焼けた喉
ピッピッピッ、と一定の間隔でなる機械の音だけがこの白い病室に響いていた。
ベッドの上で横たわるのは自分の相棒でもある少女だ。
一切加工を施していない黒髪は胸元までの長さを常に保っていて、閉じた瞳は長い睫毛をこれでもかと主張していた。
何故少女がこんな状態なのかと問われれば、語れるのはベッド脇のパイプ椅子に座る男だけだろう。
茶金に染められた髪の首に付けられたチョーカーなどから、素材のみの少女とは違う存在のようにも見えるその男。
少女の小さな白い手を両手で握り、項垂れるようにしてそこから動かない。
少女は十代半ばで男は成人したばかりと僅かな年の差がある。
そして二人の関係性を表すのはベッドサイドの棚に置かれていた。
二つの代紋。
林檎に蛇が巻き付いたその代紋は、決して日本にある組織のものではなかった。
日本でいうところの極道であり、海外でいうところのマフィアに所属する二人が持つのはその証である代紋のバッチ。
二人は日本人であるが残念なことにそこは日本ではなかった。
日本人である彼らが海外まで出てマフィアに所属する理由は、それぞれ違い別のものを抱えていたからだ。
少女は居場所を失い、たまたま日本に息抜きに来ていた組織の頭が拾ったからであり、男の方は同じ頃に喧嘩の腕を買われて入った。
そして二人が仕事で組み、数回の成功の後今回初めて失敗を経験したのだ。
自分達の組織の積荷を横流しする連中がいるとのことで、他の面々と共に始末をしに行った時のことだった。
捕まるくらいなら殺されるくらいなら、と爆弾を抱えた者が現れてその爆発に巻き込まれたのが少女。
近くにいた仕事仲間を庇い前に出たせいで、思い切り爆風に飛ばされ熱風を吸い込んだせいで喉が焼かれたのだ。
意識は昨日のうちに戻ったが、身体の火傷や傷が酷いため退院の目処は立たない。
ぱち、と少女の目が開く。
白い天井を見つめて右へ左へ、そして横の男へ。
項垂れているため男の顔は見えずにつむじを見せられる少女は、ベッドのスプリングを鳴らしながら痛む体に鞭を打って起き上がる。
男が顔を上げて体を起こした少女と目が合う。
顔は一切怪我を負っていない。
それは少女が反射的に顔を守るようにして腕で守ったからだ。
万が一にも失明などとなれば、一生闇しか見えなくなるのだから。
にこ、と笑いながら顔を傾ける。
白い病室には少女と男しか居らず、聞こえて来るのは少女の横の機械の音のみ。
少女は喉が焼けた為喋れない、男は喋る気が無いのか黙って下唇をかんでいる。
握られていない方の少女の手が男に伸びて唇に触れる。
ふにふに、と上唇をつついては左右上下に撫で付けた。
少女がとういう意図を持ってそんな事をするのかわからない男は、ゆっくりと結んだ唇を開く。
それを見て少女は男の唇の片端を持ち上げて、男に向かって微笑んだ。
ぱくぱくぱく、と金魚のように小さな口をくり返し動かす少女を見て、男はその動きを読み取るために口元を見つめた。
ぱくぱくぱく、ぱく、同じ言葉を数回ずつ繰り返して意味を紡ぐ。
『大丈夫、私は大丈夫。笑って』
大怪我をした人間とは思えない眩しい笑顔。
パジャマの奥からチラチラと覗く白い包帯には、血が滲んでいて痛々しさすら感じさせるのに少女自体はそんな事を微塵も感じさせないのだ。
男は握っていた少女の腕を引く。
チラリと見えた包帯から目を背けそっと口付けをする。
少女の喉奥から声にならない驚きが聞こえた気がした。