13 その冷えた指先を……⑤
よくよく考えれば、どうして俺はこんな話をしているんだろうか。
誰にも話したことのなかった俺の恥部。
――いや、ともすれば墓場まで持っていこうと決めていた、俺の人生における最大の汚点を。
話に集中するために俺は時折カラリと音を鳴らす氷入りのグラスを見つめていた。
あるいは、黒宮へ視線を向けないための苦肉の策なのかもしれなかった。
言い訳だ。
結局俺は怖かっただけだ。
自分の本性を知られたら嫌われるんじゃないかという臆病な気持ちが、俺の視線を何の色気もないグラスへと縫い付けていた。
どうして話したのだろうか。
それはやはり昨日の失態が原因だろう。
俺にとって宝物はトラウマなのだ。
あれから俺は子供にありがちな宝物というものを作らなくなった。
物を大切に使おうと思わなくなった。
消しゴムも鉛筆もカバンもケータイすらも。
俺にとってはただの消耗品でしかなかった。壊れたら捨てれば良いし、使えなくなるまで気に掛けることもない。
それはただの自己満足だ。
宝物を作っちゃいけない。そんなふうに考えたことだってあった。
母さんの宝物を奪った俺には、宝物を持つ権利すらないんじゃないかって、そんなふうに思っていた。
けど、たぶんそれは間違っていたんだと思う。
大人になるにつれ、それが段々分かってきた。
俺は宝物を作ったらいけないんじゃなくて、宝物を持たなければ許されると思っていたんだろう。
何らかの枷を背負えばそれが贖罪になるんじゃないかって、子供じみた思考に囚われていたんだろう。
それとももしかしたら……。
宝物を作らなければトラウマを思い出さずに済む。
そんな消去法的な選択でしかなかったのかもしれない。
そんなトラウマを久し振りに思い出してしまったから。
というか、つい最近まで忘れてしまっていたから、より強烈にフラッシュバックしてしまったのかもしれない。
久々のトラウマとのご対面に狼狽する俺は、さぞ滑稽な面構えだったことだろう。
耽美系の父と違って、さぞ愚かな表情だったことだろう。
俺は取り繕いたかったのだろうか。
あの時のマヌケ面はこれこれこういう事情があったんだから仕方ないよね、なんて。
そんなふうに場を繋いで格好つけようとしていたのだろうか。
いや、いっそこの瞬間のほうがよほど醜いんじゃなかろうか。それどころか醜悪の極みではなかろうか。
黒宮が俺を異様に好いているのだって、もうこれでおしまいだろう。
こんな男に惚れる女なんているわけがない。
つまり俺は清算したかったのだろうか。
黒宮がどうして俺に惚れているのかは分からない。
けれど、そんな異常事態ももう飽きた。
やっぱりトラウマは払拭できないし、俺は誰かと恋に落ちることもない。
このクーデレに付きまとわれる生活も、もう終わりにしよう。
これからはまたつまらなくて冴えない、くだらない日常を繰り返すだけだ。
そんな生活に戻るだけだ。
物足りないなんて思うこともないし、そんな生活すらも充分なんだ。
人の人生を台無しにした人間には、それだけで幸せすぎるくらいなんだ。
俺はそれを思い出せた。俺はそれを思い知らされた。
ただ、それだけなんだ。
さて。
これで見納めであろう黒宮へ、俺はようやく視線を移す。
ここまで思考してようやく踏ん切りがついたというか、勇気が振り絞れたというか。
だが。
俺は違う理由で視線を上げざるを得なくなった。
俺の行動よりも早く、動いているヤツがいた。
それはなんというか、言うまでもなく黒宮だった。
ドキリとした。
だって、黒宮が急に俺の右手を掴んでいたからだ。
時折手持ち無沙汰にグラスを傾けるくらいだった右手を、まるで蛇遣いの達人が毒蛇を捕まえる時みたいに容赦なくしっかりと掴んでいた。
黒宮の手は少し温かかった。逆に言えばそれだけ俺の手が冷え切っていたということだ。
おかしいな。俺はそこまで狼狽しながら話をしていたのだろうか。手が冷たくなるくらい怯えるように震えていたのだろうか。
手を通して、熱が伝わる。
浸透するように震えが治まっていく。というか、本当に震えていたのか、俺は?
やがて手を取ったまま黙っていた黒宮が、じとっと黒い目を向けているのが見えた。
思わず視線を上げてしまったから気づいたのだが、その黒曜石の瞳が妙に潤んでいるように思う。
黒宮は気合いを入れるようにぐっと俺の手を握り込むと、ようやく口を開いた。
「私も、おせっかいを焼くわ」
有無を言わせぬ眼差しが、及び腰の俺を射貫いていた。
どうやら、クーデレに付きまとわれる生活は残念ながらまだまだ終わらないらしい。
いつもより心理描写を多めにしてみましたが、いかがでしたでしょうか。
「どうやらまだまだ終わらないらしい」あたりは一回は使ってみたかった言い回しでした。次に使うのは最終回かなぁ。
あと、その冷えた指先を……というサブタイトル。女の子の手を温めたくなるのが人情ですが、実際は主人公の手のことでした。
最後のシーンはどういう言葉なら主人公を救えるだろうかと考えた結果、言葉ではなく行動で救うのはどうだろうかとか、色々考えたりしました。




