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見にいきました

お待たせして申し訳ありません。


本日の更新は、3話目の改稿とあわせての更新で、こちらは更新の(2/2)となります。

3話目の内容を変更しておりますので、そちらからお読みいただくことをおすすめいたします。

「これは、どういう状況かしら?」


目の前にずらりと並んだ馬車の列に、複雑な感情と少々の困惑を抱え、口をついたのはそんな言葉だった。



(セント)ラルース学園は貴族の子女が多く通う学校なので長期休みは社交シーズンにあわせて実施される。

そのため、社交シーズンへの準備などで長期休みを前の約一月は多忙を極める。

例えば、正門には各家の呼んだ仕立て屋の馬車が列を成すし、令嬢方は流行のドレスの型や最新の髪飾りといった情報を取り込もうと、一部では諜報機関に依頼を出すものまでいる。

貴族にとって大事なこの時期は、学園も事情を慮って通常は各一人しか受け入れない侍女を複数受け入れる体制をとったり、家族の面会許可を出したりする。

相当数の人間が学園に入ることになるのだから学園側も管理や安全維持のため多忙となるのである。



しかし、今回イルヒナートはまだ仕立て屋を呼んでもいないし、手配したという知らせも公爵家から受けていないにもかかわらず、寮から出ようとすると寮監の講師から馬車止めに来客の報せを受けた。

本来なら面会が制限されているだけにそのように簡単な報せで学園側も面会を許さないのだが、時期が時期だけに断りきれなかったのだろう。

そして馬車の列が出来上がったらしい。


「お嬢様、確認いたしましたところホエルスト侯爵家を筆頭に伯爵家、子爵家の使いのようです。シーズン前の婚約破棄でございましたのでエスコート役への自薦のようです。」

「あらまぁ。学園までいらして自薦とは、皆様行動力がおありになるのね。」


その心意気やよし。とは思えど、イルヒナートは公爵令嬢である。

故に、社交界での交流には公爵の思惑が優先されるので、自薦他薦を問わずエスコートを受け入れることも拒否することも出来ない現状は大変好ましくない状況だ。

普通なら学園側も面会禁止を盾にこんな自体にはならなかったのだが、時期が悪かった。

どうしようかと悩んでいると、あらお困りなの? と聞きなれた声が聞こえた。


「ごきげんよう、リョフー。女子寮の馬車止めに来るなんて珍しいのね?」

「ナストスク先輩に引っ張られたのよ。この時期って指導部が多忙を極めているでしょ? 騎士の家系なら貢献しろって言われてしまったわ。」

「あら、大変ね。でもそのおかげで私は助かったわ。」


そのようね。とにっこり笑ったリョフーはあっという間に馬車止めを空にしてくれた。


「流石ね、リョフー。」

「私はたいしたことはしてないわよ? いわばシュクレヒト家の威光かしら?」

「お父上は現副騎士団長で、騎士候から子爵に陞爵(しょうしゃく)されたのだったわね。」

「よく覚えているわね。流石はイルヒ。」

「ありがとうございます、リョフー。」


やはり『流石はリョフー』だと思う。

なぜなら騎士団は世襲制ではないし、そもそもシュクレヒト家は子爵家だ。

馬車止めにいたのは侯爵家を筆頭とした家だったのだから子爵家の威光だけでは退けることも難しい。

だから、流石はリョフーだと思う。


「リョフーは嫡男で子爵家の継嗣ですし、剣の腕に秀で騎士団長も近衛隊も一目置くと聞いているわ。王族の覚えもめでたいリョフーだもの、やっぱり『流石はリョフー』だと思うの。ありがとうございます、リョフー。貴方のおかげで助かりましたわ。」


にっこりと笑顔でお礼を言えば、ちょっと目を見開いたリョフーは照れくさそうに視線を泳がせたあと、ふぅと息を吐いて、イルヒには負けるわぁ。と呟いた。


ーーー今って勝ち負けの話でしたか?




さてさて、そんな騒動が朝からあった日。その日は長期休み開始ちょうど一月前であり、それと同時に期末考査の考査範囲発表の日でもあった。そう、この学園には期末考査が存在する。


『薔薇の密約』は、乙女ゲームのなかでもプレイヤーがステータスを上げていく必要性がある、恋愛シミュレーションと育成ゲームの両面を持ったゲームだった。

上げねばならないステータスは、攻略対象によって異なっていたが総じて『学力』はほぼ必ず必要になる。そのステータスを劇的に上げてくれるのが中間、期末の二つの考査だった。

貴族学校でありながらテストがあるというのは、いかにも『日本のゲーム』な気がしてなんだか懐かしく感じてしまう。

そして懐かしく感じるもう一つの要因は、その考査範囲が講師棟ーーいわゆる職員室などの教師が使用する部屋のみが存在する建物ーーに張り出されるということだ。


「考査の範囲を張り出すというのは、なんだか古風ですわね。」


そんな会話を交わしながらシエスタと一緒に講師棟までの石畳をゆったりと歩む。

考査の範囲などいっそ紙片に書いて配ってしまったほうがずいぶん楽な気がするのだが、何分学生側が多忙なため授業に出ない生徒もちらほら存在し、一斉配布という手段がなかなか取れない。

