考えても仕方なし
「癌末期の方です」
事前にそう言われていた。
最期を自宅で過ごしたいらしく、家族もそれを了承したらしい。
「今までは病院で過ごされていましたが――」
年齢を聞いて驚いた。
「五十代ですか」
「ええ。52歳です」
電話越しに淡々と情報が伝えられる。
夫と子供が三人いるらしい。
一番下の子はまだ高校生。
「まぁ、私の母より年下ですしね。この年齢のお子さんもいるか」
ほとんど無意識に私は呟いていた。
電話越しにケアマネージャーが意図の読めない頷きをしたのを何となしに察する。
記憶が正しければこのケアマネージャーの年齢は七十代を超えていたはずだ。
つまり、今回の依頼者は娘の年齢でもおかしくない。
「手配出来そうですか」
「短期ですよね」
「ええ。一ヵ月ももたないと思います」
うちは人手不足だ。
なにせ、五十代の職員が若手として扱われるだけでなく、六十代、七十代の職員も多数在籍している。
いや、それどころか主戦力といっても差し支えないかもしれない。
「わかりました。手配します」
*
ご自宅で簡易的な会議が行われる。
依頼者の予後についての方針を確認及び決定する会議だ。
「こちらがヘルパーさん、こちらがナースさん、そして往診医の先生に……」
ケアマネージャーが一人一人関係者を説明する。
依頼者の最期の願いを支えるために集まった者は全員がよく見知った顔ばかりだ。
そして、全員がまた初老である。
家族が神妙な顔で座っている。
挨拶の度に軽い笑顔を作り丁寧に一礼をする。
最年長である依頼者の夫でさえ私以外の者より年下だ。
子供達など下手をすれば孫の年齢の方が近いかもしれない。
「皆で支えさせていただきます」
そう言って穏やかに笑うケアマネージャーの差し出した計画書には、口にされなかった援助方針が短く、それでいて見事にまとまっていた。
『ありのままに生きていくことが出来る』
*
「ねえ」
会議が終わってから三日後。
健康状態の確認に来た私に依頼者は問う。
「あなたはいくつなの?」
「今年で27になります」
「そんなに若いんだ。息子とそう変わらないじゃない」
「事務所では一番の若手です」
「でも責任者なんでしょ?」
「なる人が居ませんから」
私は笑う。
直に死ぬ方とどう話して良いのか分からなかったから。
「入院中にお世話をしてくれる人達って私より年下の人ばかりだったから」
「病院は若い看護師さんやお医者さんも多いですからね」
「あなた働いていたことがあるの?」
「ええ。昔、三年ほど」
「へえ」
記録を書き、立ち上がる。
「もっと来てよ」
「すみません。私も他の利用者様が多くて……」
「そうよね。ごめんなさいね、わがまま言って」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
長居をしたくないと思った。
そう思ったのはきっと、依頼者の先の言葉を予想出来ていたからだろう。
「だけどね。あなた以外のヘルパーさんもナースさんもお医者さんも……皆、私より年上のおじいちゃん、おばあちゃんばっかりで気を使っちゃって」
明るい笑い声。
聞きたくない言葉。
私は一礼をして家を出た。
*
死を目前にして。
自分より年老いた人に世話をされるのはどんな気持ちになるのだろう。
依頼を受けた頃より頭に浮かんでいた思いが否応なしに形となっていた。
「考えても仕方ないでしょ」
ぽつりと呟いてバイクのエンジンをかける。
今日はまだ十件以上の訪問が残っているのだから。




