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アキが遊びに来るということで、ハナはお菓子と飲み物をいつでも出せるように準備していた。
(たまたま見つけた可愛いクッキー、アキちゃん喜んでくれるといいな)
アキの笑顔を想像し、自然と自分も笑顔になっていたらしい。
彼女はよくハナのおかげで救われたと言うが、実際に救われているのは自分の方だ。
現世に帰って来た時の自分はやるせなさで心がからっぽだったから。
大昔、人を脅かす邪悪な魔がはびこっており、力ある巫女が魔を打ち破った。
現代では平和だがいつまた魔が襲ってくるかわからない。
その為、巫女の子孫は破魔の力を持つ者と婚姻を結び、血を薄めないように続けてきた。
ハナは巫女の末裔である家に次女の花澄として転生した。
姉の花穂里は巫女としての力が歴代の中でも強いうえに聡明で美しく、花澄はそんな姉を敬愛している。
花穂里も純真で素直な花澄をとても可愛がっており、仲の良い姉妹だった。
だが花穂里の様子は婚約者ができてからおかしくなり始める。
花穂里の婚約相手は破魔の力が強い尊という真面目で実直な好青年で、花澄は似合いの二人だと心から喜んだ。
花穂里と尊は敷地内にある離れの家に二人で住んでいるが、基本は母屋で過ごしている。
花澄が大好きな姉の話を尊としていると、いつもであれば少し恥ずかしそうにしながらも微笑んで見ている花穂里が厳しい表情で花澄の腕を掴み、尊から引き離した。
「痛っ、姉さまどうしたの?」
「花穂里?」
急にどうしたのかと姉に訊くが彼女はハッとして花澄の腕から手を離す。
「花澄ごめんなさい、痛かったでしょう?」
「大丈夫よ、姉さま。気にしないで」
少し痕が残る腕を気遣う姉は普段通りでその時は気にも留めなかった。
花穂里の不可解な行動は日毎に目立つようになり、特に尊と話しているとそれが顕著に表れた。
もしかすると姉は自分が尊に横恋慕していると勘違いをしているかもしれないと花澄は考え、花穂里にそんなよこしまな気持ちは一切無いし二人には夫婦になって末永く幸せでいてほしいと伝えた。
「私、最近おかしいのよ……花澄と尊さんが話しているだけで頭に変な声が聞こえるの」
花穂里はうつむき、声を震わす。
「変な声?」
「妹は婚約者を奪い取るものだとか、家族に泣きついて婚約を無かったことにするだとか、あまりにも二人に対して失礼で申し訳なくて、もしかして魔が復活したのかと思ったのだけれど違うみたいで……」
花穂里は冗談を言う人ではないし言ったとしても人を傷つけるようなことは絶対に言わない。
姉の身が心配になり、両親や尊にも伝えて魔の気配を探ったが花穂里が言ったように何も気配はしなかった。
その後もどんどん姉の様子が変わっていき、尊と一緒にいなくても詰られるようになった。
暫くすると元の姉に戻るのだが戻るまでの時間も長くなっているような気がする。
(私にもご先祖様のような力があれば姉さまを救えたのに)
意に反して花澄に対してあたってしまう自分が嫌で仕方ないと苦しむ姉を助けられない。
どうすればいいのかと考えても答えは出なかった。
離れの家から母屋に姉が来ることはほぼなくなり、どれだけあたられたり詰られたりしようと大好きな姉であることに変わりは無いので身心の心配をしていると居間から両親と尊と花穂里の声が聞こえてきた。
「花穂里……顔色が酷いわ、眠れている?」
「…食事は少しでも摂れているのですが、夜ひどくうなされて眠れなくなっているんです」
「尊君も花澄も極力合わないようにしてくれているが、その変な声はまだお前を苦しめているのか」
姉が心配で、はしたないが聞き耳を立てていると花穂里が慟哭しながら苦しみを口にした。
「花澄、花澄が憎くて憎くて仕方なくなるの!あんなにいい子で私にとって大事な妹なのに……!いつか取り返しのつかないことをあの子にしてしまうのではないかって、毎日のように見る悪夢のようなことが起きてしまうんじゃないかって、自分で自分が恐ろしくてたまらないのよ!」
姉の悲痛な叫びを聞いて足元が崩れ落ちる感覚に陥った。
無力な自分に絶望し、涙さえも流れない。
「私が姉さまの妹として生まれなければこんなことにならなかった」
花澄という存在がいなかったのなら花穂里は尊と結婚して穏やかな日々を過ごせたのに。
「転生なんて……転生なんてさせないでよ!!」
扉が淡く光っていることに気付き顔をあげると、いつの間にか辿り着いていたらしい自室の扉がいつもと違う。
ここを開けた先に行けば二度と家族や友人に会えない気がしたが、花澄に迷いは無い。
「さようなら、姉さま。どうか幸せになって」
扉を開け、花澄はその先に後ろを振り向くことも無く進んでいった。