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21 二人きりの用具室で……⑤

「ねぇ。駅まで手繋いで歩こっか♪」


 学園の敷地内でこんなリア充ボイスを聞くことになるとは……。

 まったく、恋人のいない人間の心情を慮って欲しいものである。

 しかし人が集まればくっつきたがるのは世の常と言えばそうなのかもしれない。

 砂場に磁石を投げれば砂鉄がうじゃうじゃ引っ付くみたいに、S極とN極ならぬ男女というものもまた、引き合う性質のものらしい。

 そう思えば学園で引っ付き合うのも致し方ないことなのかもしれない。

 とはいえ、そこは学園。学ぶための場なのだ。

 ならば、そんな華々しくも甘酸っぱい風景は忍んで欲しいものだ。

 でなければ、学業に集中できない者だって出てくることだろう。

 せめてもう少し人目を避けてだな……。


「ねぇ、白里くん? いつまでレディの右手をお留守にしておくのかな?」


 なんだその〈世界は全て私のもの〉(ワールドイズマイン)とでも言いたげな言いぐさは!

 ……というか、件のリア充は俺だった。

 全く以て馴染みもなければ覚えもないけれど、どうやら俺はこのリア充空間を作り出している張本人と化していたようだ。

 そんなバカな。

 軽い絶望感と共に顔を上げれば、そこには確かに美少女がいた。

 黒いサラッとした絹髪をポニーテイルに纏めたさわやか系アイドルみたいな女の子がそこにいた。

 眩しい笑顔を振りまく白鷺は白くてしなやかな細腕を俺へと伸ばしている。

 なんだろう、この引力は。

 万有引力の他に万乳引力と呼ばれる凄まじい引力の名は俺も知っているけれど、ただ女の子の腕だというだけで、そしてそれが差し伸べられているというだけでこうも強烈な引力が生み出されるものなのだろうか。

 俺は無意識に誘われるまま、しかし抗うという行為すら忘れたまま、そしてトラウマすら忘却したまま、その白くて美しい手に触れようとして――


 ガシっと後ろから強烈にホールドされた。

 目の前で白鷺が頬を膨らませる。そんな姿すら目を離せないと思ってしまうのは、とびきりの晴天が彼女を爛々と輝かせているからだろうか。


「あんな女の手を握ってはダメよ。今までに何人のイチモツを処理してきたか分かったものではないわ」


 何言ってんだこいつは、と突っ込む余裕すらない。

 ぐいぐいと引っ張られる俺の左腕は、あろうことか黒宮の双丘に埋もれていた。

 二の腕に当たる柔らかい感触に思考回路が鈍化していく。


「ゴメン黒宮さん、何を言ってるのか分からないなぁ!?」


 白鷺の男性経験がどの程度なのかは俺も知らないが、やはり女性としてはキレ所だったらしく不機嫌そうに俺の右腕をぐぐぐっと引っ張る。

 ちょっと痛いんですけど。悪口言ったのは俺じゃないよね? なんで俺が被害受けてるの?


