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二日目・(後)深い疲労とそれに伴う精神の衰弱について

 「これが、僕と僕の最も重要な第三者にまつわる話しさ」


 僕は話し終わって、何かつっかえていた物が外れたかのような、爽快な気分になった。そしてまた、心の底まで疲労したような、倦怠感にも襲われた。


 今まで誰にも話したことのない話しだった。それでもすらすらと言葉を言い出すことができたのは、いつかこのことを話すために、無意識のうちに何度も構成を考えていたからだろう。


 テラの方を見ると、彼は、昨日と同じように難しい顔をして、イスの上で固まっていた。まあ無理もない。僕だって今までの間、真剣に取り組むことを避けてきた話題だ。一度聞いただけで6歳児に理解して貰えるほど、単純なものじゃない。


 それに第一、こんな話しをテラに対してするべきだったのか? 僕はそう思ったが、これはどう考えても今、彼に話すしか行き場のない話しだった。結局は、丁度良い時期に彼がいただけのことだ。僕はこの議論について深く突き詰めることを諦めた。



 「どうして、自殺をしたんだろう」


 「さあ。それだけは僕にも、はっきりとしたことは分からないね。そのときは僕も相当焦っていたし、彼女があんな行動をとるとも思っても見なかった。兆候みたいなものも無かったから」


 実際、彼女は死の前日まで、何事もなく、僕との生活を楽しんでいるように見えた。一緒に出かけ、一緒にご飯を食べ、一緒に笑い、そして隣り合って眠りについた。いったい悪夢の伏線はどこにあったのだろう。彼女は僕に何かを隠していたのだろうか。


 「匠護にも、それは分からない」


 「うん。あるいは、僕だからこそ分からないのかもしれない。他の誰かなら、彼女の異変に気づいて彼女を助けることができたかもしれない。でもたまたま彼女の相手が僕で、僕が鈍かったから、彼女は秘密を打ち明けられず、孤独なまま死んでしまったのかもしれない。あるいは……」


 そこで僕は言葉を詰まらせた。一体僕は何を言いたいんだろう。責任がどこにあろうが、もうそれは誰にも償いようのないことなのではないだろうか。しかし僕は、それを承知で、その先の言葉を言わずにおくことができなかった。


 「あるいは、それは最初から決まっていたことなのかもしれない。運命みたいなものだったのかもしれない……」


 「運命?」


 「そう、運命。人間の意志とは無関係に、最初から何者かによって作られた流れ。…………人はよく、運命というありもしないものを利用して、責任の所在をあやふやにしようとする」


 僕の口からは、考えてもいなかったものごとが次々と発せられた。どうやら僕は疲れているらしかった。それも酷く。無理もない、封印していた過去を何の準備もなしに解き放したのだ。それとともに飛び出してくるものどもは、容赦なく僕を疲弊させていく。


 「匠護も今、運命というものを利用して、責任の所在をあやふやにしようとした?」


 「うん。僕は疲れていることを理由に、普段絶対に言うまいと決めていたことまで言ってしまった」


 普段絶対に言うまいと決めていたこと、それは………


 「運命は本当にある?」


 そう、運命という言葉だ。


 「僕には分からない。でも、少なくとも僕は運命というものを信じてはいない」


 「運命があるかは匠護にも分からない。でも、匠護は運命を信じてはいない」


 僕にも分からなかった。人間の本性というのは、疲れてくたくたになったときに現れるというのを聞いたことがある。そうだとすれば、僕は本心では、運命というものを信じ、頼っていると言うことになる。しかし僕は正気な時には、運命などと言う言葉を嫌う。一体本当の僕はどっちだ。少なくとも、僕はどっちを信じれば良いんだろう。僕はテラになんと伝えるべき何だろう。


 「運命という言葉は、僕たち人間にとってはとても都合の良い言葉なんだ。すべての物事の言い訳は、運命で片付けることができるんだから。だから、運命を信じる人は失敗を恐れない。どんな失敗を犯したとそれも、それは前もって決められていたことで、自分が最も重大な因子では無いと言うことを、公然と言い切れるからだ」


 「運命は、言い訳をするためにある」


 「殆どの場合ね。そしてその言い訳を体系化し、傲慢さを付け加え、神聖さのベールをかぶせたのが宗教だ」


 話しが飛躍しすぎているような気もしたが、僕は構わず続けた。この際、心に思っていることはすべてはき出してしまった方が良いかもしれない。恐らくテラも、そのことを望んでいるのだろうと僕は思った。


