理解していると落ち込まされた。


 謝罪するファミアに「俺も悪かった」と下手に出てくれるナウザー。彼の優しさにファミアは涙を零しそうになった。この人をどうして疑ってしまったのだろう。不安に感じた自分が一番ナウザーを信じていなかった。後悔して、泣くのは間違いだと涙を堪える。夫が側にいてくれる、それだけでファミアは十分だった。


 「なぁファミア。俺はその……お前をちゃんと愛しているからなっ。」


 ナウザーはファミアを片腕でさっと胸に抱き寄せ顔を隠して告白する。言い慣れないのか本当に照れているようで、それがまた嬉しかった。


 「それからその、髭だが―――」


 長年テレジアに仕える使用人のイーゼによって、抵抗空しく綺麗さっぱり髭を剃られてしまったナウザーは必死で言い訳を考える。力で抵抗すれば当然跳ねのけるのは可能だったのだが、テレジアの命令で手を下すのがイーゼであったせいで抵抗しきれなかった己が情けない。それをどう納得してもらおうかと考えるナウザーに、ファミアはゆっくりと首を振った。


 「いいんです、お義母様に言われてだってわかってるし。髭を剃ったあなたが素敵で、誰かに盗られやしないかと不安だったけど、その……愛しているって言ってくれたから。」

 

 ナウザーはファミアを抱き寄せたまま「え?」と瞳を瞬かせた。

 腕の中を見れば淡い金色の髪からのぞく耳が赤くなっているのを認め、ナウザーは首を捻る。

 

 髭好きだからではないのか?

 素敵だから?

 いったい誰が?????


 素敵だなんて竜騎士を辞めて以来一度たりとも言われたためしがない。竜の森に籠っていたというのもあるが、嫁候補としてやってきた娘らも、ナウザーを一目見て顔を顰めるに終わったのだ。予想していなかった答えにナウザーは言葉を失い、ファミアはナウザーの背に細い腕を回して抱き締め返した。


 「わたしもあなたが大好きです、愛しています。だから他の女性から隠してしまいたかったけど、もう髭があってもなくてもどっちだっていいんです。」

 

 きっとナウザーの側に若い胸の大きな女性が近寄ればその度に不安になるだろう。けれどそれは髭があってもなくても同じだ。外見がどうであっても嫉妬する醜い自分がいるのに変わりはないと、ファミアは額を大きな胸板に摺り寄せた。いつもとは違う高価な布地に身を包んだナウザーは少しばかり遠くに感じる。それでも自分の夫に変わりはないと、大好きな人の温もりと匂いを確かめる。


 「ファミア―――」


 名を呼ばれながら後ろ髪を掴まれ引っ張られる。片腕のナウザーがこうする時は、抱き寄せるファミアの顔を上に向かせたい時と決まっていた。ファミアが顔を上げると強い漆黒の瞳に薄い空色の瞳は絡めとられ、口付けを受けながら長椅子へと押し倒される。強く求められているのが分かる噛みつくような口付けにファミアは応えた。ナウザーの重みを受け止めながら腕を這わし、ナウザーはファミアの服を剥ぎ取りながらあらゆる場所に唇を落としていく。裸になって触れる肌はいつも以上に熱く、けれどいつもと変わらぬ同じ匂いで心から安心できた。


 

 長椅子で愛し合ったのは覚えているがその後の記憶がない。はっと目覚めたファミアはふかふかの寝台に沈む我が身に戸惑い、見慣れた胸板を前に安堵の息を吐く。夫を起こさぬようそっと抜け出し分厚いカーテンから外の様子を窺えば、東の空が白み始めていた。


 寝過ごしたと急いで身支度を整える。借りているものではなくここに来るときに来ていた服に袖を通し手早く髪を纏めると、深い絨毯に足音を飲んでもらいながら厨房へと向かった。遅くなったと慌てたが、厨房は空で人の気配がなく、窯にはまだ火が入っていなかった。


 大きな厨房だ、とても広く多くの食器や調理器具が整頓され並んでいる。勝手をしては怒られそうだが、使われている気配のある水瓶が空になった状態だったので、まずは水汲みから始めることにした。もう少しすれば義母が起きて指示をくれるだろうと、上流階級の常識がないファミアは早速仕事を始める。なにせ昨日は台所仕事や掃除など、全く何もしないままで終わっていたのだ。至らない嫁の烙印を押されナウザーに恥をかかせては申し訳ない。霜柱がたつ外はとても寒かったが、寒さに慣れているファミアにとっては何でもなく、側の井戸と台所を何度も往復して水瓶を一杯にする。桶を戻しに行こうとしたところで使用人たちが起き出してきて、見慣れぬ娘を見つけ声をあげた。


