04 潮騒にまぎれて……②
やられた。
気づいたら、時既に遅し。時計の針は取り返しの付かない角度へと回転している。
世は無常。時間は決して逆回りには回転しない。ゆえに過去の失敗を覆すことはできない。
そうして、人は後悔し、昨日を悔やみ、明日に希望を求めるのだ。
数分前。買い出しと称して駅からそう遠くない距離のスーパーに車を止めたのだが、俺たちが飲み物を選んでいる最中、赤飼はずっとそわそわしていたかと思うと、「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるわ!」などと言い残し姿を消したのだ。
そうして届いた一通のメール。内容は俺を絶望の淵へと立たせるようなものだった。
俺は届いたメールの文面を凝視していた。
FROM:赤飼
件名:スマン!!
本文:『俺は急に腹が痛くなったから帰ることにする。車はそのまま貸すから二人で楽しんできてくれ。PS車には何も怪しいものは積んでないから安心して満喫してくれ。本当に何も仕込んでないから絶対に気にするなよ。俺とお前の仲じゃないか。親友を疑うなんて絶対に人としてやってはいけないことだぞ。分かったな! 分かったよな!』
あの野郎……、バックレやがった……。
ヌッと俺の横に顔を出して文面を眺める黒宮。僅かに漂う女の子の香りに俺の心臓はドクンと高鳴り始めていた。
「あら、これは好都合……もとい、残念ね。でも、運転は白里くんができるんでしょう? お願いして良いかしら……?」
先に戻ってエアコン点けといて、と渡されたキー。……クソっ、そういうことだったのかよ……ッ!
どうやら、これは仕組まれていたのかもしれない。赤飼が下心で二人きりにさせたのかもしれないし(おそらく盗撮目当てだ)、黒宮が仕込んだのかもしれない。
とにかく、はっきりと分かることは絶望的なシチュエーションだということだ。
「どうする……? もう帰るか?」
「あら、それなら寄り道しましょう? ほら、あそこ見て……」
見たくないんですけど……。
そんな胸中だが、指さされれば視線はそれを追ってしまうものだ。そして、その先には……。
お城がある……。というよりかは、お城を模した建物というべきか。
……ていうか、包み隠さず言えばあれである。
「ラブホじゃねえかッ!?」
「あら、何を期待しているの? 私はあそこでカラオケでもしましょうと、そう言っているだけなのだけれど」
「お前がそれだけで済ますように思えないから怖いんだよ」
「ふふ、あら怖いわ白里くん。女の子と密室で二人きりだなんて、どんな妄想をしているのかしら。私、そんな軽い女じゃないのだけれど」
何故か淑女振る黒宮だが、気を許せば手遅れだ。一瞬の油断は命取りとなる。
しかし、帰るのを強要すればコイツは強硬手段を選ぶ可能性だって低くはない。というか、たぶん、メチャクチャ高い。
穏便に済ませるには、やはり海に行くしか……。
だがしかし、考えてもみろ白里光路←本名。
海に行くという展開そのものにエロスがあるか……?
エロ展開を目論んでいるのが黒宮だとして、必ずしもそうなるとは限らないのなら、敢えて従うのもまた一つの真理ではなかろうか。
従った先にあるのは水着姿の黒宮。だが、仮にも公衆の面前だ。先程もそうであったように、アイツはそこまで過激な行動はとれないのではないだろうか。
そうであれば、逆に海に行くほうが賢い選択ではなかろうか。
そうだ。海に行けば必ず貞操を奪われるというわけではない。むしろ、そんなチャンスは少ないはずである。
であるならば、海へ行くほうが生存率は高い。それを断って黒宮の機嫌を損ねるほうが危険性は高いのではないか。
よし、それじゃあ、覚悟を決めろ。
俺は行く。海へ! それしか道はない!
そんな俺の決意を尻目に、黒宮が薄い笑みを浮かべていたことなど、俺には知るよしもなかったのだった。