8
この世界の冒険者ランクは最初は木から始まり、銅、鉄、鋼、銀、金……と昇格していく。
依頼の数をこなすのはもちろん、難しい内容の依頼をこなせば早く昇格できる。
上位の冒険者になる程依頼内容は手ごわく難しいものになるが、その分達成できれば報酬も豪華だ。
ごく少数だが中には昇格を焦るあまりギルド側の忠告も聞かず身の丈に合わない依頼を受け、命を落とす冒険者もいる。
死んでしまっては元も子も無いと実力通りの依頼を受けるのは冒険者であれば常識なのだが、今まさにボニーが加入しているパーティはそれを破ろうとしていた。
「ねえ、そんな依頼は受けちゃだめだって!」
マルク率いるパーティに加入して1年が過ぎ、ランクが鉄まできたところで昇格が停滞していた。
依頼をこなしても中々上がらないランクに業を煮やしたマルクが、今の面子では到底達成できない依頼を受けると言い出したのだ。
ボニーは今まで通り地道にこなしていけば次の鋼のランクになれると諫めるが聞く耳を持たない。
「死んじゃったら意味がないじゃない!」
「俺らも強くなってるんだ。これくらいやれるだろ」
「ちょっと、みんなもマルクを止めてよ」
ボニーは助け船を求めるが他の面々は考えがマルク寄りのようで、味方は誰もいなかった。
逆に昇格にこだわらないボニーがおかしいと言い出す始末である。
「上に行けば良い暮らしだってできるのに何で止めるんだよ」
「ボニーってそういう口うるさいところあるよな」
「ボニー、大丈夫だってば」
命を大事にが基本なのに皆何を言っているんだろうとメンバーの顔が知らない別人に見える。
フィンもこの1年のうちに中身が変わった気がする。
前は人見知りで怖がりなところはあるものの優しくて穏やかな性格だったのに傲慢さが目立つようになった。
「なあフィン、ボニーはお前の幼馴染だろ?説得しろよ」
ジャンにそう言われるがフィンは面倒くさそうな態度を取る。
「幼馴染ってだけだし……もう面倒だからボニー抜きで行けばいいんじゃない?」
それを聞いた瞬間、ボニーの中で何かがぶつりと切れてしまった。
思い返せば持ち物や資金管理をなんやかんや押し付けられたり、回復魔法にケチつけられたり、ボニーの知らないうちに他の4人だけで飲み食いして勝手にツケにしたから資金から払う羽目になったり、あれやってこれやっての頻度がどんどん多くなってきたり、ボニーが一人で雑用をこなしてきたのだ。
(何で私ってこんなことしてるんだろ)
マルクもユーゴもジャンも腹が立つが何より一番むかっ腹が立ってしょうがないのはフィンである。
一人でギルドに行く勇気も無くてボニーに一緒に冒険者になってほしいと頼み込んできたくせに、今じゃ彼女に対する扱いが一番雑だ。
もう4人に対して怒りを通り越して何も思わなくなったボニーはその場で冒険者用鞄や資金が入った袋を投げ捨てた。
マルクたちは急にどうしたのかとボニーを見るがその顔は恐ろしいくらい無表情である。
「ぼ、ボニー?」
「私もうやめるから。あんたらの顔見たくないし。これで縁切りってことで。私の冒険者登録抹消しといてよね」
冒険者の証である札も4人の前に放り投げる。
「ちょっと待ってくれよ、そんな急に」
「急もクソもあるか。散々私をこき使っといてないがしろにしたのはそっちだろ。もう無理。そんじゃ」
ギルドから去って行くボニーをフィンが追いかける。
「ボニー、待ってよ!」
彼女はくるりと振り返り、淡々と言い放つ。
「一番縁を切りたいのお前だから。二度とその顔見せんな」
間抜け面のまま棒立ちになるフィンを置いてボニーは家に帰る道を歩いていく。
その頭の中で考えることは1つ。猫に会いたいということだった。
猫画像を見ては癒されていた日々に戻りたい。
「あー帰りたい。こんな猫のいない世界なんかにいたくない」
するとどこかからかにゃーというあの愛らしい声が聞こえ、幻聴かと思ったものの再度聞こえたのでなりふり構わず声のする方に走り出す。
「猫ちゃん!?」
走った先に扉があり、その先から猫の声が聞こえてくる。
ボニーは扉を壊さん勢いで開け、現世に帰る道をものすごい勢いで走って行った。