 「泥棒!?」

 「えっ、違っ―――!」


 違うと否定しようとして黒服を着た男らに取り押さえられた。昨日ナウザーを引っ張って行った若い二人だ。両腕を拘束されたところで男の一人が悲鳴を上げる。


 「若奥様?!」


 そこに姿を現した執事によってファミアは台所から追い出された。何をしていたのかと追及され朝の支度だと正直に答えると、ファミアの事情を知っている執事は大きなため息を落とし、上流階級の女性は労働などしないものだと教えられる。大きな失敗を犯して蒼白になるファミアは、目覚めて妻の姿を探してやって来たナウザーに引き渡された。義母に報告されると消沈したが、これについても怒られることはなく、気を付けるように注意を受けるに終わる。上流階級の妻は仕事をしないが、竜守りの妻は別とテレジアも心得ているのだ。


 再びナウザーから引き離され、義母と立ち居振る舞いや人への対応の仕方をおさらいした。明日一日、正確には午後から夜までの間を乗り切ればお役御免だ。けれどその間はファルムント家の嫁として、ナウザーの妻として失敗はできない。基本的に「ごきげんよう」さえ言えてにこにこしていれば、後は伴侶であるナウザーに任せておけばよいとこのと。けれどそれも四六時中ではなく、義母は同じ女性に囲まれたときにこそ気を付けるようにと念を押す。


 「急かすようで言いたくないのだけれど、他所から聞かされてショックを受けるよりはと思うのでわたくしから言わせていただきますわね。」

 

 斜め前に座った義母に返事をしてまっすぐ見つめる。いつ何時も微笑みを絶やさないテレジアにファミアは感服していた。ナウザーを叱り飛ばす時ですら笑顔で優雅だ。生まれの違いだが、義母も苦労してきたのだろうと感じる。


 「竜騎士はね、結婚して二年が過ぎても子供ができる気配がないと、愛人を作る決まりになっているの。」

 

 ご存じかしらと、笑顔で衝撃の事実を告げるテレジアにファミアは顔を凍り付かせた。


 「やっぱり知らなかったのね。あの子は自分が竜守りだからと思っているだろうけれど例外はないわ。だからこそあの女は結婚しないのよ。」


 忌々しそうに目を細めた義母に、彼女の言う女というのがナウザーの元婚約者マデリーンだと察しがついた。

 でもどうして、彼女は他の男の子供を身ごもっているのにと眉を寄せる。そんなファミアの心を読んでテレジアは詳しく説明してくれた。


 「確実に子を得るために愛人となる女は、過去に出産経験のあるものが選ばれるのが常よ。これには本妻の地位を守る意味もあるのだけれど、国力を守るために必要だとはいえ、本当に女を馬鹿にした制度よね。わたくしも長男を宿すまで脅えながら過ごしたわ。」


 二年一緒にいても子供ができない妻よりも、確実に妊娠し子供を産める体を持った女と交渉を持つ。愛人となった女が竜騎士の資格を持つ子を産んだとて本妻に昇格できるわけではないが、貴重な国力となる竜騎士を生み出したことによりそれなりの力を持つのは事実だ。そしてその座を狙っているのがマデリーンという訳である。ファミアに子供ができなければ愛人の座を射止める気でいるのだろう。だからこそ子を宿していながらお腹の子の父親に婚姻を迫らずにいるのだ。その時になって邪魔になるものなど必要ない。子を宿し、出産した結果をもっているだけで道は開ける。ナウザーの子を妊娠さえすれば本妻のファミアを追い出すなんてこと、マデリーンにとっては朝飯前だ。


 「もしそんな事になったらわたし―――」


 ナウザーの意思など関係ない事実に蒼白になる。もしファミアに子ができずマデリーンがナウザーの子を産んだとしたら。いや、マデリーンが愛人になると決まった時点でファミアは身を引くだろう。勿論生まれてくるナウザーの子供の為に。


 テレジアは震えるファミアの隣に席を移して大丈夫だと肩を抱く。恐ろしい話をしたのは自分だが、ファミアに嫉妬した女らが不快な思いをさせようと意地悪をするのは目に見えていた。突然こんな話を聞かされて驚かないわけがないのだ。だからこそ知っておいてもらう必要がある。


 「彼女の関係者は招待していないけれど、なんとなく嫌な予感がするの。飲み物に薬を混ぜられるかもしれないから、ナウザーかランサムが寄こすもの以外はけして口にしないで。妊娠はしていないみたいだけれど念の為よ。」


 ファミアは震える声で「はい、お義母様」と返事をするのが精一杯だった。






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