突撃、うちの地下迷宮
それは街と呼んで差し支えない光景だった。
「迷宮の外で栽培しているキノコだよ! 採れたて新鮮のムラサキムツボシダケにクレナイムソウダケもあるよ!」
「本国直輸入の新刊入ったよー、本日ポイント二倍だよー」
「最高級豚の串焼きはいらんかね? 塩にタレ、特製マスタード、ワサビソースなんてのもあるぞ」
「剣に斧、槍の修理は当店まで! 迅速確実な仕事で満足度ダンジョンナンバーワンのボンクラ金物店です! よろしくお願いします!」
地下と聞けば大抵の人々は薄暗く湿った空間を想像するが、ライウルの目の前にあるのは明るい地下空間と多くの人通りだ。
(どこぞの駅ナカ商店街かよ! これぞ本当の迷宮地下商店街……いや、確かに迷宮染みた駅とかあったけどさぁ!)
看板が読めない外国人が迷い込んだら一生出られないのではないかと思えるほど複雑な地下空間。ライウルの前生ではそんな場所もあった。
しかしここは本当の意味でのダンジョン。何かがおかしいが何もおかしくはないのである。
「迷宮にはこうした福利厚生施設の設置が義務付けられていますし、何よりも楽しみがないと従業員のメンタルにも良くありませんので、坊ちゃんにも納得頂ければと思います」
街の様子を見て硬直するライウルの様子を勘違いしたらしいドンが、その存在意義について説明する。
「いや、うん、別に無駄だとは思ってないぞ。大事だよねぇ福利厚生」
「ご納得頂けて何よりです」
厳つい顔を歪めて笑みを浮かべるオークの大番頭に、ライウルは引き攣った笑いを返す。
(福利厚生か、まあ、国からすれば安定的にマナ資源を送って貰わなきゃいけないんだから色々法律も作るよね)
決して公共事業の受け皿などと考えてはいけない。
考えたら色々危険なのだ。
「では、少し案内致しましょう」
「うん、ありがとう」
ドンが先を進むと、人々の流れが彼によって切り裂かれる。
ライウルは人々がごった返す商店街の中でも快適に進むことが出来た。
「お、ドンちゃん! 今日は早いね。一杯やってくかい?」
居酒屋の前を通過すると、暖簾を掛けたばかりの店主がドンに話し掛けてきた。
ガタイの良いサイクロプスの男だ。ドンと並ぶと迫力が凄まじい。
「いや、まだ仕事中だ。あとで寄らせて貰う」
「そうかい? じゃあ、待ってるよ!」
そう言って店の中に戻っていく店主。
そのあとすぐに、客らしいランドワームが器用に扉を開けて店の中に入っていった。
「あ、ドンさん! 例の斧手に入りそうですよ!」
次に話し掛けて来たのは、輸入品を扱う店の店員だ。
エプロンを掛けたアルラウネが、にこにこと明るい笑みを浮かべている。
「そうか、じゃあよろしく頼む。ものが良ければ部下たちにも使わせようかと思う」
「じゃあ、サイズは上下何種類か見ておきますね」
「それで頼む」
「はい!」
ひらひらと、手と腰下から生えた触手を振るアルラウネ。
そのまま下半身の蔦状の触手を蠢かせて店内に戻り、ハタキと雑巾を持って掃除を始める。
腕が何本もあるようなもので、手際よく掃除を進めていく。
「坊ちゃん、良ければ幾つか店を見て回りますか?」
「そうだね」
じっと店舗を見詰めているライウルに、ドンが提案する。
ドンはランサーから、ライウルは知的好奇心が旺盛で、様々な資料を読み漁っていると聞かされていた。
(迷宮について色々興味を持って貰うのは悪いことじゃないしな)
将来的なことを考えれば、その知的好奇心が良い方向に向かうことを願わずにはいられない。グランツもランサーも決して悪いダンジョンマスターではないが、やはりというか貴族的なものの考え方をする傾向があり、それがダンジョンの成長を妨げているという面もあった。
(戦うだけがマスターの仕事ではないんだが、なかなか……)
効率ばかりを重視するのは論外だが、効率を軽視するのもまた論外なのである。
何事もバランスが重要だ。
「じゃあ、まずはあの店に」
「うん」
ライウルを連れて大通りから少し入った路地にある武具店に入る。
大通りにある金物店よりも高価な品を取り扱う店だ。
「いらっしゃい。――おや、ドン」
店の奥にあるカウンターでパイプを吹かしていたドワーフの老婆が、ドンの姿を見て目を細める。
続いてドンの隣にいるライウルに目を向け、首を傾げた。
「そちらの若君はどこの若君かね」
「この迷宮の若君だ。今日は見学でな」
そう答えながら、ドンはライウルをカウンターの前まで案内する。
「ライウルです。よろしくお願いします」
「黒ドワーフ、ガガンのヴァイア。じゃあ、ランサー坊の息子ってことかいね」
ドワーフの老婆はじろじろと不躾な視線でライウルを眺める。
余人ならば気分を害しても仕方がないが、ライウルは日頃の行動のせいでそうした視線に慣れきっていた。
学校始まって以来の秀才という肩書きと共に、学校史上最悪の問題児という称号も手に入れていた。
「確かに雰囲気はよく似ている。でも顔立ちは坊よりも奥さんに似たみたいだけど」
それは幼少の頃から言われ慣れている。
ランサーは知人友人にそう言われるたびに落ち込むのだが、ライウルにしてみればどちらでも構わない。
