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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

途中の春

作者: トミヤマ
掲載日:2026/02/17

第一章 誰にも言えない関係


「ねえ、瑞稀」


 玲は窓の外を見たまま言った。オレンジ色の光が畳んだ膝に落ちている。


「私たち、このままでいいのかな」


 答えを待っていない声だと思った。だから私はすぐに返さなかった。ただ、隣に腰を下ろした。暖房の音だけが部屋を満たしていた。


 玲の肩が、ほんの少し上下した。


「いいに決まってる」


 私は言った。ありきたりな言葉だと分かっていても、他に言えることがなかった。


 窓の外で、街灯がひとつ灯った。


「私、瑞稀のことが大好き。それだけは本当なの。嘘じゃない」


 玲がこちらを向いた。目が赤い。いつから泣いていたのか気づかなかった。


「……なのに、時々怖くなる」


 私は玲の頬に触れた。冷たかった。


「何が」


「分からない。自分でも分からないから、怖い」


 誰にも言えない。友達にも、家族にも、職場でも。「パートナーがいます」と言えば、相手は確実に「彼氏さんですか」と聞いてくる。そのたびに曖昧に笑う。訂正する言葉が、いつも喉の手前で止まる。


 玲はそういうことを、言葉にはしなかった。でも私には分かった。


「玲が怖がるのも分かるよ」


 私は玲を抱き寄せた。シャンプーの香り。いつもと同じ、慣れた匂い。


「私だって同じ気持ちになることある」


「……そうなの?」


「そう。明日、玲が私から離れていくんじゃないかって。突然、何かが変わってしまうんじゃないかって」


 玲は黙って私の胸に顔を埋めた。その体が、少しずつほぐれていくのが分かった。


「でも」と私は続けた。「玲と一緒なら怖くない」


「……根拠は?」


 玲が、声の奥で笑った。


「ない」


 玲がくすくすと笑う。やっと笑ってくれた。


「根拠なしに言い切れる瑞稀が、羨ましい」


「玲も同じだよ」と私は言った。「根拠なんてなくても、一緒にいるじゃん」


 玲は答えなかった。でも、私の腕の中で、ゆっくりと目を閉じた。


 私たちはしばらく、そのままでいた。


 窓の外で、街灯がまたひとつ灯った。


第二章 家族


 私には、玲が何をそんなに怖がっているのか、完全には分からない。


 正確に言えば、理解しようとするたびに、何か大切なものがすり抜けていく感覚がある。


 玲には、いる。両親と、三つ年上の兄。写真の中で四人が笑っている。温かい光の中に、私の入れない円がある。


 私は中学二年まで家族と暮らしていた。


 土曜日の午後三時過ぎ、バスケ部の練習試合先で顧問から電話を受けた。「すぐ病院に来てください」。その意味が、しばらく分からなかった。


 父も、母も、妹も。交差点で信号待ちをしていたところに、脇道からトラックが突っ込んだ。三人とも即死だった。


 私は遠い親戚の家を転々とした後、施設に入った。誰も中学生の私を引き取ろうとはしなかった。


 それからずっと、人間はあっけなく逝くものだという感覚が体の底にある。朝に「いってきます」と言った人が、その夜に戻らない。そういうことが本当に起きる。


 だから私は、玲との今を手放したくない。


 玲が家族のことを怖れているのは、きっと、その家族を本当に大切に思っているからだ。


 私にはその重みが、最後まで分からないのかもしれない。


 でも、玲が隣にいる。今、ここに。


 それだけで十分だと、自分に言い聞かせていた。


第三章 日常の中で


 玲と出会ったのは、大学の入学式だった。


 同じ学部、同じ学科。オリエンテーションで隣の席になった。


「一人?私も一人。友達になろうよ!」


 満面の笑みで手を差し出された時、私は少し戸惑った。施設を出てから、人に心を開くのに慣れていなかった。でも玲の笑顔には、拒む理由を忘れさせる何かがあった。


 友達として過ごした一年。二年生で一緒にアパートを借り、関係が変わったのは三年の夏だった。


「瑞稀、今日の授業終わったらどこか行かない?」


 月曜の昼休み、学食で玲が言った。


「駅前に新しいカフェができたんだって」


「了解」


 こんな他愛もないやり取りが、私は好きだった。


 午後の授業を終えて向かったカフェは、木を基調とした落ち着いた店だった。窓際の席から、冬の夕暮れの中を人々が行き交うのが見えた。


「そういえばさ」


 カップを両手で包みながら、玲が言った。


「来月、実家に帰るんだ。母さんから電話があって」


 私の手が、一瞬止まった。


「そっか」


「……瑞稀は、どうするの?」


「バイト入れて、普通に過ごす」