「このヤリマンが。私の白里くんに近づくなと言っているのよ。精液の臭いがこびりついた汚い手で白里くんを穢すのはやめて」

「ねぇ、白里くぅん。女狐がいじめるよぉ……うぇ~ん」


 美少女二人が俺を境界として鬩ぎ合う。

 その間も俺の両腕がギシギシと締め付けられている。

 もはや今となっては胸が当たっているとかじゃなくて、ギチギチと万力のような女性とは思えないような握力でリンゴを握りつぶす勢いで俺の腕が締め付けられている。

 天国と地獄を一瞬で味わい尽くした俺は遠い目で空を見やる。

 駅までは歩いて20分程度。俺はそれまで生き抜くことができるのだろうか。

 秋空の太陽は夏の再来を思わせるようにギラギラと燃え盛っていた。


――


 俺たちに与えられたお仕事は学園祭で使う看板の作成だった。

 そもそも学園には案内板などがそれなりに設置されていて、外部の人間が入ってきても迷わないように作られている。

 かといって、それで全てが済ませられるわけではない。

 こと学園祭ともなるとそれは思い切り変わる。

 学園祭の期間だけはそれ専用の案内板が必要になるのだ。

 演目を展示する必要もあるし、お客様用のトイレの案内だって必要だろう。

 それに学園祭期間中のみ、使用不可になる施設だってある。期間限定で移動する施設だって出てくるだろう。

 そうなればそれを指し示す案内板が必要になる。

 それがこのバイトの役割であり、俺たちの仕事というわけだ。


 看板には喫茶店とかの入り口に置いてあるような手書きボードを立てかけた感じのものでもいいんだろうが、演目が多い施設ではそれだけでは足りない。

 ちょっとした展示とかなら過去に使ったボード(イーゼルって言うのか?)を使えばいいんだろうが、大きめの展示で使う看板が必要だった。

 去年使ったものも老朽化でもう使えないらしく新調しないといけないらしい。

 しかし予算の兼ね合いでありものを買うことはできない。つまり手作りだ。

 そうして、俺たちは駅前まで赴き、買い出しをすることになったのだった。


――


 目的地は日用品からDIY的なものまで数多く取りそろえているホームセンターだ。

 駅から直通で繋がるショッピングモールの中に広い敷地面積を誇るこの辺では一番品揃えが豊富であろう店舗だ。

 というか、駅前にホームセンターって潰れたりしないのだろうか。

 ホームセンターってあんまり繁盛している気もしないんだが……。


「知らないの? 白里くん。ここはね、地主の人が始めたホームセンターの横に作られた百貨店が改装されたショッピングモールなの。ホームセンターの売り上げが仮に物凄く悪くてもショッピングモール自体が人気なら影響ないんだよ」

「……そうなのか。だからこんなに強気な店舗を構えられるというわけか……」

「というより、結構繁盛してそうじゃない?」


 黒宮が珍しく口を挟んだ。

 こいつが白鷺への悪口と俺へのセクハラ以外で口を開くのは珍しいことだ。

 ……早速、まっとうな人間性を取り戻してくれたのだろうか。


「まぁ、ショッピングモールができちゃうくらいだからね。そこまで不人気ってことはないよ。もちろん、人気のブランド店なんかには負けちゃうだろうけど」

「そう、じゃあ白里くん、あっちに面白いものがあるわ。ちょっと見ていきましょう」


 またもや手をぐいぐいと引っ張られて目を向ければそこにあるのは寝室用エリアのダブルベッドだ。

 見るからにふわふわしたマットレスにふかふかの布団が乗っている。

 一度寝たら起きれなくなりそうだな……。


「……あんなベッドで白里くんに組み敷かれたらいつもより大きな声が出ちゃいそうね」

「まるでいつも致してるみたいに言うな! ほら白鷺が白い目を向けてるじゃねえか!」

「ふふ、そうね……。『いつも』はさすがに言い過ぎだものね」

「ああッ?! しまった! そうじゃない! 違うんだ! 違うのに!!」


 白鷺は白々しい目つきでちょっと距離を置いていた。

 他人の振りだ。まるで私は無関係ですよ~、と言わんばかりの対応。

 そうなれば増長するのが黒宮さん。


「ほら、ちょっとだけ腰を掛けてみましょ? なに、そう悪くはしないわ」

「絶対に嘘だ! 絶対にそれだけじゃ済まさないだろ?!」


 抵抗しようにも黒宮のほうが上手だった。足を引っかけて強引にベッドへ引きずり込まれる。柔道でいう小外刈り的な技だった。

 しかし、バランスを崩した俺はそのまま黒宮に覆い被さり二人してベッドに倒れ込んでしまった。

 ふいに近づいた黒宮の顔が目の前に。

 ぶつかる互いの息と息。

 濃密な女の子の匂い。

 思わず腰に巻いてしまった手が、Tシャツを捲くって直接背中の素肌に触れていた。

 よくあるトラブル系ラブコメみたいな絡み方をしてしまっている。(さすがに下着の中に手が突っ込まれるほどにはならないが)

 ドキドキバクバクと心臓が爆音を刻み出す。

 黒宮の長いまつげが震えている。

 少し紅潮した顔で湿っぽい瞳を輝かせている。

 息が詰まった。

 このまま少し首の角度をズラせばキスをしてしまう。

 黒宮だってそれに気づいている。

 そのうえで固まっている。

 黒宮にしては珍しいことだが、彼女も緊張してしまっているのだろうか。……自分からこんなことをしてきておいて。

 やがて、彼女は意を決したように目を瞑った。

 それが意味するところを、分からないわけがない。

 だからこそ、俺は戸惑い。だが、目を離せない。

 悔しいことに俺はもう歯止めが効きそうになかった。

 だって、今までとは違う。あとほんの少しだけだ。

 ほんの少し首の力を抜くだけで、その唇が奪えてしまう。

 お互いが納得のうえであれば、そこにどんな障害があろうか。

 もういいや。

 そんな思いで、俺は抗うことを諦めた。

 ――瞬間のことだった。


「あのー、お客様。ご家族連れのかたもいらっしゃいますので、そのぅ、大変心苦しいのですが、そういうのはご遠慮いただけないでしょうか……」


 ビクンと反応した俺の身体は、寝起きを襲われた達人剣士みたいな敏捷な動きで跳び上がりすぐさまベッドを降りた。

 黒宮もそそくさと身体を起こし、二人して何事もなかったかのように愛想笑いを送る店員さんから離れた。

 意味も分からず呆けたように視線を向ける子供たちや微笑ましそうに生暖かい視線を送るご婦人の目を逃れ、俺は命からがら非常事態を脱した。

 俺はまさしく九死に一生を得たのだった。

裏設定として。

黒宮が一緒にいるときだけ、白里くんは白鷺恐怖症から逃れられます。

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