前世を思い出しました
初投稿です。
よろしくお願いいたします。
鮮やかな緑の葉に包まれ、優しい色彩を放つ薔薇が咲き乱れた、聖域の庭。
白い玉砂利が敷き詰められたアプローチの脇には、赤褐色の煉瓦に縁取られた白や黄色の小花。その奥にひっそりと佇むガゼボは、つるりとした光沢を放つ石から削りだされた石柱が四隅を支えている。
眩いばかりの陽光を優しく遮る屋根の下には、一枚の絵画に描かれているような美しい男女が寄り添って立っていた。
唇も触れんばかりの距離で寄り添う二人。
片や、黄金にも劣らない輝きを放つ金糸の髪に、絶妙なバランスで配置された翡翠の双眸と、すっと通った鼻筋、高貴な口元の容貌を持った、長身ではあるがまだ少年のあどけなさが抜けきらない美青年。
片や、白金にも見間違うピンクゴールドの真っ直ぐな髪をさらりと背中に流し、印象的な大きな蒼い瞳を持つ可愛らしい容貌の華奢な美少女。
青年の腕は少女の腰に回され、まさに恋人同士が一時の逢瀬を楽しむような淡い色を感じさせた。
「……薔薇の、密約。」
自身の口から零れ落ちた言葉に息を呑む。
その瞬間に脳内に流れ込んだのは、膨大な量の知らないはずの知識。
かちりと音を立てるように脳内の違和感が収まって。
私の足は、二人のいるガゼボへとアプローチに踏み出した。
敷石を踏んだ音に気づいて二人の視線が振り返る。
青年、アルフレッド・ステラルート・アスティリカは、この国、アスティリカ王国の第3王子殿下で、私の婚約者。
少女は、この聖ラルース学園の転入生にして、この世界、私の前世において乙女ゲームと呼ばれる恋愛シミュレーションゲーム『薔薇の密約』のヒロイン、リルシア・フェルリだ。
ーーーーそう。彼は、『私』の婚約者だ。
その彼が、私以外の女性と密着している、というわけだ。
婚約者として、いやいや『私』として、これは確認しておかなければならないだろう。
私が近づくとアルフレッド様は、リルシア様を庇うかのように一歩前に出てにこりと本心の見えない笑みを浮かべた。
二人の前で足を止めた私は、きっちりと淑女の礼をとって切り出した。
「ごきげんよう、アルフレッド様、リルシア様。お二人はこちらで何をしていらっしゃったの?」
「やぁ、君こそこんなところでどうしたんだい?」
アルフレッドの指摘したとおり、二人のいるガゼボは普段、人が通りすがるようなところに立地していない。
庭園内の少々奥まったところにあり、ご令嬢方がこの近辺にやってくるのはせいぜい休日の、しかも人には聞かれたくない話などをする、秘密のティータイムを楽しむためなどに使用されることがほとんどだ。
本日は平日。しかも授業を終えてからそう時間は経っておらず、貴族のご令嬢方ならまだ教室に留まっていておかしくない時間帯だった。
ゆえに、アルフレッドの疑問も当然のものだった。
「あら、質問に質問を返されるなんて、失礼ながら少々無粋ではありませんか?」
「…」
小首をかしげながら、改めてアルフレッド様の碧の双眸に視線を合わせると、その瞳にちらりと憎憎しげな光が垣間見えた。
口をつぐむアルフレッドからは、無言の威圧が感じられる。
「私はお二人が会われることに異議を唱えているわけではないのですが…」
ふう。と視線を落として小さく息をついた。
動かない二人が、私のついた息にピクリと反応を見せたが、それは今の私にとっては些細なこととして思案に暮れる。
会っていただけではないことはわかっていたことだ。
アルフレッドの心がリルシアに傾いていることも、リルシアが私の婚約者であることを承知の上でアルフレッドに好意を持っていることも。
わかっていて認めたくなかった『私』のしていたことも。そしてそれを、まだ物証はつかんでいないもののアルフレッドが知っていることも、『今の私』は知っている。
あきらめたくない私と、無関心な『私』。どちらも私で、私じゃないみたい。