「ここは、人間たちの武器も扱っているのですか?」
「そうだよ。ああ、畏まった言葉遣いはいらないよ。あんたは偉そうにするのが仕事だからね」
ヴァイアは背後の棚から鍵の付いた長細い木箱を取り出し、カウンターの上に載せる。
腰から外した鍵束から、節くれ立った指で一本の鍵を選び出し、鍵穴に突き刺した。
「これは人間たちが『勇者デイビスの剣』と呼んでる魔法銀の剣さ」
軋むような音と共に開かれた木箱の中には、金銀などをふんだんに使った一振りの剣が入っていた。だが、よく見ればいくつもの細かい傷が残っており、明らかに誰かが使用していたことが分かる。
「こいつは元々は教会が作った上級騎士用の剣だったけど、勇者の仲間だった魔法使いが色々な魔法を付与したことで魔法剣になったのさ」
「じゃあ、何故コレがここに? 勇者の剣だっていうなら、人間たちが持っている方が自然じゃ……」
ヴァイアはニタリと笑う。
「その通り。実際こいつは勇者とやらが死ぬまでは教会に保管されていた。だけど、その勇者の名前を継いだ冒険者が思ったよりも情けないヤツでね、ある迷宮でパーティごと全滅しちまった」
実際のところ、教会に多額の寄進をして剣を手に入れた道楽息子であったというのが事実だった。
金に飽かせて優秀なメンバーを集め、同じく金に糸目を付けずに集めた装備で身を包んだ彼らだが、やはり冒険者にとって経験に勝る装備はなく、第三号ダンジョン――『空中都市ガラルホルン』で全滅してしまった。
「その全滅したパーティの装備は、修理が利かない奴を除いて魔界に送られ、アタシらみたいなのが参加するオークションに掛けられたって訳だ」
「その後、我々ダンジョンモンスターが店に赴いて手に入れ、迷宮で用いるのです。自分は斧やら大剣ばかりを使いますが、マーカス辺りならこうした剣も使います」
「使っても大丈夫なの?」
(魔法銀ってミスリル的なものだよな。普通は駄目だと思うんだけど)
「はい。あの者はかつて勇者と呼ばれていた元人間の魔族ですので、こうした装備を扱うことができます」
「そりゃすごい」
そう答えつつもそれがどれほど希有なスキルであるのか、ライウルには全く分からない。
人間から魔族になったとき、大抵の者は信仰からか、人間であった頃の自分を完全に捨て去ってしまう。しかしごく稀に、人間であったことを捨てずに魔族へと変化する者がいる。
ライウルの母もそのひとりであったがその理由は、人間であることを否定することで、自身が母であることを否定してしまうのでないかと恐れたためだった。
「はあ、なるほどね」
(まあ、そういうこともあるんだろう。――ん? じゃあ俺はどうなんだ?)
魔族の父と、人間の母を持つ自分は果たして魔法銀にどのように判断されるのか。
ライウルはそんな興味を胸に、勇者の剣を指先で突く。
「ぼ、坊ちゃん!」
あらゆる魔性の者を焼き尽くすと呼ばれる魔法銀でできた剣で、マーカスのような存在は例外である。ドンは慌ててライウルの手を掴もうとした。
しかし、剣に触れたライウルは全く気にせず、柄や刃を突き回してる。
「な、何故……」
驚きの表情を浮かべるドンに、ヴァイアが紫煙を吹き掛ける。
「その子は半分人間だろう? その剣は魔族殺しではあるけど、半魔族までは守備範囲じゃないんだ」
「そうなのか?」
「教会が作ったって言っただろう。あいつらは半魔族を存在しないものとしている。存在しないものを討つ訳にはいかないのさ」
ぷかり、と輪になった煙を吐き、ヴァイアは木箱を閉じる。
「神の作った人間と神の敵である魔族の間に子どもが生まれる訳がない。生まれたとしたらそれは人間で、魔族なんかじゃないってことだね」
そもそも、半魔族という存在は世界中を見てもかなり珍しい存在である。
人間社会の中にはまず存在することはなく、魔界でも何十万人にひとりといった割合だ。
「そういや、斧の手入れ道具を仕入れておいたよ、持っていくかい?」
「あ、ああ、そうだな」
ドンは店の中をきょろきょろと眺めているライウルを気にしながら、腰に提げていた革袋から銀貨を取り出す。
それを目敏く見付けたライウルが、銀貨をひとつ手に取った。
(魔界のじゃないな。あっちじゃ銀貨なんて流通してないし。ということは――)
「これ、人間たちの?」
「ええ、人間たちが使っている通貨です。この迷宮では魔界の通貨が使用できませんので、これを使います」
「ほうほう」
ライウルは銀貨を矯めつ眇めつ、指の腹で撫でたり、天井の光を反射させたりする。
(確か条約でゲートを用いて通貨を行き来させることは禁止されてたっけ。天界からすりゃ貴金属流出とか洒落にならないもんな。あ、そういうことか)
「だからダンジョン内の宝箱からお金出てくるのか」
「ん? 坊やよく知ってるじゃないか」
思わずライウルの口から出た言葉に、手入れ道具を紙袋に入れていたヴァイアが反応する。
「冒険者を釣る餌として金貨とかはよく使うんだけどね。銀貨とか銅貨は街中での買い物とかに使うのが大半さ」
(はあ、なるほど、モンスターたちがお財布に入れて使うのは銀貨とか銅貨なんだ。ん? んん?)
