15 テーブルに隠れて……②
さて。
そもそもどうして俺は父親に謝ろうとしていたのか。
それは言うまでもない、過去のトラウマを乗り越えるためだ。
俺だってこのままで良いだなんて、思ってはいない。
先へ進まなきゃいけない。それくらいは分かっている。
けれど、内なる俺の弱い部分が、ずっと前進を拒否してきた。
向き合うことを避けていた。
その結果、黒宮にも心配を掛けたし、迷惑だって掛けた。……こんなことを直接言ったら『いっそ白い汁も掛けて』とか言ってきたので頭を叩いておいたが。
まぁ、そんな余談は置いておくとして。
自分自身どうにかした方が良いと思っていたし、黒宮にもそう言われたから、やっぱりどうにかしなきゃいけないなと思い始めていた。
人に言われて……という動機もどうかなとは思うが、だからこその心強さというのもあるし、やはり一人では逃げ出したくなるもので……。
せっかくなので力を借りることにしたのだった。
俺のファスナーに手を伸ばす黒宮に膝蹴りをお見舞いしながら、俺は若干後悔し始めていた。
……いや、コイツから借りられる力って、性欲とかしかないんじゃないの?
膝蹴りされた黒宮が頭をテーブルにぶつけて机がガタンと揺れたが、俺は足を組み直してあくまで『足を組もうとして膝が当たってしまっただけ』というていでゴメンと告げる。
「いや、気にすることはないよ」
父親は優しげにそう答えると、煙草に火を点ける。
「……最近は全席禁煙のファミレスばっかりで、喫煙者は肩身が狭いよ」
父親は苦笑交じりに灰皿を手元へ寄せた。
「禁煙しろってことじゃねーの?」
「ハハ、それは困る。仕事が現役の間はやめられないからね」
そんな遣り取りを挟みながらウェイトレスさんが注文を取りに来る。
一通りの注文を終えると、ウェイトレスさんが注文内容を復唱してカウンターを離れようとした。
そこへナイスミドルの父親が待ったを掛ける。
「はい、何でしょうか?」
「あと、スマイルひとつくれるかな?」
「……はい! ありがとうございます!(にぱっ)」
たぶんまだ10代くらいのウェイトレスさんは少しだけ顔を赤く染めると、実に可愛らしいスマイルをくれた。
っていうか、罰ゲーム以外でスマイルくださいなんて初めて見たぞ。
「……この浮気親父」
「なに、このくらいじゃ浮気とは言わないだろう。軽いスキンシップさ」
そこには色男の余裕があった。
と、そこへ。
ピコンとスマホがメッセージを受信した。相手はREI。もちろん黒宮のことだ。
『白里パパの画像』
ん……? 何のことだ? と首を捻っていると更にピコン。
『もしくは白里くんのイチモツの画像を早急に』
とりあえず俺は黒宮に膝蹴りをかましつつ足を組み直した。
「あ、悪ぃ」と告げたが、父親は特に何も言うこともなくコーヒーカップを口元へ寄せる。
さて、どうしたもんだろうか。
このまま話を切り出すには、やはりまだ少し怖い。
となると、切り出す話題はそれくらいしかないか……。
「えっと、な、なぁ……」
「ん? どうしたんだ光路」
しかし、写真撮らせてくれとか、言いづらいな。……謝るよりは楽だけど。
黒宮が勇気づけるためか写真欲しさゆえかは分からないが、俺の膝をぐっと掴んでいる。
「その……うちの親父がイケメンみたいな話をしたらさ。友達から画像見せてくれって頼まれてさ。……その、取らせて貰っても良いかな?」
父親は少し呆気にとられたようだが、すぐにいつもの余裕を取り戻して、
「ああ、もちろん構わないよ。父さんの顔はインスタ映えするからな。……よし、この角度で撮ってくれ」
まさかの決め顔どころか角度指定まであった。
「どうだ? 撮れたか、見せてみろ。……う~ん、良いじゃないか。スタジオじゃない分、光の当て方が難しかったけど、良く撮れてるよ」
予想外に詳しかった。やっぱりイケメンともなると写真ひとつにもここまでこだわるのか。というか、スタジオで撮ったりとかすんのこのミドル?
とりあえず適当に礼を言って、黒宮に送ってやる。
すると、足下でピコンと音が聞こえた。ていうかテメエはマナーモードにしとけよ、隠れる気あんのか?
などと思っていると、更に想定外のリアクションが返ってきた。
「ふぉおおおおおおおおおおお!!! イケメンキターーーー!!!」
あまりの大声だったので黒宮をしこたま蹴りつけた。
さすがに黙ってくれたが、これ、どうやってごまかすんだよ。
ビクリとして周りを見渡す父親に俺はスマホを見せて苦笑を浮かべる。
「ほ、ほら、ボイスメールだよ。向こうがあんな大声で返してくると思わなくてさ……」
そう俺が半ば強引な言い訳を返すと、どうやら納得したらしく浮かしかけた腰を再び椅子に戻した。
「そうか、ボイスメールか。父さんはあんまり使わないからなぁ……」
無知ゆえにごまかせたらしい。いくらなんでもリアクションがリアルタイムすぎるとは思うんだが……。
とはいえ、また何かあった場合はごまかしきれない可能性も高いけど……。
などと、冷や汗の引かない俺の前で、父親は少し頬を緩めていた。……まさかバレたか?
「……それにしても光路、女友達から父親の顔を見せて欲しいなんて頼まれたのかい?」
更にどっと冷や汗が流れ始めた。
そうだよな。あれだけ大声なら男か女かなんて分かるに決まってるよな。
そして、その状況はアレだ。ちょっと恋愛的な風味を抱かせるには充分だ。
……どうする?
ピコン。イヤな報せだ。俺は恐る恐るスマホの画面に目を向ける。
『①正直に打ち明ける。「結婚を前提に付き合っています」
②適当にはぐらかす。「ただのセフレだよファザー、HAHAHA」
③大胆にぶっちゃける。「女友達っていうのは嘘で、知り合いの女の子に片っ端から声かけまくってる」』
おい。
全部論外だろ。特に③。ただの変態じゃねーか。なんで知り合いに父親の写真を片っ端から送りつけるんだよ。何が目的なんだよ。不明すぎて逆に怖いわ。
①も②も黒宮にとって都合が良すぎる。何故なら性交が前提になっているから。
これは全て選べない。全く以て役に立たない選択肢だ。
黒宮が意味ありげに俺の膝を掴んでいるが、断じて無視である。気を引かれてはいけない。
なら、どうする……?
「いや、その……さ。ミドル好きの子がいてさ。ホラ、映画とかでも渋い俳優に憧れる子っているだろ? そういうヤツがさ、俺の親父もナイスミドルだぞって話したらエライ興味津々でさ。だから、……それだけだよ。別に、そういうんじゃないって」
父親はというと、少し肩を竦めて「そうなのか……」と溜息をこぼした。
「いやぁ、残念だよ。光路はなかなか春が訪れないからな。そろそろそういうのが来たって良いんじゃないかって思うんだけどな」
「……そういうのは、ないよ」
父親は少しだけ煙草の灰をテーブルに落とした。
……少し、声を荒げてしまっただろうか。
けど、こういうのはきっと万人共通だろう。
実家に帰るたびに結婚はまだか、子供はまだかと問われる社会人はきっといつも似たようなリアクションをとっているはずだ。
だから、きっと不自然じゃない。俺はそう、思った。
毎度の話ですが、この回を書きたくて始めたエピソードだったりしました。
微妙に伏線を張ってますが、微妙すぎるので分からないと思います。