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竹下和樹は亜矢子の5歳年下の22歳だった。
高階の話によると、ご両親を事故で亡くし、高校を卒業後警備会社に就職。たまたま自分の経営する建設会社の現場に派遣され、その仕事ぶりをたいそう気に入り、自分の会社で働くように薦めたそうだ。現在は土木と建築について勉強中だという。ゆくゆくは土木か建築の仕事に携わり、自分の会社を盛り立ててくれるはずだ。とのことだ。
亜矢子は高階の話を聞きながら、年齢よりも上に見えるのは、もちろん本人の風貌もあるのだろうが、早くから社会に出ていることもあるのかもしれない、とぼんやり考えていた。
「・・・なので、亜矢子さんのような年上でしっかりした女性に和樹を支えてやってもらいたいんですよ。こいつこう見えて結構抜けているのでね」
と亜矢子にウインクをしながら、高階は言葉を締めた。
自分たちがいては話にくいだろうから、と食事をしたのちすぐに3人は喫茶コーナーに行ってしまった。
広い部屋に取り残された亜矢子は何か話かけようとしたが、何を話してよいかわからない。
しかし、二人きりになったら言いたいことが一つあった。
「竹下さん、まずはこの場を借りて謝りたいことがあります。もうお忘れになっているかもしれませんが、工事現場で車とぶつかりそうになったことを覚えていますか?その節は本当にすみませんでした。ずっときちんと謝りたかったのですが、ついそのままになって・・・」
竹下はちょっと驚いたような顔を見せたが、すぐに目を細めて微笑んだ。
「・・・いえ、わざわざありがとうございます。中村さん、あれからいつも俺と目が合うと申し訳なさそうにお辞儀してくれていたでしょ?もう気にしないでください。俺もこの場を借りてそのことを言えてよかった。」
穏やかに話す声に、亜矢子はほっとした表情を見せた。
それからは普通に話すことができた。
竹下の姿勢が良いのはずっと剣道をしていたからだという。段位は4段だという。
亜矢子は剣道が全く分からないが、きっと高い位で強いのだろうと称賛を述べると、
竹下は、段位=強さではないですから、すこし照れたようにつぶやいた。
それでも所作の美しさを見ていると、きっと彼は強いのだろうと亜矢子は思った。
一度剣道をしているところを見てみたくなった。
それからも会社の話など色んな話をしてみたが、波長があうと言えばよいのか、音楽の好みが似ていたり、お笑いの趣味が似ていたり、亜矢子は飾らない自分でいることができた。
竹下は「亜矢子さん」と呼ぶまでになっていた。
「亜矢子さんの話って面白いですよね。どっから仕入てくるんですか?大笑いで腹が痛いですよ」
「竹下君が笑い上戸なんじゃないかなあ?私はそんなに話上手くないし・・・。会社で新人だった頃は上手く話せなくて先輩に慰めてもらって・・・」
『話そうって気負わなくても、テレビの話でも天気の話でも、窓から見える景色の話だってなんだっていいんだよ。とにかく相手にあなたと話したいですっていう気持ちを伝えることが大切。中村さんにはそれがあるから今日は駄目でも慣れればすぐに上手くなるよ。』
新人の頃、うまく取引先と話ができなくて落ち込んでいた私に、そう言って励ましてくれた河合。
その言葉は亜矢子の宝物になり、河合に恋心を抱くようになったきっかけだ。
・・・河合はいま、どうしているんだろう・・・。
亜矢子は胸の痛みを紛らすように、両手をギュッと握りしめた。
なかなか時間が取れず、進まなくてすみません。
でも頑張って書き続けたいです。読んで下さる皆さんに、お気に入り登録して下さる皆さんに感謝です!!
ありがとうございます。