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赤の章 「一夏」 2

あれから私とルウはアドレスを交換し、あのペットショップでたまに会ったりもした。


ルウは毎日メールをくれる。


介護の日々を過ごしている私にとっては、そのメールがだんだんと息抜きの時間となっていった。



たまのリフレッシュ日には、私は必ずあのペットショップに立ち寄った。


銀の子犬はまだガラスケースの中にいる。


この子犬、少しだけ、体格がよくなってきていやしないか。


売れ残りませんようにと思う反面、ずっとこのままの姿でここにいて欲しいとも思っている。


なんて矛盾した感情。


人はこうやって矛盾を抱えて生きていくのだろうか。



私がペットショップに立ち寄るときには必ずルウもやってくる。


いつものダルい服装で、ローファーを引っ掛けながら近づいてくる姿に、我知らず胸がときめいている。


やあね、私ったら、年甲斐もなく高校生なんかと付き合ったりして。


適当に仲良くして、適当に終わらせなければ。



「学校は?」


私がそう聞くとルウはえへへという顔をした。


「サボった」


そういってにいっと笑うルウはどこまでも悪びれない。


「だめよ、ちゃんと学校に行かなくちゃ。親御さんが心配するわよ。はあ、もうメールの返信するのをやめようかしら」


私がそういうとルウは焦って返事を返した。


「それはマジ勘弁して! 俺、杏奈さんと毎日メールしないと生きていけない体になっちゃってるから!」


しかしまあ、可愛いことをいってくれるじゃありませんか。


内心で微笑んでいると、ルウがいった。


「ねえ、杏奈さん、デートしようよ」


「デートねえ」


「杏奈さんが乗り気じゃないことぐらいわかるよ。お母さんのことが心配なんでしょ? でも、一日だけ、一日だけ何とかできないかなあ? 少なくとも健全に5時で帰るとかして、なんとか杏奈さんの負担にならないようにするから」


そういってお願いっ! と手を顔の前でぱちんと合わせるルウを見て、私は眉を下げた。


「うーん、やって出来なくもないけれど、自由に出来る時間は少ないわよ。それってルウはつまらなくない?」


「杏奈さん、俺さあ、今日学校でついに彼女が出来たってばれちゃったんだよ」


「まあ、そうなの」


「それで、一度もデートに行ったことないっていったら、周りの仲間から甲斐性なしっていわれちゃってさ。それだからってわけじゃないんだよ? でも、杏奈さんとは遊びにいったことがないから、思い出として行っておきたいなあなんて思って」


「思い出?」


私がそう聞き返すと、ルウはうんと頷いた。


「杏奈さんはさあ、優しいから、俺とは情けで付き合ってくれてるんでしょ。そんなこと、杏奈さんをずっと見てればわかるよ」


「ルウ……」


この子、鋭いな。


「だから、杏奈さんとの思い出作りに、どこかに遊びに行こうと思って」


そういってしゅんとするルウはなんだか子犬みたいだ。


日中ずっと空けるわけには行かないので、私は代替案を提示した。


「そう、それなら、いっそのこと花火大会なんてどうかしら? 夕方からなら少しだけ時間が取れるのだけど、どう?」


それを聞いたルウは、今度はパッと顔を輝かせた。


「花火大会か、うん、いいね。近い日にちだと7月25日に河川敷で花火大会をやるからそれを観に行こうよ」


「ええ、そうしましょう。私ちゃんと浴衣着てくるから」


私がそういうとルウは目を丸くした。


「えっ! マジ?! 杏奈さん浴衣着るの?」


「ええ、そのつもりだけれど……歩くの遅くなっちゃうから止めといた方がいいかしら?」


「ううん、全然大丈夫! やっべえ、テンション上がってきた」


そういうとルウはうずうずし始めた。


「ふふ、浴衣がそんなにいいの?」


「『浴衣が』じゃなくて『杏奈さんの浴衣姿が』、だよ」


そういってルウは照れたように笑った。



ルウは優しい子だから、あのキスから強引には攻めてこない。


けれどもその分、メールや電話で愛情を一杯ぶつけてくる。


ストレートなその感情は、微笑ましいぐらいだ。


祭りの前日、私はルウに電話した。


「もしもし?」


「杏奈さん? どうしたの?」


「うん、ちょっと声が聞きたくなってね」


「なんでそんな嬉しいことをいうの。俺明日の夕方マジでやばいかも」


「どういうこと?」


「送り狼とかにならないように、精一杯紳士でいます」


「あはは、そんなこと心配していたの。でも、紳士でいてくれるって頼もしいわ」


そう、頼もしい。


後腐れなく終わらせるには。


そう思っていると、電話口のルウの声が穏やかになった。


「杏奈さん、俺、あの雨の日に杏奈さんに出会えてよかったと、本当、心から思ってるよ。あの時杏奈さんに出会えていなかったら、こんなに楽しい日々を過ごすことが出来なかったと思う」


「どうしたのルウ、なんか湿っぽいわよ」


なんだか別れの言葉みたいだ。


「だってさあ、杏奈さん明日で俺のこと振ろうと思っているでしょ? 餓鬼じゃないんだからそのくらいわかるよ」


見抜かれていた。


ここで変に取り繕ってもいけないと思い、私は正直に話した。


「ええ、そのつもりよ。ごめんなさい」


「うん、杏奈さんはずるいよね。俺今さあ、年上のおねーさんに遊ばれた可哀想な高校生のポジションだよね」


「そうよ、ルウは悪いお姉さんに引っかかっちゃった可哀想な高校生なんだからね、でも明日もよろしくね」


そういってふふっと笑う。


「ずるいけど、優しいんだから困るんだよな。それと、引っ掛けたのは俺の方だから」


そこは男の面子に関わるからとかなんとかいって、ニ、三言葉を継いだあと、ルウと私は電話を切った。


携帯を閉じて、ベッドの上にちょこんと座り込んだ。


「はあ、今時の高校生って侮れないわ」


明日は楽しい日にしよう。


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