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22 二人きりの用具室で……⑥

 ホームセンターに立ち寄った俺たちは何も寄り道ばかりしていたわけではない。

 大きめのベニヤ板や支えに使えそうな細めの杭などいわゆるDIYらしいものも見に行った。


「ねぇ、白里くん。こういうのを加工したりってできそう?」

「ノコギリとか借りればたぶんどうにかなる……かな?」

「わぁ~~、男の子だね♪」


 そんな白鷺とのやりとりをむすっと見つめる黒宮。


「白里くん、そういう技能の披露は私と結婚した後に見せればいいから。ここではまだ隠していて良いのよ?」

「そんな日は来ねえよっ?!」


 相変わらずアクセル全開で暴走する黒宮を、食い止める手段はまだ見つからない。


「ほら、白里くん! あっち見て!」


 白鷺がぐいぐいと手を引っ張って連れてきた場所は塗料のコーナーだ。

 板の傍だからかニスとか木を染めるためのペンキが揃っている。

 一口に木の色と言っても、黄色系から濃いめのブラウン、白っぽいものまで意外とバリエーションは豊富だ。


「こういうので染めたら、結構それっぽい感じにならないかな!」

「……確かに、ちょっとプロっぽいかも」

「でしょ♪」


 塗料ひとつと侮るなかれ。

 確かに仕上げだけで結果は大きく変わりそうだ。

 しかもそれだけじゃない。

 防腐剤も兼ねているから気が腐りにくくなる。

 つまり、一度作れば来年、再来年と持ち越しも可能なのである。

 そう考えると、その価値はそれなりにデカイ。

 今回の買い出しの原因も老朽化なのだし。


「し、白里くんっ! 釘は? 他にも工具が必要なんじゃないの?」


 なんか動揺し始めた黒宮がそんなふうに俺を引っ張り始める。

 しかし、それについては答えが出ている。


「黒宮さん、釘は木工室に余ってるのがあるよ?」

「ノコギリも貸してくれるってさ」

「……ねー♪」


 何故か白鷺が俺の顔を見ながら最後に「ねー♪」なんてやるもんだから、思わずたじろいでしまう。

 黒宮参入のおかげで俺の中の白鷺恐怖症は緩和されたようだが、こういうふとした瞬間の仕草に首をもたげるときがある。

 俺が抱いた戸惑いを、白鷺は察したのか一瞬動きを止める。

 しかしそれは、黒宮が割り込んできて結局うやむやにされる。

 やっぱりダメだな、俺は。


「もうっ! もうっ! この女狐は隙あらば白里くんに欲情して……!」

「欲情してるのはお前だけだろ」


 そんなツッコミも功を奏さず、少し微妙な雰囲気のまま帰路に就いた。


――


 そんなこんなで用具室へ戻ってきた俺たちは荷物を降ろして一息吐いた。

 とはいえ、全部の荷物を担いできたわけではない。さすがにこれだけの人手で持って行ける量ではない。

 そこは大学御用達ということらしく、業者が運んできてくれるらしい。しかも送料は無料。ありがたいこって。

 なので、荷物としてはニスやら塗料一式くらい。液体なので地味に重たかった。だが、女の子に持たせるのは忍びなくて結局終始俺が抱える羽目になってしまった。


「お疲れ様ですぅー。怜ちゃんもご苦労様ぁー」

「え、あ……。はい……」


 労いの声を掛ける黒宮女史と人見知りモードの黒宮。

 どうにも親戚のはずなんだが、黒宮は打ち解けていないらしい。

 いそいそとカバンに手を突っ込んで「忙しいので話しかけないでください」オーラを全開で放出する黒宮だが、先生のほうは逆に話しかけたそうにまごまごしている。

 ……なんかやるせない親戚だな、この人たち……。


「黒宮先生、おつりと領収書です」


 白鷺が黒宮女史と事務的なやりとりを始めたおかげで危機を脱したのか、黒宮が俺の傍へ寄ってくる。

 どうでもいいけど、こういう仕草がいちいち小動物っぽくて毎回ドキッとするんだ。


「ねぇ、今すぐあなたの鎖骨にむしゃぶりつきたいんだけどいいかしら?」

「言い訳ねえだろフシダラ娘」


 そして、一瞬で夢から覚めるんだ。

 まぁ、落ち着いたがゆえの暴走なのかもしれないけどな。

 そう思えば少しは可愛いところもあるような……、いや、それはないな。うん、ない。


――


 予定されている作業自体はそれほど多くはない。

 そもそも短期的なバイトだ。

 やることも限られてるし、求められている役割もたかが知れている。

 それこそたった三人で事足りてしまうような作業なのだ。

 届いた材料を仕分けして、必要な分をカット。

 その段階でニスを塗り塗料で色を付けておく。

 そのあとは釘とトンカチで叩いて終わりだ。

 言葉にすれば僅か数行。

 まぁ、実際は一日で終わるというわけにもいかず、まずは材料のカットで一日目は終了した。

 丸鋸でギャリギャリやるときは危ないからという理由で先生立ち会いのもとでしか使わせてもらえなかったが、それ以外は自由に使って良いらしく木工室の機材はわりかし好き勝手に使わせてもらった。

 俺がカッティングした板やら杭やらを邪魔にならないように片付けている間に、黒宮はホウキとチリトリで木屑を掃いてくれている。

 先生と白鷺はそれぞれ他の仕事があるらしく先に帰ってしまった。

 ようするに木工室に俺と黒宮が二人きりで残されていた。


「やっと二人きりね」


 黒宮が囁くように告げる。

 その声は、ぞわりと俺の身体を震わせる。

 きっと、これは恐怖だ。

 男と女の未知なる未体験ゾーンに俺の心が警鐘を鳴らしているのだ。

 俺は木片を用具室にまとめて置いて、木工室へ視線を移した。

 敵の所在を探るためだ。

 敵を知り己を知れば百戦危うからずというやつだ。

 だが、扉の向こう側を覗けども、黒宮の気配は感じない。

 ……黒宮の霊圧が……消えた……?


