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ノーフィ  作者: KS
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始まり

暗くてよく見えない道をただひたすら走る。

行かなくてはいけない場所に。

果たさなければいけない約束を守るために。


……なんの約束?


立ち止まって考える。

僕は一体何の約束をしていたんだ?

僕はどこに向かっていたんだ?

誰との約束なのだろう。


一度疑問に思ってしまうと全てを手離してしまう悪い癖だ。

考えれば考えるほどそれが一体なんだったのか分からなくなり、焦る。

思い出さなければいけないんだ、でも何故?


僕は何故こんなにも必死になっているのだろう?


足元にあったはずの道はなくなり、ただ闇が口を開いて僕を飲み込もうとしている。

白い牙。

ぽっかりと先の見えない喉の奥。

どうすることも出来ないまま、僕の喉元まで出かかった約束ごと、闇は僕の頭と胴体を切り離し、飲み込んだ。

妙に生々しいゴキンという音と、一瞬の痛みが頭を支配し、


「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!」


起き上がる。

そこは見慣れた自分の部屋で、僕はただの夢にうなされてただけだったようだ。

もうすでに夢の内容なんて忘れていたが、その言い知れない恐怖を全身から吹き出す汗が物語っている。


「あら、起きれたのね、よかったわ」


額の汗を拭っていたらすぐ横で声が聞こえた。

スゥっと血の気が引いてゆっくりと声のした方を見る。

端正な作りの顔の少女が座っていた。

驚き以前にその美しさに声が出なかった。


「…なに?」


不審そうにその端正な顔を歪ませる。

少女は透き通るような緑色の瞳を持ち、表情がなかった。

どこか人形のような無機質な容姿と表情。


「…君は誰?」


かろうじて出た言葉はそれだけだった。

無能でただの肉塊になった僕を見つめつつ、一瞬驚いたように目を開いたが、何かを確認するように虚空を見つめた。

そしてため息を吐いた。


「何も覚えていないのね」


少女はスッと立ち上がり、そして僕に近づいてくる。

少女の重さにベットが弾み、彼女の息遣いが聞こえるほど近く、艶めかしい雰囲気から僕は固まる。


「あなたにとって私は絶望。聞きたいの?耳を塞ぎたくなるくらいに痛みを与える私のことを知りたい?」


目と目が重なるほどに近い、彼女の重さを肌で感じるほどのその至近距離で僕はどもる。

混乱して何も考えられない。

また嫌な汗が噴き出る。


「何を、言っているのか分からな…」


スッと彼女の指が自らの唇に触れた。

心臓が跳ね上がり、それ以上口を動かすことはできなかった。


「私の言葉に意味はない。そしてあなたにとって絶望でしかない。ただそれだけ」


そこまで言い切って指を離される。

少しだけ残念と思ってしまう自分を奇妙だとどこか他人事のように感じた。


「いい?思い出しなさい。あなたは昨夜死んだの」


死んだ、その言葉だけが頭を反芻して響き、頭痛となる。

何を言われたのか理解できない、現に今こうして生きているのに。

こうして彼女の感触を確かめることもできているのに。


「思い出せと言っているの。あなたは昨日何故学校へ来たの?」


学校?

頭をできる限り回転させる。


「思い出した?あなたは昨日あの黒い塊に食べられてしまったのよ」


少女は淡々と説明をする。

その無機質な顔と言葉に冷たい汗が背中を伝う。

世界で一番残酷で冷たい言葉を、きっと普通に生きていたら聞くことはないであろう言葉を僕は飲み込めずにいた。

喉に引っかかる感覚が妙に気持ち悪かった。


「君は一体…?」


「私はあの塊を狩る者。あなたは塊に食われてしまったけどなんとか命とヒトとしての形を保った。それだけ」


そこまで言い切って彼女は僕から離れ、立ち上がった。

そのままドアの前まで歩いて振り返った。


「あなたは人間ではなくなった。これからどう生きていくかは自分で決めなさい」


彼女はドアノブを捻り、部屋から出ていこうとする。

慌てて引き留める。


「待って!言っていることが分からない!それに僕のどこが人間ではなくなったって言うんだ!」


彼女はピタッと止まり、もう一度振り返った。

その瞬間、腹部に違和感を覚えた。

異物が腹を食い破った。その事実を感じてから異物から痛覚が広がる。


「うぐぅぅぅ…!」


耐えがたい痛みから逃げたくてどうしようもできなくて声だけが漏れ出る。

腹を食い破る真っ白な包丁のように見えるナイフを、人形のように滑らかな指が包む。

そして、容赦なく引き抜かれる。

さっきまでとは比べ物にならない痛みで脳みそが真っ白になる。

喉が痛い。聞こえないし感じはしないが、獣のような悲鳴をあげたのだろう。

視界の端で僕の返り血を浴びた少女を捉えた。

その顔には相変わらず表情はなく、何故か死神のように見えた。


「静かに。騒ぐほどではないわ。だってほら」


少女の声が聞こえた。

その瞬間に意識が少し落ち着く。

真っ白な痛みは急速に引いていき、余韻すら残るけれども気にならない程度になっていった。

引き抜かれて血が洪水のように出ていた腹には血の跡が残るだけだ。

刺さっていたという証拠に服は破けていたが、傷は見当たらなかった。


「分かったわね?あなたは確かに人間ではないのよ」


涙が溢れた。

何も言えなかった。


「私は塊に食われるあなたを助けられなかったわ。でもあんな時間に出歩いていたあなたの責任でもあるのよ。それに私は食われたあなたを元の形にまで直してあげた。十分責任はとったと思うわ」


そこまで言い切ると彼女はため息を吐いた。


「私も自分のことで手いっぱいなの。悪いけどあなたのおもりはできないわ」


それ以上なにも言えないまま、少女が扉に飲み込まれるのをただ見ているしかできなかった。

扉が閉じる音がやけに耳に張り付いた。



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