 「宗教というものを信じてしまえば、人は生きていこうと努力する必要性を失う。何故なら、困ったときには神様に頼めばいいからだ。そうすれば彼らの悩みはたちどころに解消され、神のご加護を受けられる。彼らはそう信じている」


 「でも、それは本当じゃない?」


 「多分ね。少なくとも、祈ることでお腹が膨れることはないと僕は思っている。逆に喉が渇くかもしれない。あるいは、本当に熱心な宗教家たちは、よりよいご加護を受けるために、正しい生活をしようと心がけているかもしれない。でも、正しい生活を送っていれば、神様の加護なんかなくても言い人生は送れるはずだ。大体はね」


 「匠護は神様を信じる?」


 「神様はいるかってこと?」


 テラは小さく頷いた。難しい質問だった。神様はいるのだろうか。


 正直言えば、僕は神様というものを信じてはいない。別に、眼に見えないものは信じないと言っているのじゃなくて、ただ単に神様を信じる必要がないと思っているだけだ。


 いったい、神様が実際に存在したとして、だからどうだというのだろう。人は確実な力によって決定される人生を選ぶのだろうか。


 確かに、神様というものを信じれば、いろいろな出来事に理由を付けることができる。不幸なことが起こればそれは神様の与えた試練として、次に与えられるであろう幸せのために努力することができる。幸運なことが起これば、それは普段神様を信じ続けた成果だとして、神様と、そして自らを讃えることができる。


 昔の人々は、その年が豊作ならば神様を祀り崇め、不作ならばそれを神の怒りと信じて、生け贄を差し出した。それが、脈々と続けられてきた人間の営みだ。しかし、それは果たして正しいことだったのだろうか。神様が全能なものだとすればなぜ、人間という卑小な創造物に対して怒りを示すのだろうか。


 逆に、もし神様が、時には怒り、間違いを起こす存在であることが前提とされるものならば、それを信じ、頼りにするのに足るのだろうか。そんな神様を信じるぐらいなら、有能で温厚な友人を一人二人持った方がいいと、僕は思う。彼らは気まぐれなどで、世界の均衡を崩したりはしないのだから。


 「僕は、神様がいないとは言わない。見えないものを完全否定するというのは、論理的にも哲学的にもフェアじゃないからね。でも、僕はこころから神様というものを信じたことはないし、信じようとも思ってない」


 「神様はいるかもしれない。でも、いたとしても匠護は信じない」


 「うん。誓ってもいい。僕は本気で神様を信じたりはしない」


 そう言いきると、なんだか自分の中で、確かなものが静かに火の粉を飛ばしたような気がした。


 「といっても、たまには―例えば、宝くじで一等が当たったりとか、よっぽど幸せなことがあったときには神様を信じたいと思うかもしれない。あと、さっきの僕みたいに、深く疲労して、自分の口が言うことを聞かなくなったときにもね。


 でも、それは心が混乱して、そのエネルギーのはけ口をどこかに見つけなくちゃいけないという防衛本能が働くから、と言うだけに過ぎない。でなけりゃ、つまずいて転んだり、天気が雨だったりしても、いちいち運命のせいだとは思わないだろう?」



 僕の問いかけに、テラは少し困ったような表情をして、考え込んでしまった。まあ仕方がない。6歳なんて、神様の存在について本気で考えるには早すぎる。例え彼が大人並みの知能を持っていたとしても。それに、僕だって同調してもらおうと思って訊いたわけではないのだし。



 テラが、困った顔をしながら考えている姿は、なかなかチャーミングだった。子供を相手に使う言葉で言えば、「かわいい」かった。テラは、困った顔をしながら考えていると、両唇を口の中へ丸め込んで、入れ歯をとったおばあちゃんのような風になる。うまく眉間にしわを寄せられない分、口元に力が入るのかもしれない。そして、考えることに全神経を集中している間は軽い無呼吸状態になるらしく、時々小さな声で、はぁ、はぁ、と息継ぎをしている様子が、とてもかわいかった。


 やっぱり彼も、完璧な早熟ではなかったのだ。彼にも、他の子らと一緒に触れ合い、混みにケーション能力をしっかりと身につける必要がある。しかし、まずはそんなことよりも、目の前の問題について解決させないといけない。