 施設を出てからは、正月だからといって特別なことはしていない。一人で過ごすのにも慣れた。そう思っていた。


「……瑞稀も、一緒に来る?」


「え?」


「私の実家。友達として、だけど」


 友達として。その言葉が、小さな棘のように刺さった。


「……考えさせて」


「うん。無理にとは言わない。でも、来てほしい」


 玲はそう言って、カフェラテを一口飲んだ。窓の外で、人の波が途切れることなく続いていた。


 その夜、アパートで私は一人考え込んだ。


 玲の部屋から、シャワーの音が聞こえていた。


 玲の家族に会う。友達として。


 その言葉の意味を、私はよく知っていた。


 玲が風呂から上がってきた。隣に座った。しばらく二人とも黙っていた。


「……友達としてでしょ」


 つい、口から出た。


「それは……」


 玲が言葉に詰まる。


「ごめん。意地悪だった」


「ううん。……分かるよ、瑞稀の気持ち」


 玲は私の手を取った。


「私だって本当は、ちゃんと言いたい。でも、まだ怖くて」


「分かってる。責めてるわけじゃないから」


「瑞稀は、私のこと弱虫だと思う?」


 思わない、と私は答えた。「もし私に家族がいたら、やっぱり言えなかったと思うから」


 玲は私の肩に頭を預けた。


「いつかは言いたい。ちゃんと、恋人として紹介したい」


「その時を、一緒に待ってる」


 私は玲を抱きしめた。二人の未来がどんなものか、分からない。でも玲と一緒なら、何でも受け入れられる気がした。


 たぶん、と心の中で付け加えた。


第四章 初めての訪問


 結局、私は玲についていくことにした。


「本当に?嬉しい!」


 玲の顔が輝いた。その笑顔を見たら、最初から断るつもりなんてなかった気がした。


 十二月三十日。新幹線の窓の外を、雪景色が流れていった。


「緊張する?」


「少しね」


 玲は私の手をそっと握った。人目があるから、すぐに離したけれど。


 駅では玲の兄が迎えに来ていた。玲と同じ優しそうな目をした、背の高い人だった。


「いつも妹がお世話になってます」


 穏やかな声だった。


 玲の実家は、閑静な住宅街の二階建てだった。門に正月飾りが揺れていた。


 玄関を開けた瞬間に、玲の母親が飛び出してきた。


「玲!おかえり!……あら、この子が瑞稀ちゃん?」


 私の手を取って握手した。温かい手だった。


 リビングには暖炉の火が灯っていた。クリスマスツリーの隣に、正月の飾りつけ。家族の声と笑い声が重なる空間。


 これが家族だ、と思った。


 温かくて、愛情に満ちていて、私が失ってしまったもの。


「瑞稀ちゃんは、ご両親は?」


 食事の途中で玲の母親が聞いた。玲が顔色を変えた。


「中学生の時に、事故で」


 私は落ち着いて答えた。もう慣れた問いだった。


「……ごめんなさい。辛いことを」


「お気になさらないでください」


 テーブルの下で、玲が私の手を握った。黙ったまま、ただ握ってくれた。


 夜、玲の部屋に二人で布団を敷きながら、玲が小さく謝った。


「ごめんね、母さんがあんなこと聞いて」


「玲のお母さん、優しい人だね」


 私は本心を言った。


「玲がどんな場所で育ったか、分かった気がする」


「……」


「玲が私を選んでくれたこと、改めて考えた。こんなに温かい家族がいるのに、誰にも言えない関係を、私と続けてくれている」


「当たり前だよ。好きなんだもん」


 玲の声が、少し震えた。


 その夜、私たちは手を繋いだまま眠った。家族が隣の部屋にいるから、それ以上のことはできなかったけれど。


 暗闇の中で、玲の指の温かさだけを感じていた。


 いつか玲がこの家族に、私たちのことを話せる日が来るだろうか。「友達」ではなく「恋人」として、私を紹介できる日が。


 その日を待っている。どれだけ時間がかかっても。


 そう思いながら、眠れないまま夜が明けた。


第五章 すれ違い


 年が明けた。


 表面的には、何も変わらない。大学、アルバイト、二人で過ごす時間。


 でも、何かが変わっていた。


「今日どこか行かない?」


「ごめん、今日はちょっと……」


 玲の視線が、逸れた。


 一度なら気にしなかった。でもそういうことが、続いた。予定を濁す。スマホを見る時間が増える。目を合わせない。


 何かあったのか聞くと、「何でもない」と言う。


 不安が、少しずつ大きくなった。


 二月のある夜。


 アルバイトから帰ると、部屋の明かりがついていなかった。


 電気をつけると、玲がソファに一人で座っていた。


 泣いていた。


「玲」


 私は駆け寄った。


「……兄さんにバレた」


 玲は絞り出すように言った。


「私たちのこと。正月に瑞稀が来た時から、気付いてたって」


