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20 二人きりの用具室で……④

 物心ついたときと言われると、思い返す時期は人によって様々だろうと思う。

 俺にとって最初のトラウマはあまり定かではないが確か幼稚園とかそれくらいの時期だったように思うし、記憶らしきものがはっきりしてくるのは小学校低学年くらいからだと思う。

 いろいろなことが考えられるようになって、人格の形成がより確かになっていく時期だから記憶に残りやすいというのもあるのかもしれない。

 俺の人生にとって二回目のトラウマとなった白鷺との出逢いは小学校に通い出してしばらくした頃のことだった。

 幼馴染の紡莉ちゃん(恥ずかしながら当時はそう呼んでいた)と仲が良かった俺は、彼女に特別な想いを抱いていた。

 所謂初恋というやつだった。

 白鷺は昔から容姿が人よりも優れた女の子だった。

 性格も快活で分け隔て無なく接する(もっともこの時分から依怙贔屓えこひいきとかする子はあんまりいないだろうけど)彼女は、クラスからも人気があった。

 そんな女の子と幼稚園くらいからずっと同じ組が続いていたことを嬉しく思っていたし、向こうも同じように好いてくれていたと思う。

 俺は何かにつけて彼女と一緒に過ごそうとしたし、学校の行き帰りはいつも一緒だった。

 家が近かったのもあるだろうが、何人かで一緒に帰っても最後は必ず二人きりになる俺たちはいつも特別なんだと思っていた。

 そうして、いつしか手を繋いで帰るようになった。

 けど、俺たちはそれ以上の関係になることはなかった。

 忘れもしない日曜日の昼下がり、駅前で見かけた白鷺と手を繋いでいたのは、彼女の父親ではなかった。

 俺の父親だった。


 ――いや、正確には彼女の父親ではあったんだ。

 ただ、それは俺の父親でもあったというだけで。


 幼かった俺はそこですぐに血を分けた姉弟がいるだなんて気づいたわけではなかった。

 けれど、どうしたって近所で噂は流れるものだ。

 子供に悟られないよう、小声で囁き合う近所のおばさんたちが何を言っているのか。

 すぐには理解できなくても、しこりのようなものは蓄積していった。

 やがて、ストン……と。

 風呂釜に溜まった濁り湯が流れて落っことしたビー玉が見つかりました、といった具合に。

 ある日急にそれは腑に落ちることになる。


 ああ、そっか。

 俺の父親は白鷺の父親でもあるんだ。

 向こうには別のお母さんがいるんだ。

 こういうのは、ホントはいけないことなんだ。

 俺と白鷺は、内緒の姉弟だったんだ。


 ――俺はその日から、恋というものを知らずに生きてきた。

 

――


「それじゃあ、ひとまずかんぱーい!!」


 いえー! という一人場違いに盛り上がる白鷺と紙コップを打ち鳴らす俺と黒宮。

 黒宮はこういう場に慣れていないようで、おっかなびっくりコップをぶつけた。

 白鷺はそんな黒宮のワンテンポ遅い乾杯をしっかり待ち受けてからくぴくぴとコップを傾けて喉を鳴らした。


「くはー、美味しいね! 昼下がりのビールは!」

「そんな炭酸の抜けたビールがあってたまるか」

「たはは、気分気分♪」


 そんな感じで謎の会合が始まった。

 それにしても少し不思議だな。

 どうしてさっきまでとは違って、こんなにリラックスして白鷺と対峙できているんだろうか。

 頼みの黒宮さんはリア充っぽい空間に恐縮したのか、さっきから視線が泳ぎまくっているというのに。


「いきなりだけど、黒宮さん。実はあたしたち、結婚を前提に付き合っているの」

「「は……?」」


 思わず黒宮と一緒に俺まで呆気に取られてしまった。

 何を言っているんだこいつは……?!

