お茶しました
更新が開いてしまい申し訳ありません。
拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸い
※7月5日更新(1/2) 改稿していますので、こちらを先にお読みください。
また、更新時に差し替えを行い、前回更新の3話目を変更・加筆し次話と分けたため短くなっています。あらかじめご了承ください。
あの呼び出しから一週間が経ちました。
おおむね、平和。
私的には平和。視線と視線と視線と悪口、無視くらいでしたので平和でした。
主に王子派の皆様方から冷たい空気を感じましたので、積極的に回避の方向を取らせていただきました。
前世と違って封建制度第一の社会ですから、言いたいのなら言わせておいて痺れを切らして実力行使に出るのなら排除します。
ーーーってこの考え方って悪役令嬢みたいですね。私、中途退場なのに…
今は物語の半ばほどの時期。本来なら主人公ーーリルシアがアルフレッドと仲を深めていく時期で、悪役令嬢だったはずのイルヒナートのひどくなる苛めをかいくぐりつつイベントを進めたり、逢瀬を楽しんだりする。なので今後は学園でも社交界でも多くの行事がある。
これには当然イルヒナートも参加しなくてはならない。
二人に関わりたくないイルヒナートにとっては苦行を強いられることになりそうだった。
特に気を配らなければならないのが、約一月後に控えている社交シーズンの到来である。
そこで開いたのが今回のお茶会だった。
社交シーズンには、夜会はもちろんお茶会も多く開催される。
ダンスパーティーを主とする夜会は華やかで毎夜のごとく開催されるが、有用性に主眼を置くとお茶会の方に比重が傾く。
そこには、各家の姻戚関係や現在の交友関係などが如実に反映されるからだ。
それは周囲からの自分の評価も知ることが出来るという側面も持っている。
それにより今回のお茶会を開催する運びとなった。
正直なところ今回は殿下との婚約解消も相まって、人の集まりは少ないと予想をしていたが、予想をはるかに上回る出席率だった。
王子派の令嬢の参加が少ないのはもはや仕方がないとしても、他の方も他家の目を考えて自粛されるかと思っていたのだがーー
「そこはやはりウェルズワース家のお名前とお嬢様の人徳と言えましょう。」
お気に入りの紅茶を注いでくれたシエスタはにこにこと上機嫌に笑っていた。
私の小さな呟きからすぐに手配を始めた有能な侍女は、日程は、招待状は、と矢継ぎ早に私の日程にお茶会を織り込み、会場、資材、人を押さえて回り、呟きから数時間後には今日のお茶会の予定が組みあがっていた。
そんな功労者のシエスタは場を整えた後、さぁお嬢様の出番です。と言わんばかりの笑顔で私をお茶会に引っ張り出したのだ。
笑顔が引きつるかと思った。いえ、思っただけですが。
結果から言えば、今回のお茶会は大成功だった。
侯爵家、伯爵家の令嬢方も大いに楽しんでくれ、子爵家、男爵家の令嬢もゆったりとお茶をしておられた。
中には、侯爵家や伯爵家の令嬢が同伴した招待状のない令嬢もいた。
特に一学年先輩のトイニスト・ナストスク様や、同学年のリョフー・シュクレヒトは、ぜひ今お茶会に招待したい人物の筆頭として名前が挙がる。
この二人がお茶会に姿を現したのは私にとって僥倖となった。
二人に気づいた私が主催者として出迎えると、当たり障りのない話でしばし歓談する。方々から期待と伺うような視線が寄せられたのでお茶会が恙無く進むよう、二人とお話をしたがっていそうなご令嬢の元に二人を案内した。
そのときに話題を提供することも忘れない。
二人は有名人なので、淑女の皆様方が萎縮してしまわないようにさりげない気遣いも見せておくのが良い主催者の配慮だろう。
そこかしこで会話の花が咲くと、お茶会の雰囲気も和やかなものとなり楽しいひと時はあっという間に過ぎていった。
三々五々に人が捌けてくるとお茶会も片付けに入る。
シエスタがてきぱきと片付けの指示をしているのを眺めていると、ナストスク先輩とリョフーがこちらへやってきた。
「お茶会の間はなかなかお話できなかったから、来ちゃったわ。」
