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竜守りの妻  作者: momo
本編
17/50

義理の父



 十年振りの親子の再会だというのに一番に気になるのはそれか。息子に興味はなく、鋭く厳しい視線で問うのは彼がナウザーに与えた娘の存在。相変わらずだなと思いつつ、他所から人間がやって来たと気付いた時点でファミアは寝室に籠って出てこない約束なのを思い出す。最もそれ以前に籠城してしまっているのだが。流石に無視はできない、呼びに行かねばとナウザーはひとつ溜息を落とした。


 「お元気そうで何よりです、父上。」

 「ああ元気だぞ、お前も相変わらずだな。で、俺の嫁は何処だ。」

 「俺のではなく、うちの、でしょう?」

 「ああそうだった、うちの嫁だ。かなりの美人らしいじゃないか、勿体ぶらずに早く見せろ。」


 にこりともせずに急かす様は昔から何一つ変わらない。父であり、ナウザーが竜と話せると分かってからは上官だった人だ。一度は退団しながら竜騎士団の団長を務めるまでになった父を、ナウザーは同じ高さからじっと見据える。子供だった頃に山のように感じた父と今は同じ高さに体つきだ。子供の頃の視線をファミアに重ね、美しい人々に囲まれて育った妻が自分に恐怖しただろうと予想する。


 「何だ、まさか今回も逃げられたとでも言うんじゃないだろうな?」


 冗談じゃないぞと、待ち切れず小屋に入り込もうとした父親をナウザーは慌てて引き留めた。

 

 「逃げられてなんかねぇよ。今はちょっと具合が悪いんだ。」

 「まさかお前、抱き潰してるんじゃないだろうな。」

 「いい加減にしてくれよ―――」


 パウズといい父親といい、どうして具合の悪い時に立て続けにやって来るのか。本気で呪われている気がしてならない。


 「その口調、テレジアの前では改めろよ。」

 「母上はお元気で?」


 ナウザーが崩れた姿勢を正すとランサムの表情が幾分和らいだ。


 「相変わらずだ。で、嫁は本当に居るんだな?」

 「様子見てくるから待ってくれ。」


 出てきてくれるだろうかと、父親が乗ってきた竜を気にしながらナウザーは寝室へと向かった。二度扉を叩き様子を窺うが返事はない。人が来たのは声で気付いているだろう。じっと閉じこもって物音をたてないのは約束を守ってなのか否か。ナウザーは息を吐くと再度扉を叩いて声をかけた。


 「ファミア、父が来たんだ。出てきてくれないか?」


 扉に耳を寄せ中の様子を窺う。小さな足音がしてわずかに扉が開かれた。


 「お義父さん?」


 きょとんと首を傾げたファミアが薄い空色の瞳で見上げている。さっきまでは怒っていた筈なのに、そんな様子は微塵もなくてこちらの嘘を警戒する素振りもない。信用されているのだと思い嬉しくなってしまい、急な父の訪問も悪いものではないとナウザーはほっと胸を撫で下ろした。


 「悪いな急に。挨拶できるか?」

 「勿論です。あの―――パウズは?」

 「親父の気配を恐れて逃げ帰ったよ。」

 

 ファミアはナウザーの言葉にはっと息をのむと、前に出しかけた足を止めた。


 「怖い方なんですか?」

 「怖くはないが、驚くかもしれない。」


 あの父を嫁に何と説明すればいいのか悩むナウザーに、ファミアは慌てて鏡を見ながら乱れた髪を整える。ナウザーに従って歩けば待ち切れずにいたランサムが小屋へと入ってきていた。ナウザーの父親なだけあって大きな男だ。ソウドもだし、竜に乗る人は誰もが体が大きくて黒いのだろうか。白髪一つない黒髪が後ろに流され、立派な佇まいに似合う高級そうな衣装を身にまとっている。皺をたずさえた厳しそうな顔つきに一瞬怯むが、ナウザーの怖くないという言葉を信じて一歩前に出た。