「それで?」


「今日、電話があって。『玲、瑞稀さんと付き合ってるのか』って聞かれた。……否定できなかった。兄さんには、嘘がつけなくて」


 玲は顔を覆った。


「兄さんは怒らなかった。ただ、『父さんと母さんには自分から言った方がいい』って」


「……玲」


「でも怖い。拒絶されたらどうしよう。家族を失ったらどうしよう」


 体が激しく震えている。私は玲を抱きしめた。


「お兄さんが言ってくれたんでしょ。自分から言った方がいいって。それは応援してるってことじゃないの?」


「……そうかな」


「きっとそう。玲の家族は優しい人たちだった。分かってくれると思う」


 その言葉が本当かどうか、私自身にも確信はなかった。


 でも、玲に必要なのは今、確信ではなかった。


 私たちは朝まで抱き合っていた。


 次の日、玲は実家に電話をかけた。


 私はリビングで待った。玲の声が、ドア越しにかすかに聞こえていた。


 三十分後、玲が部屋から出てきた。


「父さんは……黙ってた。母さんは、泣いてた」


 玲は震える声で言った。


「父さんは最後に、『少し時間をくれ』って。今すぐには受け入れられないって」


 玲はソファに崩れ落ちた。


「父さんは『今すぐには』と言ったんでしょ? それは、いつかは、ってことじゃない?」


「……そうかな」


「玲の家族は、玲のことを愛してる。だから、きっと」


 私は玲を抱きしめた。大丈夫、乗り越えられる、と言いかけて、やめた。


 分からないことを、言葉にしたくなかった。


第六章 崩壊


 一週間が過ぎた頃、玲の父親から電話があった。


 内容は短かった。


『あの子と会うのはやめなさい。お前の人生を壊す』


 電話を切った後、玲は呆然と立っていた。


「瑞稀、父さんが……」


「──聞こえてた」


 私は努めて静かに言った。驚きはなかった。ああ、やっぱり、という感覚だけがあった。


「瑞稀には、家族がいないから分からないよ」


 空気が止まった。


「ご、ごめん……違うの、そんな意味じゃ」


 分かっている。悪意じゃない。


 でも、きちんと刺さった。奥まで。


「……そっか」


 笑えた。ちゃんと笑えたと思う。


 やっぱり、と思った。私は"家族の外側"の人間だ。恋人であっても、最後には弾かれる側。


「ねえ、玲。私と家族、どっちかしか残せないって言われたら」


 玲が息を呑む。


「……そんなの、選べないよ」


 即答だった。


 その答えが、もう答えだった。


「だよね」


 胸の奥が、すっと冷えた。怒りはない。ただ少しだけ──惨めだった。


「……少し離れよっか」


 私は言った。


「え……」


「玲が家族を失うのは嫌だから」


 玲は、私の手を離した。その瞬間、胸の奥で何かが静かに崩れた。


「……少し、時間をくれない?」


 玲が言った。


 まただ、と思った。また私は、選ばれない。


「いいんだよ」


 私は笑った。力強く言おうとした。でも声は少し震えた。


「玲は家族を大事にしなよ」


 その夜、同じ布団に入った。


 でも、触れなかった。


 玲のすすり泣きが、背中越しに聞こえた。


 抱きしめようと思えば、できた。でも腕は動かなかった。


 また期待したら、きっとまた落ちる。


 私はどうせ、途中の人間だ。家族という完成形の前では、恋人は簡単に負ける。


 あの日と同じだ。午後三時。白い廊下に立ち尽くした日。世界はあっさり私を置いていった。


 今回も同じだ。違うのは、置いていくのが玲だというだけで。


 私は不動産屋に行き、新しいアパートを契約した。


 ある朝、玲が寝ている間にベッドを抜け出した。荷物は最小限にした。玲と一緒に買ったものは、置いていった。


 玄関で一度だけ振り返った。玲との時間が染み込んだ部屋。


 もう戻らない、と思った。ここに私の居場所はない。そう決めた。


 書き置きは一行だけ書いた。


 『私はこれからも玲の幸せを一番に願ってる。 瑞稀』


 玲は、瑞稀のいなくなった部屋で、長い間動けなかった。


 書き置きを握りしめたまま、床に座り込んだ。


 瑞稀の本、瑞稀が使っていたマグカップ、瑞稀の匂いがまだする毛布。


 全部がここにある。瑞稀だけがいない。


 玲はアパートを解約することにした。この部屋には、もういられなかった。


 玲は何度もメッセージを送った。未読のまま増えていく。


 電話にも出ない。


 学校で廊下ですれ違うと、瑞稀は視線を逸らした。ただ、それだけだった。


 玲はようやく気がついた。


 自分が選ぼうとしていたのは、家族じゃなかった。安全だった。傷つかないための、逃げ場所だった。


 今さら気づいても、遅い。


 でも。


 もう一度だけ、話したい。