今お話しても大丈夫かしら。と訊ねてくるのは同じ学年で友人のリョフー。女性みたいな話し方が特徴的だ。
二人を立たせておくのは申し訳ないのでシエスタに一声かけてお茶会のテーブルの一つをすすめる。
席に着くとリョフーが身を乗り出してきた。
「ああいった公式の場では聞きにくいし、他の耳目もあるから我慢したんだけど、あのお話の真偽を聞きたくってね?」
リョフーの言うあのお話とは、もちろん私とアルフレッドの婚約破棄の話だ。
一週間も経つと元の話に尾鰭も背鰭もついて、いっそ清清しいくらいに原型がわからなくなっている。
噂好きな貴族階級の皆様にいいように弄ばれた結果の噂が、リョフーの態度の原因だろう。
「それで、本当のところどうなのかしら? 」
きらきらと色素の薄い碧い瞳を煌かせて恋愛話をねだっているが、若干つり上がった切れ長の目の印象から、何かを企む狐のような印象を受ける。実際のところは悩み事の相談等には特に親身になってくれる方なので、印象で損をしていると思う。
しかし、リョフーの期待するような壮大な恋愛話はないので私には苦笑いしか出来なかった。
「……リョフー、あまり個人の事情に口先を挟むものではない。男児たるものもっと思慮を持て。そして口を慎め。」
私の態度を気遣ってか、詰め寄ろうとするリョフーを険しい顔と口調で諌めたのはナストスク先輩。
ちなみに険しい顔といっても先輩は普通にしているのとほぼ変わりなく、ほんの少しだけ眉間に力が入っていたくらい。基本的に無口無表情で、もともと眼光が鋭い方なのだ。
「あら、本気で言ってないですよ? 婚約破棄ということだったから何方かが面白おかしく脚色されたんでしょう。イルヒ、あなた噂の中では悪役令嬢になってたわよ。『男爵家の令嬢などに公爵家を貶められるなんて屈辱ですわ!』みたいな、ね? 」
噂で聞いた台詞を口にしてけらけら笑う彼は完全に面白がっていて、イルヒはそんなこと言わないわ。と断言した。
ナストスク先輩は隣で笑う彼に、不謹慎だろう。と諌めるような視線を送りつつも言葉には同意のようで小さく頷いていた。
ひとしきり笑ったリョフーは、テーブルの上にぐっと乗り出すと声を低め、口の横に手を当てて囁いた。
「…それで? イルヒは大丈夫なの? 」
がらりと変わった雰囲気と口調、笑いに潤み始めていた瞳にも真剣な光が宿り私の一挙一動を見逃すまいという思いが感じられた。
方々から投げられる影口や悪口、無視、醜悪な噂。そのほとんどが殿下との婚約破棄に起因している。
思いがけないリョフーの態度から目を逸らすようにして先輩を見れば、彼も同様の眼差しで見つめていた。
「リョフー、それにナストスク先輩もご心配痛み入ります。ですが、この度のことは今後のことを真剣に考えた、私自身の決断です。整理はついておりますわ。」
「…そうなの。でも、辛かったらきちんと言ってくれていいのよ? お友達なんですから。」
「ありがとうございます、リョフー。」
心配そうな視線を送ってくるリョフーに小さく微笑んで、大丈夫だということを再度伝えれば、それならいいのよ。と、にっこり笑ってくれた。
ナストスク先輩は、こちらの言葉の真意を探りつつも頷いてくれたので、気遣いいただいたことに感謝しつつ僅かながらも心労をかけたことに申し訳ない思いだった。
それからシエスタがあらためてお茶を入れてくれたので、それを楽しみつつしばし歓談し二人は帰っていった。
二人の背を見送り、シエスタを筆頭とした侍女たちの片付けの様子を見るべく踵を返したイルヒナートの背に視線を送る者がいた。
彼女はその視線に気づきつつ、あえてその視線の主を探ることはしなかった。
シエスタ イルヒナート付きの侍女。
リョフー・シュクレヒト イルヒナートと同学年。女性的な口調が特徴。顔の印象が狐っぽい。
トイニスト・ナストスク 1学年先輩。無口無表情。眼光が鋭い。
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お読みいただきありがとうございます。
遅筆で亀更新ですが、頑張りますのでよろしくお願いいたします。