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鐘の音が聞こえる

作者: 大橋零人

 大晦日の夜。

 私はコタツに入りながらテレビで国民的歌番組を見ていた。

 こんな伝統的なスタイルで年末を過ごすようになったのは数年前。目の前で幸せそうに年越し蕎麦をすすっている彼と付き合うようになってから。

 彼の部屋は狭いから「コタツなんて置かないでホットカーペットにしなよ」って言ったんだけど、「コタツの無い年末は考えられない」って笑って答えていた。

 ちょっと奮発してエビ天を入れてあげたら目を輝かせて喜んでいる。お蕎麦はただのカップ麺だっていうのに。

「大晦日ってさ、子供の頃でも夜更かしできたよね? だから、今でもなんだかワクワクするんだよなあ」

「そお? 私は大晦日以外でも12時くらいまで起きてたよ」

「ええっ?! 小学生の時だよ?」

「うん。私は自分の部屋でテレビとか見てたから」

 大晦日に限らず、子供の頃でも居間で一家団欒っていうのはほとんど無かった。

 食事だっていつも家族バラバラだったし、父親が仕事人間だったから家族で外に出掛けるということも少なかった。

 でも、彼は必ず大晦日には一家揃って年越し蕎麦を食べてきたらしい。

 東京で一人暮らしをするようになってからも年末になると実家に帰っていた。除夜の鐘を東京で聞くようになったのは、私と付き合うようになってからだ。

 どちらかというとアウトドア派の私は遊びに行こうとかブツブツ文句を言っていたんだけど、今では何の不満も無い。

 あったかいコタツに二人で入りながら、お蕎麦とかミカンとかを食べてノンビリとテレビを見る。

 目の前に彼の優しい笑顔がある。

 他に何か望むものがあるだろうか。


「……お墓参りってさあ、なんでするのかな?」

 テレビでテノール歌手が歌っているのをボンヤリと見つめながら私が呟く。

 私は高校生くらいからお墓参りというものにほとんど行ったことがない。親戚の法事に何度か出席したことがあるくらい。

 それに対して、彼は今でもお盆になると必ず実家に戻って墓参りに行っているのを私は知っていた。

「まあ、自分の家のお墓参りだったら、ご先祖様に対して感謝の気持ちを示す行為……かな? 僕らがこうして出会えたのもご先祖様のおかげなんだし」

「そりゃそうだけど、顔も知らないんだよ? そんな形式的なことに意味があるとは思えない。私だったら全然知らない子孫に手を合わせられたって、べつに嬉しくないもん」

「うう~ん……でも、今は知っている人だってお墓に入ってるでしょ? 親戚だけじゃなくてさ」

「だって、お骨は入っているけど、その人の魂が居るわけじゃないんだよ。あんなの拝んでいる人の自己満足でしょ?」

「いいんじゃないかな、自己満足で。お墓で自分の近況とかを報告したりして心が少しでも安らげば価値ある行為だと思うけどなあ」

「私はお墓参りで心が安らぐとは思えない。その相手が自分にとって大事な人であればあるほど」

「だから、君はお墓参りに行かないんだね」

 相変わらず彼は笑顔を見せていたけど、私はちょっと目を逸らしてしまった。

 私にとってお墓参りとは、その人の 死 を確認すること。

 だから、行けない。

 以前、親友の由美子が言っていた。「沙希が来てくれたら、きっと喜ぶよ」って。

 でも、そんなわけはない。

「……死んじゃった人がさあ、お星さまになるなんてナンセンスだよね」

「そうかい? 僕は分かる気がするけどなあ。もちろん実際に星になっているわけじゃないだろうけどさ、亡くなった人を大切に感じている人には見えるんだと思うよ」

 彼の言いたいことは分かる。故人を想いながら夜空を見上げた者の心の中に存在しているということだろう。

「でも、その存在は過去の記憶でしょ? 現在進行形じゃない。死んじゃった後にどんな出来事が起きようが新しい感情が生まれることはないんだよ」

「その考え方はちょっと寂しいなあ」

「死んだ人には喜びも悲しみも無い。だって、死んじゃったんだもん」

「…………」

 彼が少し困った顔をしたので私はこの話を止めた。彼の笑顔だけが私の願いなのだから。


 また、私達は年越し蕎麦をすすりながら穏やかな時間を過ごしていた。

「もうすぐ除夜の鐘が鳴るね」

 新たな年が訪れるのを楽しみにしているような口調で彼が告げる。

「鐘は鳴らないよ」

 私は彼を静かに見つめ返した。

「だって、この夜が私にとって 幸せ そのものなんだから」


 テレビではまたテノール歌手が歌い始めていた。

「そうか……この夜が君の幸せなんだ」

「うん。私はこうして浩平と一緒にいられれば幸せ。他には何もいらない。明日なんて来なくていい」

 記憶に刻まれた優しい眼差しの彼。

 それが私の幸せの全て。

「それなら、なんで君はずっと泣いているの?」

「えっ……?」

 自分の顔を触ると、確かに私は笑顔のまま涙を流していた。

「僕には君が幸せそうには見えない」

 そう呟いた彼の顔を見ることはできなかった。

「……馬鹿みたい。さっき自分で言ったのに。死んじゃった人には感情なんてないって。自分で勝手に作り出した嘘っぱちの幸せに逃げ込んでいるんだよね」

「…………」

「でもね、それでも私は良かった。浩平のいない現実よりはずっとマシだったから」

 だけど、もう私には聞こえていたんだ。

 今日の終わりと明日の始まりを告げる鐘の音が。


 顔を上げると、彼が心地良さそうに鐘の音を聞いている。

 それは私にとって嬉しくも悲しくもあった。

「……浩平は明日が来るのが嬉しいの?」

「うん。だって、明日にはきっと沙希の幸せが待っているから」

 そう、私は知っていた。

 私の願いが彼の笑顔であるように、彼の願いが私の笑顔であることを。

 今でも私達の幸せは繋がっているということを。

 だから、私は探しに行かなくちゃいけないんだ。

 新しい、私達の 幸せ を。


 だけど、もう少しだけ時間が欲しいの。

 あったかいコタツに入りながら、あなたの微笑みを見つめていたい。


 せめて、この鐘が鳴り終わるまで。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんだか、考えさせられました。 人の死については色々考え方はあるでしょうが、主人公のような考えもあるんだなと。 いないんじゃないかという疑問といるんじゃないかという疑問二つを残しつつ落ちまで…
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