こぼれ落ちる
幼馴染みなんて一つもいいことない。
好きな人に女の子として見てもらえないどころか、恋の相談までされる始末。
「でな、田中さんってすっげぇ可愛いいんだ!」
「ふーん」
「…なんだよその返事。祐哉くんの力になってあげる、ぐらい言えねぇの」
好きな人の恋路を応援しろと?
酷なことを平気な顔して言う祐哉に泣きそうになるのをぐっと堪えた。もちろん可愛い4組の田中さんに夢中な祐哉はそんなことには気付かない。
祐哉は大きくなるにつれてどんどんかっこよくなっていった。
小学生のころ、上級生に絡まれた私を助けてくれたときの大きな背中はずっと遠くに行ってしまった。
女の子が話すのを何度か聞いたことがある。
『祐哉くんってカッコいいよね。彼女とかいるのかなぁ』なんて、きらきらと輝く可愛い女の子たちの囁き。もう祐哉は手の届かないところへ行ってしまっているのが身に染みた。
祐哉のベッドに腰掛けて側にあったクッションを抱き締めると、嗅ぎなれた祐哉の匂いを感じる。祐哉の部屋にいられる。そのことは暗に私のことを欠片も女の子として意識してないと言っていた。
私1人が意識して緊張して馬鹿みたい。
「田中さん可愛いいし、無理でしょ」
「な、何でそんなこと言うんだよ!まだ無理って決ってないだろ」
「田中さんみたいな子のが祐哉なんか相手にするわけないじゃん」
ホントは田中さんが祐哉のこと好きなの知ってる。少し前にクラスの子に聞いた。
嘘吐くのは祐哉を諦めさせたいから。あんな可愛いい子に私なんかが敵うはずもないのは分かってる。
並な容姿に特に秀でたものが一つもない私。それに比べて、田中さんは可愛いくて、優しくて頭も言いと言う話。戦おうとすること事態間違ってる。
でも、せめて高校を卒業するまで祐哉に彼女なんて出来なければいい。
卒業したら私と祐哉の関わりは皆無になる。他県の大学を受けるらしい祐哉と県内を受ける私、町で擦れ違うこともなくなる。それに新しい出会いがあれば幼馴染みなんてすぐに記憶から消えてしまう。
大体高校まで関係が保っているのは私が必死につなぎ止めたから。そうじゃなきゃ今ごろ私と祐哉の関係は終わっていた。祐哉にとって私という存在は取るに足らないモノ。ただ気付いたら側にいた奴、そんな存在だろう。
「……告白、しようかな」
「祐哉、今、なんて?」
「よし、決めた。俺、田中さんに明日告白する」
聴き違いかと思った。私が祐哉の声を聞き逃すはずなんてないのに。
2度目、再び口に出された言葉は決意に満ちていた。
せめて高校までは。そう思った矢先のことに私は奈落の底に突き落とされた。
祐哉と田中さんが付き合ったら、もうこんな近くで祐哉を見ることができなくなる。
私のいる場所は田中さんのモノになって、こんな風に祐哉と時を過ごすようになる。違うのは祐哉は田中さんを女の子として意識してること。
あぁ、もうお終いだ。
「ん?由美どうかしたか」
「な、んでも、ないよ」
黙り込んだ私に祐哉が不思議な顔をするけど、まともに返事することなんて出来なかった。
帰る、そう言い放ち俯いたまま扉に向う。何か祐哉が言おうとしてるのを背中で感じるけど振り向くことは出来ない。これ以上ここにいたらダメ。今まで我慢してきたものがこぼれ落ちてしまう。
「また明日な」
部屋を出る瞬間、私の背中に向かって言われた言葉。また、今度会うのは学校でだろう。
もう私がこの部屋に来ることなんてないんだから。明日になれば祐哉と田中さんは付き合ってる。
祐哉の家から出て祐哉の部屋を見上げれば、窓から覗く祐哉と目が合い手を振られた。小さく振り返すと笑ったのが雰囲気で分かった。
――馬鹿、人の気も知らないで。
歩いて数歩の我が家の玄関を開け、閉めた扉を背にズルズルと座り込む。冷たいコンクリートがお尻に触れた。
幸い今の時間なら家には誰もいない。泣いても大丈夫。
見慣れた玄関から見える景色が滲んでくる。ズキズキと胸が痛むのは全部祐哉のせい。
馬鹿でどうしようもない。
けど、不器用な優しさも一度決めたら覆さない意志の堅さもたまに見せる男らしいとこも全部。全部、全部、全部好き。
もうあの底抜けな笑顔見ることはできないんだ。
向日葵みたいに輝いて、一番星にも負けない。祐哉の笑顔。その全部が違う人のモノになる。
そんなの嫌。胸が張り裂けるようで、胸の上をギュッと押さえた。思い浮かぶ祐哉の笑顔も涙で滲む。
言いたくても言えない。さっき堪えた言葉が小さくこぼれ落ちた。
――好き
呟きに似た告白はあの人に届かない。
冷たかったコンクリートの温度を感じなくなるほど時間を忘れ、私は声を上げて泣いた。
沢山沢山泣いて、明日学校で祐哉に会ったとき「おめでとう」って笑わなくちゃ。
祐哉に私が出来ることなんてそんなことしかないんだから。