 「初めまして。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。」


 ファミアですと頭を下げる。と、大きな手に両手を取られ包み込まれていた。驚いたファミアの目の前には、ファミアの手を取り跪く義父の姿。膝を折ってくれたおかげで目線は近いが、いったいなんだと驚きの方が大きく瞳を瞬かせる。


 「なんと、これ程とは。シグ婆やソウドの言葉を真に受け信じた私が愚かだった。美人なんてありきたりな言葉で片付けた二人は貴方を冒涜している。なんと美しく可憐で愛らしい、まるで天より舞い降りた……いや、まさに女神の如き美しさ。穢れた私の目には眩し過ぎる。このような美しく愛らしい女性を我が娘にできようとは。今日まで生きた甲斐があるというものだ。ああ天使、わが女神よ―――」

 

 ついて行けない世辞が並び、唖然とするファミアの指先に口づけが落とされる。覗き込むように漆黒の瞳に見詰められ、されるがまま身動きの取れないファミアをランサムから引き離したのはナウザーだった。


 「彼女はこういうのに慣れてないんだ、いい加減にしろ!」

 「いい加減にするのはお前だナウザー。これほど美しく可憐な嫁をお前のような男が得られようとは何たる奇跡。お前は一生分の幸運を使い果たした。二度と彼女に触れるでないぞ。」

 「寝言いってんじゃねぇぞ。ファミアは人だ。俺の、嫁だ!」


 奇跡とは何だ、これは運命だと叫びかけた声は必死で押し止めた。

 

 「もういいだろ、見たなら帰れよ。」


 女を前にするといつもこの調子な父親にうんざりし、来た早々追い帰そうとするナウザーに対して、ランサムは呆気なく頷くと立ち上がった。


 「そうだな。急いで帰らねばテレジアが待っていたのだった。」

 「ちょっと待てっ!」


 くるりと踵を返した父親の腕をナウザーはさっと引き留め、恐ろしい殺気を放つ眼差しで睨みつける。が、ランサムは同じ視線を返し恐れは抱かない。


 「なんだ、私は急いでいる。」

 「なんでファミアを連れて行こうとする?」


 指摘通りランサムの左腕にはファミアが抱えられていた。ランサムは息子の腕を難無く弾くと腰の剣をさらりと抜いて切っ先をナウザーの喉元に触れさせる。ファミアからは悲鳴が上がるがランサムの体が揺れることはない。


 「ナウザー!」

 「遅いぞナウザー、一瞬の油断は命取りだと教えただろう?」


 ニヤリと笑う父を前にナウザーは丸腰だ。腕を一本失ってより、竜騎士相手に戦いで勝てる可能性も同時に失っていた。竜騎士は本来剣ではなく長槍や弓を武器として戦うが、剣をとっても一般の騎士らに劣るわけではない。


 「明後日、披露宴を開く。当日までお前は不要だ。遅れてこい。」

  

 冗談ではなく本気で向けられる剣に手出しができない。披露宴、なんだそれはと問う前にランサムは素早い動作で小屋を出ると、ファミアを抱えたまま低空飛行してきた竜の足につかまる。後を追って飛び出したナウザーに竜の羽ばたきが風圧となって押し寄せた。


 「きゃぁぁぁっ!」

 「ファミアっ!」


 ファミアを抱えたまま一回転したランサムが竜の背に飛び乗った。現実についていけないファミアだが驚きと恐ろしさで悲鳴を上げる。目の前で妻を連れ去られたナウザーは怒り心頭だが、竜に飛ばれては手も足も出なかった。


 「大丈夫、すぐに追うからな!」

 「明後日でいいぞ!」

 

 ランサムがファミアに危害を加えることはない。安心させようと上げた声に父親が返す。速度が速い雄の竜はナウザーの視界から瞬く間に消えてしまった。


 飛び立つ竜の翼越しにほんの一瞬だけ小さくなったナウザーの姿が見えた。何が起こったのか分からないファミアは、義父を名乗る男に支えられ竜の背で状況を把握しようと懸命に頭を働かせる。本当に義父なのか、確かにナウザーが父と言ったのだから間違いないだろう。けれどこの状況はいったいなんだのだ。脇に抱えられたと思ったら一回転して竜の背中だ。義父の驚くべき運動能力に気が向かないほど混乱している。もしかして誘拐されたと一瞬考えたが、披露宴という言葉が聞こえ、ナウザーには明後日来いと言っていたのがようやく頭に浸透してきた。