 気の抜けた空気から一転、黒宮は抜き身の刀を持った侍のごとき剣呑さを解き放つ。


「どういう――」

「なーんちゃって☆」


 黒宮の挙動を見計らったかのように、白鷺は掌を返した。

 子供のいたずらのように。あるいは闘牛士が赤いマントを翻すように。

 にこやかに頭をぽりぽりと掻く仕草には悪意の欠片も見当たらない。

 だからそれゆえに作為的だ。

 黒宮がキレるのを分かったうえでぶっ込んだブラフ。

 実際には違うんだが、まるで振り上げた拳を下ろし損ねたみたいに、黒宮は毒気を抜かれてしまう。


「ホントはあたしたち、おんなじバイトを始めようとしてたんだよね。でさ、白里くんがどうしてもっていうからさ、黒宮さんも混ざって欲しいんだよね」


 そんなふうにして、白鷺は内容をようやく詳細に語り始めた。

 すっかり場を掻き乱されて、話の腰を折られて、しかし、この女を放置できないと踏んだのか、黒宮は不承不承頷いた。


「白鷺さんと白里くんの関係を問いただすのは次の機会にするとして、……そのバイトは私も参加するわ」


 問いただすのか。とはいえ、答えることは難しい。

 かつての恋心を打ち明けるのは恥ずかしいし、もう一つのトラウマまで開示するのは精神的にキツイものもある。

 黒宮が鋭い眼差しでこちらを睨んでいる。気まずい。

 そんな空気を察したのかは不明だが、白鷺はガタンと席を立つと黒宮の手を取って強引に握手をする。


「良かったぁ! あたし、黒宮さんと友達になりたかったんだぁ! よろしくね黒宮さん!」


 ぶんぶんと手を振って、白鷺はにぱっと笑みを浮かべる。

 邪気を感じさせない笑顔。だが、間違いなく作られたその表情に黒宮は気づいているのだろうか。

 困ったような顔で「え、ええ……」と小さく頷く黒宮には、それほどの余裕は感じられなかった。


 それからはちょっとした世間話をしたくらいか。

 黒宮と同じく理系で入学した白鷺。

 人と仲良くなるのが得意な白鷺は一人あぶれていた黒宮を気に掛けていたらしい。

 黒宮は黒宮で、彼女を知っていた。

 それだけ白鷺が目立っていたということだろうし、そんな彼女に何かしら思うところがあったから黒宮は白鷺の名前を覚えていたのだろう。

 それが羨望の眼差しだったのか、嫉妬の対象だったのかまでは分からないが……。


 やがて、予定があるからと言い残して白鷺は帰って行った。

 飲み物代は奢ってくれた。気前が良いというよりかは感じが良いというべきだろうか。

 そりゃモテそうだわなと俺は独りごちた。


「……で、白里くん。ひとつ訊きたいのだけれど」

「…………なんでしょう?」

「あの女とはどういう関係?」


 やっぱりか。絶対訊いてくると思ったよ。

 いなくなってから訊いたのは、その程度は空気が読めるようになったからか。あるいは、邪魔をされたくなかったからか。

 ……まぁ多分後者だろうな。


「さっきも言ったけど、ただの幼馴染だよ。再会したのは偶然だし、正直あんまり逢いたくもなかった」

「そのわりには仲良さそうだったけど?」

「……勘弁してくれ」


 俺が肩を竦めると黒宮はようやく矛を収めたのか、椅子に座り直した。


「……白里くん、ひょっとしてロングヘアーが好きなの?」

「ぼふッ?! げほげほッ……、な、なにを……?!」

「……だとするとおかしいわね……。あなたのAV視聴履歴とは合致しないわ」


 だからなんで知ってるんだよ?!

 普通そういうの恋人だって知らないもんだろ?!


「……まさか転換期に差し掛かったということ……?! だとしたら不味いわ、今すぐに対応を……!」


 突如爪をかみ、焦りを滲ませる黒宮。

 ……俺はというと、正直ドン引きである。


「白里くん! 今すぐレンタルショップに行きましょう! あなたの嗜好を洗い直さなければならないわ!」


――


 どうしてこうなったのかは分からない。

 だが、本気を出した黒宮を押し留めることは非常に困難だ。

 なにせ獣そのものだ。

 俺は流されるままDVDのレンタルショップへ。

 そして、ピンクの暖簾が掛かった禁断のコーナーまで引きずり込まれた。


「さぁ、いつも見てるのはこの辺でしょう? 今回はどうするの? この霞ヶ関ゆうという女優を借りるの? セーラー服、エプロンドレス、OL……コスチュームも多岐に渡っているわね。これは多くの需要をキャッチできる売れ線ね。……悪くないわ」

「だから、なんで俺がこの前借りるか悩んでたやつを知ってるの?!」

「とくにこの黒髪ボブカットというところが素晴らしいわね。あら、よく見ると顔立ちも不思議と私に似ているわ。……一体どんな妄想をしていたのか詳しく聞かせなさい」


 女の子とこんな場所にいるというだけで相当ドキドキしてしまうが、こいつの場合、グイグイ来すぎなのでドキドキでは済まない結果になる。

 具体的にいうと――


「あら、身体は素直なのね。……ねぇ、白里くん何にそんなに興奮したのかしら? 霞ヶ関ゆう? それとも私……?」

「断固黙秘する!!」

「あらあら、そこはAV女優にと言っておけば無難だったのに……。濁しちゃったということはつまりそうではなく――」

「一切黙秘だ!!」


 俺はダッシュで逃げ帰った。

 どうしよう、俺もうあのショップ使えないじゃん……。

 俺は軽い絶望感を覚えながら黒宮と別れるのだった。

あまりにも辛かったので久々に下ネタをぶち込みました。楽しかったです。

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