配布のみという形を取ると学園側にも考査範囲を確実に知らせなかったとして抗議が来る可能性さえあるのだから、学園側も慎重を期して自主性を重んじる掲示という形をとることになったようだ。

そして大事な考査ということで、多くの人間が範囲を確認に訪れるが生徒本人が直接確認に足を運ぶことはほとんどない。

それもそのはずで、爵位持ちの生徒は大抵が侍女や侍従を従えているから本人が出向く必要性がない。

当然イルヒナート付の侍女であるシエスタも確認に行こうとしたが、イルヒナートは自分で行くと言ってシエスタを自分の側から離さなかった。

講義終了後、講師棟まで行くとイルヒナートの考えた以上に人だかりが出来ており、ほんの少しだけげんなりとした気分になった。

しかし、公爵令嬢であるイルヒナートに気付くと、どこかの賢者が海を割ったかのように人垣が割れていくので考査範囲を確認するのに苦はなかった。

ちなみに杖を持ったり、天に祈りを捧げたりもしていないが、自動で割れて私が通り過ぎると自動的に元に戻るという現象は、少々離れてみていれば、いかにもな絵面になったに違いない。

掲示の正面を確保し自分が必要とする科目の考査範囲を確認していると、背後で人の動く気配を感じた。

基本的に考査範囲を確認に来る人間は侍女や侍従なので、イルヒナートのように一斉に人垣が割れるようなことはそうそう起こらない。

起こらないが、聞こえてきた名前に私も一緒に海にならなければならなかった。もちろん掲示板の前から避けましたよ。海的な感じで。

しかし、そこは賢者ではなく王子様。

数日振りに見た見事な金髪の美青年は、海的な避け方をした私の前に流れるような所作で立ち塞がった。

そこは賢者のように通り過ぎてくれたらよかったのです。そうしたら波が引くように自然な退場が叶ったと思います。


「相変わらずまめなことだな。」


私の目の前に複雑な表情で立つ金髪美青年が口を開いた。

すごく複雑な表情をしておられますが、同じくらい複雑な表情をしている自覚があります。

ーーーそもそも私は以前から考査の際はシエスタを伴って毎回この掲示を確認に来るのです。以前は殿下と連れ立ってきたこともありましたから覚えていらしたのでしょう。だからこそのお言葉だということは理解できますが、なぜ貴方はお一人でこちらにおられるのでしょうか。リルシアさんは一体どちらに? こちらに来る可能性なら殿下よりリルシアさんの方が高いと思っていたのですが?

などという内心はきれいに覆い隠して、にっこりと笑顔を浮かべる。

殿下の言葉に恐縮の意を表し、臣下としての礼をとると、殿下の柳眉がピクリと反応した。


「あれから、10日ばかりしか経っていないというのに…」


そうつぶやいた殿下の言葉は、後半を聞き取ることが出来なかった。そして、それでいいと思った。

何か言いたげな視線を向けていた殿下だったが、イルヒナートに聞く気がないことを察したのかそれとも見切りをつけたのか定かではないが、その視線は考査範囲の張り出された壁へ移動した。

視線が外れたことで、詰めていた息をつくことができた。しかし、息がつけたことで息を詰めていたことに気付いたイルヒナートは自身に驚きを感じていた。

不意打ちでの殿下との遭遇は思った以上にイルヒナートに重圧をかけていたようだ。

10日ほどしか経っていないというのに立ち位置や心持が思いのほか大きく変わっていたことがその大きな要因だろう。



考査範囲の張り出された壁を眺める見慣れた背中にイルヒナートは何気なく視線を向けた。

黄金にも劣らない輝きを放つ金糸の髪、長身ではあるがまだまだ大人というには華奢な身体。それでもイルヒナートに比べれば大きく広い背中。

好きじゃなかったわけではない。幼馴染といって差し支えのない時間を共に過ごし、これからも共に過ごしていくんだろうと思っていた。

ーーーーーー10日前までは……

そんなイルヒナートの視線をアルフレッドもまた感じていた。しかしアルフレッドの感じる視線の中に10日前まで確かにあった熱は感じられなくなっていた。

アルフレッドが視線を壁に向けながら全神経を背中に向けていると、イルヒナートの視線がおもむろにアルフレッドの背中からはずされた。


「……………………」

「シエスタ、書き留めていただけましたか?」


もちろん。と返す優秀な侍女に頷くとイルヒナートはアルフレッドに辞去の言葉を告げた。

10日、正確にはリルシアと共に対面した応接室以来のイルヒナートとアルフレッドの邂逅はあっけなく幕を下ろした。



わかっていたことだった。

去って行くイルヒナートの背を見送るアルフレッドは心中を言葉に出来ずにいた。

ただ、人垣の中から向けられた視線に一つ頷くことで返し、彼女の姿が見えなくなる前にその身を翻した。

お読みいただきありがとうございました。


誤字・脱字等発見されましたら、ご連絡いただけると助かります。

今後ともよろしくお願いいたします

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