「ここよ、白里くん」


 ホラー映画ならまさしく悲鳴を上げているところだ。

 一瞬の油断。そこを正確に突くように黒宮は俺の後ろへ回り込んでいた。

 そして、後ろから抱きつくようにホールド。

 女の子のスメルが! 女の子の柔らかいバディーが!

 そして、黒宮の細い息が! 俺の理性を容赦なく揺さぶる!


「掃除と片付け。二人の分担作業。……ううん、これは夫婦の初めての共同作業」

「こんなありふれた行動を拡大解釈するな! その程度で夫婦呼ばわりなら渡る世間は夫婦ばかりだぞ!」

「違うわ、白里くん。私たち二人だから特別なのよ」


 意味が分かりません。いや、むしろついて行けない方がいいのだろうか。

 この女の突拍子もない発言について行けるのなら、それは社会不適合者しかいないのではないだろうか。

 つまり、答えは分からなければ正常。いわば、そんな心理テストだと思えば……。


「愛する人との行為は、どんなものでも特別だもの。私にとっては後片付けも特別な儀式のひとつ……」


 スルスルスル……、そんな動作でお腹をホールドしていた手が徐々に上へ。

 そして、俺の胸元でピタリと止まる。


「……そういえば、見たことあるの。男の子同士が笑いながら遊んでいたわ、……こんなふうに――」


 ……悪い予感しかしない。

 気持ちの悪い汗がダラダラと流れ始める。

 だが、こういう時の予感ってやつは、だいたい外れることがないのだ。


「――乳首当てゲームっ。ていっ!」

「はふぅっ!!」


 ドンピシャだった。

 悪い予感も。狙われた場所も。

 黒宮の人差し指がグリグリと俺の敏感な部分を刺激する。

 不味い。これは大変に不味い。

 頭がクラクラする。呼吸が乱れる。思考が錯乱する。

 どうでも良くなってくる。

 黒宮は俺に好意を抱いている。

 俺はそれを悪しからず思っている。

 黒宮はそういう行為を望んでいるふしがある。

 ここは密室。

 ……理性を奪う要因が多すぎる。

 俺は、黒宮と「したい」と思っている。

 どうでもいいんじゃないかと思ってしまう。

 我慢する理由はないんじゃないかと思う。

 このままなし崩し的に黒宮と恋人になってしまっても、いいんじゃないかと思ってしまう。

 だって、黒宮が可愛いから。

 そのまま、黒宮を受け入れてしまおうとして、そこで手が止まった。


 思い浮かぶのは明確な失敗例。

 ちゃんと聞いたことはないが、父親は二人の女性と同時期に関係を持った。

 軽はずみな気持ちなのかは知らないが、浅慮なのか暴挙なのかはともかくとして、父親の恋路は間違ってしまったのだろう。

 そうでなきゃ、あそこまで仕事に尽くす理由がない。

 二つの家庭を支えるという動機がなければ、そこまで踏ん張る理由はないはずだ。

 そして、白鷺も。

 好きになってはいけない人を好きになってしまった。

 それゆえに俺は恋心を封じた。


 人と恋に落ちるには、責任がのし掛かる。

 二人の間に何かが「出来ても」支え続ける責任と。

 好きだと決めたのなら何があっても貫く責任と。

 俺にはそれができない。

 だから俺は黒宮を拒絶してきたんだ。

 そんな重たいものは背負えないから。

 俺はそんな立派な人間にはなれないから。


 だから、俺は今回も黒宮を拒絶する。

 そうすることで、責任から逃げ続ける。

 そうすることで、俺は俺を守り続ける。


 俺は黒宮と向き直り、その手を正面から受け止めた。

 見合う形になり、俺たちは手を組んだまま対峙する。

 俺はそれを悪くないと感じてしまっていた。

 黒宮とこうして、訳の分からないやりとりをして、冷静に突っ込みを入れるだけの毎日を、どこか楽しく感じていた。

 けど、それ以上は、望んじゃダメなんだ。

 だって。

 責任なんて取れるわけがないから。

 俺を。

 守れなくなるから。

 もう。

 傷つきたくないから。


 そんな俺の弱った思考を掠めるように、黒宮の口唇が襲った。


 唇へわずかに触れた熱量は仄か。

 頬を赤らめた黒宮は、言い訳するように身をよじった。


「……だって、あなたがそんな顔をするから」


 逃げるように走り去る黒宮を、俺は目で追うことしかできなかった。

キスシーンをさりげなく美しく書く書き方を誰かご教授ください

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