24 ハーレムルートのその先は……②
「逃げ出した……とは言ったが、実際はすぐに捕まってしまってね。父さんはお爺ちゃんに連れられて、ちょうどここまで来たんだよ。だからまぁ、つまりはなぞってみた、というわけだな……」
なんて歯切れ悪い言い方で父親が告げる。
俺の爺ちゃんか。……正直、記憶が無いんだよな。
母さんは体調不良もあって、今は実家側にいるからそっちの爺ちゃんとは何度もあってるんだが、父側はというと離縁状態らしい。
あったことすらないかもしれない。いや、どうなんだろ。会ったことあったかな。
「言われたことは今でも、覚えてる。逃げ出すことは許さん。絶対に後悔しない選択をしろ。そして、一度選んだものは絶対に手放すな。……纏めるならそんなところかな」
それはシンプルで明確だ。そして、当たり前のようで難しいことだった。
後悔しない選択……。絶対に手放さない……。
聞くところによると、少なくとも父親と爺ちゃんとはそこまで仲違いはしていないのだろうか。
離縁にも色々ある。そういう形も有り得るんだろうか。
そして、その言葉は、俺の胸にも突き刺さる。
俺にとっての選択とは……。
後悔しない選択とは……。
俺はどうしたいんだろうか……。
「人が悩む時ってのは、大体答えが出てしまっているときのほうが多いんじゃないかな。……でも、それを選びたくなくて、選ぶのが怖くて、悩むんだ。でも、心の裡では気づいてる。ホントはなんとなく気づいてるものなんだ」
その言葉は、俺に宛てたものなのか。それとも、自分自身への言葉なのか。
「散々待たせて悪かった。ご想像の通り、父さんは二人の女性と付き合った。両方の女性と仲良くなって、両方の奥さんに子供が生まれた。法律上重婚はできなかったからね、どちらとも籍を入れていない。だから父さんと母さんは苗字が違う。それから、紡莉ちゃんのこともそう。いわゆる異母姉弟ということになるね」
そこまで一息に語った父親の顔は、見れなかった。
分かっていたことだし、概ね想像の通りだった。
だから覚悟は出来ていた。出来ていた、つもりだった。
なのに何だろう。胸がムカムカして、気持ちが悪い。
今すぐ叫び出したい衝動に駆られている。
この感情をどうしたらいいのか分からない。
どう処理すればやり過ごせるのか分からない。
「光路にも迷惑を掛けたね。いつ言えば良いのか分からなかった。どう言えば良いのか分からなかった。最適なタイミングを求めて、結局先延ばしにしてただけだったんだと思う。でもずっと伝えなければいけないと思っていた。今までごめんな、光路」
そうじゃない。それをそんなふうに聞きたかったんじゃない。
俺が求めているのはそういうんじゃない。
俺が、俺が聞きたかったのは、きっと……。
「なぁ!」
俺は頭を下げる父親を押し留めた。
無理矢理に方向性を変える。
強引に、話題を変える。
俺が聞きたかったのは、それじゃないから。
「その……、里美さんは、美鷺さんは幸せになれたのかな? あんたは、ちゃんと報われたのかよ?」
俺が聞きたいのはそこだ。
選択のその先。
報われる未来はあるのか。救われる未来はあるのか。
恋愛感情のその先が、ちゃんと幸せに繋がっているのかどうか。
あいつが、ちゃんと笑えるかどうか。俺が知りたいのは、そこなんだ。
父親は、それを聞いて言葉を詰まらせた。
一瞬飲み込み、改めて言葉を吐き出す。
表情は少しだけ柔らかくなったような……。
「……二人は今も父さんに笑いかけてくれている。父さんも幸せだと感じているよ。……これで答えになっているかな?」
それが分かれば良い。
それだけでいいや。
「……充分だよ、父さん。今日はありがとう」
俺はそんなふうに返したのだった。
父さん、なんて呼んだの、もしかしたら初めてかもな。
――
ずっと悩んでいたんだ。
答えを出すことに躊躇していたんだ。
ずっと前から分かっていたことなのに。
黒宮の奇行を見続けて。
それを悪くないと感じている自分に気づいて。
それが恋心なんじゃないかって思い始めて。
