03 潮騒にまぎれて……①
「……やっぱ海だよなぁ……。そう思わねぇ? なぁ、白里よぉ」
「……いや。まったく」
「いやぁ、そうだよなぁ。海、最高だよなぁ。お前なら分かってくれると思ってたよ。そんなわけで、なぁ白里」
「……まったく俺の話を聞く気がないんだな?」
「まぁまぁそう慌てなさんな。ちゃんとお前も連れて行くからさ。というわけで、海、行こうぜ!」
俺の意見は全く取り入れられることもなく、赤飼の提案で俺は海までドライブすることになったのだった。
大体海まで、ここからだと車で二時間半くらいか。まぁ確かにちょっとしたドライブだけれども。日帰りには丁度良い距離感だけれども。
せめて俺の意見はもう少し聞いてもらえないものだろうか。俺、何一つ会話に参加してないと思うんだけどなぁ。
などと思いながら歩いていた、休み時間の廊下でのこと。
「海に行くそうね」
……実に唐突だな。
そして、何故知っている……。
「当然私もついて行く。とっておきの水着を披露するから期待しておいて」
「いや、そもそも赤飼にまだ話してないし……」
「あら。あんな奴に有無など言わせないわ。……むしろ――。……いえ、なんでもないわ」
なんだ!? 何を言いかけたんだ今! 怖いんですけど、この人!
「とにかくその日は、楽しみにしておいて。一生の思い出になる素敵な一日にしましょう?」
それは思い出のルビにトラウマって振るヤツだよな。絶対そうだよな。
嫌な予感がバリバリするんだが、約束をほっぽり出すこともできない俺の良心が憎い。
しかし、それ以降何故か赤飼には連絡がつかず、断ることも黒宮を外すこともできず、ついには約束の日になってしまったのだった。
――
駅で待ちぼうけすること数分。
「待った?」
……なんて声を掛けてきたのは黒宮だった。
俺はスマホから顔を上げて、その姿を見つけた。――瞬間、
俺はドキリとしてしまう。
普段の黒宮の恰好は、大体パーカーにハーフパンツみたいな感じで、正直その胸元の露出度は控えめだったのだが……。
今着ている服はというと、胸元の露出面積が広いキャミソールタイプの上着に下はミニスカートだ。紐製のサンダルがカランと渇いた音を立てている。しかもちょっと前屈みで俺に声を掛けてくるものだから、否応にも視線が吸い付けられる。
黒宮さんったら、ひょっとして着やせするタイプ……?
……なんて思考を挟んでしまったのは愚かだった。
「こんな公衆の面前でなんて妄想してるの……? 求めてくれるのは嬉しいけど、今それをしたら私たち、塀の中よ」
んな妄想してねーよ! なんでお前の頭の中はそんな全力でピンク一色なの!?
俺が二の句を告げずにいると、クラクションが鳴った。
「おい! 白里ぉ! 待たせたな!」
……助かった。コイツと二人きりは色々な意味でヤバイからな……。
「……空気が読めない男。もっと遅れてきなさいよ」
俺は心の中で、赤飼のファインプレーに全力で拍手を送った。
――
「さぁ、それじゃあ乗ってくれ」
赤飼が指し示す後部座席に俺が座ると、隣に黒宮が座ろうとする。……ので、俺は慌てて助手席に座ろうかと思い直すと――、ガシっ!
無言で俺の肩を掴む黒宮。俯いた視線からは顔色は窺えないが、逆らうのは命の危機だと察して俺は諦めることにする。
前に座ろうとすれば命の危機で、後ろに座れば貞操の危機。人間の生存本能には逆らえないもんだな。
「し、失礼しまーす……」
「おぅ!」
赤飼の威勢の良い声が、逆に空しい。頼れるはずの友が、頼りなくて仕方がない。そんな気がしてしまう。
俺が後部座席の奥のほうへと腰掛けると、黒宮も詰めてくる。ぎゅうぎゅうと詰め寄ってくる。いや、おいお前。
「……そんなに詰める必要ないだろ」
「そんなことないわ。私、手荷物がいっぱいだから」
「どう見てもハンドバッグひとつだろうがっ!」
「大切なものが入っているから。充分なスペースが必要」
それ、どんな危険物だよ!?
しかし、その眼が言っている。黙れと、無言の圧力を放っている。……俺、ちゃんと生きて帰れるのかなぁ。
「そういや、白里。お前、免許って持ってたよな?」
「ん? ああ、便利だしな。車はないけど免許だけはちゃんといつも携帯してるぞ」
「おぅ、……そうかそうか。……それは良かった……」
ん……? なんだか、運転席の赤飼の様子がおかしいか……? 気の所為だろうか……。
ともあれ、一抹の不安を残したまま、赤飼の車は出発した。
……今回は海です。夏です。夏は気持ちを開放的にさせるものです。肌の露出も多いですし、無意味に汗も掻きますし、ですから、こう……、盛り上がるものもあるような、ないような……。ないような……。……ないな。