「もしかして、ダンジョンで冒険者たちに負けるとお金を巻き上げられる?」
「そうさね。せいぜい分捕られても困らない程度の小銭だろうけど」
それ以上持ってる奴もたまにはいるんじゃないかね――ヴァイアは紙袋をドンに手渡しながら、何でもないことのように答えた。
(ゲームダンジョンのモンスターがお金を持っている理由はコレか!! 何でこいつら使えもしない金持ってるんだろうとか思ってたけど、少なくともここなら使う当てあるんだ)
ライウルは前生からの疑問が思わぬところで氷解し、衝撃を受けた。
剥ぎ取った素材を貨幣価値に換算するとか、モンスターは光り物を集める習性があるとか様々な説があったが、とりあえずこのダンジョンでは普通に財布に入れているだけのようだ。
「あ、もしかしてさっきの剣みたいなのも負けると持ってかれる?」
今度はドンに問う。
オークは頷き、丁寧に説明してくれた。
「常に高価な装備をしている訳じゃありませんが、たまにそういう話は聞きますね。何年も苦労してようやく手に入れた装備を、ちょっと試してみるつもりで持っていったら負けて巻き上げられたとか、酒場でくだを巻いてる者も見たことはあります」
(これがレアドロップか!! たまたまそのモンスターがその装備を持っていて、たまたまそれをダンジョンに持っていって、たまたま冒険者に負けてってことになれば、そりゃ泥率下がるわ)
モンスターの素材系ならば、偶然その部位が傷付けられずに残ったという解釈もできるが、武器などが手に入る理由はライウルにとっても疑問だった。
まさかモンスターが苦労してお金を貯めて購入した装備を冒険者が巻き上げていたとは、予想もしていなかった。
「武器とかなくなったら困るんじゃ……」
「一応支給品はありますよ。棍棒とかナイフとか。回収したはいいけど、戦いで駄目になっている人間たちの装備をこの街の中にある鍛冶場で作り直すんです」
「リーダー格になればさっきの剣みたいな装備も買えるけど、下っ端連中はそういう武器ばっかりさ。たまーに金を貯めて買ってく奴もいるけど、自信がないから迷宮にまで持っていかないしね」
(ああ、雑魚モンスターのレアドロップはこれか。宝石系は冒険者からかっぱらった奴かな?)
「ねえ、冒険者が持ってる宝石とかはどうするの?」
ふと湧いてきた疑問を口にすると、ドンはヴァイアに視線を向ける。
このオークが宝石類にまったく興味を持っていないことは知っていたので、ライウルもヴァイアに目を向けた。
「うちみたいなところでも買い取ってるし、表通りにもそういう専門店があるよ。魔界に持ち込める量は限られてるし、何より個人で持ち込むのは許可が結構面倒だからね」
「冒険者が持っていた金目のものは、基本的には倒した魔族が所有権を持ちます。武器や防具に関しては迷宮との契約次第ですが、うちなら全部回収ですね」
「その分、給料に色を付けるって形さ。宝石とかも全部纏めて迷宮に渡して給料に幾らかプラスしてもらう方法もあるけど、こっちはあまり高くはならないから」
結局のところ、自分の足で高額で引き取ってくれる店を探すのが魔族の間での常識になっている。
また宝石買い取り価格を纏めている雑誌なども発行されており、熾烈な市場競争が行われていた。
人間界の宝石は魔界でも人気の品なのだ。
「なるほど、ありがとう」
ライウルは何度も頷き、ヴァイアに礼を述べた。
ドワーフの老婆はその様子に笑みを浮かべ、カウンターから手を伸ばしてライウルの頭を撫でた。
「またおいで、今度は別の武器も見せてあげるよ」
「うん」
ドンはそんなふたりの様子に満足そうな吐息を漏らし、仕事中に買い物をしたことをライウルが誰かに言わないことを願うのだった。