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呼び鈴の音が聞こえ、ハナは玄関に向かう。
アキをいつものように出迎えると、台所に行こうとするハナをアキが呼び止める。
「ハナちゃんこういうお菓子好きそうだと思って持って来たの」
彼女が紙袋から取り出したお菓子は今まさに出そうと思っていたクッキーの箱だった。
「私もね、アキちゃんが喜んでくれそうなお菓子を見つけたの」
用意してあったお茶とお菓子を振る舞い、アキがお菓子に気付く。
二人で顔を見合わせてお揃いだと笑いあう。
ささやかだけど穏やかな幸せと友人の笑顔。
からっぽだったハナの心は日々満たされている。
♢ ♢ ♢
新しく入居する者もいれば、ここを去る者もいる。
2階の1室に住んでいたキリは前々から連絡はもらっていたが先日大家からついに異世界と完全に『縁』が切れたと知らされて引っ越し準備を進め、当日を迎えた。
ここも住み心地が良かったが、新居は職場から近いし部屋作りも楽しみなのもあってわくわくしている。
仕事帰りに不慮の事故に遭ってしまったキリは、転生したことに気付き、何故か既視感のある部屋に対して疑問に思いつつふと小さな鏡に映った自分の姿を見て絶望した。
転生先は、大好きで何度もプレイしてやりこんだゲームの世界。しかも、推しである魔法剣士に転生していた。
彼はダリオスという、主人公の幼馴染であり親友で正義感が強くまっすぐゆえに熱くなりがちな主人公を諫める冷静沈着な性格である。
だが冷血なわけではなく主人公や仲間を思う気持ちは強いし、主人公以上に感情をあらわにする場面もありそういう人間味を感じられるところも大好きなキャラだ。
そんな彼に転生?冗談ではないとキリは怒りが沸々と湧き上がる。
(ダリオスは見た目も格好良いが中身こそ最高なんだ。それなのに俺が成り代わるなんてあってはならない)
見た目がダリオスで中身が自分なんて解釈違いもいいとこである。
どうすればいいのかと混乱する頭で唸りながら考えていると、外から声が聞こえてきた。
「おーいダリオスー、いるかー?」
主人公のロインだ。
熱血だが思慮深い面も持ち合わせているし、何より勘が鋭い。ダリオスではない何かが精神を乗っ取っているなんてすぐ気づかれてしまうだろう。
それならば彼に事情を話して協力してもらおうとふんだキリは家の中に招く。
「なあ、ロイン。真剣な話があるんだが聞いてくれるか?」
「え?どうしたんだよ急に」
キリはここがゲームの世界であることは省きつつ、正直にダリオスの身に起こったことをロインに話し、協力をあおいだ。
「からかっているわけでも何でも無い。どうか信じてほしい」
「いや、大丈夫。信じるよ。いつものダリオスと雰囲気が違うのはわかるし」
「ありがとう、信じてくれて」
「ダリオスもだけどキリのことも助けたいしさ、一緒に方法を見つけようぜ!」
さすが主人公だ。ロインの光属性っぷりにキリが感激していると彼が案を提示した。
「そういえば、村長から村にある神殿に聖女様が来てるって聞いたから相談してみるのはどうだ?」
「聖女様……確かに親身になって相談に乗ってくれそうだな」
ここはゲームでは序盤で、女神アシュリアより創られたこの世界では一定の年齢に達すると神託を受けられるようになる。人々にとって神託は生きる上で重要な指標であり、その内容も千差万別である。
17歳になったロインは女神の神託を受けることになっていた。
運がいいことにちょうど聖女も巡礼に来ているから女神の声がより鮮明に聞こえるかもしれないと村長に教えられ、同じく17歳であり神託を受けていないダリオスと共に神殿に行く。
そこでヒロインである聖女のソフィと出会い、彼女を介して女神よりロインは世界を救う勇者、ダリオスは勇者を助ける魔法剣士の神託を受ける。
邪悪な存在が世界を手に入れようとするのを阻止し、打ち倒してほしいとも告げられたロインは世界を守る為に立ち上がり、ダリオスはロインと共に戦うと決意するというのが流れである。
(このイベントのロインとダリオス、すごく格好良いんだよな)
ついファンとして熱く語ってしまいそうになるがゲームの世界であることは伏せてあるし、ダリオスの姿でみっともない事はできないとキリは自分を戒める。
ソフィに会ってダリオスに体を返し自分は元の世界に帰る方法がどうか見つかるようにと祈りつつ、キリはロインと共に神殿に向かった。