 「強引なことをして悪かったね。だがこうでもしなければナウザーは戻ってこない。許してくれるかい?」

 

 たった今ナウザーに剣を向けた義父は耳元で優しく語ると、竜の背で強風を受けているにもかかわらず器用に上着を脱いでファミアに着せてくれた。夫以外の温もりにファミアは戸惑う。


 「あの、彼は―――」

 「明後日で構わないんだけどね、君を追って今日中には追い付いてしまうだろう。」

 「お義父さん?」


 怒涛の様に賛辞を告げた義父はどこへやら、急にまともになった彼にファミアは更に戸惑った。


 「これからの為にもお義父様と呼んでくれるかな?」

 「お義父様―――」


 鞍のない竜の背で膝を曲げた義父の上に座らされ体を密着させている。義父といっても見知らぬ人同然だ。人見知りと恥ずかしさとで身をよじるファミアを太い腕がしっかりと拘束した。ナウザーと騎竜したときにもここまで密着していない。あの時は鞍とベルトのお蔭もあったが今回はそれがないのだ。仕方がないとはいえあまりにも自然な動きに、義父は人を乗せ慣れているのだと感じ取った。


 「森へ、彼の所へ帰してくれませんか。」

 「そうしてやりたいのだが、家の事情もあってね。妻が待っているんだ、会ってくれるかい?」

 「お義母様、ですか?」


 その通りだと、順応性のある娘に義父は満足そうに頷いた。


 「こんな風に連れてきて不安に感じるのは最もだが、竜騎士の家系として君たちの結婚を披露しなければならない義務がある。既に書類は提出されているので式は省略させるが、定めとして従って貰えると助かるよ。」


 頼まれているようだが強制だ。そうでなければこんな風にしてファミアを連れ去る必要もなかっただろう。恐らくナウザーは拒絶する。だからそれを見越してファミアを攫ったのだ。

 喧嘩したばかりだ、それも酷いこといってしまった。グルニスや義姉のことはナウザーに全く関係がないのに、自分の感情にナウザーを引き込んでしまった。面倒な妻だと思われているのではないだろうか。彼の事だからそんな訳がない、でも―――と、ファミアの中で二つの思いが入り乱れる。


 暗い影を落とすファミアにランサムは笑いかけた。剣を抜いたり手荒にしたりと一見乱暴な人だが、ナウザーと同じ漆黒の瞳はとても優しい。飛び降りることもできないし、竜に話しかけてお願いするのは秘密の露見もあるのでもってのほかだ。


 「お義父様も寒いはずなのに、外套をありがとうございます。」

 「構わないよ、無理やり連れてきたのは私だからね。それに十分着込んでいるし鍛えてもいるから大丈夫だ。」


 前回乗った時よりもはるかに速度の速い竜に驚くが、義父がちゃんと腕を回して体を支えてくれているので恐怖はあまりない。ただ羞恥はあるが鞍もつかまるベルトもなく、怖くて離してくれとは言えなかった。それでも大きな集落を眼下に望み、見知らぬ世界へつれて行かれているのだと知って体に力が入る。


 「落としたりしないから大丈夫だよ、安心して体を預けてくれ。」

 

 そう言った義父は騎竜に慣れないファミアを気遣い、気を反らす意味も含め話をしてくれた。テレジアという名の母。ナウザーより三歳年上の兄リュートは城で働き、三歳年下の弟シアルは医学者で独身なのだそうだ。リュートには十四歳になる息子と十二歳になる娘がいて、二人ともナウザーの事は覚えていないらしい。十年前に竜守りとなり家族と疎遠になったナウザーを思うと、自分と重ね、ファミアは彼と喧嘩をしたのをとても後悔した。

 

 



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