 玲は新しい部屋でクッションに顔を埋め、声を押し殺して泣いた。それから、勇気を出してメッセージを送った。


「一度だけ会ってほしい」


 カフェは静かだった。平日の午後、客はまばらだった。


 玲が来た。目の下に、少し影があった。


「……話って、何」


 私の声は、自分でも驚くほど乾いていた。


「あのね、瑞稀」


 玲の手が、テーブルの上で小さく震えていた。


「私たち、やり直したい」


 私は何も言わなかった。


「あの後、考えた。……瑞稀なしの生活、耐えられない。それだけじゃなくて、私、ずっと間違えてた。瑞稀のことを、ちゃんと守れなかった」


「今だけじゃないの?」


 私は言い放った。自分でも驚くほど、冷たい声だった。


「また家族と揉めたら、また揺れるんでしょ」


 玲は答えなかった。ただ、静かに泣き始めた。


 私もずっと、泣きそうだった。


「父さんに言った」


 玲が言った。声が落ち着いていた。さっきとは違った。


「瑞稀とは別れないって。時間がかかってもいい、でも隠さないって」


「……」


「反応はなかった。電話を切られた。でも、言った。私、初めてちゃんと言えた」


 私の目が揺れた。


「怖かった。本当に怖かった。でも、瑞稀を隠すことの方が、もっと怖かった」


 沈黙が続いた。長い沈黙だった。


 窓の外で、誰かが笑い声を上げて通り過ぎた。


「……もう一回だけ」


 震える声で、私は言った。


 玲は何も言わなかった。ただ、テーブルの上の私の手に、自分の手を重ねた。


 私たちは二人とも、しばらく泣いた。静かに、人目も気にせず。


第七章 社会という壁


 大学四年の春。就職活動の真っ只中で、私たちは再び同じアパートに住み始めた。


 玲は小学校教員を目指していた。私は出版社を受けていた。


「面接で『結婚や出産の予定は』って聞かれた」


 玲がソファに帰ってくると、最初にそう言った。


「何て答えたの?」


「今は考えていません、って。面接官の顔が曇った」


 玲は深くため息をついた。


「本当のことなんて、言えるわけない。『パートナーがいます』と言えば、必ず『彼氏さんですか』って聞かれる」


 私も同じだった。就職活動という場面で、また「普通」を演じることを求められた。


 世間は敵にならなかった。ただ、簡単に味方にもならなかった。


 五月、玲に内定が出た。地元の小学校だった。


「おめでとう」


 抱きしめると、玲は力なく微笑んだ。


「……内定式で、いろいろ聞かれるかもしれない。先輩がそう言ってて。恋人がいる人は、とか」


「玲が無理だと思ったら、言わなくていい」


「でも、瑞稀に申し訳ない」


「何が」


「瑞稀のことを隠して生きていくのが、嫌なの」


 玲の声は小さかったけれど、揺れていなかった。


「焦らなくていい。玲のペースでいい。私は待ってる」


「……ありがとう」


 玲は私の胸に顔を埋めた。それ以上は、何も言わなかった。


 六月、私にも内定が出た。調べると、その出版社にはまだ同性パートナーシップの制度がなかった。


 私は、それをひとまず引き出しの奥にしまった。


 玲がそれを知って、「一緒に考えよう」と言った。


「二人でなら、きっと大丈夫」


 根拠はない。でも今は、その言葉で十分だと思えた。


 卒業式の帰り道。桜はまだ蕾だった。


「父さんね」


 玲が言う。


「まだ、分からないって」


 私は頷く。受け入れるとも、拒絶するとも言わない。ただ、保留。その曖昧さが、いちばん苦しい。


 手を繋いだ。玲の指が、少し強く握ってくる。まるで離される前に握っているみたいに。


「怖い?」


「うん」


 玲は少し考えてから言った。


「また揺れるかもしれない」


「私も怖い」


 初めて、そう言った。世界と戦えるなんて、嘘だった。本当は、二人とも弱い。


「でも」


 玲が続けた。


「今は、隠さない」


 未来の約束じゃない。今だけ。


 私は頷いた。頷きながら思った。


 あの冬、私は言った。世界中を敵に回したって、負けないと。


 でも違った。世界は敵にならなかった。ただ、簡単には味方にもならなかった。


 私たちは強くない。家族も、社会も、仕事も、全部思っていたより重たかった。


 それでも。


 手は、離していない。


 桜の蕾が風に揺れる。


 まだ咲いていない。春は始まりじゃなかった。冬の続きを、少し明るく照らしているだけだった。


 私たちは、まだ途中だ。


 でも途中というのは、歩いている、ということだ。


 私は玲の手を握り返した。


 それだけが、今の私たちにできることだった。



── 完 ──

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