ぐるぐると考えていると、ついさっきやってきた知識の洪水のせいで、なんだか頭が痛くなってくる。
その中で、私と『私』が思うこと。
「…まだ、中途なのに…」
吐息のような声は、目の前の二人には届かなかったようだ。
でも、もういい。
だって『知っている』。
だから、もういい。
心の整理なんてできてない。でも、知ってしまったからには『認められないし』『認めたくない』。
この世界を理解しているけど、『納得』できることはないと思うから。
「アルフレッド様、出来ればお答えいただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「…ああ。答えられることならば…」
「では、お聞きいたします。アルフレッド様は私との婚約をいかがお考えですか。」
アスティリカ王国第3王子であるアルフレッドと、ウェルズワース公爵令嬢であるイルヒナートとの婚約は、8年前に両家の意向で決められたもの。
以後、婚約者としてあった以前のイルヒナートはアルフレッドに好意を抱いてきたが、学園に入りアルフレッドは自分が好意を抱く女性を見つけたのだ。
政略結婚が常の貴族、王族とはいえ恋愛結婚が皆無なわけでもない。
アルフレッドが強く望めばそれも叶ってしまうだろうし、イルヒナート自身、それを妨害する意志は既にない。
無言を貫くアルフレッドは、自分の立場はもちろん。公爵家令嬢であるイルヒナートを邪険にした際のデメリットを考えたのだろう。無表情の奥で不快さを含んだ眼差しがイルヒナートに向けられていた。
そんな視線を感じてしまえば、覚悟も決まる。やはりと思う心が大勢を占めたが、その一方で落胆を感じずにはいられなかった。
覚悟が決まり、背筋を伸ばし、自分の矜持でもって宣言する。
こちらを伺う二人に真っ直ぐに視線を向ける。
「もう、結構ですわ。殿下、本日を持って私、イルヒナート・ウェルズワースは殿下の婚約者を辞退申し上げます。」
にっこりと、満面の笑顔で、最上級の礼をもって。
制服のスカートの端を持ち上げ、深々と礼をとる。
「父には私よりご報告申し上げますわ。お二人にはご迷惑をおかけいたしました。では、私はこれで失礼いたします。」
辞去の言葉を告げると、二つ手を叩く。しずしずとやってきた女生徒たちと私付きの侍女にも声をかけ、ぽかんとする二人は放置して学園へと戻ります。
ええ。実はいたんですよ。ほかの方。
なんせ、ゲームで言うなら中盤。中途も中途なのです、あの場面。
本来なら、あのあと少し話して殿下は去っていき、そこに私ことイルヒナートが登場してリルシアさんをいじめるんです。
そう、私。悪役なんですよ。生粋の悪役令嬢。第3王子の婚約者にして、公爵令嬢。気位の高い我侭令嬢役なんです。
でも、前世も含めれば精神年齢倍くらいの人間が、成人もまだの子供いじめちゃ駄目でしょう。
良心の呵責も半端なければ、やりにくさも相当です。正直、演じきることも出来そうにありません。
そもそも、第3王子は容姿はめちゃくちゃいいですが、『今の私』のタイプじゃないのです。
と、いうような理由で申し訳ないのですが、一身上の都合により舞台を降板いたします。
「中途で申し訳ないのだけれど、あしからず」
二人には聞こえないとわかっていてつぶやいた。
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イルヒナート・ウェルズワース 主人公 前世日本人の今世悪役令嬢。ウェルズワース公爵家令嬢。
アルフレッド・ステラルート・アスティリカ アスティリカ王国第3王子。
乙女ゲーム『薔薇の密約』主要攻略対象者。
リルシア・フェルリ フェルリ男爵家令嬢。乙女ゲーム『薔薇の密約』ヒロイン。
お読みいただきありがとうございました。
思いつきのお話ですので、荒が目立つと思いますが頑張って更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。