 「テラ君。別に難しく考えなくても良いよ。僕が言いたいことは、神様なんて不確かなものを信じるよりも、自分を信じていくほうがよっぽどいいってことさ。まあ、もちろん時には自分の方が不確かなこともあるけど、そう言うときは、自分が一度信じると決めた相手を信じればいい。神様以外のものでね」


 「神様は信じてはいけないということ?」


 「というよりも、神様を信じても切なくなるだけだって僕は思ってるのさ。だって、神様のお告げだと信じてしたことがもし失敗したとしても、そのとき信じた神様は何の責任もとってくれないだろう。


 だから、最終的にどんな結果を生み出そうと、結局自分がその結果をしっかり受け止めなくちゃいけないんだ。それなら、最初から自分を信じて、失敗しても自分で責任をとる覚悟を持っていた方が、明らかに必要な手順も少なくてすむと思うのさ」



 そう。すべて自分で、しっかり受け止めなければいけない。


 自分という命がこの世に生を受けたことも、沙耶という最高の第三者を手に入れ、そして失ったことも、それらすべてのことは、全部僕のせいなのかもしれないし、誰かのせいなのかもしれない。


 でも、それを受け止めなきゃいけないのも、受け止めることができるのも、この世で僕しかいないんだ。



  そう、僕が…………沙耶、僕は君との日々を、運命と言う言葉で片付けたりはしない――――




 気がつくと、時計は午後一時を回っていた。僕らは眠ってなどいなかったが、それぞれ、時間も忘れるほどに、深い思考の中に迷い込んでいた。


 テラの方をみると、まだ彼は、唇を丸め、蝋人形な寡黙さを保ったまま、思惟を続行していた。彼にとって、この二日間の間に僕が話した内容は、量が多すぎたのかもしれない。あるいは、この数時間の間に、僕が今まで掛けても分からなかったことを、静かに解析し、傾向を調べ、体系化することによって、彼なりの答えを導いているのかもしれない。


 それにしても、お腹がすいたな。


 「ねえ、そろそろお昼ご飯を食べないかい?」


 僕が訊くと、テラはやはり小さく、そして確実に、すべての行程を終了した合図のように頷いた。


 「昼ご飯は何がいい? またリクエストしてくれたら、作れるものなら何でも作るよ」


 テラは、朝ご飯の時のようにはすぐに答えを出さなかった。まあ、それもそうかもしれない。もし、陽子が毎日作っていたものを食べたいのだとしても、彼女は働いていたから、昼ご飯までは作ってもらってはいないだろう。いや、待てよ、確か陽子の夫も一日中働いている。それなら、いったい昼間、誰がテラの面倒を見ているんだろう。親戚にでもベビーシッターを頼んでいるのだろうか。まさか……


 僕の頭に、あらぬ不安がよぎった。


 「ラーメン」


 テラは、一言そう答えた。……ラーメン? 昼間から?


 「ラーメンって、どういうラーメン? 例えば、塩ラーメンとか、醤油ラーメンとか、もしくは生麺とか、ソフト麺とか……」


 「インスタントのがいい」


 インスタントラーメン。その単語で、僕の不安はかなり現実のものとなった。そしてそれを確実なものにする一押しは、何の躊躇いもなくやってきた。


 「君は、いっつもインスタントラーメンを自分で作って食べてるのかい?」


 「うん」


 ………なんてこった。陽子はいったい何を考えているんだ!?


 「テラ君、僕は断言する。それは良くない。確実に良く無い。何が良くないって、まず健康的にも良くないし、家庭的にも良くない。君はすぐにその習慣を改善するべきだ。もっと朝ご飯ぐらいまともなものを食べなくちゃいけない。僕の方からも君のお母さんに言っておく。だからこれからは、もっとまともで、手作りのものを食べよう。いいね!」


 テラは、僕の剣幕に驚いてしばらく目を丸くしていた。でもそれはしょうがない。それほど驚くべき、重大なことなのだから。それは。



 そうして、僕がテラのための健全な昼ご飯に何を作ろうかと考えている中で、僕はいいことを思いついた。それは僕にとってもいいことであり、多分、テラにとってもいいことのように思えた。


 「ねえ、テラ君。明日、ちょっとつきあってくれくれないかい?」


 

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