もう今更、その手を逃したくないだなんて、思い上がりを抱いている。
初めはずっと怖かった。
白鷺のときみたいに恋愛感情を失ってしまうかもしれない。
母さんのときみたいに宝物を捨ててしまうかもしれない。
俺はそういう人間だし、たぶんこれからだってそういうことがあるだろう。
だから、そういう選択を選ぶことがいけないんじゃないかって思ってた。
俺には人を好きになる資格なんて、ないと思ってた。
けど、それは違う。
結局逃げてただけだ。
資格がなければ、権利がなければ、逃げ出したって許される。
そう思いたかっただけじゃないか。
責任逃れのための、ただの言い訳だ。
格好悪い。格好悪いなぁ俺。
父さんが二世帯分の稼ぎを得るために無茶な働き方をしたのに比べれば、俺のするべき努力なんて、たかが知れているわけで。
だったら、それを頑張らないのはただの甘えだ。
俺は決めた。
今更ながら決めた。
あるいは覚悟を決めたとも言う。
あの口を開けば下ネタしか言わない。歩く下ネタ製造器と化した黒宮の面倒を見よう。
なんなら一生付き合ってやる。
俺はそんなふうに決意したんだ。
「さて、白里くん。いよいよ最終回が迫ってきたような気持ちもそこはかとなくするけども、あとがきでは関係ないわ。いつもどおりに押し倒していいのよ」
俺がいつ押し倒した。夢と現実をごっちゃにしてんじゃねえ!
「あらあら、ご挨拶ね。この前学食で偶然会ったときに蹴躓いたように見せかけて押し倒そうとしたくせに」
あれは普通に蹴躓いただけだっての! というかそもそも倒してない!
「つまり未遂だったというわけね。惜しかったわ、あれが突然のことでなければちゃんと受け止めて押し倒されてあげられたのに。なんならそのままショーツの中に手を突っ込んできても良かったのに」
だからそんなのはマンガの中でしか起こらないからな! お前はおかしなものを読み過ぎなんだよ! 少しは自重しろ!
「それは無理な相談よ。良い? 私は白里くんのことを考えるだけで狂おしいほどに劣情を催してしまうのよ。それを解消するために情報収集するのは普通のことでしょ? ちょっとエッチなマンガから性知識を得ようとするくらい可愛らしい乙女の所行でしょ? 違う?」
……確かにそれだけだったら普通で済ませてやっても良いだろう。だが、お前はそうじゃない。分かってるんだよ、お前の鞄の中身を見せてみろ。ちょっとエッチなマンガでは済まないような有害図書が入っているはずだ。
「?! ……な、ななな何を言っているのかしら? まったく、り、りり理解に苦しむわ……」
おい、そのブックカバーがついてる文庫本。そのカバーを取ってみろ。えーと、タイトルは……なになに……、『草食系男子に弱みを握られて無理矢理押し倒される敏腕OLの悦楽情事』。
「勘違いしているようだから言うけど、これはタイトルとは違って高尚な小説なのよ。断じて白里くんが思っているようないかがわしい書物ではないわ。いくら私が普段からBL小説を愛読しているからって、あまり軽んじて見られては困るわ。そもそもこのシリーズの著者は普段はドラマ化もされた有名小説を書いてたりする作者で、非常に幅広い作風で有名なの。この作品もタイトルはあからさまだけれども、緻密な描写は筆舌に尽くしがたいものがあるわ。さらにはこの弱みを握られる際の駆け引きが――」
この表紙のイラスト、俺に似てないか?
「?!?! ……そ、そうかもしれないわね、見ようによっては、だけど……」
事故のように押し倒されてから、……あらすじはどっかで聞いたような展開だなぁ……。
「?!?!?! ……ま、まぁ良くある展開かも知れないわね……」
ふーん、で? 将来は敏腕OLにでもなりたいのかね?
「勿論よ! そのまま同じ職場に就職した白里くんに押し倒されて、弱みを……ハッ?!」
没収だな。
「待って! 後生だから! 認めるから! 白里くんを想像して読んでたわ! その通りよ! 何か文句ある! あ、ねえちょっと! お願い返して! まだ途中なのよ、ねぇ!!」




